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歪章
囚われの姉妹
しおりを挟む「むむぅ…」
側頭部に白髪が混じった頭の禿げた店主はルーペでシンの持ってきたサーベルバットの牙を覗き込みながら、難しい顔で商品を品定めする。やがて溜まっていた息を吐き出して「…うちでは買い取れないね」とシンに声を返した。
「なんでだよ、珍しい合成獣の牙だぜ、材質硬度も悪くねえし、色も綺麗だ、どこが悪いっていうんだ…!」
静かな口調ながら、シンは少し苛立った様子で鑑定士の店主を見た。
「確かに、あんたの言うようにそれが合成獣の牙ならば希少で中々手に入らない品だ、しかし、それが"何の役"に立つ。用途が不明だ」
「削れば武器になるし、細工すればアクセサリーにもなるじゃねえか」
「合成獣≪キメラ≫の牙をか?合成獣は人々の怨念によって生み出された呪われた生物だ、そのような生物を使った道具など売れると思うのかね?」
「呪いなんて迷信じゃねえか」
「あんたがそう考えていても、他の人はそう思うまい、いくら珍しい品であっても使い道がなければ商品の意味はない、残念ながら無理だね」
店主はそう言って手をひらひらさせた。これ以上、交渉の余地はないと言うことだ。仕方なくシンは店を出た。
ルザリィは壁に寄りかかって馬鹿馬鹿しく、三角帽子の後ろに手を置いた。なりは子供のように見えるが、彼女はシンの倍は生きている大人の女性だ。
「バッカじゃないの、売れるわけないでしょ合成獣≪キメラ≫の一部なんて」
「うるせーよ。くそ、こんなことになるんだったら、回収する数を減らすべきだったぜ」
珍しいものだと欲張ってサーベルバットの牙を数多く入手したのはまずかった。まさかこれ程までに買い取りが断わられようとは…。呪われるなんて迷信じゃねえか…シンは腹立たしく白色の牙を弄びながら持ちおもりしたサーベルバットの牙を恨めしく見た。
ルザリィは手に持ったシンのサーベルバットの牙をひったくると、コンコンと牙表面の音を弾き、高々と目上に上げて、太陽の光を当て、牙の価値を見定めるように細目で覗き込んだ。
「…まあ、確かにあんたが言ったように悪い代物ではないわ、キメラの一部と言うことを除けばね…」
「ずいぶんと分かったような物言いだな」
「ホビット族は細工が得意だから、触れれば物の価値はだいだい分かるわ、この牙は象牙に近い物質よ、いっそのこと肉食獣の牙と偽って、売りつけたら?」
「そんな詐欺まがいのこと出来るか…!おれは嘘は嫌いなんだよ」
「あら、顔に似合わず真面目なのねあんた」
「"顔に似合わず"は余計だ」
「だったら小さくして鋭利な道具を作ったらどう?軽いし丈夫だし、細工すればそれなりのモノは出来るわよ」
…武器か…
シンは牙の表面を指先で触れながら考えた。飛び道具として小型のナイフはよく使うが、ナイフは鉄製だ。多く持つとそれなりの重量にもなりコストもかかる。それに形状もだいだい決まっているので使い道は限られている。ルザリィの言うように細工して、何だかの道具にする方が、効率はよいかも知れない。
「なるほど、確かに悪くない考えだな」
「あんた、その牙、いっぱい持ってんのでしょ?だったら、アタシに1本下さいな、"面白いモノ"作ってあげるわ
「面白いモノ?」
ルザリィはシンからサーベルバットの牙を1本受けとると念入りにチェックし、興味深く八重歯を見せて笑みを浮かべた。
二人は街中を歩くと何やら人だかりが出来ている事に気が付いた、露店商が展開するバザーの方角だ、正義の信徒がラッパを吹いてまたのさばり歩いているのだろうか?ルザリィは小さな体で人の込み合う中を掻き分け、シンがやじ馬根性で後に続くと二人の若者が警備兵に連行されるのが見えた。その光景にシンは身を乗り出そうとする。ルザリィはシンのズボンの太ももの裾をつかんで制止させ、鋭い眦をで首を振った。
ヒュー=ハルツがサンの兵士に引き摺られるように連行され、レッドエンジェルのシルフィが馬に乗せられ、手首を後ろに縛られ目を虚ろにさせている。
馬のお尻に括られた旗差しが風に揺られ靡いていた。"白と黒"で縫い込まれた盾の上に剣を交差させた横顔騎士の紋章。ジャスティス国表騎士…の旗が泳いでいる。
…マジか、何でヒューの奴が…?
