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第15話 人として…父親として…
しおりを挟む王都・西区。 王都倉庫内。 積み荷の間を抜ける風が、油と木の匂いを運んでいた。 開け放たれた扉の隙間から、夕陽が射し込み、 積み上げられた木箱の影が床に長く伸びている。
倉庫の空気は重く、静寂の中で緊張だけが響いていた。
「!? なんだ!」
「セ、セリーナ様!」
「貴様!」
怒号が上がり、兵士たちが一斉に構えを取る。 オレンジ色の光が差し込む中、 ガットがセリーナの首元にナイフの刃先を寝かせ、冷たさだけを首筋に触れさせていた。 刃に夕陽が反射する。
「騒ぐな!」
低い声が倉庫全体に響き渡る。 ガットの腕は震えていたが、その眼は真っ直ぐに燃えていた。
「王女を傷つけたくない。 王に話がある!」
「王を呼んでこい!」
「お、お前、何をしているかわかってるのか!」
「もう一度言う―― 王を連れてこい!」
木箱の影で兵士たちがざわめく。 夕陽が差し込み、埃が金色に舞っていた。
そこへ兵士長が駆けつける。
「話を聞こう。その前に王女を離せ。」
「お前じゃねぇ。王に話があるんだ!」
(セリーナ……すまない!)
ガットは腕に力を込め、セリーナを引き寄せた。 首元に刃が触れ、セリーナの喉が小さく震える。
「ん……んん……」
その苦しげな声に、兵士長が焦りを見せる。
「わ、わかった! 今呼んでくる!」
「はじめからそうすりゃいいんだよ!」
「くっ……外道が!」
外の光が一瞬陰る。 扉の外から足音――重い靴音が近づく。
ナビル王が姿を現した。 豪奢ではなく、旅装のままの外套姿。 夕陽が横顔を照らし、瞳に橙の光を宿している。
「貴様か。」
「やっと来たな……あんたに話がある。」
「私に直接物言いとは……なんだ? 三千万では足りぬか?」
「そんなんじゃねぇ。」
「その前に――」
「!」
王の声は低く、しかし空気を裂くように響いた。 光の筋が倉庫の奥を斜めに走り、 王とガットの影が床で交わる。
「セリーナを離してもらおう。」
「お前はすべてを覚悟してここへ来た。 そうだな?」
「……ああ。」
「ならば、一対一で話をしよう。」
倉庫の片隅。 セリーナはガットを見上げていた。
(ガットさん……)
「私は嘘はつかない。 お前もそれは知っているはずだ。」
「……」
(セリーナ……俺から離れるんだ……)
セリーナは小さく首を横に振る。
(ダメ……私が離れたら、ガットさんは……)
ガットの腕にしがみつく。 その手は震えながらも離れなかった。
(大丈夫だ……王は嘘はつかない。)
「ん……んん……」
(そのあと……ガットさんは……)
夕陽が差し込み、二人の影が重なる。
「どうした?」
「……わかった。」
(セリーナ……離れるんだ。俺はお前を守りたい。)
(ガットさん……)
一瞬、セリーナの手の力が抜けた――。
ドン――!
ガットはその隙に、セリーナを兵士の方へ押し出した。 その衝撃で、口を塞いでいた布がずれ落ちる。 逆光の中で放たれた声が、倉庫の奥まで澄んで届いた。
「ガットさん! お父様! お願いです!」
「ガットさんはそんな人ではありません!」
「ガットさんは――!」
ナビル王はその声に重ねるように、 静かに命じた。
「連れていけ。」
「はっ!」
「待ってください! お父様! 話を聞いてください!」
セリーナは兵士に抱えられ、光の向こうへ消えていく。 扉が閉まり、音が吸い込まれる。倉庫に、夕陽と呼吸だけが残った。
ガットはナイフを手放した。 金属音が乾いた床に響く。
「捕まえないんだな。」
「約束だ。」
「お前たちも下がれ。」
「し、しかし……」
「下がれ。」
兵士たちが出て行き、残ったのは二人だけ。 夕陽が差し込み、影が長く伸びていた。
「邪魔者はいなくなった。 要件を聞こう。」
「ああ……すまねぇな。」
「俺は血筋も身分も関係ねぇ。 ひとりの人間として――あんたと話したい。」
王はゆっくりと歩み出た。 夕陽の光を背に、長い影がガットに重なる。
「……いいだろう。」
「――あんたは、セリーナの気持ちを考えたことあるか?」
「セリーナの?」
「ああ。 あいつはな……ひとりで苦しんでんだ。 自分を見失ってる。」
「……」
「自分は価値のない人間なんだって…… 誰からも愛されてないって……」
「……」
「あいつには――セリーナには、あんたが必要なんだよ。」
「なぁ……セリーナの笑顔、見たことあるのか?」
王は黙したまま、夕陽を背に光の中で立っている。 その影がガットの足元を覆った。
「ちゃんと……面と向かって話したことあるのか?」
「忙しいのはわかる。王だからな。」
「けどな……セリーナにとって、あんたは唯一の父親なんだ。 王の前に、“父親”なんだよ!」
ガットの声が震える。
「頼むから…セリーナを…一人にしないでやってくれ…」
「同じ父親としての俺の…願いだ。」
その頬を伝う涙が光に照らされ、赤く輝いた。
ナビル王は目を閉じた。 倉庫の中に、風が一筋流れ込む。 埃が光の筋を横切り、時間が止まったようだった。
そして――。
王は下を向いたまま、ゆっくりと息を吸う。 沈んだ視線を、少しずつ上へと持ち上げる。 王は外套の留め具を外し、胸元の呼吸を一度整えた。 まぶたの下から光が差し込み、王は目を開いた。
その瞳には、王の威厳ではなく“父の眼差し”が宿っていた。
「……私は……父親ということを忘れていたのかもしれない。」
声はかすかに震え、夕陽の中で溶けた。
「セリーナには……すまないことをした。」
「じゃあ……約束してくれ。」
「わかった。 セリーナをこれ以上悲しませるようなことはしない。」
「……ああ。頼むよ、ナビル王。 あんたが信頼できる人だってことは、みんな知ってる。」
「話は終わりだ。」
ガットは静かに手を上げた。
「俺はもういい。」
「……」
「俺は犯罪者だ。 秩序を乱した。 当然、罰は受ける。」
「ガット、と言ったな。」
「ああ。」
「――覚えておく。」
王が小さくうなずく。 夕陽が倉庫の中を満たし、二人の影が重なった。
扉が開く。 兵士たちが入ってくる。
ガットは抵抗せず、ただ一度、王を見上げた。
(よかったな……セリーナ…… お前はもう……ひとりじゃない。)
外では日が沈みかけていた。 橙の光が、ゆっくりと夜へ溶けていく。
――倉庫の夕刻が、静かに幕を閉じた。
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