京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第六話・京都大学・複製人格の講義室(一)

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 雲ひとつない午前、京都大学の時計台は、青空の下でひときわ鋭く輪郭を浮かび上がらせていた。

 吉田本部構内の銀杏の葉は、ほとんど落ちきっている。枝先にしがみつくように残っているのは、わずかばかりの頑固な葉だけだ。風が吹くたび、細い擦れ合う音がする。赤煉瓦の古い校舎のあいだに、淡い色調の新しい建物が差し込み、その間を自転車に乗った学生たちが列を成して駆け抜けていく。背負ったリュックにはサークルのバッジやマスコットがぶらさがり、空気には、いかにも「名門大学の朝のラッシュ」といった匂いが漂っていた。

 教育学研究科の入っている棟は、外から見ても、べつだん神秘的なところはない。

 教室では、スクリーンに「パーソナリティ特性の測定誤差と文化的バイアス」という文字が映し出されている。前列の学生はすでにノートパソコンを並べ終えていて、後ろの席では、誰かがこっそりコンビニのおにぎりをかじっていた。

 「では、異文化サンプルにおける自己報告バイアスについて、誰か話してくれますか。」

 壇上の教授が眼鏡を押し上げ、教室をぐるりと一巡見渡し、最後に窓際の列で視線を止めた。

 「劉君。」

 窓際二列目の席で、白いシャツに濃い色のセーター、シンプルな上着という、きちんとした身なりの中国人留学生が顔を上げた。

 彼は手に持っていたペンをノートの上にそっと置き、立ち上がる。

 「数字だけを見るなら、多くのパーソナリティ尺度は、文化間での分布差がそれほど大きいとは言えません。」

 日本語には、かすかに外国人特有の訛りが混じっている。だが、声ははっきりとしていて、揺れがない。

 「ただし問題は、その設問が前提としている『普通』や『良さ』の形が、文化ごとに違うという点にあります。東アジアの文化では、自分を控えめに表現するのが礼儀とされる一方で、欧米の文化では、自分をある程度自信を持って語らないと、むしろ責任回避と受け取られることが多い。同じ質問紙で、同じ回答を選ぶ人でも、実際には逆の態度を表している可能性があるわけです。」

 そこで一度言葉を切り、手にしたペンの先で、スクリーン上のあるグラフを軽く指し示した。

 「研究者が統計的な平均値だけしか見ないなら、『人類全体はだいたい似たようなものだ』と錯覚するでしょう。でも実際には、多くの人の『助けてほしい』という声を、単なるノイズとして捨てている、ということになります。」

 教室の空気が、一瞬だけ静まった。

 前列の女子学生が、そっと眼鏡を押し上げる。ノートにはすでに、「○○尺度の文化バイアス」「中国人留学生の視点」などの文字がびっしりと書き込まれていた。

 後ろの方では、三回生らしい女子二人が机越しに身を寄せ合い、声を限界まで落として囁き合っている。

 「ねえ、あの人だよ、この前言った中国の人。めっちゃ話すの上手な人。」

 「顔も悪くないじゃん。ほかの留学生より落ち着いてる感じ。」

 そう言いながら、視線は自然と彼の座る列の方へと吸い寄せられていく。

 当の本人は、その囁きが耳に入っていない──あるいは、聞こえていても、聞こえないふりを選んでいた。

 彼は席に戻ると、また自分のノートに書き込みを始めた。筆跡は端正で、段落と段落の間には、細い横線が引かれている。書き手に少しばかりの強迫傾向があることは見て取れるが、読んでいて息苦しさを覚えるほどではない。

 教授は満足そうに頷き、ほんの少しだけ、好意の色を込めた視線を向けた。

 「さすがは三つの研究科をまたいでいる劉君ですね。」

 前の方の席で、女子学生が小さく息を呑む。

 「えっ、三つの研究科?」

 隣の学生が、すかさず小声で解説を始めた。

 「知らないの? 彼、教育学研究科の正式な心理学専攻の修士なんだけど、昼間はこっちで授業受けて、午後は医学研究科で脳科学の講義を聴いて、夜は法学研究科まで行って法哲学を聴講してるんだって。人間の体力の使い方として、暴力的だよね。」