ヒューは街中でトラブルを起こすような人間ではない、仲間内ではもっとも"それ"とは縁遠い男だ。そのヒューがなぜ?
「へたな動きはしたらだめだよシン」とルザリィは釘を刺す。
「でもあのままじゃよ…」ヒューたちが連れてかれる。シンは切り返すが…
「このまま出ていっても余計な混乱を招くだけよ、あんたのお仲間、正義の信徒とも揉めたのでしょ、"表"ともトラブルを起こす気?」
「あのまま見捨てろってか、言っとくがオメーの仲間もいるんだぜ」
「そんなことはわかっている、アタシだって平気じゃない…状況を見ろって言ってるのよアタシは、なぜあの二人が捕まってしまったのか…」
…それに…
ルザリィは馬に揺らされた青い髪のシルフィを見る、目に光が感じられず虚ろな表情をしている。彼女の様子がおかしい。呪縛が掛かった人形のように姿勢が固まっている。見えない何かに押さえつけられているような…そんな感じがする。ルザリィは遠目で捕まったシルフィを見回すと奇妙な模様をした手枷に気が付いた。プツプツとした黄色と黒の斑点のつく面妖な腕輪、手錠の鎖と繋がっている。その腕輪は足掻こうとするヒューにも付けられている。
ルザリィの注目する視線にシンは気付き、そっと口を挟んだ。
「あれはただの手錠じゃねえ、魔気っぽいものが帯びている感じがするぜ…あれはたぶん魔道具の一種だ、どういう効力かはわからねえけどよ」
シンは静かに答える。
魔道具の知識はシンにも心得がある、あれはどう見ても普通の手錠ではない、あのような
毒々しい色彩を浴びた腕輪など普通の店には存在しない。
「何でそんなものがあのコたちの体に…」
「さあな…だが 何となく読めてきたぜ、あいつら、もしかしたら"魔法"を使ったんじゃねえのか?この街では魔法は御法度だ。ジャスティス兵はその情報を聞きつけ、二人を捕らえたんじゃねえのか?」
「何ですって…!あれほどこの街で魔法は厳禁っていってたのに」
「もしそうだとしたらやったのはヒューじゃねえと思うぜ…あいつは用心深い男だ"足につく"真似は絶対しないはずだ、おたくらのお仲間がやった可能性が高いと思うぜ」
「……」
勝ち気なルザリィもそれは否定は出来なかった。シルフィは人の形をした人ならざる者、文明世界とはかけ離れた存在だ、常識の枠に囚われない自由奔放な性格のため、ミウやシェリカは彼女の外出を禁じていたのだ。
「…とりあえず、あんたが言うようにこの状況で行動を起こすのは得策じゃねえ、あいつらがどこへ連れて行かれようとしているのか、動くのはそれからだな…」 シンは言った。
「…シルフィ、何てこと」
なだらかな斜面の道を進むサンの兵士に連行されるシルフィを確認し、シェリカは色褪せた表情で身体を小刻みに震わせる。あれほど街を出てはいけないと言ってたのに…
シェリカは"絆"を通してシルフィの異変に気が付いた。彼女の魔気の力が何かによって押さえ込まれているのを…。
リュウキはそばでしゃがんで、丘の陰から見下ろす形でサンの警備兵を覗き込んでいる。二人を捜している途中であった、血の絆を通してシェリカがシルフィの魂の異常を感じとった。どういう理由かはわからないが、遠く離れていてもシェリカはシルフィの事がわかるらしい。
"血の絆"というやつなのか?シェリカは絆を通してシルフィの居場所を突き止め、この場にたどりついた。二人を見つけたまではよかったが事態はあまりいいものではない。まさかジャスティス国の兵士に捕まってしまったとは。
曲がりくねった街道の坂を上るとその先には砦があった。幾つものジャスティス国の旗差しが建物上部で差し込まれ、高い壁に阻まれている。ジャスティス国兵が駐在するサンの砦。どうやらヒューとシルフィはその場所に連れていかれたようだ。
リュウキは様子を見て取り、門に近づこうとするが、門番の兵士が何人者滞在しており、とても近づけない。正面突破は無理か…
シェリカは高い壁に阻まれた周辺を探っている。正面から中へ入れないことはわかっていたことだ。
彼女は壁に手を当て、シルフィの魂を探って見せる。
シルフィの意識は虚ろで朦朧としている。大きな魔気の波長がシルフィの力を押さえ込んでいる。血の絆の姉妹であるシェリカにはそれがわかった。
シルフィは必ず救い出す…シェリカが今こうして生きているのは彼女のお陰なのだ。シルフィが居なかったらシェリカは遠い昔に"孤独"のうちに死んでいた。
シェリカはカーチフに埋もれた尖った耳をぴくりとさせた。近づくリュウキの足音とはまた別の場所で足音がする。エルフは目だけではなく、耳もいい。この砦の周りを調べている者が自分たちとはまた別に二人いる。
あらぬ方向に首を傾けているシェリカにリュウキは声を掛けた。
「どうした?」
リュウキは静かに訊ねる。
「この砦周辺でアタシたちとは別に人の気配がするわ」
「人の気配?敵か?」
「わからない…でも近くにいる」
シェリカの答えにリュウキは周辺を窺った。
用心深く気配を殺して辺りを見渡し、静かに進むと、見覚えのある二人組が遠くででこぼこしている壁の窪みを触れながら、屈んだ状態で何かを調べている様子がリュウキの目に映った。もさもさした頭にゴーグルを掛けているシン、小さな体躯をした三角帽子を被っているルザリィだ。
「シン…シンじゃないか…!」
「おう…リュウキ、オメーも来てたのか」
リュウキに気が付いたシンはしゃがみ込んでいた腰を上げる。
「ルザリィ、あなたも…?」
「ちょうど奴さんの付き合いをしてたとき、シルフィたちが連れてかれるのを目撃してね…シェリカ、あなたは気付いていたんだね、彼女が捕まったことが…」
「ええ…」
力なくシェリカが返事する。
「へたに動けなかったからよ、どこへ連れててかれるか後をつけた訳なんだが、着いた場所がサンの砦とはな、ちょっと厄介だぜ…この砦はジャスティス国軍の兵士が多く滞在する場所だ、いわば軍の基地と同じだ」
砦には周辺を巡回している兵士が数多くいる。中に入るのは簡単じゃない。
シェリカは目を閉じ神経を集中させ、付近にいる精霊を呼び掛けた。精霊は目に見えない存在だが、森の住民であるエルフの彼女はその力を感じ取る事が出来る。シェリカは精霊魔法の一種"風の目"を使い、風の精霊の力を借りて天から砦を見下ろした。
北と南に正門と裏門がある、高い外壁に囲まれて砦の上では武装した兵士の移動している。水門が見える。裏門近くには大きな川が流れており、そこから水路を通って砦地下をつき抜けている。
シェリカは風の目を解除し、三人に上空から見た砦の外観を説明した。
正門と裏門には門番がおり正面突破は当然無理だ。壁をよじ登って上から侵入という方法もあるが、兵士が出歩いているため、登った瞬間、鉢合わせになる可能性がある。
シェリカの話を聞き、リュウキは裏門の近くに流れている水門の事が気になった。砦の下を突き抜ける水路、もしかしたら…
「水門の方へ行ってみよう、中に入れる箇所があるかも知れない」
額に装飾のない金属のバントを嵌めた、サンの砦長シードはこめかみに掛かる白髪交じりの髪を指先で触れながら、机の上に積み重ねられた書類にペンを走らせた。
シードはうんざりした顔でやがてペンを放ると、ぱつぱつに膨らんだ袖口のカフスを外し、袖を捲り上げて剥き出しになった上腕二頭筋に空気を送った。いくら任務とはいえ軍服というのは性に合わない。武闘派である自分は机の上で物書きするより、訓練場で鎧を身につけ武器を振り回していたほうがいい。シードは立ち上がって、自分専用の後ろに立て掛けられた柄の長い大斧を見て、大柄の体をうずうずさせた。
大斧のすぐ横の壁にはジャスティス国正規旗印"白と黒"で縫い込まれた盾の上に剣を交差させた横顔騎士の紋章が張り出されていた。シードはサンの砦を守備するジャスティス国の将軍であり街を治める領主でもある。
兵士が一人部屋に入り、背筋を伸ばして後ろ向きで直立しているシードに報告をした。
「シード将軍、街を巡回していた警備兵が魔女とその従者と思われる魔術師を捕らえ、牢獄に放り込んだと…」
「何?魔女と魔術師だと、まったく面倒なものを捕らえおって、そんな輩は正義の信徒にでも任せて置けば良かろう」
「と…申されますと?」
「ローグに使いを出し、その魔女と魔術師を連れて帰るよう報告しろ、その手の扱いは我らの専門外だ、邪推な輩は"外道"にでも処理させればいい」
シードはこの手の報告には飽き飽きしていた。魔術師、魔女の疑惑のあるものはすべて捕らえ、その度に処刑を行っていた。処刑するにも少なからずコストが掛かる。とりわけ魔女ともなると、油などの燃料が必要となり、刑場も汚れる。国営資金の無駄遣いであった。
シードは報告に来た兵士を退けると背もたれの広い椅子に座り、気分転換にパイプを咥えて煙をひとつ吹かした。
腰のまがった外交官マッカス=グラハムとその美しい従者シ=ケンが部屋に現れ、シードはその姿に片方の眉を上げてパイプの灰を受け皿に落とした。
「なんだ、お主たちか…」
「シード将軍、昨晩の宿の拝借ありがとうございました」
腰のまがった背中をやんわりと丸め、禿げた頭のマッカスは丁寧にお辞儀する。それになぞってシ=ケンも恭しく頭を垂れる。
「ふん。本来ならこの砦は魔術師禁制の場だが、お主たちはフロイア国から派遣された特使だ。ゆえに一晩、泊まることを許可したのだ」
「ご厚意、感謝します将軍。我々は長い旅路ゆえ床についての休息はとてもありがたいことです」
「左様、"正義の信徒本部"だと枕を高くして寝られませんからな」
" 正義の信徒"というマッカスの言葉にシードはぴくりと反応した。
「…ふん、奴らは魔法、異種に対して特に敵対視しているからな、もとよりジャスティスは魔法を嫌う国だが、正義の信徒は異常とも思えるほど魔法を毛嫌いしておる…いや、正義の信徒というより、ローグが特に魔法を嫌っていると言っていいだろう」
「ローグ卿が?」
「奴は若い頃、魔術師になる志を持っていたが奴には魔法の才がなかった。幼い頃から剣術においても学問においてもトップクラスの能力を持ちジャスティスの神童と呼ばれたほどの"天才児"だったが、唯一魔法の資質だけはなかった、完璧さ美しさを追究する奴にとって魔法というものは自分の中にある"汚点"ともいうべき存在なのだ」
「それが、"恨み" "妬み" "逆恨み"となって魔法に対する"敵視"となって反映されていると…」
マッカスは含み笑いのようなものを漏らしながら言葉を濁す。
「なるほど、それがローグ卿が"歪み"となって現れている原因なのですね」
シ=ケンは髭ひとつない細い顎を指先を触れながら答える。完璧を追究する自身にとって、魔法はローグ卿の見たくない"闇の部分"に違いない。…とはいえ
一呼吸置いてシ=ケンが腕を元の位置に戻す。空間のあるローブの袖口をすぼめ、シ=ケンは背筋を伸ばして真っすぐに視線を向け、机上でパイプをこんこん叩いているシードに目をやった。
