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滅章
忍び寄る混沌
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そこは地獄であった。人の肉片はガラクタ人形のように宙に舞い、血痕がフロアー全体にへばりついて、臓物ような赤い塊が、不規則な形をとって辺り一帯に散らばっていた。それはまるで檻の中に入った猛獣が建物内に放たれ、エサを食い散らかしたような空間であった。
ガンプの手の甲から伸びる黒い爪からは血が滴り落ちていた。血生臭い臭いが生暖かな空気と絡み合い、地獄絵図と化した真夜中の港の倉庫内はボリュームの高いカーステレオの音楽だけが響き渡っていた。若者たちが持ち出した簡易の照明器具と車のライトで照らされた室内。そこは血生臭く凄惨な光景が広がっていた。
ガンプは列なる窓から差し込む月明かりを瞳のない白目で見上げ、不気味に笑った。
「脆い、この世界に住む人間はなんと言う弱さだろうか、これが希少に存在する"夢見人"の世界なのか?」
負の感情を持つ人種を率いて、闇の軍団を作り、この世を戦乱と混乱の渦に陥れようと考えていたガンプであったが、戦闘力が低すぎる。この間、街の繁華街で惨殺した人間に比べれば、ここにいた人間は攻撃的ではあったが、やはり弱すぎる。これならまだ野党や山賊を率いて戦った方がましだ。
夢見人全員を抹殺する。それがガンプの目的である、これだけ弱ければ皆殺しにするのは簡単だ、…だが…
ガンプは足元に転がる眼球を踏み潰す。誰のものかわからない目玉は破裂し、嫌な音を立て、ガンプ足元で血が飛び散った。この世界の夢見人は数が多すぎる。一気に壊滅させる方法はないものか…。
ガンプは散乱した肉片に混ざって、光を放つ携帯端末に気が付いた。手にとりひび割れた画面に触れると、この世界の情報とも言える文字表示され、ガンプはそれを見てにやりと笑った。なんという技術力だ。
「なるほど、力がない代わりにこの世界は文明利器が発達しているのか」
ガンプは一計を案じる。 これだけ技術力があるならば、世界を滅ばす強力な武器が存在するかも知れない。例えばその武器を時間軸ずらして、世界中にばらまくとか…。
ガンプは耳障りに聞こえるカーステレオを車ごと破壊する。木っ端微塵になった車体から火の手が上がりその火は他の車体に誘爆して倉庫内は炎に包まれた。
「お前を殺したいなあ、我が友≪敵≫エッジよ」
ガンプは不敵に笑い、立ちのぼる炎の中、全身から怪しい妖気を放ち、かげろうのように空間を歪めて姿を消した。
"今朝未明、D地区港の倉庫から爆発音のような音が鳴り響き、火災が発生し、焼け跡から人の一部と見られる遺体が発見されました。警察が調べたところ、遺体は損傷が激しく数十名が犠牲になったと見られ、警察は事件と事故の両方を見て調べを進めております"
スマホ画面からニュースが表示される。続けて涼子からLINEが入った。
"おはようリュウキ、今日の午後、紅君の家に行きますが、その際、世良瑞希さんとの連絡を取れるようにしておきたいと思います。リュウキは世良瑞希さんの連絡先は知っていますか?"
内容を読み、龍輝は画面を打つ。
"いや、知らない。世良は長い顔馴染みだけど、特別親しい間柄ではなかったので、詳しくはない、連絡先ももちろん知らない"
送信すると数分後に涼子から返事が帰ってくる。
"わかりました。今日、学校で世良さんに接触したいと思います。リュウキとは学校内では連絡は取りずらいと思うので、携帯を使って情報交換をしたいと思います。…それにしても便利ですね、このLINEというものは"
最後の涼子の言葉に心なしか龍輝は笑みがこぼれた。涼子は異世界の人間だ、こういう便利なツールは初めてのなのだろう。この世界は魔法というものはないが、そのぶん便利な機械が発達している。この世には様々な異次元世界が存在するらしいが、魔法が発達している世界もあれば、科学技術の凄い世界もあるかも知れない。もしかして機械と魔法とは表裏一体なのだろうか?
勝手にイメージをふくらませ龍輝は携帯をポケットにしまった。
学校は別段特別な事もなくいつもと変わらない様子だった。紅はやはり欠席している。昨日のあの修羅場が遠い昔のように感じる。教室内の涼子とは距離を置いていた。自分と涼子の関係はあまり知られたくはない。彼女もそれを承知で龍輝との接触を避けている。涼子の周りには何人かのクラスの女子が集まっている。転校したばかりだが、すでに彼女は学校には馴染んでいるようだ。
「なんかおもしれぇ事ねえかな」
アキヒロは呟く。
「おもしれぇ事って、なんだよ?」
シンジは机の上で頬杖をついて聞く。
面白い事、いざ考えて見るとなかなか思い浮かばない。
「なんっつうか、刺激が欲しいんだよな、冒険の旅に出るとか、大海原に出るというか、感情を高ぶらせるような、そんな刺激が欲しいだよな」
「欲求不満てこと?」
ヨシノリが声を挟む。
「そういう訳じゃねえけど、人間なんか退屈な時ってあるじゃねえか、そんな時パーと弾けたいわけよ」
「だったら、カラオケでも行くか、今日は午前中で学校も終わるしよ」
「おお、いいね」
「シンジにしてはなかなかのアイデア」
「何だよ、なかなかって?おめぇ一言多いだよ」とシンジはヨシノリに返す。しかしノリは十分だ。
カラオケか、行きたい気持ちはあるが…。
「悪い、オレちょっと午後から用事があるんだ、今回パスな」
龍輝は手を合わせてシンジたちに謝る。用事とは涼子たちとの約束だ。
「なんだ、龍輝これねーのか?」
「何?用事って」
「私用だよ私用、でもオレに気にせず三人で行ってこいよ」
龍輝は腰をあげる。ちょっと用をもようしたくなった。「トイレに行ってくると」龍輝は答えて席を離れた。
手を洗って龍輝は男子トイレを出ると、A組教室前の廊下にある窓側の通路で、瑞希が壁にもたれて背中を預けていた。瑞希はいつもの眼鏡を掛けた制服姿で龍輝が通りかかるのを待っていた。そして通り過ぎようとする龍輝にそっと近づきメモが書かれた折り曲げたノートの切れ端を渡した。
"白鷺神社の境内の入口の階段で待っている"
先に涼子とコンタクトを取っていた瑞希が、龍輝と午後からの待ち合わせ場所を指定した。
龍輝は教室に入る瑞希を軽く見ると、場所を指定しているメモ書きをズボンのポケットに入れ、何げないそぶりで歩き出す。午後からは瑞希たちと予定通り紅の家に行く、本来ならアキヒロたちとカラオケに行きたかった、よりによってなんで紅がエッジなんだ。龍輝はため息を吐く。
学校が終わると、龍輝はアキヒロたちと別れた。三人は休憩時間で話してた通り、カラオケボックスに行くようだ。
少し取り残された気分になったが、自分には予定がある、今回は諦めるしかない。
龍輝は自宅に帰宅すると私服に着替えて、家を出た。外は曇りがちだったが、やはり暑い。龍輝はねずみ色の半袖シャツにボタンの付いた黄土色のワイシャツを羽織って、白鷺神社を目指して歩きだした。
龍輝は先ほど入った涼子からのLINEを確認した。"中央商店街にあるドウテンバーツと言うファーストフード店で待ち合わせしましょう、瑞希さんと先に合流して店に来て下さい"
中央商店街には バスに乗って行く必要がある。白鷺神社前にはその経路を通るバス亭がある。瑞希はその話を聞いていたから、指定場所として、白鷺神社前の入口の階段を選択したのだろう。
白鷺神社は龍輝の家から遠くない。歩いて約10分ほどの距離である、普段は自転車で移動するが、今日は瑞希が同行するので、龍輝は徒歩で行くことを決めた。
指定場所に着くと龍輝はバス時間を確認し、スマホの時計を確認した。次のバス時間まで15分程ある。龍輝は境内の階段に座り、瑞希が来るのを待った。待ち合わせ時刻は13時頃とメモに書いてあったので、そろそろ来てもいい頃だ。時計は12時56分を表示している。
