星々の風・地下鉄の風 〜元魔法使いの上司と漆黒に佇んだお話〜

みどりかわあきら

文字の大きさ
1 / 3

魔法使いに憧れた者の成れの果て

しおりを挟む
 アタシが「魔法使い」という存在を初めて知った時、すごく興奮したことを覚えてる…


 杖の一振り、或いは呪文の一唱で、なんでも自分の思い通りになる。そんな事ができる存在を知った小さい頃、憧れて、そうなれる道を真剣に模索した。

 なぜ、それほどにソレになりたかったのか。いたずらがしたいとか、モンスターと戦うとか、悪人を懲らしめるとか、そんなだいそれた理由じゃなかった。理由は簡単。それほどにアタシは「ドンくさかった」のだ。


 不器用を誰かに大ぴらに責められた…みたいな記憶はあまりない。でも、いつの頃だったか、客観的に自分を見た時、アタシって何事も上手くやれてないな、下手だな…という具合に、自分の性分を発見してしまった事があった。周りのみんなは上手くやれてるように見え、ソレに比べてアタシは…と、コドモの時のアタシはソレ以来、すっかり俯いてしまった。


 そんなアタシだったから、「魔法使いになりたい!」という願いは切実だった。いや、今でもなりたいと思っている。多くの子供たちは、主にテレビや本をきっかけに魔法使いという存在を知り、憧れ、夢中になる。そしていつの間にか憧れたこと自体を自然に忘れていく…大抵はそんな道を辿るものだろう。

 だけどアタシは、その能力があればもっと上手くやれる、幸せになるきっかけになるんじゃないかという、「人生イージーモードを目指す」とまでは言わないけど、ある意味での他力本願的な淡い期待も捨てきれず、その思いを増大させながら、今のここまで来てしまった。

 いや当然、なれないことも知っている。でも、ソレを知ってもなお、だ。


 時が経ち、アタシはドンくさいなりに多少は頑張って、少しいい高校、少しいい大学に入り、なんとも幸運なことに、就職浪人すること無く勤め先も決まった。就職した先は、社の名前を言えば誰もが「ああ!」とか「へえ!」と声を上げるような大手企業で、親もすごく喜んでくれた。先月2年目に入り、就職を機に始めた一人暮らしにも慣れてきたところだ。

 会社の環境にも満足している。福利厚生は申し分なく、なんと!ちゃんと休める。上司から毎日キツイ叱責を受けるとか、億単位の損失を出す…みたいなヘマをやった覚えは…まだない。

 コレだけ聞くと、なんだ社会人として順風満帆じゃないか、上手くやれるようになったんだね、充実してるんだねって思われるんだろう。


 …でも、個人的にはその実感はあまりない。


 公私ともに褒められるとか、充実感を感じることも特に無く、ただ日々は過ぎていき、人間関係にしても可もなく不可もない無難に終止している。同僚は沢山いるけど友達は…あまりいない。浅くもないけど深くにもならない、無味乾燥ではないけれど満ち足りてもいない。要するに、アタシはいまだに「上手くやれていない」のだ。

 干潟の泥の上を移動するハゼのように、パタパタとただ微速前進するような毎日。溺れもしなければ、気持ちよく泳ぐこともない日々。要するにナントカ頑張って、カントカ無難に毎日をこなしてるだけ…という感じ。アタシはソレに甘んじてしまっている。


「正直、他人の評価が恐い」


 アタシのこの「ドンくささ」は、多分コレから始まっているように思う。子供の頃からそうだった。コレが焦燥の第一原因。自覚はしている。

「上手くやろう」とするけど、下手を打つのが怖くて行動できず、いざ行動をしたとしても、途中までは頑張れていたのに、そのことを他人からネガティブに評されたらどうしようという考えに陥り、すぐフリーズしてしまう自分。不器用を他人から責められたことはないと言ったけど、正直言えば何回か多少のそういうコトを言われたらしきことはあった。以来、アタシはそこから逃げ続けている。


 その結果、こういう目立たない社会人が出来上がってしまった。ダメだとわかっていても動けない、何の役立っているのかわからない中途半端な存在。いや、自分で勝手にそう思っているだけかもなのだけど…でもきっとそうなんだ…そうにちがいない。だから、今いる会社の中でも、そんなアタシはきっと浮いている。


 先月、所属している課を含めた複数課からなるプロジェクトチームが発足し、それへの参加が決まった日、これを機に「変わろう」と一大決心をして、腰まであった長い髪を切った。

 今、地上32階の展望休憩スペースの大きな全面窓ガラスには、ボブカットでビジネススーツ姿の「なんとか頑張ろうとしているアタシ」が映ってる。それは一見、高層ビルから見える街並みとビル群たちの灯りに重なり、彩られているように見える。

 でもその実ソレは、魔法使いになれなかった一女子の成れの果て。そんな姿に向かって、今日も自分に問いかける。


「アタシ、ずっとこのままなのかな…」


 そんな思いがいつもアタマから離れないアタシには、今憧れている人がいる。プロジェクトチームの統括チーフの一人の女性だ。彼女は確か私と2~3歳くらいしか違わない年上の人。

