京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第十五話 銀閣寺・背負わされた他人の人生(五)

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 銀色のチェーンは、ほとんど軌跡を残さないほどの速さで走った。

柳澄原は身をひねり、手首を返して澄心剣を半ばまで抜く。鞘走りの鋼が露わになったその瞬間、チェーンはちょうど剣尖に打ち当たり、澄んだ音が夜気に弾けた。その振動が剣身を伝って虎口に届き、指の骨を一瞬だけ痺れさせる。

「かなり近いね」

綾女が低く呟く。

「今回は、本気だ」

深雪の足もとはハイヒールだというのに、よろめく気配はまるでない。

重心は驚くほど低く、ヒールのかかとは石段に杭のように打ち込まれている。チェーンを振るたび、全身がまとめてひねられ、その力がそのまま軌道に乗る──それは武術道場で習う型ではなく、毎日重いカバンを下げて電車に乗り、揺れる車内で体勢を崩さず、会社の廊下で上司やクライアントを避けて歩くうちに、身体が勝手に覚えた実戦の動きだった。

銀色の鞭が上から振り下ろされ、斜めに肩口を狙う。

剣先がそれを受け止め、たちまち二撃目が下から腰を狙って跳ね上がってくる──それはデスクから人を引っ張り上げて会議室へ連れ出すときの動きだ。そのまま武器になっている。

柳澄原は一歩退く。踵がちょうど、山門前の「立入禁止」の石の端にかかった。

彼は、剣だけで受けるのをやめた。

左手の指を二本そろえて持ち上げ、空中に小さな円を描く。

指先がなぞったところに、淡い光がひとかけら灯る。夜の闇にインクで小さな円を描いたような光。

「折影」

彼は小さくつぶやく。

光が地面に落ちる。チェーンの影がそこでくっと折れ、予定された軌道からわずかに逸れた。彼の足首を絡め取るはずだった一撃は、空を切って石段の縁をかすめ、山門の柱に打ちつけられて浅い傷を残す。

しかし、その一折では深雪の動きは止まらなかった。

彼女は体ごと前に乗り出し、チェーンをぐっと短く持ち替える。蛇が身を縮めてから再び跳ねるように、今度は間合いを詰めて襲いかかる。

振るのではなく、巻きつける一撃。チェーンは剣身に一周絡みつき、そのままぎゅっと締め上げた。

柳澄原の手から力が抜け、刃が引き抜けなくなる。

深雪は一歩踏み込む。肩のリュックを前へと大きく振り出した。

十数人分の体重が、ひとつになってぶつかってくるような衝撃。

彼女自身もその勢いに体を持っていかれて半歩前へ倒れ込むが、その瞳だけは終始柳澄原から逸れなかった。

「あなたたちみたいな人は」

彼女は息を切らしながら言う。

「すぐに言うんですよね──『他人のために生きる必要なんてない』って」

膝が彼の腹部に向かって持ち上がる。

柳澄原は腰をひねり、体をわずかに反らして避けると、左手を伸ばして彼女の手首をつかみに行った。

その瞬間、彼は彼女の手首に走る浅い痕を見た。

長年、重すぎるものをぶらさげてきたせいで、血管の上の皮膚が圧迫され、色が抜けている。紙のように薄くなったそこに、彼はほんの少しだけ力を加えた。

本来ならその手首を極め、体勢を崩して石段から転げ落とすところだ。

だが彼は、関節を押さえるのではなく、その内側の一点を軽く突くにとどめた。そのわずかな力で、彼女の連続動作のリズムだけを断ち切る。

チェーンがほんのわずか緩んだ。

剣身がその隙を逃さない。絡みついた鎖の中を滑り抜けるように抜け出し、そのまま銀色の軌跡に沿って走り、彼女のリュックの肩ひもをかすめる。

深雪の全身がびくりと震えた。

「触らないで!」

ほとんど反射のような叫び。

その一瞬で、彼女の動きはぐしゃりと崩れた。

チェーンは狙いを外れ、横合いに跳ねて石灯籠に叩きつけられる。灯籠はあっけなく倒れ、砕けた石が砂庭の上に飛び散る。整えられていた白砂の模様が一箇所だけ大きくえぐられた。

リュックのファスナーは、そこで完全に裂けた。

布は内側から押し広げられるように破れ、折りたたまれていた「人生」の紙が帯状になって空へ噴き出す。一枚一枚、書式は同じ。冒頭に誰かの名前があり、タイトルには「もしあのとき」と書かれ、その先は延々と空白が続いている。

