15 / 41
時代を切り拓く者
しおりを挟む念力と催眠術…そうだった。そんな話を夕方、社で聞いたばかりだった。が、濁流のような急展開にすっかり忘れていた。
「催眠術は…僕は乱歩先生から直接聞いたわけじゃなので。」
文月はしどろもどろにそう言った。実際、直接聞いた話ですらない。
編集長が談話室で乱歩付きの担当編集を怒鳴っていたのを聞いただけだ。
「どうでもいいさ。どちらにしても面白ければそれでいいんだ。」
向井に言われて、これが小説の話だったと思いだす。
「どうでも良くないですよ。推理小説を何ですから、念力なんて怪しい話。使えません。」
文月はため息を漏らした。が、向井はそんな事は気にしてない。
「文月くん、困るね、君は現在、私の架空の雑誌の記者なのだから。推理ではなく、神秘小説を考えてくれないと。」
向井は大袈裟に困ってみせる。
「そんな事、急に言われても困ります。」
戸惑う文月に向井は聞く。
「ミステリ小説だとしても、困らないかな?それとも君は『悪霊』の矢絣(やがすり)の人物の謎を解いたというのかな?」
向井は自信満々に聞いてくる。
「いいえ、わかりません。」
文月は辛い気持ちになる。『悪霊』には時代遅れの矢絣の若い女が登場し、しかも、犯行時間に姉崎家を訪問するのを近所の煙草屋の女将さんと物乞いの男が目撃し他と書いてある。
時代遅れのハイカラさんの登場が乱歩先生を悩ませてるのでは無いかと文月は思った。が、どうしてそんな人物が現れてのか、その意味は皆目分からなかった。
「そうだろう?でも、それでは連載作品の解決編は作れない。すでにそこまでは発表してしまったのだからね。矢絣の女の意味を考えないといけないじゃないか。それには、オカルトの知識が必要じゃないか。」
向井はそう言ったが、文月は、なんだか納得できなかった。
「そんな、怪しげな知識で解決したら、読者の反発を受けてしまいまいます。」
不機嫌な文月に向井は肩をすくめる。
「岳士、お前、もう一度、『悪霊』を読んでみろ。祖父江進一の交霊会の参加の動機を。」
向井に言われて文月は落ち込む。そうだった、この話は交霊会で犯人を探すとかそんな展開になるのだった!
「そうですね…交霊会…乱歩先生も何でこんな展開を考えたんでしょうね。」
文月は泣きたくなった。それは、数日前の乱歩担当の先輩のぼやきにも似ていた。
もうすぐ4月である。数ヶ月前は昇進確定の夢を楽しそうに語っていた先輩は、社長や営業部長に厳しい追求をされて弱っていた。
それは乱歩先生も同じだろう。
少年時代、縁日の芝居を見にいった。明智小五郎が登場する勧善懲悪の物語。あれは多分、『一寸法師』の改訂版だったと思う。
ピエロやマジシャンが登場したし、チャンバラがあったり無茶苦茶だったけれど面白かった。
あとで演者が売り込みをしていた探偵七つ道具が欲しくて親を困らせたな。
文月にとって明智小五郎は正義の味方で憧れだった。それは日本の少年の夢でもあった。
それなのに、なぜ、乱歩先生は交霊術なんて始めたのだろう?
「時代の先を切り開くためだよ。」
向井の言葉が澱んだ深夜の空気を引き裂いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる