幽霊作家

のーまじん

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向井の夢

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   「で、資料のアテがあるんですよね。」
文月は少しうんざりした様に聞いた。お宝で、ミステリの巨匠がシャッポを脱いでそのまま掲載する様な、そんな凄い資料。そんなものが存在するのか。
「アテなんてないよ。感の様なもの、かな。」
向井の言葉に文月は素早く反応した。
「カン?カンですか!そんな不確かなもので僕の貴重な時間を無駄にしたって言うのでしょうか?」
文月はワケの分からなくなる話に少し苛立つ。が、向井はそれを軽くいなす。
「不確かなのは仕方ないさ。この小説の祖父江の手紙が『意味のない文章の羅列』なのだから。」
向井は少し考え込む様にそういった。
「何なんですか、意味のない文章の羅列って、あの、江戸川乱歩の連載作品を、し、失礼じゃないですかっ。」
文月の脳裏に雑誌制作の色々がよぎる。締め切りギリギリまで作品を確認、構成、営業をしていた、その目玉作品が、ただの文字の羅列なんて、自分たちは意味のない文字のために徹夜をしたり、残業をしていたワケじゃない。
 「失礼も何も、書いたのは乱歩先生ご自身だし、物語的には作中作者の次元で祖父江進一が犯人で解決出来るから、手紙文はただの『文字の羅列』で構わなかったと、思うんだ。」
向井は何か、心ここに在らず、と言う風に言った。
「その、解決編、本当にあるんでしょうか、あるのならご拝聴させていただきたいです。」
お酒に気が大きくなった文月が挑戦的に言う。
「あるよ。でも、それは最終手段だからね。まずは、祖父江進一の手紙を考察しないと。」
向井はそう言って話し始めた。

    「普通、霊界などの神秘ミステリーを描く場合、なにがしかの参考資料、伝説、事例をもとにして作るよね?」
「そうでしょうね。」
「だから、乱歩先生も心霊を題材にするにあたって色々と資料を集めたと思うんだ。」
「ドイルの資料とか、英国の神秘学について、ですよね。」
「ああ、で、ここは日本だ。そこで問題が出てくる。その資料は原文なのか、誰かが翻訳したものか、と言う問題が出てくる。」
向井は少し渋い顔をする。
「その翻訳の致命的な間違いを乱歩先生が気がついて、混乱しているのでしょうか。」
文月はエクト・プラスムの放射光の一文を思い出した。西洋人の鼻や耳から流れてくる、あの怪しげな物体を放射光というのは、確かに不可解な気がする。
「それは分からないな。でも、複数の、しかも、翻訳ミスした様な資料を急いで使って、今になって混乱した、と、いう可能性はあるとは思う。」
向井の説明に文月も納得する。クック嬢の事といい、確かに気になる点が多い。
「でも、祖父江の手紙のところは間違ってもいいと、先輩は言いましたよね?」
文月はメモを見ながら追求する。
「ああ。でも、それは最終手段だよ。僕の考える物語では、乱歩先生は竹溝先生に次の仕事を取るために、雑誌の席を用意する目論みがあって書いてる設定だからね。」
「そうでしたね。」
文月は頷く。これは2人の間の秘密の設定ではあるが、推察しておいた方がいい気はした。
「今回、作中作者と登場人物の手紙文にしたのは、話が佳境に入って3月を迎える頃、颯爽と岩井担に扮した竹溝先生の推理を取り込む予定だとすると、なかなか面白い展開だろう?」
「そうですね。マンネリとか言われることもありますが、江戸川乱歩の名前とともに3月、そして、新年号に登場するとなったら、弾みがつきますから。」
文月はため息をつく。ああ、本当にそんな目論みがかくれていたら、編集のみんなはどんなに喜ぶだろう?
  読者だって、ワクワクするに違いない。向井の様に考えた読者は、そんな無粋な事を書かなくても、乱歩、竹溝の友情譚にたどり着くに違いない。岩井で大阪と言えば、乱歩先生の探偵の職歴を思ったり、小説外の物語を思って喜んで貰えるに違いない。
「ああ、共作作品はよくあるけれど、手紙を使って、2人の作家が『謎』と『謎解き』の主人公に分かれて物語を作るなんて、全く、斬新だよ。
  今回は友情ものだけれど、二十面相と明智小五郎、夏の夢企画での読者との決闘。やろうと思えば色々と出来るし、手紙の読書付録やら、結末の別売。夢が膨らむよね。」
向井も楽しそうに言った。
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