蝉はみんみん鳴いていた、この時間は1日でもっとも暑い時間帯だ、曇りがちだった空の切れ目から強い日差しが差し込んでいた。しばらくして瑞希が白鷺神社の境内から降りてきた。瑞希は胸元にフリルの付いた薄手の白いワンピースを着て、赤いリボンのついた麦わら帽子を被った格好で龍輝のそばに近づいた。眼鏡は掛けていない。肩の辺りまである後ろ髪を一房束ね、私服で姿を見せた。
こうして見ると、世良は学校で見る時とプライベートで見る姿は全然違う、白い肌とまだあどけなさが残る顔立ち、世良ってこんなに可愛いかったけ…。龍輝は瑞希に胸の高鳴りを覚えた。
「場所は中央商店街だったね」
「ああ、オレあの辺りはあまり行かないからわからないけど、世良はドウテンバーツで知っているのか?」
「中央商店街は紅君のアパートに近いから、よく通るわ、ファーストフード店とカフェが一緒になっている店よ」
「そうか、なら問題ないな」
場所に関しては心配があったが、瑞希がいれば大丈夫なようだ。
バスが停車すると二人は中に乗り込んだ。目的地である中央商店街前まではバスで15分ほどのところ、到着し二人はバスを降りると、アーチ型の屋根がある通りを目指して歩き出した。ここから先は瑞希の先導で移動する。
中央商店街では下校中の他の学生や、買い物回りをしている人々が歩いていた。週末だけあって、人通りは多い。龍輝は瑞希の後に続き、回りの様子を見ながら歩いていた。カップル連れの若者の姿もちらほら見られる。
商店街の通りは雑貨屋、ファッションセンター、スイーツ店、喫茶店などが立ち並び、焼き肉屋の香ばし油の匂いが充満している場所もあった。中央に大きな街路樹がある。サイドが開け、モニュメントらしきものが展示してある。街路樹を横切り、少し歩くと白い外壁のモダンな造りの建物が見えた。二階建てで大きな出窓が見える、入口には≪ドウテンバーツ≫の文字が刻まれ、外側には階段が設置されている。一階はファーストフード、二階はカフェになっているどうやらこの建物が指定場所であるドウテンバーツのようだ。
涼子からLINEが入った。
"少し遅れます、先に店に入って待ってて下さい"
瑞希にも同じLINEが届いた。
「とりあえず中に入ろうか?」
「そうね、二階のカフェがいいわ」
龍輝と瑞希は外側の階段を上る。
二階の入口には商品サンプルが展示してあるショーウィンドウがあり瑞希は少し、上体を屈んでスイーツやサンドイッチなどある軽食やグラスの飲み物があるウィンドウの商品を覗きこんだ。
「どれにしようかな?」と 瑞希は商品サンプルを眺め、龍輝は少し下がって様子を見守りながら商品を選別している瑞希を見た。普段は見れない彼女の一面に新鮮さを感じる。学校では秀才で目立ない地味系の彼女だが、こうして見ると瑞希もやっぱり普通の女の子だ。
瑞希はどれにするか決め終わると、明るい表情で龍輝の方へ向き直った。
「それじゃ中に入ろうか」
「え…ああ」
目をぱちくりとさせ、龍輝は気付いたように返事した。
二人は窓側の席に座り、商品をオーダーした。瑞希は季節限定の旬の果物が盛り込まれたフルーツパフェを頼み、龍輝はサンドイッチとコーヒーが一緒になった、ミックスサンドセットを選んだ。
ほどよく商品が運ばれてくると瑞希はスプーンでパフェのアイスを掬い、龍輝はストローでアイスコーヒーを啜った。
テーブルを挟んで二人は対面に座っていた。
店内に響く今流行りの有線音楽が流れ、龍輝と瑞希は静かに自分がオーダした食べ物を口に運んだ。
少し沈黙が流れ瑞希が口を開く。
「ごめんね…」
「え…?」
「ちょっとはしゃいじゃったかな…て」
瑞希はストローで中の氷をかき混ぜながら、視線を落とす。
「別に気にしてないよ、こういう場所だし、誰だって街中に出たらテンションあがるよ」
龍輝は言った。それにこういう雰囲気も悪くはない。
「わたし、外出なんてあまりしないからこういうところに来ると、わくわくするの…ほら、わたしって体丈夫じゃないし、友達もそんなに居ないから」
小さくなった氷をつっつきながら照れくさそうに瑞希は言った。
確かに世良は昔から遊んでいるようなイメージはない。いつも隅の方で読書をしながら、1日を過ごしているような印象がある。
少し寂しげな表情を見せる瑞希に龍輝の心が揺れ動く、自分が初めて世良瑞希という女性を意識していることに気が付いた。
「…世良は、どこで紅と出会ったんだ?」
龍輝の口からなぜか紅の名前を出た。紅と世良は明らかに性格が真逆だ。どこで接点があったのか、龍輝はふと気になった。
「…紅君に会ったのは、入学したての春先頃だった、中学生の時、わたしこの中央商店街にある近くの塾に通っていたの、高校受験にも合格して塾にも行く必要もなくなったから、お世話になった先生方に挨拶をしに行ったその帰りだった、一人でショッピングを楽しんでいた時、わたしうっかり財布を落としちゃって…気が付いたのが早かったからすぐ見つかったんだけど、その時運悪くガラの悪い人達に先に拾われて…わたし返して下さいって頼んだんだけど、その人達言うこと聞かなくて…その時、紅君が現れてガラの悪い人達からわたしの財布を取り返してくれたの、紅君は妹のさやかちゃんと買い物の途中で丁度その現場を目撃して助けてくれたの」
瑞希は紅の妹であるさやかと塾で一緒に過ごした時間があったので面識があった。助けてくれたのはその縁もあったかも知れないが、その事もあって瑞希は紅と交流を持つ事になった。妹さやかはその当時、まだ塾に通っていたが、家庭の事情で塾に通えなくなり、代わって瑞希がさやかに勉強を教えるため、紅のアパートを訪れるようになった。
瑞希にしてみれば紅は危ないところを助けてくれたヒーローのような存在だった。
紅にそんな一面があったなんて…龍輝は少し驚きを感じた。ガラの悪い連中に向かっていくなんて紅らしいと言えば紅らしいが、 自分は果たして、知り合いがガラの悪い連中に絡まれていたら、紅のような行動をとれるだろうか?おそらく無理だろう、情けない話だが自分にはそんな度胸はない。龍輝はコーヒーにミルクを混ぜながら、自分の弱さに葛藤を感じた。
「世良は…」
龍輝はコーヒーと一緒に唾を飲み込む。…紅の事が好きなのか?その言葉が喉まで出かかった、が言うのを止めた。そして「何でもない」と言葉を濁し、ハムサンドを口に詰め込んだ。下手に勘繰られたくなかった。自分が世良瑞希を好きになってたことに…
自分は紅ほど勇猛さと行動力はない。ある意味、紅はすごい奴かも知れない、性格には問題あるかも知れないが一人で家計を支え、誰が相手も臆さないその度胸は龍輝にはないものだ。
龍輝は窓の外を眺めていると携帯端末を持ちながら涼子が店に入って来る姿が見えた。彼女は白いノースリーブトップス姿でジーンズを履いていた。
紐の長いショルダーバッグを肩に掛け、店内に入って来ると涼子は手を振り、歩幅を早めて二人の席に近づいた。
「遅れてごめんなさい、待たせちゃったかしら?」
涼子はソファーの席にバックを置くと龍輝の隣に座ってアイスティーをオーダした。注文しアイスティが届くと、涼子は軽く喉を潤し、今後の予定を話し始めた。
「これからの予定ですが、世良瑞希さんの案内の元、紅鋭児君とコンタクトを取ります、目的としてあなたたちにお渡しした夢魔のペンダント、それを彼に渡す事にあります。彼にレム オブ ワールドに来てもらう必要があります」
「あの異次元結界を修復するため?」
「はい」
瑞希の声に涼子は頷く。
「…簡単に事が進めればいいけど」
龍輝は不安の声をよぎらせる。相手はあの紅鋭児だ。夢と現実が繋がっている話なんて、そんな言葉、彼が信じるだろうか?
それについては瑞希も不安があった。紅の性格も然ることながら、やはり一番のネックは記憶がない事にある。ただでさえ現実離れした話なのに、この事実を証明させるのは至難の技かも知れない。
だが、もし…。
龍輝は気になる部分があった。昨日、紅が涼子に対して見せた反応、紅がもしあの夢の記憶を持っていたとしたら…
「…涼子、昨日オレ紅に絡まれて気になった部分があったんだけど、あいつ、レム オブ ワールドの記憶、持ってんじゃないかって…」
「紅君があの夢の記憶を、まさか」
瑞希は口を挟む。
「確証はないよ、ただそんな感じがするだけなんだけど…あいつ、昨日涼子と初めて顔を合わせたとき、反応が普通じゃなかった」
昨日涼子と紅が初めて顔を合わせた後、ひとことふたこと何かを呟いて彼は立ち去った。結果的にそのお陰で龍輝は殴られずに済んだのだが、紅は涼子に対して何かを感じるものがあったのではないのだろうか?これはあくまでも龍輝の勝手な推測に過ぎないが…。
「わたしもその点に関しては、気になっていました、もしかしたら紅鋭児君はレム オブ ワールドで戦ったエッジの記憶が持っているのではないかと?」
「夢の記憶を持つ、そんなこと可能なの?わたしはニーシャに接触するまで、あの記憶は思い出せなかった」
龍輝も瑞希と同じだ。夢の記憶なんて目覚めたらすぐに消える。事前にノートなど枕元に置いて、目覚めた後、すぐにメモ書きでもしなきゃ夢の内容なんて思い出せないだろう。しかし、そんな都合のいい話あるわけない。もし出来たとしても細部の記憶まで思い出すのは不可能だ。
「その事も踏まえて、紅君に接触し確認してみましょう、もし彼があの夢の記憶を持っているならば、話もスムーズに進むと思います」
どちらにしろ紅に会う必要はあるのか…覚悟はしているが、龍輝の気が重くなる。
話し合いが終わると三人はドウテンバーツを出た。紅の住むアパートはこの場所からそれほど離れていない。瑞希、涼子と両手に花の龍輝であったが、楽観視する余裕もなく足取りが重くなる。
商店街の通りからわき道に移動し、龍輝たちは古い居酒屋が並ぶ通りを歩いた、今は昼時なのでほとんどは営業していないが、時間限定で昼ランチのみの店は開いている。人通りはまばらであった。カラスが電線に止まり、ネットの張った、生ゴミを漁らんと様子を窺っている。居酒屋通りを抜けると少し道が開けていた。交差点から車の走り抜ける音が聞こえてくる。どうやらこの辺りは国道から近いようだ。
「あの交差点を抜けて、少し歩くと紅君の住むアパートに到着するわ」
瑞希は横断歩道の向こうを指さした。
いよいよか…。龍輝のテンションは落ちる。今さらながらだか、はっきり言って会いたくない、出会った瞬間胸ぐら掴んで殴りかかってくるんじゃないだろうか?いくら瑞希と涼子がいたとしても…。
龍輝は涼子に小さく目を向ける。
涼子は立ち止まり、自分たちが来た道を振り返った。龍輝の心情に気付いたわけではない、彼女は自分たちの後を追って、様子を見ている"何かを"感じ取った。
「涼子?」
「二人とも、先に行ってて下さいませんか?少し気になることがあります」
「ええっ…ここまで来てどうしたんだよ?」
急な告白に龍輝は涼子を見る。ここで涼子が抜けたら、龍輝は瑞希と二人だけで紅を訪ねることになる。
「必ず後で来ます。とりあえず先に紅君のアパートへ行っててくれませんか?」
涼子は凛としたニーシャの翠の瞳で二人を見た。ただならぬ様子に瑞希は涼子に答える。
「わかったわ、良くわからないけど気をつけてね」
涼子はショルダーバックを龍輝に渡した。
「預かってて下さい、必ず後を追います」
涼子は通った道に引き返した。
居酒屋通りからわき道にそれ、涼子は裏側の路地に向かった。涼子が感じていた気配は近くにあった。
「何者ですか?出てきて下さい」
涼子が呼ぶと男が姿を見せた。男は厚手のフードの付いたマントを羽織って銀のサークレットを付けている。金髪の年齢を超越した顔。ルース=ホルキンスはマントをくるませ、涼子を一瞥し、静かに口を開いた。
「上手く気配を消したつもりだったが、どうやら君には気付かれていたようだな」
現れたルースに涼子は衝撃を受ける。この男、エスの記憶を掘り起こす際にビジョンで見た。三狂士の一人。
涼子は強い視線で身構える。そんな涼子にルースは動じる事なく冷静に言葉を続けた。
「敵意はない。構える必要はない」
ルースからは殺気は感じられない。が、涼子はルースへの警戒心は解かず、口を開いた。
「なぜ、あなたがこの世界に…いえ、どうやってこの世界にやって来たのですか?」
異次元間を移動することは普通は出来ない。レム オブ ワールドを通じて移動するか、異次元結界を破る以外、別のゲートから移動する方法もあるがこの男はレム オブ ワールドにも姿を現した。ルースがレム オブ ワールド、そしてこの現実世界に現れる事自体、不可思議な事だった。
「私の背後には"ディア"がついている、彼女の力があれば、異次元間の移動もそれほど難しくはない」
ルースが言った"ディア"と言う名に涼子は青ざめた。
「…ディア、ですって、まさか≪異次元界最強の魔女≫ディア=イン フィニアンですか?」
「他に誰がいる」
「…まさか」
異次元界最強の魔女ディア=イン フィニアン。その名は涼子も聞いた事があった。悠久の時を生き、魔法の力と知識に置いては右に並ぶものはいないと呼ばれているオリジント。
ディア=イン フィニアンは自分の国と世界を持っている。だが、世俗との接触を嫌い、神々の信仰もない。天上天下唯我独尊の魔女だ。外部との関わりに興味のない彼女がなぜ関与を…
「あいつの考えている事は分からない、だがディアは予見している、未だかつてない混沌が起きると、そしてすでにその兆候が見えている」
「…混沌の僕ですか?」
「それもひとつ、だがそれ以前に問題が起きている、それは私を含めた"三狂士"という存在だ」
「三狂士が現れる時、世界が滅ぶ…」
「そして、実際にひとつの世界は滅んだ…いや、滅んだなどと生易しいものではない、"消滅"したと言った方がいいだろう、神々の粛清によりその世界は歴史上からその存在を消し去られた」
涼子は思い出したように気が付いた。つい最近、ひとつの世界が消えたのを涼子は感知していた。もしやその世界というのは…
「消滅したのは私の住んでいた世界だ。何の因果かひとつの時代に私を含め、三人の三狂士が同時に現れた、その結果、神々と地上人との戦いが起こり、そして…」
「世界は消滅した。…でもなぜです?どうしてその世界に住んでいたあなたがここに"存在"しているのです、いかに三狂士といえども神々の粛清からは逃れられないはず」
「…その時、私は次元の狭間の世界でもう一人の"三狂士"と戦っていた、そのため私は神々の粛清から逃れられたのだ」
もう一人の三狂士、そういえばエスの記憶のビジョンではこの男とは別のもう一人の三狂士がいた。
「その男は…」
「名はレオンハルト ディス=バーン、呪戦士、狂戦士、神殺しの三狂士の中のうちの一人"狂戦士"力を持つ男、私にとっては因縁深き男であり"宿縁"あたるオリジントだ」
