冥府の徒花【完結】

四葩

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第六幕

第33話【石の羽衣】

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 閻魔庁、開発局。局長室のドアが数回、不定期な拍子で叩かれた。ややあって解錠音が鳴り、入室が許可される。

「お久し振りです、羽衣石ういしさん」
「……陀津羅君……。珍しいね……ここへ来るなんて……」
「ええ。貴方にお会いするのは、五十年振りくらいでしょうか」
「うん……多分……。僕はここで見てるから……あんまり久し振りって感じは、しないんだけど……」

 部屋の主は開発局局長、羽衣石だ。ぼさぼさに伸びた緑青ろくしょうの髪に二本角、目元は眼鏡と長い前髪で隠れている。他者との交流が極端に少ない羽衣石は、ぼそぼそと囁くように、間を開けて言葉を紡ぐ。
 部屋にはいくつもモニターが並び、閻魔殿のあらゆる箇所がモニタリングされていた。陀津羅は映し出されている画面にさっと目を通し、息をつく。

「変わり無いようですね、今のところは」
「……無いよ。妖力が規定値を超えれば、センサーが感知するし……相貌認識装置にも、誰も引っかかってない……」
「そうですか……」

 羽衣石は局長とは別に、特別監視官の任をおっている。その頭脳を見込んだ閻魔が、夕立の暴走を警戒して極秘に命じたのだ。これを知るのは夕立、陀津羅、真砂まさごのみである。
 羽衣石は陀津羅から顔を逸らし、ぼそりと呟いた。

「……君の要件は、分かってる……。夕立君のこと、だろう……」
「ふふ、やっぱり気づいていましたか。見ているのでしょう? あの部屋も」
「……うん……。いくら神獣でも、電波は感知できないから……隠しカメラに気づくことは、ないと思う……」
「さすがはデジタル化の第一人者。敵に回すと恐ろしい人ですよ、貴方は」
「……見て、どうするの……」

 羽衣石の問いに、陀津羅は一瞬、言葉に詰まった。どうすることもできないからだ。
 つい最近、帝釈天の事件があったばかりで、夕立の精神状態が心配で堪らなかった。いても立ってもいられず、せめて様子だけでも見たいと思い、ここへ足を運んだのだ。

「何もしませんよ。状況を把握していたほうが良いと思っただけです」
「……見ないほうが良い……愉快な物じゃないから……。特に、君にとっては……」

 その言葉だけでぞわりと殺意が込み上げ、センサーが異常妖力を検知してモニターにアラートを表示する。陀津羅は必死で気を鎮め、慌ててアラートを解除する羽衣石へ苦笑を向けた。

「……すみません。もう大丈夫ですから」
「……陀津羅君……やはり、君は……」

 と、外から解錠される電子音が鳴り、羽衣石の言葉は遮られる。陽気に片手を上げながら入室してきたのは真砂だ。

「よ、二人ともお疲れさん。すげぇ殺気出てたけど、大丈夫か?」
「……大丈夫……何でもない……」
「お疲れ様です、真砂さん。仕事の愚痴を聞いてもらっていたら、つい熱が入ってしまいまして。驚かせてすみません」

 そう言って微笑わらう陀津羅に、真砂は笑みを消して嘆息した。

「来ると思ってたよ。残念だが、お前の希望は聞いてやれない。俺たちは閻魔様から勅命ちょくめいを受けてるんだ。陀津羅には絶対に見せるな、とね」
「……すまない……陀津羅君……」

 陀津羅はひっそり自嘲する。陀津羅の思考も行動も、あるじの閻魔には何もかもお見通しなのだ。

「心配する気持ちは分かるが、こうして羽衣石が見てくれてるし、ヤツらがあんまり無茶するようなら、閻魔様も黙っちゃいないさ。今は俺たちを信じてくれ。な?」
「……ええ、そうですね」

 薄く笑って目を伏せた陀津羅に、真砂はあえて明るく声をかけた。

「あーあ、さっさと帰って欲しいもんだねー。あんなお偉いさん方にしょっちゅう来られちゃ、こっちも気ぃ遣うっての。閻魔様も、なんであいつに外交なんて任せたかなぁ。一番、向かないタイプだろ」
「閻魔王は拒んでいましたよ、最初からずっとね。条件をのんで和平を取り付けたのは、夕立の独断です」
「えっ!? そうなの!?」
「……独断、だったんだ……」
「ええ。あの人は自分に無頓着ですから、簡単にこの手の取引をしてしまうんですよ。本当に気が気じゃないのは、私より閻魔王なのかもしれませんね」

 真砂と羽衣石は、底知れぬごうの深さを感じて閉口する。しばし沈黙が流れた後、陀津羅は普段の穏やかな微笑を浮かべて踵を返した。

「では、私は仕事に戻ります。お邪魔してすみませんでした、羽衣石さん」
「……いや……。じゃあ、また……」
「お疲れー」

 そうして陀津羅が出て行くと、羽衣石は肩の荷が下りたように深く嘆息した。その姿に真砂が苦笑を漏らす。

「お前も苦労するよなぁ。ただでさえ人と話すの苦手だってのに」
「……君たちと話すのは、嫌じゃないけど……。さすがに、事が事だから、ね……」
「まぁ、そうだよな。で、肝心のあっちはどうなってんだ?」
「……陀津羅君が来たから、隠した……。録画はしてある……。問題無い……と言って良いのか分からないけど……いつも通りだよ……」

 羽衣石がキーボードを叩くと、モニターが切り替わって例の部屋を映し出した。寝具の上では夕立が白虎に組み敷かれ、他の四人はソファや椅子にくつろいでそれを眺めている。

「ははぁ……相変わらず、企画物のAVみたいな有様だな。こんなのずっと見てなきゃならんとか、さすがに羨ましい通り越して拷問だわ」
「……監視中はサーモグラフィー処理して、音声も切ってるよ……。個人はちゃんと識別できてるから……」
「ああ、なるほど」

 様々な角度から映される情交を見ていた真砂は、にやりと口角を上げて羽衣石を見下ろした。

「なぁ、ちょっとで良いから音出してくんね?」
「え……厭だよ……僕、聞きたくない……」
「頼むよぉ! 一瞬! ほんと一瞬で良いから! 今度、お前が好きな店のカツサンド持ってくるからさぁー!」
「……そういうのは普通、用意してから来るものだと思うけど……」

 羽衣石はちらりとモニターに目をやり、すぐに逸らせて真砂に問う。

「……君は、気持ち悪いとか……腹立たしく思わないのかい……? 友達が……こんな酷い目に、あわされていて……」
「いや、全然。むしろ興奮する。だってあいつ、めちゃくちゃエロいじゃん。あれに反応しないなんて、男としてどうかしてるだろ」
「……君こそ、どうかしてるよ……」

 完全に引いている羽衣石をよそに、真砂は勝手にキーボードをいじり始めている。

「んー? どうしたら出るんだ? これか? 違うな、こっちか?」
「ちょ、ちょっと……! 分かった……出すよ! 出すから……もう、触らないでくれ……」

 適当な箇所を押しまくる真砂から慌ててキーボードを取り上げ、羽衣石はまたもや深く嘆息するのだった。
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