龍脈の支流は、その紙帯に一気に絡め取られた。

銀閣寺の麓を流れていた光は、細い川にいくつもの支流を無理やり注ぎ込んだように、ほとんど詰まりかけている。砂庭の砂紋はばらばらに崩れ、端正な線がぐしゃぐしゃにねじれていく。

「君は、自分では『楽にしてあげている』つもりかもしれない」

柳澄原は彼女に告げる。

「でも実際にやっているのは、後悔をもっと先送りにしているだけだ」

「それがどうだっていうの」

深雪の声は震えていた。

「少なくとも、今は痛まない」

「じゃあ、今痛んでいるのは誰?」

綾女が口を挟む。

彼女は一歩も踏み出さず、山門の柱に背をあずけたまま、二人を見ていた。

「この何年も、他人の後悔を代わりに背負って、『もしあのとき』を肩に積み上げて──」

綾女は言う。

「あなた、自分の名前をちゃんと言えたこと、何回ある?」

その問いが刺さったのか、深雪の動きが露骨に乱れた。

チェーンは彼女の手の中で頼りなく揺れ、リュックから溢れた紙帯はさらに肩に食い込む。刻み込まれていた痕はさらに深く引き伸ばされ、今にも背中がその重みで折れてしまいそうだった。

「もういい」

柳澄原は、静かに息を吐いた。

彼は一歩踏み出し、砂庭の縁をつま先で軽く蹴る。

「澄心剣・近身三式」

心の中でその名を呼ぶ。

第一式、「探脈」。

彼は剣を鞘に収め、空いた右手をまっすぐ伸ばした。一見ゆっくりした動きだが、次の瞬間にはチェーンの間をすり抜け、指先が彼女の鎖骨のすぐ下に触れている。そこは、すべての力が集まる場所。押さえ込むのではなく、ただ感じ取る──あまりに長く締め付けられ、感覚が麻痺しかけている一本の「気の脈動」を。

第二式、「封喉」。

柳澄原は体をすっと横へ滑らせ、彼女の背後へ回り込む。左手を背中から回し、彼女の背骨のまんなかに軽く当てる。澄心剣の峰が肩甲骨のあたりにそっと預けられ、それは押さえつけるというより、支え上げる手つきだった。

「君の肩は」

彼は低く囁く。

「本来、すべての人の荷物を背負うための場所じゃない」

第三式、「反折」。

彼は右手の角度を変え、力の向きをそっと反転させる。押し倒すのではなく、長年、誤った方向にねじられてきた縄を、正しい方向へと巻き戻すように。

肩ひもが切れた。

完全に断ち切られたわけではない。身体に最も近い一部分だけが裂け、リュックはその場に耐えきれずずるりとすべり落ちる。砂庭の縁にどさりと落ちた衝撃で、深雪の体も前へ倒れ込む。だが、剣の峰と左手が彼女の体を支え、ぎりぎりで転ぶのは免れた。

リュックが落ちた音は小さい。

それよりもはるかに大きく響いたのは、紙帯が一斉に断たれる音だった──「もしあのとき」と書かれた巻物がそこでぷつりと切れ、その先の空白部分は、見えない鋏で一斉に切り取られたかのように白い光になって崩れ、龍脈の支流にすうっと吸い込まれていく。

銀閣寺の麓でうねっていた混乱は、やがて静まりはじめた。

砂庭の砂紋はまだ乱れているが、これ以上崩れ広がる気配はない。銀閣の楼閣の周囲の光も徐々に落ち着きを取り戻し、夜の闇のなかで、ようやく銀箔を貼られ損ねた自分自身を気にするのをやめたかのように、じっと黙り込んだ。

八坂深雪は石段に膝をつき、両手を地面についたまま、肩で荒く息をしていた。

彼女の背中から離れた人影たちは、一人ずつ彼女から距離を取るように後ろへ下がっていく。ある者は山の下の灯りへ向かって歩き出し、ある者はただ自分の足もとを見つめ、ある者はただぼんやり立ち尽くしている。

誰ひとりとして、顔ははっきり見えない。

ただ、それぞれの足もとに細い道が一本ずつ伸びているのが分かった。

その道を歩くのは、もはや彼女ではない。

「君に罪はない」

柳澄原は彼女に向かって言う。

「少なくとも、君一人の罪じゃない」

「君はただ、背負い慣れすぎただけだ」

綾女が続ける。

「背負い慣れすぎて、自分だって『疲れた』って言っていいことを忘れてた」

深雪は何も答えなかった。

頬を伝う涙は、石段に落ちるそばから夜風に乾かされ、まるで初めから存在しなかったかのように消えていった。
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