戦国澄心伝

RyuChoukan

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第一百八十四話 箕作之険・医者定策

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 九月十一日。

織田の大軍は愛知川を渡り、刃先を六角の防線へ突き立てた。

前に横たわるのは、平野に聳える巨体――観音寺城。

そして主城を護る二本の牙――箕作城と和田山城。

ことに箕作城は山が険しく、立てた刃のように京への咽喉を噛み塞いでいる。

軍議の陣中。空気は重い、絞れば水が出そうだった。

「山が急すぎる!」

柴田勝家が地図を指し、眉を寄せる。「正面からの仰攻めは、守りの的になるだけだ。六角義賢は愚物でも、選んだ城は硬い骨だ」

「硬い骨でも噛み砕く!」

前田利家が槍の柄に手を置き、目を燃やす。「赤母衣衆、あの牙を砕く槌になります! 御屋形、命を!」

信長は諸将の請戦に応じず、扇を揺らしながら、視線だけを群の奥へ通した。

柳澈涵へ。

「柳」

信長が言う。「六角へ“診察”に通った頃、箕作山の“脈”は切ったか」

柳澈涵が列を出る。地図を見ず、帳外の箕作山をまっすぐ指した。

「この城、正面は鉄、背は紙です」

将たちが息を呑む。

「かつて山麓で薬草を採った。正面は確かに一夫当関だが、北の斜面は古木が密り、枝葉が絡み合っている。六角は密猟を恐れて禁足地にしたが、防りは疎かにした」

信長へ視線を置く。

「樹が密なら土は緩む。禁足地なら、誰も敵が来るとは思わない。そこが、この城の“気門”です」

「だが……」

丹羽長秀が低く唸った。「北の密林は進みにくい。見つかれば仰攻めの隊は瓮の中だ」

「ならば、彼らを聾にし、盲にする者が要る」

柳澈涵は、黙していた滝川一益へ向き直る。

「滝川殿。澄斎で話した“弾幕”を覚えていますか」

滝川は頷き、懐から一枚の図を取り出した。柳澈涵が一年余りかけて組み上げた訓練の図譜。鉄炮は堺、今井宗久の口利きで一船また一船と運ばせた上等品。

「狙うためじゃない。抑え込むためだ」

滝川が、柳澈涵に叩き込まれた核を復唱する。「夜は、弾より音と火光が怖い」

「その通り」

柳澈涵の目が鋭く締まる。「側翼で鉄炮の雷を起こす。耳を潰し、目をそちらへ奪う。――そして」

小柄だが精悍な木下藤吉郎へ視線を投げる。

「最も身軽な“猿”に、北斜面を這い上らせろ。刃を、心臓へ差し込ませる」

信長が扇を鋭く閉じた。乾いた音。

「よし、そうする! 木下藤吉郎、丹羽長秀が北斜面主攻。滝川は側翼制圧。前田と柴田は正面で牽制。今夜、動く!」

信長は立ち上がり、眼に嗜血の火を点した。

「六角義賢に見せてやれ――門が一夜で蹴り砕かれる様を!」
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