戦国澄心伝

RyuChoukan

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第二十八話 澄斎の密図・細き線は旗を囲む

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    数日後、澄斎。

 阿新は庭で、新しく届いた反物を物干しに広げていた。阿久は台所で麺をのばし、弥助は縁側に腹這いになって木っ端を削りながら、ときおり屋内の様子を窺っていた。

 柳澈涵は外出しており、書間の襖は半ば開け放たれている。

 帳簿の束を抱えた佐吉が廊下を通りかかり、机の上に広げられたあの勢力図に目を留め、思わず足を一拍だけ止めた。

 紙の上には、尾張各地の名が記されている。小牧山の一角には、何度も墨が重ねられている。犬山の名が記された区画のわきには、薄い紅の線が一重、静かに描かれており、その横には、細い字で二文字――「半収」と記されていた。

 弥助が廊下から首を突き出した。

 「佐吉兄ちゃん、あれ何の絵? 帳面とは違うようだけど。」

 「お前には関係ない。」

 佐吉は慌てて歩み寄り、襖をぴたりと閉めた。

 「主君の描いたものだ。見ないでおけ。余計なことも聞くな。」

 「でも、このあいだ小牧山に詰めに行ったとき、犬山の人と話したよ。あの人ら、話がうまくてさ……。」

 「話がうまい奴ほど、深入りしない方がいい。」

 佐吉は弥助の額を指で弾いた。

 「覚えておけ。誰が澄斎に誰が主君の前に立つか――それを気にするのは俺たちの役目じゃない。俺たちは家の中をきちんと整えて、茶をこぼさずに出せれば、それで十分だ。」

 弥助は額を押さえて、「分かってるよ」と口の中でつぶやいた。それでも、襖の閉じた方を、もう一度だけ振り返ってしまう。あの部屋の中の一枚の紙が、いつもの帳簿よりずっと重たく感じられた。


 のちに史書は、こう書き留めることになる。

 ――犬山の一統は、数年を置かずして本当に叛旗を掲げ、美濃と通じ、最後には信長に一挙に刈り取られたこと。

 ――そして小牧山城が、刻一刻と整えられていく工事と、次々と送り込まれる兵力によって、尾張から美濃へと突き出された前衛の刃となっていったこと。

 だが、この年の初夏に、人々が目にしていたのは、ただそれだけだった。

 ――小牧山に新しい城脚が伸びていくこと。川の音が相変わらず聞こえ、木曽川の両岸には漁火が、いつもどおり灯り続けていること。犬山の旗は相変わらず尾張北部の城壁の上で、風にたなびいていること。

 ごくごくわずかな者だけが、そのときすでに紙の上で、一本の細い赤い線を引き、その旗を静かに囲んでいたのである。
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