35 / 41
向井の夢
しおりを挟む
「で、資料のアテがあるんですよね。」
文月は少しうんざりした様に聞いた。お宝で、ミステリの巨匠がシャッポを脱いでそのまま掲載する様な、そんな凄い資料。そんなものが存在するのか。
「アテなんてないよ。感の様なもの、かな。」
向井の言葉に文月は素早く反応した。
「カン?カンですか!そんな不確かなもので僕の貴重な時間を無駄にしたって言うのでしょうか?」
文月はワケの分からなくなる話に少し苛立つ。が、向井はそれを軽くいなす。
「不確かなのは仕方ないさ。この小説の祖父江の手紙が『意味のない文章の羅列』なのだから。」
向井は少し考え込む様にそういった。
「何なんですか、意味のない文章の羅列って、あの、江戸川乱歩の連載作品を、し、失礼じゃないですかっ。」
文月の脳裏に雑誌制作の色々がよぎる。締め切りギリギリまで作品を確認、構成、営業をしていた、その目玉作品が、ただの文字の羅列なんて、自分たちは意味のない文字のために徹夜をしたり、残業をしていたワケじゃない。
「失礼も何も、書いたのは乱歩先生ご自身だし、物語的には作中作者の次元で祖父江進一が犯人で解決出来るから、手紙文はただの『文字の羅列』で構わなかったと、思うんだ。」
向井は何か、心ここに在らず、と言う風に言った。
「その、解決編、本当にあるんでしょうか、あるのならご拝聴させていただきたいです。」
お酒に気が大きくなった文月が挑戦的に言う。
「あるよ。でも、それは最終手段だからね。まずは、祖父江進一の手紙を考察しないと。」
向井はそう言って話し始めた。
「普通、霊界などの神秘ミステリーを描く場合、なにがしかの参考資料、伝説、事例をもとにして作るよね?」
「そうでしょうね。」
「だから、乱歩先生も心霊を題材にするにあたって色々と資料を集めたと思うんだ。」
「ドイルの資料とか、英国の神秘学について、ですよね。」
「ああ、で、ここは日本だ。そこで問題が出てくる。その資料は原文なのか、誰かが翻訳したものか、と言う問題が出てくる。」
向井は少し渋い顔をする。
「その翻訳の致命的な間違いを乱歩先生が気がついて、混乱しているのでしょうか。」
文月はエクト・プラスムの放射光の一文を思い出した。西洋人の鼻や耳から流れてくる、あの怪しげな物体を放射光というのは、確かに不可解な気がする。
「それは分からないな。でも、複数の、しかも、翻訳ミスした様な資料を急いで使って、今になって混乱した、と、いう可能性はあるとは思う。」
向井の説明に文月も納得する。クック嬢の事といい、確かに気になる点が多い。
「でも、祖父江の手紙のところは間違ってもいいと、先輩は言いましたよね?」
文月はメモを見ながら追求する。
「ああ。でも、それは最終手段だよ。僕の考える物語では、乱歩先生は竹溝先生に次の仕事を取るために、雑誌の席を用意する目論みがあって書いてる設定だからね。」
「そうでしたね。」
文月は頷く。これは2人の間の秘密の設定ではあるが、推察しておいた方がいい気はした。
「今回、作中作者と登場人物の手紙文にしたのは、話が佳境に入って3月を迎える頃、颯爽と岩井担に扮した竹溝先生の推理を取り込む予定だとすると、なかなか面白い展開だろう?」
「そうですね。マンネリとか言われることもありますが、江戸川乱歩の名前とともに3月、そして、新年号に登場するとなったら、弾みがつきますから。」
文月はため息をつく。ああ、本当にそんな目論みがかくれていたら、編集のみんなはどんなに喜ぶだろう?
