幽霊作家

のーまじん

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大人の関係

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 文月は先行きが明るくなるような気がした。
まさか、物語の世界の語られない登場人物として犯人探しをするなんて、斬新な事、文月だけでは考え付かなかった。
 今月、乱歩先生が原稿を落としたとしても、先生が納得してくだされば、物語のより深い設定や、場所などの雑学で誌面を埋めらる。
 『陰獣事件』『福来博士の研究』『新聞記者の日常』これらの話を盛りながら、物語の世界を説明したら、きっと読者も喜ぶに違いない。
 それに、スランプ中の乱歩先生にいい刺激になるかもしれない。
 希望が出てきたところで、文月は祖父江進一の犯人説を考え始める。

 祖父江は、殺害された姉崎曽根子と恋仲だと仮定しよう。
 『悪霊』では、祖父江達の人間関係はあまり描写されてなかった。
 この辺りを膨らませる。文月はミステリーマガジンの編集を、祖父江は報道関係の文化部で働いている。
 最近は、海外の変化が激しくて、報道部も忙しそうだった。1929年の世界恐慌の影響から、アメリカも脱出できてないようだった。
 ここ数年、銀行の閉鎖が増え、それに伴い工場なども閉鎖や投げ売りをしているようだった。そんな会社を買い集める資産家が現れる。
 世界大戦で敗退したドイツは、ドイツ労働党が勢力を増しているようだった。アインシュタイン博士が米国に亡命をした。
 世界が、禍々しい方向に流れてゆく…そんな雰囲気に社会部は警戒するスズメバチのように張り詰めていた。
 それは政治の方でもそうなのだろう。昨年、検閲に条項が追加される。
 戦争を挑発するおそれのある事や、治安を妨害する事項…
 これはカフェのあり方を変え、向井の雑誌を休刊させた。そんな中で

 祖父江は、恋仲の曽根子が邪魔になって殺した…

 そう考えて、嫌な気持ちになる。本当にそれでいいのだろうか?
少し考えてから、文月は向井を見る。
 「すいません。先輩。僕はやはり、祖父江君を疑いたくありません。」
突然のマジレスに向井が混乱する。
「どうした?もっといい犯人が思いついたのか?」
向井は慌てて聞いた。
「いいえ。さっきまでは、小説の登場人物だと、他人だと思っていたけれど、同じ出版社で働く人物になった現在、不倫を疑うなんて、僕にはできません。」
文月の真っ直ぐな瞳に向井の目が泳ぐ。
「ふ、不倫?不倫なんて、誰もしてないだろ?姉崎曽根子は夫を亡くして独身だし、祖父江も23歳独身設定と決めたじゃないか。」
何を慌ててるのだろう?向井は自分が馬鹿馬鹿しく感じる。
「結婚してない男女が、体を寄せ合うなんて、倫理的に不浄です。不倫じゃないですか!」
真っ直ぐに向井を見つめるその瞳に、向井の雑誌を見た姪の小春の「おじさま不潔」のセリフがフラッシュバックする。
「文月、お前は乙女か?いい大人なんだから、大人の関係でいいじゃないか。」
姪の毒虫を見るような目を思い出して向井のセリフも毒をもつ。
「良くないです!少なくとも僕は、さっちゃん以外の女性とそんな事は考えられません。それに、最近は報道部も忙しくて、そんな浮かれてる人間なんていませんよ。」
文月の真っ直ぐな顔に、向井は毒を抜かれた。
徴兵を終えて、大学を卒業する頃に世界恐慌に突入した文月が幼馴染の許嫁の事を心配しているのは知っていた。
 23歳で文月を待つ許嫁を早く迎えに行きたいと考えているのだろう。
 ここで成功したら、それが叶うかもしれないのだ。
 叶えてやりたいと向井は思った。

 この話が採用されたら、少しは原稿料も入るかもしれない。そうしたら、くこし上等な結婚式を挙げさせてやれるかもしれないし、乱歩先生から祝辞をもらえるかもしれない。
 
 頑張らねば!

 向井は腹に力を込めた。
 「お前が祖父江を信じたいならそうすればいい。けれど僕は祖父江の事をまだ疑っている。
 ついでに言っておくが、これは数年前の手紙の話だから、近年の報道部の事情は除外して考えた方がいいぞ。」
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