ルースは言った。レオンハルト ディス =バーン、ルース=ホルキンス、彼らがレム オブ ワールドに現れたのは"宿縁に集いし場所"に導かれたゆえか。とは言え彼らは"夢見人"とは違う。あの世界に来るには異次元結界を破る必要がある。
「あなた方がレム オブ ワールドの異次元結界を破ったのですか?」
「結界を破ったのはディス=バーンだ、気まぐれに破った空間があの世界に直通したのだろう」
「気まぐれですって!」
涼子は耳を疑った。異次元結界は気まぐれで破っていいような代物ではない。いやそれ以前にその結界を破ることじたい普通ではない。
「奴に善も悪もない、あるのは己の欲望に突き進む意志と破壊の衝動だけだ」
ゆえに狂えし者なのだ。涼子は戦慄が走った。闇と混沌を糧とする混沌の僕、極端な話彼らは悪と言う明確な事象で括ることができるが、そのディス=バーンと言う男は己の欲望で動くため、自己中心的な思想で好き勝手に世界を破壊する。いわば血に飢えた獣と同じだ。ある意味、混沌の僕より"たち"が悪いかも知れない。
「あなたはその男を止める為にレム オブ ワールドでわたしたちを守ったのですか?」
「理由はそれだけではないがな…」
ルースは微かに涼子を見、向き直った。
意味ありげな視線に、涼子は奇妙な感覚を覚えた。不思議な感じがする。ルースと話してると、安堵感と喪失感が同居しているような、特別な気分になる。もしやこの人はわたしの欠落している過去を知っているのでは…
「ルース=ホルキンス、あなたは以前、わたしと会ったことありませんか?」
「なぜそう思う?」
「わたしの中に欠落している過去があります、"失なわれた記憶"の中にあなたの存在が関係しているのではないかとふとそう感じたのです」
涼子の翠の瞳を見据え、しばらく間を置きやがてルースは口を開いた。
「≪セカンド大陸≫私が生まれた世界だ、消滅して今はその存在はないがな…」
…セカンド大陸、涼子はどこかで聞いた名前だ。だが、思い出せない。それは失なわれた記憶に関係している証なのかも知れない。
「…今はそれを語るべき時ではない。"ドリームプリンセス"よ忠告する、この世界は"滅びの道"を辿る。然る措置を取り、動いた方がよい」
ルースの突然の発言に涼子は道のど真ん中に蛇が動いてたような驚きを覚えた。
「この世界が滅ぶ、なぜそんな事があなたに分かるのですか?」
「この世界はすでに混沌の僕が関与している、君も薄々感じているのではないのか?」
「それは…でもそれを止めるためにわたしは動いているのです」
「君があの世界で召還した夢見人か、彼らは夢見人として強い力を持っているが残念ながら君が望んでいた者とは違う、彼らはこの世界のただの"住民"だ。君は異世界の"同一人物"をあの世界に召還してしまった」
「彼らは強い"魂"を持っています混沌の僕を倒すには強い魂の持つ者が必要です」
「魂だけでは戦えない、強い戦闘力を持つ者ではなくては、彼らがもし、この世界で混沌の僕と出会ったら命はない」
ルースは自分の手のひらを見、握り拳をつくる。問題はそれだけではない。感覚でわかる、今の自分の力は本来の力とは遠く離れていることが…
「君も気付いていると思うが、この世界は魔気が強すぎる、魔力のコントロールが効かないため、能力が半減している。君の力も私のの力も十二分に発揮出来ない。だが混沌の僕は違う、彼らは"闇の魔気"を使うため、この世界でもレム オブ ワールドと同様の力を使うことが出来る、混沌の僕がこの世界に来た時点で運命は決まってしまったのだ」
涼子は唇を噛みしめる。ルースの言った通り、混沌の僕がこの世界に来ていたとしたら、この世界では戦えるすべはない。そうならないために、涼子は異次元結界を修復する事を考えたのだ。
「なんて事…」
彼らを倒すには器となっている肉体、そして精神を殺さなくてはいけない。この世界は科学技術は発展しているが、魔法は無いに等しい。近代科学兵器は強力な武器だが、多大なコストと時間がかかり、場合によっては大きな代償を払う可能性がある。もとより混沌の僕などという存在を誰が信じるだろうか?例え彼らの肉体を滅ぼしても精神を殺さない限り、彼らは何度でも蘇る。彼らは異世界では不死身に近い存在なのだ。
…然る措置。涼子はルースの言った意味を考えた。
「なぜ、あなたはその事をわたしに伝えたのですか?」
「様々な縁が重なっている、君の言った強い魂を持った夢見人、混沌の僕を倒す切り札である事は確かだ。君の呼び寄せた三人の戦士、そのうちの一人である紅鋭児という少年は私の世界で最強の戦士と呼ばれたエッジ=スクアートと同じ魂を持つ同一人物だ、レム オブ ワールドでは彼の姿を象った紅鋭児が現れた、本来ならあの世界には私が知る"エッジ=スクアート"が来るはずだったのではないのか?」
「つまり、リュウキやエスも…」
「別の世界の名のある同一人物の戦士であり、強い魂を持つ"彼ら"が戦士に"憑依"した存在なのだろう、そしてそれが混沌の僕に対抗しうる究極の姿なのだろう。彼らの"魂を生かすこと"が君がやるべき事なのではないのか?」
魂を生かす…涼子はルースの言葉を吟味する。そして、ひとつの魔法を思い出した、それは≪憑依転生≫という方法だ。記憶の魂を
残し、異世界の同一人物の器に移す法。だが、この技は禁断の秘術とされ使用者は多大なエネルギーと魔力が必要となる。魔気コントロールの効かないこの世界で使用すれば、涼子自身も恐らくただではすまない。
「強制はしない。彼らを生かすか、殺すかは君次第だ」
ルースはマントをくるめ踵を返した。
「待って!あなたはどうしてここまで混沌の僕に関与するのです。あなたと混沌の僕は直接的な関係はないはず」
涼子の声にルースは足を止めた。
「確かに私と混沌の僕は直接的な関係はない、だが、私の背後にいるディアは奴らの存在が気に入らなくてな、"小者のくせに異次元間を這いずり廻って世界を混乱に陥れる害虫だと"称して奴ら毛嫌いしている。私はディアの代行者として混沌の僕を否定している、最も私の真の目的は別にある。レオンハルト ディス=バーンとの決着…混沌の僕はものの次いでに過ぎない。とはいえ私も奴らを気に入らないことは確かだ、私が三狂士の"呪"なった要因は少なくとも"彼らにも原因"があるのだからな」
ルースはそれ以上は何も語らず。涼子に背を向けて歩き始めた。
ルース=ホルキンス…謎多き三狂士、だが彼は少なくとも涼子たちの敵ではない。彼が言ったリュウキたち魂を生かすも殺すも、すべては涼子の判断に委ねられる、が、もしもの時…彼女の心は決まっていた。
ガンプの手の甲から伸びる黒い爪からは血が滴り落ちていた。血生臭い臭いが生暖かな空気と絡み合い、地獄絵図と化した真夜中の港の倉庫内はボリュームの高いカーステレオの音楽だけが響き渡っていた。若者たちが持ち出した簡易の照明器具と車のライトで照らされた室内。そこは血生臭く凄惨な光景が広がっていた。
ガンプは列なる窓から差し込む月明かりを瞳のない白目で見上げ、不気味に笑った。
「脆い、この世界に住む人間はなんと言う弱さだろうか、これが希少に存在する"夢見人"の世界なのか?」
