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第二百二十一話 分兵の夜・京に刃を残す
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澄心楼の裏庭。蝉の声は嗄れて、暑さの冤(えん)を訴えるようだ。だが屋内は静かで、灯芯が爆ぜる微かな「ぷつ」が聞こえる。
地図が卓上に広げられ、黒石が一つ置かれている。柳澈涵は二指でその石を摘み、僅かに力を入れた。
「ぱち」
石が二つに割れた。片方を「京都」の上へ押し、もう片方を掌に握り、ゆっくり「近江」へ滑らせる。
「分兵だ」
雷霆峨保、幸蔵、弥助がいる。八重美は灯の下で戦袍を縫っている。針が甲の継ぎ目を抜ける音が「しゅっ、しゅっ」と細く鳴る。この決断を、最後の一針で縫い止める音だ。
柳澈涵は回りくどく言わない。
「義昭は、もう筆を動かした」
「京には、線頭を押さえる者が要る」
「澄心楼は眼だ。粮(かて)だ」
「ここが乱れれば、前線は盲になる」
雷霆が目を上げる。
「先生は、俺を残すか」
「お前は四十を連れて残れ」柳澈涵は言い切った。雷霆を測るような目。境界を量る目。
「京の水は澄ませろ」
「掻き回す手があれば、押し返せ」
一拍。声はさらに冷たくなる。
「押し返せぬなら、折れ」
雷霆は頷くだけ。問わない。
「俺がいる限り、濁らせない」
柳澈涵は八重美を見る。彼女は縫い続け、手はぶれない。算盤を弾くような確かさ。
「あなたは何人、連れて行く」彼女は顔を上げずに問う。
「六十」
「いい」八重美は糸を噛み切り、戦袍を渡す。甲片の縫いは固い。刃の入り口を許さない固さ。
さらに薄い紙巻を渡した。紙は薄い。だが重い。
「京の帳(ちょう)」声は速い. 在庫を引き渡す帳場の速さ。
「最近、二条へ足繁く通う者」
「寺社と妙に近い者」
「夜の巷で車辙が深い筋」
「油布と麻縄を急に買い増した店――全部、入れてある」
柳澈涵が受け取る。指腹が紙端の冷たさを触れる。重いのは紙ではない。“家”の重さだ。八重美が目を上げ、柳澈涵を見る。笑みは淡い。だが深い。
「家は、ある」
「あなたは行きなさい」
柳澈涵は割れた黒石の片方を懐へ入れる。
「石は欠けた」
「局は欠けさせぬ」
弥助へ向く。
「お前の刀を持て」
弥助が鞘を握り締める。
「どこへ行く」
柳澈涵は地図の上、近江へ伸びる線を見る。そこは井戸より深い場所へ続く線だ。
「風が、もっと硬い場所だ」
地図が卓上に広げられ、黒石が一つ置かれている。柳澈涵は二指でその石を摘み、僅かに力を入れた。
「ぱち」
石が二つに割れた。片方を「京都」の上へ押し、もう片方を掌に握り、ゆっくり「近江」へ滑らせる。
「分兵だ」
雷霆峨保、幸蔵、弥助がいる。八重美は灯の下で戦袍を縫っている。針が甲の継ぎ目を抜ける音が「しゅっ、しゅっ」と細く鳴る。この決断を、最後の一針で縫い止める音だ。
柳澈涵は回りくどく言わない。
「義昭は、もう筆を動かした」
「京には、線頭を押さえる者が要る」
「澄心楼は眼だ。粮(かて)だ」
「ここが乱れれば、前線は盲になる」
雷霆が目を上げる。
「先生は、俺を残すか」
「お前は四十を連れて残れ」柳澈涵は言い切った。雷霆を測るような目。境界を量る目。
「京の水は澄ませろ」
「掻き回す手があれば、押し返せ」
一拍。声はさらに冷たくなる。
「押し返せぬなら、折れ」
雷霆は頷くだけ。問わない。
「俺がいる限り、濁らせない」
柳澈涵は八重美を見る。彼女は縫い続け、手はぶれない。算盤を弾くような確かさ。
「あなたは何人、連れて行く」彼女は顔を上げずに問う。
「六十」
「いい」八重美は糸を噛み切り、戦袍を渡す。甲片の縫いは固い。刃の入り口を許さない固さ。
さらに薄い紙巻を渡した。紙は薄い。だが重い。
「京の帳(ちょう)」声は速い. 在庫を引き渡す帳場の速さ。
「最近、二条へ足繁く通う者」
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「お前の刀を持て」
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柳澈涵は地図の上、近江へ伸びる線を見る。そこは井戸より深い場所へ続く線だ。
「風が、もっと硬い場所だ」
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