 でも、その年齢でプロジェクトリーダーを務めるというのは異例らしく、社内でもちょっとした有名人になっているらしい。行動力があって発想もすごくて…あ、コレは人伝えの評判なのだけど、大きなプロジェクトをいろいろ任され、今回のプロジェクトも相当な規模のモノらしい。人によってはチーフのことを「魔法使い」と評している人もいるとかいないとか…。


 とにかく明るくて笑顔の絶えない人。私とは違って優秀そうな人。チームの誰とも楽しそうに話す人。どうやったら、あんなふうになれるのかなぁ。

 ふと窓の外の遠くを見る。紙コップを両手で持ちながら、ココでこんなふうに溜息をつくのが、私の定番になっていた。


「あ、ココにいたのね」

 休憩スペースの入口から女性の声がした。そのチーフだ。

「今日はありがとうね。片付けの時も荷物多い上に重くて大変だったでしょ?でもみんな、助かったって言ってたわ」

 チーフの可愛らしい声が二人しかいない休憩所に響いた。切り揃えた前髪と腰まである長いキレイな髪、アタシよりだいぶ低い身長で、いつもの愛嬌ある笑顔がこちらに近づいてくる。


「あ、それ美味しそうね。アタシも飲んじゃおうかなっ…あ、チャージってまだ残ってるかしら?」

 首から下げた社員証兼電子マネーカードを手にして、マジマジとカードを睨み始めた。チーフ、睨んでも残高はわかりませんよー。


「チーフって、すごいですよね」

 さっきまでネガティブな事を考えながら、チーフの事を思い出していたからか、フイに突拍子もない事を口走ってしまった。内心しまった!と思ったけれど、心と言語中枢はまるっきり噛み合っていなかったらしく、アタシは突拍子もない言葉の続きをつらつらと言い始めてしまった。


「チーフは大きなプロジェクトいろいろされているようですけど、あの…怖くは無いんですか?失敗したら…とか考えないんですか?アタシなら…ダメです。きっと走って逃げ出しちゃいます」


 いつもは言葉数が少ないはずの後輩から、突然の質問にポカーンとした顔。だ…ダメだ、この状況をなんとかしなきゃ。今更になって私は慌てた。なんか脇の下が冷たくなってる感触がした。


「笑わないで…聴いてくれる?」


 カードの電子マネー残高があったらしく、自販機で飲み物を買ったチーフはフロアのソファに座って、手でポンポンと隣を叩き、アタシが隣に座るよう促す。アタシが座り、革のソファにギュウと音をさせると、チーフは前髪を気にするポーズをしながら、照れくさそうにアタシの問いに答えてくれた。


「私ね、昔からある決まった夢を見るの。レギュラーで何回も見る夢というか…あ、この夢って言うのは、寝た時に見るソッチの夢ね」

 チョット照れたように、はにかんだ表情のチーフは、心なしか顔がほんのり赤いように見えた。


「私がね、夢のなかでは魔法使いになってるの。ホウキで空飛ぶみたいな、アノ魔法使いよ。でね、私の他にも仲間の…みたいな人たちがいて、その人達と協力して何かを捕まえるっていう夢を見るの。その捕まえるモノっていうのが色んなとこにあるモノで、飛行機が飛ぶような高い空や、テレビでしか見たこと無いような深海とか、挙げ句の果てには月とか土星とか、宇宙までホウキに乗って出かけちゃうのよ」


 今度はアタシがポカーンとした。チーフの口から出たそれは、イエスノーの答えではなく、ソレは答えにつながる前章なんですか?みたいな、抽象的と捉えてイイのか、比喩なのかとか諸々分からない感じのストーリーが始まったのだ。なんかそんな雰囲気無いと思ってた人から、ファンタジーとかSFみたいなコト飛び出した!って思った。いや、コレは予想できなかった…。


「魔法使いと言っても、何でもできるみたいなものじゃなくて、ホウキみたいな物で空が飛べて…少しの魔法が使える、そんな地味な感じなの。だからその「捕まえるモノ」もカンタンには捕まえられなくて、みんなで四苦八苦しながらやるの」


 背筋を伸ばして座り、窓の外の空を見上げるチーフの顔は、とてもうれしそうな表情。夢だって前置きはしたけれど、まるで実際にしたことをすごく懐かしんでいる、みたいな顔してるように見えた。


「変な人が突然現れて邪魔されることもあるわ。でも最後にはちゃんと目的のモノを捕まえて、みんなで良かったね!って笑い合うの」


 突拍子もない話のはずなのに、その落ち着いていて、かつ可愛いらしい声のそれをアタシは、いつの間にか好きな音楽を聴いているかのように聞き入っていたことに気づく。


「えーと、だからね、一体何が言いたいかと言うと…」

 アタシの方に向き直したチーフは、そう言うと少し間を置いた。そしてさっきの前髪を気にするポーズをしながら…いや、よく見ると前髪というよりは、広いつばの帽子を目深にするようにも見えたけど…そんなうつむいたポーズから、おもむろに人差し指を上方に向け、アタシを見て、コレからイタズラを仕掛ける天真爛漫な子供のようにニコッと笑った…。アタシは思わずつられて愛想笑いをし、何も考えずにその方向を見た。


 天井と照明器具が見えるだけと思っていたアタシに起こった出来事は…まさかのブラックアウトだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...