オーデション〜リリース前

のーまじん

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パラサイト

収録

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  「と、言うわけで今日、これから、俺と若葉さんで夜通し怪談をするわけですね。」
秋吉は、軽快にカメラに語りかける。

  二階からモニターで見ている私は、なんだか息子の学芸会でも見ているような、素に戻ったような恥ずかしさを感じながら、モニターを見つめていた。

  が、遊びに来たわけではない。
  私は、雅苗(かなえ)さんの荷物の整理を依頼されたのだ。

  深夜割り増しの時給分の成果を出さなさければ。

  インスタントコーヒーを作りながら、さっき取り出したファイルを開き直す。

  私は、製薬会社で害虫の駆除剤の研究をしていたが、雅苗さんは、私とは逆に益虫を使った農薬を減らす農業の研究をしていた。

  特に、キャベツなどの葉もの野菜を食い荒らす幼虫を餌にする、寄生バチについての研究、観察の資料が多い。
  几帳面な彼女の直筆のファイルを見つめながら、なぜ、若葉(わかば)溶生(ときお)と結婚したのか、不思議な気がした。


  「はじめは、彼女が熱心に私にアプローチしてきたんですよ。」
モニターの中で、若葉が言葉を切って、昔を懐かしむ。
  その渋味のある枯れた笑顔は、モルゲロン病が結ぶ縁については何も語ることはない。

「初めの彼女の印象は、強引な女(ひと)だなって思いました。
  正直、こんな風になるまでは、どこか彼女から離れる事が格好いいと思っていました。
  でも、今は、妻に会いたいです。
  例え、今、どんな姿になっていたとしても……。」
  「で、7年目の今日、百物語で、奥さまの生霊(れい)を呼び出そうと、そう考えているわけですね。」
秋吉が少し困った感じで溶生に同意を求めた。
  その横で、少しうつむくレイの姿がシュールに見える。
  
  行方不明の奥さんを、死人と仮定して、テレビで百物語で呼び出すなんて、馬鹿げている。
  下手をすれば、この時代、不謹慎だと炎上しかねない番組だと私は思った。

「はい。妻が夢でそう言いました。
  この日、この家で私にまた会いたいと。
  あのショクダイオオコンニャクの見事な花を、二人でみたいと。
  私は、雅苗が今日、会いに来てくれると確信しています。」
話終わると溶生は、奥さんを思い出してるような、優しい笑顔になる。

  狂気の滲(にじ)む、その笑顔を北城は、どこかで観察しているはずだ。
  あの日…あの部屋で、溶生さんが何を見たのか…
  北城は、私が遠くで監視してるのは、不足の事態の保険だと言った。
  この部屋の扉には木の雨戸がついていて、外に光が漏れにくく、外から誰かが襲ってきた場合、私が、外への連絡係になるんだと。

  「そうですか。」
秋吉は、溶生の話を丁寧に聞き終わると、一度、間を置いて、会話の相手を視聴者へと変更する。

「テレビをご覧の皆様で、若葉さんの奥さまを目撃した方は、今、画面に映る電話番号までご連絡お願いします。」
秋吉は真剣な表情でカメラを見つめる。
  この瞬間、番組に雅苗さんの生への希望が息づいてくる。

  が、多分、長山は死を仮定して番組を構成しているのだろう。
  7年は長い。その間、探していたとしたら、彼女の目撃情報が、ここで持ち上がるなんて、長山は信じてないような気がした。

  一見、馬鹿げたような企画で、7年前の現場を借り受け、その舞台を使って、事件当日を再現して、何を北城や長山は何を狙っているのだろう?

  “シケイダ3301の正体は、いまだに分からないままなのだよ。
  そして、2012年の問題の解答も。
  現在、インターネットに自慢げに載せられる、あの解答の方がフェイクだとしたら、雅苗さんが本当の解答を導きだしたとしたら?
  春先に急に警備会社と契約した理由にならないかね?”

  北城の、少しすかした説明が耳によみがえった。


  北城は私に雅苗さんの資料を調べさせて、当日の雅苗さんの知られていない行動を探す事を期待すると言った。

  番組を生放送ではなく、収録にしたのは奴のようだ。ライブを希望する溶生さんをうまく言いくるめて。
  それは、お蔵入りを想定して出来るだけコストを削っているようにも感じた。

  お蔵入りと言っても、
  昭和の人気歌手の溶生が、もし、ここで犯罪告白をし、それを独占で、こんなドラマティックに収録出来たなら、それは、別の意味でひと財産作れる逆転映像になる可能性はゼロではない。

  実際、溶生さんは、この収録の後、つまり、百物語で雅苗さんが現れなければ失踪宣告をするつもりらしかった。

  失踪宣告が通れば、奥さんの財産5億円を溶生(ときお)さんが相続するなどと、邪推(じゃすい)な話を聞いたからかもしれない。

  そう考えて私は随分と疑り深く、人を見ている自分に気がついて苦笑(にがわらい)する。

  気を取り直して、ファイルを整理する。

  当時のまま綺麗に整頓された部屋を私が片付ける必要はなかった。
  研究と言っても、普通にここの温室の虫の監察などのデーターがあるだけで、取り立てて珍しい発見はなかった。

  私は片付けのテーマを7年、失踪宣告を前にして、生物学と無縁の血縁者が、奥さんの研究資料を処分する為の整理を考えた。

  出来るだけ、捨てずにすむような処分のしかたにしたいな。

  私は、ありきたりな日常の小さな虫の生態を書き留めたファイルをみながら思う。
  一般人は、ノーベル賞など、華やかな発見や研究に気が行きがちだが、
  こうした、何気ない日々の変化を、同じ条件で几帳面に記録する人物がいてこそ、科学や文化は花開くのだと思うのだ。
  
  彼女のファイルには、画像時代には懐かしい、綺麗で精密な蜂のスケッチが数点載せられている。

  アオムシサムライコマユバチ…
  この、漫画チックなネーミングの蜂は、モンシロ蝶の幼虫に寄生する。
  生きている青虫に麻酔をかけ、動きが散漫となったところで、青虫の体に卵を産み付けるのだ。
  青虫には恐怖の存在であるこの虫は、
  キャベツなどの農産物を青虫に食い荒らす青虫の駆除と言う点では益虫だ。
  雅苗さんは、この小さな虫のスケッチを数点残していて、他にも沢山の昆虫について、細かく観察したあとがある。
  雅苗さんのスケッチには、自然や生物への好奇心や彼女なりの愛がこもっている感じがした。

  この、小さな温室の生態系のデーターも、保存することで後の…科学に…。

  私は、ぼんやりと科学について考えながら見ていたファイルの手を止めた。

  ここに来て、私の疑問は確信に変わる。
  ショクダイオオコンニャクのスケッチが無いのだ。

  子供の頃から、自分の周りの自然や虫を観察したり、記録するのが好きだったと予想される人物が、
  7年に一度しか咲かない、絶滅危惧種の花の観察を怠ったりするだろうか?

  考えてみれば、7年前に死臭を思わせるような、そんな花を、自分を疎(うと)んじるような旦那と二人で観察したりするだろうか?
  仲良くするつもりなら、なおさらだ。

  私は、昼間見たあの黙示録の天使の様な、不気味な花の蕾を思いだし、説明できない不安に襲われた。
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