負の感情を持つ人種を率いて、闇の軍団を作り、この世を戦乱と混乱の渦に陥れようと考えていたガンプであったが、戦闘力が低すぎる。この間、街の繁華街で惨殺した人間に比べれば、ここにいた人間は攻撃的ではあったが、やはり弱すぎる。これならまだ野党や山賊を率いて戦った方がましだ。
夢見人全員を抹殺する。それがガンプの目的である、これだけ弱ければ皆殺しにするのは簡単だ、…だが…
ガンプは足元に転がる眼球を踏み潰す。誰のものかわからない目玉は破裂し、嫌な音を立て、ガンプ足元で血が飛び散った。この世界の夢見人は数が多すぎる。一気に壊滅させる方法はないものか…。
ガンプは散乱した肉片に混ざって、光を放つ携帯端末に気が付いた。手にとりひび割れた画面に触れると、この世界の情報とも言える文字表示され、ガンプはそれを見てにやりと笑った。なんという技術力だ。
「なるほど、力がない代わりにこの世界は文明利器が発達しているのか」
ガンプは一計を案じる。 これだけ技術力があるならば、世界を滅ばす強力な武器が存在するかも知れない。例えばその武器を時間軸ずらして、世界中にばらまくとか…。
ガンプは耳障りに聞こえるカーステレオを車ごと破壊する。木っ端微塵になった車体から火の手が上がりその火は他の車体に誘爆して倉庫内は炎に包まれた。
「お前を殺したいなあ、我が友≪敵≫エッジよ」
ガンプは不敵に笑い、立ちのぼる炎の中、全身から怪しい妖気を放ち、かげろうのように空間を歪めて姿を消した。
"今朝未明、D地区港の倉庫から爆発音のような音が鳴り響き、火災が発生し、焼け跡から人の一部と見られる遺体が発見されました。警察が調べたところ、遺体は損傷が激しく数十名が犠牲になったと見られ、警察は事件と事故の両方を見て調べを進めております"
スマホ画面からニュースが表示される。続けて涼子からLINEが入った。
"おはようリュウキ、今日の午後、紅君の家に行きますが、その際、世良瑞希さんとの連絡を取れるようにしておきたいと思います。リュウキは世良瑞希さんの連絡先は知っていますか?"
内容を読み、龍輝は画面を打つ。
"いや、知らない。世良は長い顔馴染みだけど、特別親しい間柄ではなかったので、詳しくはない、連絡先ももちろん知らない"
送信すると数分後に涼子から返事が帰ってくる。
"わかりました。今日、学校で世良さんに接触したいと思います。リュウキとは学校内では連絡は取りずらいと思うので、携帯を使って情報交換をしたいと思います。…それにしても便利ですね、このLINEというものは"
最後の涼子の言葉に心なしか龍輝は笑みがこぼれた。涼子は異世界の人間だ、こういう便利なツールは初めてのなのだろう。この世界は魔法というものはないが、そのぶん便利な機械が発達している。この世には様々な異次元世界が存在するらしいが、魔法が発達している世界もあれば、科学技術の凄い世界もあるかも知れない。もしかして機械と魔法とは表裏一体なのだろうか?
勝手にイメージをふくらませ龍輝は携帯をポケットにしまった。
学校は別段特別な事もなくいつもと変わらない様子だった。紅はやはり欠席している。昨日のあの修羅場が遠い昔のように感じる。教室内の涼子とは距離を置いていた。自分と涼子の関係はあまり知られたくはない。彼女もそれを承知で龍輝との接触を避けている。涼子の周りには何人かのクラスの女子が集まっている。転校したばかりだが、すでに彼女は学校には馴染んでいるようだ。
「なんかおもしれぇ事ねえかな」
アキヒロは呟く。
「おもしれぇ事って、なんだよ?」
シンジは机の上で頬杖をついて聞く。
面白い事、いざ考えて見るとなかなか思い浮かばない。
「なんっつうか、刺激が欲しいんだよな、冒険の旅に出るとか、大海原に出るというか、感情を高ぶらせるような、そんな刺激が欲しいだよな」
「欲求不満てこと?」
ヨシノリが声を挟む。
「そういう訳じゃねえけど、人間なんか退屈な時ってあるじゃねえか、そんな時パーと弾けたいわけよ」
「だったら、カラオケでも行くか、今日は午前中で学校も終わるしよ」
「おお、いいね」
「シンジにしてはなかなかのアイデア」
「何だよ、なかなかって?おめぇ一言多いだよ」とシンジはヨシノリに返す。しかしノリは十分だ。
カラオケか、行きたい気持ちはあるが…。
「悪い、オレちょっと午後から用事があるんだ、今回パスな」
龍輝は手を合わせてシンジたちに謝る。用事とは涼子たちとの約束だ。
「なんだ、龍輝これねーのか?」
「何?用事って」
「私用だよ私用、でもオレに気にせず三人で行ってこいよ」
龍輝は腰をあげる。ちょっと用をもようしたくなった。「トイレに行ってくると」龍輝は答えて席を離れた。
手を洗って龍輝は男子トイレを出ると、A組教室前の廊下にある窓側の通路で、瑞希が壁にもたれて背中を預けていた。瑞希はいつもの眼鏡を掛けた制服姿で龍輝が通りかかるのを待っていた。そして通り過ぎようとする龍輝にそっと近づきメモが書かれた折り曲げたノートの切れ端を渡した。
"白鷺神社の境内の入口の階段で待っている"
先に涼子とコンタクトを取っていた瑞希が、龍輝と午後からの待ち合わせ場所を指定した。
龍輝は教室に入る瑞希を軽く見ると、場所を指定しているメモ書きをズボンのポケットに入れ、何げないそぶりで歩き出す。午後からは瑞希たちと予定通り紅の家に行く、本来ならアキヒロたちとカラオケに行きたかった、よりによってなんで紅がエッジなんだ。龍輝はため息を吐く。
学校が終わると、龍輝はアキヒロたちと別れた。三人は休憩時間で話してた通り、カラオケボックスに行くようだ。
少し取り残された気分になったが、自分には予定がある、今回は諦めるしかない。
龍輝は自宅に帰宅すると私服に着替えて、家を出た。外は曇りがちだったが、やはり暑い。龍輝はねずみ色の半袖シャツにボタンの付いた黄土色のワイシャツを羽織って、白鷺神社を目指して歩きだした。
龍輝は先ほど入った涼子からのLINEを確認した。"中央商店街にあるドウテンバーツと言うファーストフード店で待ち合わせしましょう、瑞希さんと先に合流して店に来て下さい"
中央商店街には バスに乗って行く必要がある。白鷺神社前にはその経路を通るバス亭がある。瑞希はその話を聞いていたから、指定場所として、白鷺神社前の入口の階段を選択したのだろう。
白鷺神社は龍輝の家から遠くない。歩いて約10分ほどの距離である、普段は自転車で移動するが、今日は瑞希が同行するので、龍輝は徒歩で行くことを決めた。
指定場所に着くと龍輝はバス時間を確認し、スマホの時計を確認した。次のバス時間まで15分程ある。龍輝は境内の階段に座り、瑞希が来るのを待った。待ち合わせ時刻は13時頃とメモに書いてあったので、そろそろ来てもいい頃だ。時計は12時56分を表示している。
蝉はみんみん鳴いていた、この時間は1日でもっとも暑い時間帯だ、曇りがちだった空の切れ目から強い日差しが差し込んでいた。しばらくして瑞希が白鷺神社の境内から降りてきた。瑞希は胸元にフリルの付いた薄手の白いワンピースを着て、赤いリボンのついた麦わら帽子を被った格好で龍輝のそばに近づいた。眼鏡は掛けていない。肩の辺りまである後ろ髪を一房束ね、私服で姿を見せた。
