京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第九話・嵐山・ピントの外れたまま固定された人生(一)

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 雨脚は、山が吐き出した霧がそのまま落ちてきたように細かった。

 嵐山の夜は、市の中心部よりずっと静かだ。

 渡月橋の欄干には、乳白色のガラスの灯りが一つずつ並んでいる。雨粒がその表面を叩き、同心円状の小さな波紋をつくる。桂川の水は橋の下をゆっくり流れ、灯りと山影を映しながら、雨に打たれて細かな破片になり、また一続きの揺らめく光の帯へとつながっていく。

時おり、観光客が雨の中を橋の上へとやって来る。色とりどりの傘が、スローモーションの提灯のように橋のこちら側からあちら側へと移動していく。誰かが足を止め、山影に向けてスマホを構える。画面がぱっと明るくなり、すぐに暗くなる。その光は、闇の中に瞬きする小さな窓のようだった。

――ただ、このところ、その写真に少し異変が起きている。

橋の上で記念写真を撮り、家に帰って見直してみると、自分の顔だけが妙にぐちゃぐちゃにぼやけていて、背後の橋だけがやけにくっきり写っていた、と言う人がいる。

夜景を撮ったはずなのに、拡大してみると水面に知らない人たちの、ぼんやりした横顔がずらりと並んでいた、と話す人もいる。

さらには、泣きながら駅に駆け込んできてこう訴える者までいた。

「絶対に三人で撮ったのに、アルバムを開くと、どうしてもあの人一人だけしか残らないんです」

綾女は、その「らしい話」がゆっくりと積み上がっていくのを、橋のたもとの小さな店から眺めていた。

店は広くない。入口には手書きの小さな看板がぶら下がっているだけだ。「川辺・夜間デザート only」。

大きなガラス窓は渡月橋に正対している。窓辺には小さな燭台が二つ置かれ、炎は雨音に押されるようにおとなしく揺れ、それでも消えずに灯っている。

劉立澄は窓際に座り、浅い木のプレートを前にしていた。そこには、手の込んだ小さな甘味がいくつか並んでいる。

白味噌と胡桃のソースで包んだいちじくが一つ。半分に切られ、果肉の赤がソースの中からじわりと滲み出している。

ほうじ茶で煮含めた黒糖寒天が一切れ。やわらかな琥珀色に透き通っている。

そして、薄さぎりぎりまで焼き上げた和栗のタルトが一枚。上にはひと粒だけ岩塩がのっていて、山に最初に降る雪のようだった。

彼はいちじくを一つつまみ、かぷりと噛み切る。

果肉の甘さは白味噌の塩気と旨味に一度押さえ込まれ、胡桃の脂の香りに支えられ、最後に口の中で幾重にもほどけていく。その味はとても「嵐山的」だった。山の湿った木の匂いと秋の果実の気配をたたえながら、料理人の手によって一度書き換えられたような。

「この橋、最近撮られているもの、なんだか何度もレタッチされた世界の裏側みたいになってるって思わない?」

綾女は長い木のテーブルを拭きながら、何気なさそうに言った。

今日は西木屋のときの着物ではなく、墨色がかった深緑の厚手のコートを羽織っている。その上からエプロンを締めている姿は、山の中の小さな宿の女主人のようでもあった。彼女は小さな土瓶に入った温かい黒豆茶を運んでくる。茶の香りには、かすかなカラメルの気配がある。

「綺麗に修り過ぎると、こぼれ落ちたものがどこかに堆積する」

劉立澄は窓の外の橋を見つめながら言った。

橋の灯りは、彼の目にはどこか不自然に震えて見える。

普通の人の視界には、それはただ雨粒が光を屈折させて生んだ光輪に過ぎない。

だが彼の目には、橋の上に何かが見えていた。シャッターが切られるたび、そこを擦り切っていくように走り、半分だけ残った影を置き去りにしていく何かが。

前髪を直そうと手を上げる人は、その上げた手だけが残される。

横を向いて笑う人は、顔だけが消しゴムで乱暴にこすり取られたように消え、襟元とピアスだけが残る。

「久我雅信」

綾女は土瓶を置き、その名を口にした。常連客の名を呼んだようでもあり、一品料理の名を告げたようでもある。

「前はブライダルとか記念写真ではそこそこ名の知れた人だったんだけど、最近は嵐山で『人生でいちばん後悔してるその一瞬』っていうテーマの撮影をやってるの」

彼女は茶を注ぎながら続けた。

「予約はもう来月まで埋まってるんだって」

「『いちばん後悔してる一枚』?」

「お客さんには、渡月橋のこっち側の河原に座ってもらって、彼はあっち側に立つの。

 それで、『もしあのときこうしていたら後悔しなかったはず』っていう自分を、撮ってあげるんだってさ」

綾女は肩をすくめた。

「撮り終わったあとは、みんな口を揃えて、すごく楽になったって言うらしいよ」

「軽くなったぶんは、どこに写っているんだろうね」

劉立澄は低く呟いた。

彼は茶碗を唇に運ぶ。黒豆の香りが湯気と共に立ちのぼる。炒られた古い記憶のような匂いだ。

窓の外、渡月橋の上を、少し猫背の人影がライトの下をゆっくりと通り過ぎていく。

中年の男。コートの肩口は雨で半分濡れていた。肩からはずっしりした黒いカメラが一台下がっている。レンズはよくある観光用のものより明らかに長く、光の中で冷たく光っていた。

彼は橋の中央で足を止める。指先でカメラのボディをなぞる仕草は、古戦場帰りの老いた鷹をなだめているような、妙な親密さがあった。

シャッターはまだ切られていない。

だが橋の上にはすでに、「観光客ではない影」たちが、ゆっくりと彼の方へ集まり始めていた。
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