 「すご……。」

 「しかも実家、かなりのお金持ちらしいよ。遊びに来たんじゃなくて、本気で『勉強しに』来てるって。」

 憧れを隠しきれないような光が、その女子の瞳ににじむ。

 チャイムが鳴ると、何人かはわざと遠回りをして、質問を装いながら彼の机の近くで足を止めた。

 「劉先輩、来週のリーディングレポート、参考に見せてもらってもいいですか?」

「劉さん、このあいだ話してた脳科学の公開講座、もし次にあったら情報シェアしてもらえませんか?」

「劉君、お昼、学食行かない? ちょうど今から行こうって話してて。」

 誘いの言葉は、何気ない風を装いながら、四方から吹き寄せてくる。

 劉立澄は、一つひとつ丁寧に応じた。

 笑みは近すぎもせず、遠すぎもしない。口調は礼儀正しく、頼まれたレポートの「代筆」の気配はきちんと断り、公開講座の情報は快く共有を約束する。昼食の誘いには、机の上のファイルを軽く持ち上げて見せてみせた。

 「今日の昼は、実験の予備計画を仕上げないといけなくて。」

 それは周囲から見れば、「真面目で努力家な理由」に他ならない。

 その理由が、真でもあり、偽でもあることを知っているのは、彼自身だけだった。

 たしかに、彼には「自分にしかできない」予備計画を立てる用事がある。

 教室の内側ではなく、このキャンパスの、別の角で。

 昼休みの学食は、朝の教室よりもさらに賑やかだった。

 揚げ物の油の匂いと味噌汁の湯気が混ざり合い、学生たちの話し声が柔らかな壁のようになって、外の世界を入り口のところで押し返している。

 劉立澄は列に並んでいた。前には、トレーを手に「どの唐揚げにするか」で真剣に悩んでいる男子学生。後ろには、スマートフォンでSNSを眺めながら順番を待っている女子学生。

 自分の番が来たとき、彼は今日の日替わりメニューに目を走らせた。

 「唐揚げ定食、一つ。」

 唐揚げは、皿の片側にきちんと並べられている。衣はカリッと揚がり、きつね色に近い黄金色で、端が少し反り返っているところを見ると、揚げたてに近いのだろう。脇には細く刻んだキャベツが少し、その上から甘酸っぱいドレッシングがたらしてある。セットには味噌汁、小さな和え物、白いご飯の茶碗が付いてきた。

 彼はトレーを持って、窓際の席を選んで腰を下ろした。

 向かいのテーブルでは、二人の女子学生が「ご飯大盛りにするかどうか」で言い合いをしているふりをしながら、ときおりこちらに視線を投げている。

 「ご飯も食べるの、すごく集中してるよね。」

 「わかる? なんか、物を見るときの目がさ、何かを“スキャン”してる感じなんだよね。」

 劉立澄は視線を落とし、唐揚げを一つ、箸でつまみ上げた。

 衣が「かりっ」と小さく音を立てて割れ、中の肉はまだ十分に水分を保っている。肉汁に、醤油と生姜、にんにくの香りが混ざって口の中に広がる。彼はゆっくりと噛みながら、その視線を窓の外の樹影の向こう──少し離れた場所にある心理実験棟の方向へ滑らせた。

 あそこだけ、空気の手触りが他の場所と、ほんの少し違う。

 もしこのキャンパス全体を一枚の平面図だと見なすなら、心理実験棟の上空には、誰かが画用紙に細い針で穴を開けたような感触がある。そこから、ごくわずかながら、見えない風が吹き込んでいる。

 彼は箸を置き、トレーを持ち上げて席を立った。

 背後のテーブルで、女子学生たちが、わかりやすく肩を落としてため息をつく。

 「もう食べ終わっちゃった。」

 「ドラマなら、今ここで『ここ、いい?』って聞きに来るタイミングなんだけどね。」

 笑い声が弾ける。

 昼休みのざわめきが、その小さな落胆を、日常のごくありふれた一層の中へと静かに飲み込んでいった。
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