こうして見ると、世良は学校で見る時とプライベートで見る姿は全然違う、白い肌とまだあどけなさが残る顔立ち、世良ってこんなに可愛いかったけ…。龍輝は瑞希に胸の高鳴りを覚えた。
「場所は中央商店街だったね」
「ああ、オレあの辺りはあまり行かないからわからないけど、世良はドウテンバーツで知っているのか?」
「中央商店街は紅君のアパートに近いから、よく通るわ、ファーストフード店とカフェが一緒になっている店よ」
「そうか、なら問題ないな」
場所に関しては心配があったが、瑞希がいれば大丈夫なようだ。
バスが停車すると二人は中に乗り込んだ。目的地である中央商店街前まではバスで15分ほどのところ、到着し二人はバスを降りると、アーチ型の屋根がある通りを目指して歩き出した。ここから先は瑞希の先導で移動する。
中央商店街では下校中の他の学生や、買い物回りをしている人々が歩いていた。週末だけあって、人通りは多い。龍輝は瑞希の後に続き、回りの様子を見ながら歩いていた。カップル連れの若者の姿もちらほら見られる。
商店街の通りは雑貨屋、ファッションセンター、スイーツ店、喫茶店などが立ち並び、焼き肉屋の香ばし油の匂いが充満している場所もあった。中央に大きな街路樹がある。サイドが開け、モニュメントらしきものが展示してある。街路樹を横切り、少し歩くと白い外壁のモダンな造りの建物が見えた。二階建てで大きな出窓が見える、入口には≪ドウテンバーツ≫の文字が刻まれ、外側には階段が設置されている。一階はファーストフード、二階はカフェになっているどうやらこの建物が指定場所であるドウテンバーツのようだ。
涼子からLINEが入った。
"少し遅れます、先に店に入って待ってて下さい"
瑞希にも同じLINEが届いた。
「とりあえず中に入ろうか?」
「そうね、二階のカフェがいいわ」
龍輝と瑞希は外側の階段を上る。
二階の入口には商品サンプルが展示してあるショーウィンドウがあり瑞希は少し、上体を屈んでスイーツやサンドイッチなどある軽食やグラスの飲み物があるウィンドウの商品を覗きこんだ。
「どれにしようかな?」と 瑞希は商品サンプルを眺め、龍輝は少し下がって様子を見守りながら商品を選別している瑞希を見た。普段は見れない彼女の一面に新鮮さを感じる。学校では秀才で目立ない地味系の彼女だが、こうして見ると瑞希もやっぱり普通の女の子だ。
瑞希はどれにするか決め終わると、明るい表情で龍輝の方へ向き直った。
「それじゃ中に入ろうか」
「え…ああ」
目をぱちくりとさせ、龍輝は気付いたように返事した。
二人は窓側の席に座り、商品をオーダーした。瑞希は季節限定の旬の果物が盛り込まれたフルーツパフェを頼み、龍輝はサンドイッチとコーヒーが一緒になった、ミックスサンドセットを選んだ。
ほどよく商品が運ばれてくると瑞希はスプーンでパフェのアイスを掬い、龍輝はストローでアイスコーヒーを啜った。
テーブルを挟んで二人は対面に座っていた。
店内に響く今流行りの有線音楽が流れ、龍輝と瑞希は静かに自分がオーダした食べ物を口に運んだ。
少し沈黙が流れ瑞希が口を開く。
「ごめんね…」
「え…?」
「ちょっとはしゃいじゃったかな…て」
瑞希はストローで中の氷をかき混ぜながら、視線を落とす。
「別に気にしてないよ、こういう場所だし、誰だって街中に出たらテンションあがるよ」
龍輝は言った。それにこういう雰囲気も悪くはない。
「わたし、外出なんてあまりしないからこういうところに来ると、わくわくするの…ほら、わたしって体丈夫じゃないし、友達もそんなに居ないから」
小さくなった氷をつっつきながら照れくさそうに瑞希は言った。
確かに世良は昔から遊んでいるようなイメージはない。いつも隅の方で読書をしながら、1日を過ごしているような印象がある。
少し寂しげな表情を見せる瑞希に龍輝の心が揺れ動く、自分が初めて世良瑞希という女性を意識していることに気が付いた。
「…世良は、どこで紅と出会ったんだ?」
龍輝の口からなぜか紅の名前を出た。紅と世良は明らかに性格が真逆だ。どこで接点があったのか、龍輝はふと気になった。
「…紅君に会ったのは、入学したての春先頃だった、中学生の時、わたしこの中央商店街にある近くの塾に通っていたの、高校受験にも合格して塾にも行く必要もなくなったから、お世話になった先生方に挨拶をしに行ったその帰りだった、一人でショッピングを楽しんでいた時、わたしうっかり財布を落としちゃって…気が付いたのが早かったからすぐ見つかったんだけど、その時運悪くガラの悪い人達に先に拾われて…わたし返して下さいって頼んだんだけど、その人達言うこと聞かなくて…その時、紅君が現れてガラの悪い人達からわたしの財布を取り返してくれたの、紅君は妹のさやかちゃんと買い物の途中で丁度その現場を目撃して助けてくれたの」
瑞希は紅の妹であるさやかと塾で一緒に過ごした時間があったので面識があった。助けてくれたのはその縁もあったかも知れないが、その事もあって瑞希は紅と交流を持つ事になった。妹さやかはその当時、まだ塾に通っていたが、家庭の事情で塾に通えなくなり、代わって瑞希がさやかに勉強を教えるため、紅のアパートを訪れるようになった。
瑞希にしてみれば紅は危ないところを助けてくれたヒーローのような存在だった。
紅にそんな一面があったなんて…龍輝は少し驚きを感じた。ガラの悪い連中に向かっていくなんて紅らしいと言えば紅らしいが、 自分は果たして、知り合いがガラの悪い連中に絡まれていたら、紅のような行動をとれるだろうか?おそらく無理だろう、情けない話だが自分にはそんな度胸はない。龍輝はコーヒーにミルクを混ぜながら、自分の弱さに葛藤を感じた。
「世良は…」
龍輝はコーヒーと一緒に唾を飲み込む。…紅の事が好きなのか?その言葉が喉まで出かかった、が言うのを止めた。そして「何でもない」と言葉を濁し、ハムサンドを口に詰め込んだ。下手に勘繰られたくなかった。自分が世良瑞希を好きになってたことに…
自分は紅ほど勇猛さと行動力はない。ある意味、紅はすごい奴かも知れない、性格には問題あるかも知れないが一人で家計を支え、誰が相手も臆さないその度胸は龍輝にはないものだ。
龍輝は窓の外を眺めていると携帯端末を持ちながら涼子が店に入って来る姿が見えた。彼女は白いノースリーブトップス姿でジーンズを履いていた。
紐の長いショルダーバッグを肩に掛け、店内に入って来ると涼子は手を振り、歩幅を早めて二人の席に近づいた。
「遅れてごめんなさい、待たせちゃったかしら?」
涼子はソファーの席にバックを置くと龍輝の隣に座ってアイスティーをオーダした。注文しアイスティが届くと、涼子は軽く喉を潤し、今後の予定を話し始めた。
「これからの予定ですが、世良瑞希さんの案内の元、紅鋭児君とコンタクトを取ります、目的としてあなたたちにお渡しした夢魔のペンダント、それを彼に渡す事にあります。彼にレム オブ ワールドに来てもらう必要があります」
「あの異次元結界を修復するため?」
「はい」
瑞希の声に涼子は頷く。
「…簡単に事が進めればいいけど」
龍輝は不安の声をよぎらせる。相手はあの紅鋭児だ。夢と現実が繋がっている話なんて、そんな言葉、彼が信じるだろうか?
それについては瑞希も不安があった。紅の性格も然ることながら、やはり一番のネックは記憶がない事にある。ただでさえ現実離れした話なのに、この事実を証明させるのは至難の技かも知れない。
だが、もし…。
龍輝は気になる部分があった。昨日、紅が涼子に対して見せた反応、紅がもしあの夢の記憶を持っていたとしたら…
「…涼子、昨日オレ紅に絡まれて気になった部分があったんだけど、あいつ、レム オブ ワールドの記憶、持ってんじゃないかって…」
「紅君があの夢の記憶を、まさか」
瑞希は口を挟む。
「確証はないよ、ただそんな感じがするだけなんだけど…あいつ、昨日涼子と初めて顔を合わせたとき、反応が普通じゃなかった」
昨日涼子と紅が初めて顔を合わせた後、ひとことふたこと何かを呟いて彼は立ち去った。結果的にそのお陰で龍輝は殴られずに済んだのだが、紅は涼子に対して何かを感じるものがあったのではないのだろうか?これはあくまでも龍輝の勝手な推測に過ぎないが…。
「わたしもその点に関しては、気になっていました、もしかしたら紅鋭児君はレム オブ ワールドで戦ったエッジの記憶が持っているのではないかと?」
「夢の記憶を持つ、そんなこと可能なの?わたしはニーシャに接触するまで、あの記憶は思い出せなかった」
龍輝も瑞希と同じだ。夢の記憶なんて目覚めたらすぐに消える。事前にノートなど枕元に置いて、目覚めた後、すぐにメモ書きでもしなきゃ夢の内容なんて思い出せないだろう。しかし、そんな都合のいい話あるわけない。もし出来たとしても細部の記憶まで思い出すのは不可能だ。
「その事も踏まえて、紅君に接触し確認してみましょう、もし彼があの夢の記憶を持っているならば、話もスムーズに進むと思います」
どちらにしろ紅に会う必要はあるのか…覚悟はしているが、龍輝の気が重くなる。
話し合いが終わると三人はドウテンバーツを出た。紅の住むアパートはこの場所からそれほど離れていない。瑞希、涼子と両手に花の龍輝であったが、楽観視する余裕もなく足取りが重くなる。
商店街の通りからわき道に移動し、龍輝たちは古い居酒屋が並ぶ通りを歩いた、今は昼時なのでほとんどは営業していないが、時間限定で昼ランチのみの店は開いている。人通りはまばらであった。カラスが電線に止まり、ネットの張った、生ゴミを漁らんと様子を窺っている。居酒屋通りを抜けると少し道が開けていた。交差点から車の走り抜ける音が聞こえてくる。どうやらこの辺りは国道から近いようだ。
「あの交差点を抜けて、少し歩くと紅君の住むアパートに到着するわ」
瑞希は横断歩道の向こうを指さした。
いよいよか…。龍輝のテンションは落ちる。今さらながらだか、はっきり言って会いたくない、出会った瞬間胸ぐら掴んで殴りかかってくるんじゃないだろうか?いくら瑞希と涼子がいたとしても…。
龍輝は涼子に小さく目を向ける。
涼子は立ち止まり、自分たちが来た道を振り返った。龍輝の心情に気付いたわけではない、彼女は自分たちの後を追って、様子を見ている"何かを"感じ取った。
「涼子?」
「二人とも、先に行ってて下さいませんか?少し気になることがあります」
「ええっ…ここまで来てどうしたんだよ?」
急な告白に龍輝は涼子を見る。ここで涼子が抜けたら、龍輝は瑞希と二人だけで紅を訪ねることになる。
「必ず後で来ます。とりあえず先に紅君のアパートへ行っててくれませんか?」
涼子は凛としたニーシャの翠の瞳で二人を見た。ただならぬ様子に瑞希は涼子に答える。
「わかったわ、良くわからないけど気をつけてね」
涼子はショルダーバックを龍輝に渡した。
「預かってて下さい、必ず後を追います」
涼子は通った道に引き返した。
居酒屋通りからわき道にそれ、涼子は裏側の路地に向かった。涼子が感じていた気配は近くにあった。
「何者ですか?出てきて下さい」
涼子が呼ぶと男が姿を見せた。男は厚手のフードの付いたマントを羽織って銀のサークレットを付けている。金髪の年齢を超越した顔。ルース=ホルキンスはマントをくるませ、涼子を一瞥し、静かに口を開いた。
「上手く気配を消したつもりだったが、どうやら君には気付かれていたようだな」
現れたルースに涼子は衝撃を受ける。この男、エスの記憶を掘り起こす際にビジョンで見た。三狂士の一人。
涼子は強い視線で身構える。そんな涼子にルースは動じる事なく冷静に言葉を続けた。
「敵意はない。構える必要はない」
ルースからは殺気は感じられない。が、涼子はルースへの警戒心は解かず、口を開いた。
「なぜ、あなたがこの世界に…いえ、どうやってこの世界にやって来たのですか?」
異次元間を移動することは普通は出来ない。レム オブ ワールドを通じて移動するか、異次元結界を破る以外、別のゲートから移動する方法もあるがこの男はレム オブ ワールドにも姿を現した。ルースがレム オブ ワールド、そしてこの現実世界に現れる事自体、不可思議な事だった。
「私の背後には"ディア"がついている、彼女の力があれば、異次元間の移動もそれほど難しくはない」
ルースが言った"ディア"と言う名に涼子は青ざめた。
「…ディア、ですって、まさか≪異次元界最強の魔女≫ディア=イン フィニアンですか?」
「他に誰がいる」
「…まさか」
異次元界最強の魔女ディア=イン フィニアン。その名は涼子も聞いた事があった。悠久の時を生き、魔法の力と知識に置いては右に並ぶものはいないと呼ばれているオリジント。
ディア=イン フィニアンは自分の国と世界を持っている。だが、世俗との接触を嫌い、神々の信仰もない。天上天下唯我独尊の魔女だ。外部との関わりに興味のない彼女がなぜ関与を…
「あいつの考えている事は分からない、だがディアは予見している、未だかつてない混沌が起きると、そしてすでにその兆候が見えている」
「…混沌の僕ですか?」
「それもひとつ、だがそれ以前に問題が起きている、それは私を含めた"三狂士"という存在だ」
「三狂士が現れる時、世界が滅ぶ…」
「そして、実際にひとつの世界は滅んだ…いや、滅んだなどと生易しいものではない、"消滅"したと言った方がいいだろう、神々の粛清によりその世界は歴史上からその存在を消し去られた」
涼子は思い出したように気が付いた。つい最近、ひとつの世界が消えたのを涼子は感知していた。もしやその世界というのは…
「消滅したのは私の住んでいた世界だ。何の因果かひとつの時代に私を含め、三人の三狂士が同時に現れた、その結果、神々と地上人との戦いが起こり、そして…」
「世界は消滅した。…でもなぜです?どうしてその世界に住んでいたあなたがここに"存在"しているのです、いかに三狂士といえども神々の粛清からは逃れられないはず」
「…その時、私は次元の狭間の世界でもう一人の"三狂士"と戦っていた、そのため私は神々の粛清から逃れられたのだ」
もう一人の三狂士、そういえばエスの記憶のビジョンではこの男とは別のもう一人の三狂士がいた。
「その男は…」
「名はレオンハルト ディス=バーン、呪戦士、狂戦士、神殺しの三狂士の中のうちの一人"狂戦士"力を持つ男、私にとっては因縁深き男であり"宿縁"あたるオリジントだ」
ルースは言った。レオンハルト ディス =バーン、ルース=ホルキンス、彼らがレム オブ ワールドに現れたのは"宿縁に集いし場所"に導かれたゆえか。とは言え彼らは"夢見人"とは違う。あの世界に来るには異次元結界を破る必要がある。
「あなた方がレム オブ ワールドの異次元結界を破ったのですか?」
「結界を破ったのはディス=バーンだ、気まぐれに破った空間があの世界に直通したのだろう」
「気まぐれですって!」
涼子は耳を疑った。異次元結界は気まぐれで破っていいような代物ではない。いやそれ以前にその結界を破ることじたい普通ではない。
「奴に善も悪もない、あるのは己の欲望に突き進む意志と破壊の衝動だけだ」
ゆえに狂えし者なのだ。涼子は戦慄が走った。闇と混沌を糧とする混沌の僕、極端な話彼らは悪と言う明確な事象で括ることができるが、そのディス=バーンと言う男は己の欲望で動くため、自己中心的な思想で好き勝手に世界を破壊する。いわば血に飢えた獣と同じだ。ある意味、混沌の僕より"たち"が悪いかも知れない。
「あなたはその男を止める為にレム オブ ワールドでわたしたちを守ったのですか?」
「理由はそれだけではないがな…」
ルースは微かに涼子を見、向き直った。
意味ありげな視線に、涼子は奇妙な感覚を覚えた。不思議な感じがする。ルースと話してると、安堵感と喪失感が同居しているような、特別な気分になる。もしやこの人はわたしの欠落している過去を知っているのでは…
「ルース=ホルキンス、あなたは以前、わたしと会ったことありませんか?」
「なぜそう思う?」
「わたしの中に欠落している過去があります、"失なわれた記憶"の中にあなたの存在が関係しているのではないかとふとそう感じたのです」
涼子の翠の瞳を見据え、しばらく間を置きやがてルースは口を開いた。
「≪セカンド大陸≫私が生まれた世界だ、消滅して今はその存在はないがな…」
…セカンド大陸、涼子はどこかで聞いた名前だ。だが、思い出せない。それは失なわれた記憶に関係している証なのかも知れない。
「…今はそれを語るべき時ではない。"ドリームプリンセス"よ忠告する、この世界は"滅びの道"を辿る。然る措置を取り、動いた方がよい」
ルースの突然の発言に涼子は道のど真ん中に蛇が動いてたような驚きを覚えた。
「この世界が滅ぶ、なぜそんな事があなたに分かるのですか?」
「この世界はすでに混沌の僕が関与している、君も薄々感じているのではないのか?」
「それは…でもそれを止めるためにわたしは動いているのです」
「君があの世界で召還した夢見人か、彼らは夢見人として強い力を持っているが残念ながら君が望んでいた者とは違う、彼らはこの世界のただの"住民"だ。君は異世界の"同一人物"をあの世界に召還してしまった」
「彼らは強い"魂"を持っています混沌の僕を倒すには強い魂の持つ者が必要です」
「魂だけでは戦えない、強い戦闘力を持つ者ではなくては、彼らがもし、この世界で混沌の僕と出会ったら命はない」
ルースは自分の手のひらを見、握り拳をつくる。問題はそれだけではない。感覚でわかる、今の自分の力は本来の力とは遠く離れていることが…
「君も気付いていると思うが、この世界は魔気が強すぎる、魔力のコントロールが効かないため、能力が半減している。君の力も私のの力も十二分に発揮出来ない。だが混沌の僕は違う、彼らは"闇の魔気"を使うため、この世界でもレム オブ ワールドと同様の力を使うことが出来る、混沌の僕がこの世界に来た時点で運命は決まってしまったのだ」
涼子は唇を噛みしめる。ルースの言った通り、混沌の僕がこの世界に来ていたとしたら、この世界では戦えるすべはない。そうならないために、涼子は異次元結界を修復する事を考えたのだ。
「なんて事…」
彼らを倒すには器となっている肉体、そして精神を殺さなくてはいけない。この世界は科学技術は発展しているが、魔法は無いに等しい。近代科学兵器は強力な武器だが、多大なコストと時間がかかり、場合によっては大きな代償を払う可能性がある。もとより混沌の僕などという存在を誰が信じるだろうか?例え彼らの肉体を滅ぼしても精神を殺さない限り、彼らは何度でも蘇る。彼らは異世界では不死身に近い存在なのだ。
…然る措置。涼子はルースの言った意味を考えた。
「なぜ、あなたはその事をわたしに伝えたのですか?」
「様々な縁が重なっている、君の言った強い魂を持った夢見人、混沌の僕を倒す切り札である事は確かだ。君の呼び寄せた三人の戦士、そのうちの一人である紅鋭児という少年は私の世界で最強の戦士と呼ばれたエッジ=スクアートと同じ魂を持つ同一人物だ、レム オブ ワールドでは彼の姿を象った紅鋭児が現れた、本来ならあの世界には私が知る"エッジ=スクアート"が来るはずだったのではないのか?」
「つまり、リュウキやエスも…」
「別の世界の名のある同一人物の戦士であり、強い魂を持つ"彼ら"が戦士に"憑依"した存在なのだろう、そしてそれが混沌の僕に対抗しうる究極の姿なのだろう。彼らの"魂を生かすこと"が君がやるべき事なのではないのか?」
魂を生かす…涼子はルースの言葉を吟味する。そして、ひとつの魔法を思い出した、それは≪憑依転生≫という方法だ。記憶の魂を
残し、異世界の同一人物の器に移す法。だが、この技は禁断の秘術とされ使用者は多大なエネルギーと魔力が必要となる。魔気コントロールの効かないこの世界で使用すれば、涼子自身も恐らくただではすまない。
「強制はしない。彼らを生かすか、殺すかは君次第だ」
ルースはマントをくるめ踵を返した。
「待って!あなたはどうしてここまで混沌の僕に関与するのです。あなたと混沌の僕は直接的な関係はないはず」
涼子の声にルースは足を止めた。
「確かに私と混沌の僕は直接的な関係はない、だが、私の背後にいるディアは奴らの存在が気に入らなくてな、"小者のくせに異次元間を這いずり廻って世界を混乱に陥れる害虫だと"称して奴ら毛嫌いしている。私はディアの代行者として混沌の僕を否定している、最も私の真の目的は別にある。レオンハルト ディス=バーンとの決着…混沌の僕はものの次いでに過ぎない。とはいえ私も奴らを気に入らないことは確かだ、私が三狂士の"呪"なった要因は少なくとも"彼らにも原因"があるのだからな」
ルースはそれ以上は何も語らず。涼子に背を向けて歩き始めた。
ルース=ホルキンス…謎多き三狂士、だが彼は少なくとも涼子たちの敵ではない。彼が言ったリュウキたち魂を生かすも殺すも、すべては涼子の判断に委ねられる、が、もしもの時…彼女の心は決まっていた。
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