京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第十五話 銀閣寺・背負わされた他人の人生(二)

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 東山の夜は、麓よりも静かだ。

柳澄原の借家はそれなりの広さがあり、門から玄関まで小さな石畳を踏んで進む。その両側にはきちんと刈り込まれた低木と一本の紅葉が植えられている。紅葉の葉はほとんど落ちてしまい、枝先に残った数枚だけが、玄関灯の光を受けてかすかに揺れていた。

玄関には靴が二足。

一足は彼がいつも履いている布のスニーカー。もう一足は綾女の下駄だ。かかとの木が細く摩耗しているのは、長年、厨房やカウンターの内側で立ち続けてきた証拠だった。

台所には明かりが灯っている。

綾女はコンロの前に立ち、袖を肘まできっちりとまくり、エプロンの紐をぎゅっと締めている。油のはねる細かな「ジュウ」という音が聞こえ、隣のオーブンの中では何かがゆっくりと色づきつつあった。空気には牛肉と香辛料がまじった濃い匂いが満ちている。

「また家を店代わりにしてるの?」

柳澄原は鞄を玄関に置き、笑いながら声をかけた。

「だって、あなたの家のキッチン、店より使いやすいんだもの」

綾女は振り向きもせず答える。

「それに今のあなたの肩、うちの店にはあんまり置いておきたくないのよね。あの符の灰、見られたら説明が面倒くさいし」

彼は自分の左肩に目を落とした。

昨夜、平安神宮の白砂が残した、どうにも落ちにくい跡がまだうっすら残っている。上からジャケットで隠してはいるが、彼女の目をごまかせるはずもなかった。

食卓の上には、すでに料理が並んでいた。

手の込んだ懐石ではない。ただ、腹いっぱいになりすぎず、きちんと満たされる程度に、ぴたりと計算された組み合わせだ。

大皿には厚切りの牛タンがいくつも重ねられている。表面にはこんがりと焦げ目がつき、縁には細い脂の輪が浮かんでいる──綾女が鉄のフライパンで弱火からじっくり焼き上げたものだ。たれには少量の醤油と柚子胡椒が使われていて、味は思いのほかさっぱりしている。牛タンの横には、皮がしわしわになるまで焼いた京都の小ぶりな玉ねぎが数個、切り口から甘い汁がこぼれ落ちそうになっている。

反対側には浅い土鍋が一つ。

中身は湯豆腐ではない。鶏がらと昆布で取った澄んだ出汁に、薄く切った鯛の昆布締めが数枚浮かんでいる。昆布に挟んで寝かせた鯛の身は、熱い出汁をかけられると縁がほんのり反り返り、半生のところで香りを放つ。鍋底には水菜と牛蒡の細切りが沈んでいて、魚の旨味をいつまでも伸ばしてくれる。

卓の隅には京野菜の天ぷら。

賀茂茄子は厚めの輪切りに薄衣をまとわせて揚げてあり、外はさくりと、中はとろりとした果肉が残っている。万願寺唐辛子は皮に小さな泡が浮かぶまで揚げられ、かじると最初にほろ苦さ、すぐ後から甘さが立ち上がる。舞茸は小さな手のひらのように広がるまで衣を纏って揚がり、塩をつけて食べれば木が炙られたような香りが鼻に抜けた。

最後に、小ぶりの焙じ茶の急須と、水無月が二切れ。

水無月は三角形に切られ、透けるような白い層に小豆がびっしりと詰まっている。夏の名残の習慣──綾女は「これはね、『少しずつ借りを返していく』感じがして好きなんだ」と言い、秋になっても作り続けていた。

「まだ龍脈には怒られてないみたいね」

綾女は最後の天ぷらの皿を置きながら、席についた。

「少なくとも、ちゃんとご飯は食べられてる」

「怒るような真似はしてないよ」

柳澄原は牛タンを一枚つまみ、ついでに彼女の皿にも一枚置いた。

「せいぜい、向こうからこっちに仕事を放り投げてくるくらいだ」

牛タンを口に入れる。まず香ばしい焦げ目の香りが広がり、そのあとで繊維が歯の下でしなやかにほどける。柚子胡椒が舌の上でふっと揺れ、脂の重さをさらっていき、代わりにほんの少し辛さの香りだけを残していった。

「今日の支流は、ちょっと変わってた」

彼は言う。

「哲学の道のほう?」

綾女は自分の椀に鯛の出汁をよそいながら尋ねた。

「うん」彼は頷いた。「失敗でもないし、留守番でもない。正史から切り捨てられたものでもない。どちらかと言えば……」

言葉を探すように、少しだけ間をあける。

「他人の人生を背負ったまま、ずっと歩いている人、って感じかな」

「本人は、その自覚があんまりないまま」

綾女はちらりと彼の顔を見た。

「女の人?」

「そう」彼はそれ以上は語らなかった。

二人はしばらく黙って、箸が器に触れる小さな音と、急須のなかで揺れる焙じ茶の香りだけが卓のあいだを満たした。

「このご飯を食べ終わったら、それでも行くつもり?」

綾女が聞く。

「行くよ」

柳澄原は窓の外、庭の紅葉に目を向ける。

「一度見てしまった以上、見なかったふりをするのは難しい」

綾女は小さく笑った。その笑いには、少し諦めの色が混ざっている。

「お金にも時間にも余裕のある留学生なんて、腐るほど見てきたけどね」

彼女はふっと息を吐いた。

「自分から『龍のアルバイト清掃員』なんて職務を背負う物好きは、一人しか知らないわ」

「実家から仕送りもらってる以上、何かしないとね」

彼も笑う。

「何もしないのはさすがにバチが当たりそうだし」

ふたりはほとんどきれいに皿を空にし、それぞれ水無月を一切れずつ口に運んだ。焙じ茶の温かさが、腹の底にこもった熱をやわらかく落ち着けていく。

出かけるとき、綾女は自分のマフラーを首に巻き、ついでに彼のコートの襟を少し立ててやった。

「今夜は風が冷たいからね」

「他人の人生ばかり気にしてないで、ちゃんと自分の命も帳簿に書いておきなさいよ」
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