読者だって、ワクワクするに違いない。向井の様に考えた読者は、そんな無粋な事を書かなくても、乱歩、竹溝の友情譚にたどり着くに違いない。岩井で大阪と言えば、乱歩先生の探偵の職歴を思ったり、小説外の物語を思って喜んで貰えるに違いない。
「ああ、共作作品はよくあるけれど、手紙を使って、2人の作家が『謎』と『謎解き』の主人公に分かれて物語を作るなんて、全く、斬新だよ。
今回は友情ものだけれど、二十面相と明智小五郎、夏の夢企画での読者との決闘。やろうと思えば色々と出来るし、手紙の読書付録やら、結末の別売。夢が膨らむよね。」
向井も楽しそうに言った。
文月は少しうんざりした様に聞いた。お宝で、ミステリの巨匠がシャッポを脱いでそのまま掲載する様な、そんな凄い資料。そんなものが存在するのか。
「アテなんてないよ。感の様なもの、かな。」
向井の言葉に文月は素早く反応した。
「カン?カンですか!そんな不確かなもので僕の貴重な時間を無駄にしたって言うのでしょうか?」
文月はワケの分からなくなる話に少し苛立つ。が、向井はそれを軽くいなす。
「不確かなのは仕方ないさ。この小説の祖父江の手紙が『意味のない文章の羅列』なのだから。」
向井は少し考え込む様にそういった。
「何なんですか、意味のない文章の羅列って、あの、江戸川乱歩の連載作品を、し、失礼じゃないですかっ。」
文月の脳裏に雑誌制作の色々がよぎる。締め切りギリギリまで作品を確認、構成、営業をしていた、その目玉作品が、ただの文字の羅列なんて、自分たちは意味のない文字のために徹夜をしたり、残業をしていたワケじゃない。
「失礼も何も、書いたのは乱歩先生ご自身だし、物語的には作中作者の次元で祖父江進一が犯人で解決出来るから、手紙文はただの『文字の羅列』で構わなかったと、思うんだ。」
向井は何か、心ここに在らず、と言う風に言った。
「その、解決編、本当にあるんでしょうか、あるのならご拝聴させていただきたいです。」
お酒に気が大きくなった文月が挑戦的に言う。
「あるよ。でも、それは最終手段だからね。まずは、祖父江進一の手紙を考察しないと。」
向井はそう言って話し始めた。
「普通、霊界などの神秘ミステリーを描く場合、なにがしかの参考資料、伝説、事例をもとにして作るよね?」
「そうでしょうね。」
「だから、乱歩先生も心霊を題材にするにあたって色々と資料を集めたと思うんだ。」
「ドイルの資料とか、英国の神秘学について、ですよね。」
「ああ、で、ここは日本だ。そこで問題が出てくる。その資料は原文なのか、誰かが翻訳したものか、と言う問題が出てくる。」
向井は少し渋い顔をする。
「その翻訳の致命的な間違いを乱歩先生が気がついて、混乱しているのでしょうか。」
文月はエクト・プラスムの放射光の一文を思い出した。西洋人の鼻や耳から流れてくる、あの怪しげな物体を放射光というのは、確かに不可解な気がする。
「それは分からないな。でも、複数の、しかも、翻訳ミスした様な資料を急いで使って、今になって混乱した、と、いう可能性はあるとは思う。」
向井の説明に文月も納得する。クック嬢の事といい、確かに気になる点が多い。
「でも、祖父江の手紙のところは間違ってもいいと、先輩は言いましたよね?」
文月はメモを見ながら追求する。
「ああ。でも、それは最終手段だよ。僕の考える物語では、乱歩先生は竹溝先生に次の仕事を取るために、雑誌の席を用意する目論みがあって書いてる設定だからね。」
「そうでしたね。」
文月は頷く。これは2人の間の秘密の設定ではあるが、推察しておいた方がいい気はした。
「今回、作中作者と登場人物の手紙文にしたのは、話が佳境に入って3月を迎える頃、颯爽と岩井担に扮した竹溝先生の推理を取り込む予定だとすると、なかなか面白い展開だろう?」
「そうですね。マンネリとか言われることもありますが、江戸川乱歩の名前とともに3月、そして、新年号に登場するとなったら、弾みがつきますから。」
文月はため息をつく。ああ、本当にそんな目論みがかくれていたら、編集のみんなはどんなに喜ぶだろう?
読者だって、ワクワクするに違いない。向井の様に考えた読者は、そんな無粋な事を書かなくても、乱歩、竹溝の友情譚にたどり着くに違いない。岩井で大阪と言えば、乱歩先生の探偵の職歴を思ったり、小説外の物語を思って喜んで貰えるに違いない。
「ああ、共作作品はよくあるけれど、手紙を使って、2人の作家が『謎』と『謎解き』の主人公に分かれて物語を作るなんて、全く、斬新だよ。
今回は友情ものだけれど、二十面相と明智小五郎、夏の夢企画での読者との決闘。やろうと思えば色々と出来るし、手紙の読書付録やら、結末の別売。夢が膨らむよね。」
向井も楽しそうに言った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる