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第九十一話 赤い心臓
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時:チップ到着から72時間後。
所:澄心精工・極秘ラボ
チップは届いた。だが、それは“半製品”だった。中国の「紅龍」チップは完全に別の命令セット体系で、米国系と互換がない。底層を適合させなければ、機甲に挿しても――ただの硅片だ。
「72時間だ。」
吉岡俊介(CTO)は巨大なホワイトボードの前に立ち、真っ黒な隈を目の下に抱え、声を紙やすりのように擦らせた。「この三日で仕上げられなければ、株は完全崩壊。工藤が海外で引っ張ってきた資金も切れる。全員、封鎖開発。三日で――新しいOSを造る!」
――72時間、総力戦。
ラボは青い光に沈む。キーボードの打鍵音が豪雨のように密集し、空気は濃いコーヒーとエナジードリンクと焦燥のホルモンで粘ついていた。吉岡の指は絆創膏だらけだ。叩き過ぎて血が出て、キーボードが赤く染まる。それでも速度は落ちない。
「このコードは駄目だ! レイテンシが高い! 書き直せ!」
怒号が飛ぶ。背後には、あり得ない“後方支援”が集まっていた。冷たい技術の攻防が、家族の団欒みたいな温度を帯びる。食堂のおばちゃんたちがワゴンを押して入ってくる。床のケーブルを避けながら、熱いおにぎりと味噌汁を、一人ひとりの手元へ置く。「ほら、食べてから書きなさい。さっき鶏スープ炊いたの。頭に効くよ。」
若いプログラマの汗を、おばちゃんが拭う。地下室に閉じ込められていた“元・会計課”の老人たちも来た。老眼鏡をかけ、コードは分からない。だが一生の几帳面さで「ドキュメント校正班」を組み、印刷された図面を一行ずつ照合する。「目は霞むが、心は曇ってない。誤字一つで、皆の血を無駄にさせるな。」
画面の隅では、産休中の美咲がオンラインにいる。赤ん坊を静かに寝かしつけながら、片手でペンを走らせ、新システムに合わせたUIを描き直す。「これは社長の会社じゃない。」若いプログラマが医務室の命令を拒み、指を走らせ続けた。「俺たちの飯だ。やっと手に入れた家だ。アメリカに壊させるかよ!」
――第71時間58分。
吉岡が最後のEnterを叩く。画面の長い進捗バーが、ついに 100% へ到達した。
【コンパイル……完了。システム自己診断……合格。】
吉岡は力が抜けて机の下へ滑り落ちた。だが顔には、狂喜の笑みが貼りついている。
――工場現場。
源田鉄男は震える手で、新OSを書き込んだ第一号チップ――漢字の番号が刻まれたそれを、タイタン機甲の中枢スロットへ差し込んだ。
全員が息を止める。1秒。2秒。3秒。
「ジ――……ブゥン――」
低く、力強い起動音。胸部のインジケータが点る。かつての青ではない。超高性能モードを示す“深紅”。鼓動のように、赤い。機械腕が完璧な把持動作を行う。肉眼で追えないほど速い。遅延はゼロ。
「……成功だ……」
源田は機甲を撫で、東方から来た強い心臓の反力を感じた。より繊細で、より強い。「前より速い。安定してる。力がある。」
源田は振り向き、床に倒れたままのプログラマと工員へ叫んだ。声が詰まる。「俺たちは……生き残った!!」
歓声が屋根を持ち上げそうになった。それは生還の狂喜であり、凡人が神を殴り返した咆哮だった。
所:澄心精工・極秘ラボ
チップは届いた。だが、それは“半製品”だった。中国の「紅龍」チップは完全に別の命令セット体系で、米国系と互換がない。底層を適合させなければ、機甲に挿しても――ただの硅片だ。
「72時間だ。」
吉岡俊介(CTO)は巨大なホワイトボードの前に立ち、真っ黒な隈を目の下に抱え、声を紙やすりのように擦らせた。「この三日で仕上げられなければ、株は完全崩壊。工藤が海外で引っ張ってきた資金も切れる。全員、封鎖開発。三日で――新しいOSを造る!」
――72時間、総力戦。
ラボは青い光に沈む。キーボードの打鍵音が豪雨のように密集し、空気は濃いコーヒーとエナジードリンクと焦燥のホルモンで粘ついていた。吉岡の指は絆創膏だらけだ。叩き過ぎて血が出て、キーボードが赤く染まる。それでも速度は落ちない。
「このコードは駄目だ! レイテンシが高い! 書き直せ!」
怒号が飛ぶ。背後には、あり得ない“後方支援”が集まっていた。冷たい技術の攻防が、家族の団欒みたいな温度を帯びる。食堂のおばちゃんたちがワゴンを押して入ってくる。床のケーブルを避けながら、熱いおにぎりと味噌汁を、一人ひとりの手元へ置く。「ほら、食べてから書きなさい。さっき鶏スープ炊いたの。頭に効くよ。」
若いプログラマの汗を、おばちゃんが拭う。地下室に閉じ込められていた“元・会計課”の老人たちも来た。老眼鏡をかけ、コードは分からない。だが一生の几帳面さで「ドキュメント校正班」を組み、印刷された図面を一行ずつ照合する。「目は霞むが、心は曇ってない。誤字一つで、皆の血を無駄にさせるな。」
画面の隅では、産休中の美咲がオンラインにいる。赤ん坊を静かに寝かしつけながら、片手でペンを走らせ、新システムに合わせたUIを描き直す。「これは社長の会社じゃない。」若いプログラマが医務室の命令を拒み、指を走らせ続けた。「俺たちの飯だ。やっと手に入れた家だ。アメリカに壊させるかよ!」
――第71時間58分。
吉岡が最後のEnterを叩く。画面の長い進捗バーが、ついに 100% へ到達した。
【コンパイル……完了。システム自己診断……合格。】
吉岡は力が抜けて机の下へ滑り落ちた。だが顔には、狂喜の笑みが貼りついている。
――工場現場。
源田鉄男は震える手で、新OSを書き込んだ第一号チップ――漢字の番号が刻まれたそれを、タイタン機甲の中枢スロットへ差し込んだ。
全員が息を止める。1秒。2秒。3秒。
「ジ――……ブゥン――」
低く、力強い起動音。胸部のインジケータが点る。かつての青ではない。超高性能モードを示す“深紅”。鼓動のように、赤い。機械腕が完璧な把持動作を行う。肉眼で追えないほど速い。遅延はゼロ。
「……成功だ……」
源田は機甲を撫で、東方から来た強い心臓の反力を感じた。より繊細で、より強い。「前より速い。安定してる。力がある。」
源田は振り向き、床に倒れたままのプログラマと工員へ叫んだ。声が詰まる。「俺たちは……生き残った!!」
歓声が屋根を持ち上げそうになった。それは生還の狂喜であり、凡人が神を殴り返した咆哮だった。
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