京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第十七話・東寺・押しつけられた債(四)

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現れたのは残形ではなく、生身の人間だった。

彼女は五重塔の影の縁を踏みながら歩いてくる。歩幅は大きくも小さくもなく、靴底が石畳を打つ音は静かだが、一歩ごとに決算表のチェック欄に一つずつレ点を打っていくような確かさがある。濃い色のコートは、冷たいほどにきっぱりとしたラインで、袖口には飾りはない。ただ、手首から細い紐が一本垂れている――古い印章につける紐のようでもあり、何かの拘束の延長のようでもある。

顔には、ちゃんと五官がある。

しかも整っている。

「署名を任される人」にふさわしい端正さ――契約書を差し出せば、余計なことは言わず、「身分証をお願いします」とだけ聞いてくるタイプの顔。

彼女は列の先頭で立ち止まり、手を上げた。

無顔の残形たちは、一斉に下がる。上司に道を空ける社員のように。

「結印師」綾女が低く、その肩書を口にする。

「担保官」

女はそれを聞き、かすかに笑った。

その笑みには温度がない。

「肩書きなんて飾りよ」彼女は言う。

「私はただ、『本来負うべきもの』を、きちんと書き込んでいるだけ」

彼女は暗がりを振り向き、まっすぐに劉立澄を射抜いた。

「名前を剥がして回っているのはあなたね」

「二条城の帳簿、見せてもらったわ」

劉立澄は、まだ剣を抜かないまま姿を現した。

まず、彼は彼女の手首を見た。

その印章紐は、残形たちのものよりさらに細く、さらにきつく締められている。だが、結び目のあたりは暗くない。妙に明るい――自分の「拒む権利」さえも封じ込めて、自ら鍵をかけた痕のように。

「あなたは『同意』を、影の中に書き込んでいる」劉立澄は言った。

「同意はもともとそこにあったのよ」結印師は即座に返す。

「あなたたちが、見ないふりをしていただけ」

彼女は、もう一方の手を上げた。

掌には、古びた印章がひとつ。

木でも会社のゴム印でもない。古寺の御朱印に近いが、長年使いこまれて縁が丸く摩耗している。指先が印面を押さえる様子は、何度も何度も押し直した結論を、なおも押し固めようとしているようだ。

「あなたは、人助けのつもりでしょう?」

「でもやっていることは、『この帳簿からあの帳簿へ移し替えている』だけ」

視線が綾女に移り、半拍だけそこで止まった。

「あなたは筋がいい」

「二人だけの客。二人分だけの帳面」

綾女は何も答えない。

ただ、エプロンのポケットにそっと手を入れる。その中にも何かが隠れているようだが、取り出しはしない。この瞬間の彼女は、声なき東寺の夜そのものだ。何も言わないのに、目と喉を圧してくる。

結印師は印章を下ろし、地面へ軽く一押しした。

「パチン」

小さな音だが、その一音で無顔の残形たちが一斉に震える。暗渠の水音が一瞬だけ途切れ、すぐまた流れ出す。地面には目に見えない同心円の紋が幾重にも広がり、帳簿の行罫のように影を細かく区切っていく。

「京都の人はね、『情』で縛るのが大好き」

「私は好きじゃない」綾女は淡々と言う。

結印師の笑みは、さらに薄くなる。

「なら、『責任』で」

「情よりずっと、押しつけやすい」

彼女は一歩踏み出した。

腕の印章紐が、蛇の舌のようにかすかに揺れる。次の瞬間、その紐は袖口からするりと飛び出し、劉立澄の足元の影めがけて突き刺さる。

狙うのは人間ではない。

まず、影から押さえ込む。

担保の残形は、もともと武の流儀など守らない。

彼らが頼るのは、ただ一つ。契約である。
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