「ローグ卿の歪みはあまり"良いもの"、とは思えません。アレクトテウス王はなぜ、あのような人を部下にしたのですか?」
「王にとって一番の基準となるものは"強さ"だ。どんなに優れた人物でも力が無ければ王は興味を持たない。ローグは性格には問題あるが、強さに関しては本物だ。それが残虐無慈悲なものであってもな」
「あなたは、それを認めているのですか?」
「あのような輩、ワシは認めておらん。だが、アレクトテウス王の言葉は絶対だ。王がローグの存在を認めている以上、ワシはそれに従うしかない」
それが例え汚物のような外道であろうとも…
端の少し立った鼻の下に蓄えられた濃い髭のシードは、再び咥えたパイプに火をつけて、上向きながら煙を大きく吐き出した。そんなシードの顔色を窺いながら、こじんまりと佇んでいるマッカスは上目遣いで声を発した。
「よく自然界にあることなのですが、動物の群れを率いるリーダーは子分の若い群れのリーダーに襲われ、そのテリトリーを奪われてしまう事が"ごく自然に起きる事"があるそうですジャスティスはそれが許される国だと聞いておりますが」
「何の話だ?」
「いえ…少し気になったので…」
「ふん…下克上のようなものか?わたしには興味のない話だ、もし、部下からそのような"もの"がくれば、ワシの"まさかりの餌食にしてくれる」
「左様でございますか」
マッカスは軽く頭を下げると一歩後ろに退いた。
「お前たちは本国への特使ゆえに一晩宿を貸し与えたが、今日中には立ち去って頂こう、夕刻までには正義信徒の信者がこの砦に到着する手はずを整えておる、早めに出て行ったほうが無難だぞ」
「ほう…正義信徒が何故この砦に?」
「ワシの管轄の部下が街で"魔女と魔術師"を捕らえたのだ、その者を引き取ってもらう為にこの砦にやって来るのだ、奴らはワシのように穏便ではないからな、たとえお前たちがフロイアの特使であっても魔術師である以上は手出しする可能性がある。正義の信徒は狂信的な奴らばかりだ、早いところ出て行くがいい」
「ご忠告感謝します」
マッカスは深々と頭を下げた。
…魔女と魔術師…ですか?
シ=ケンは何かを考えながら、マッカスと同じように長い髪が伸びる頭を下げた。
薄暗く湿った空気が流れる牢獄の部屋でヒューは重石の付けられた足枷を気にしながら、向かいの牢獄で横たわっているシルフィを心配そうに見つめていた。
サンの街で捕まってから彼女の様子はおかしかった。原因は魔気が逆流する奇妙な腕輪のせいだろう、その腕輪はヒューの手首にも装着されていた。
ヒューの体にはあちらこちらに打撲アザの痕があった。憂さ晴らしなのか、ただ痛ぶりたかっただけなのだろうか、この場所に連れてこられると、牢番の男たちは無抵抗のヒューに攻撃を加えた。
眠っていたシルフィがうっすらと瞼を開いた。死んだように動きを止めていた彼女が目を覚ましたことに気付くとヒューは安堵の息を漏らし、ひと安心したと同時にこれから先に対する不安も感じ取った。
「シルフィ…よかった、気が付いたんだね」
「ヒュー、わたくしはどうしたんですか?ここは?」
「それは…」
言葉を詰まらせるヒュー。シルフィは彼の顔があちこち傷ついていることに気が付いた。
「お怪我をなさっておりますね、わたくしの"魔法"で…」
「駄目だよシルフィ!!」
"魔法"と聞いてヒューは思わず声を張り上げる。シルフィはびっくりした様子で、目を丸くさせた。
「…あ、ごめん、突然大声を出して、でも駄目なんだ、いいかいシルフィ、"絶対に魔法"を使っちゃ駄目だよ」
もし、魔法を使えば彼女はまた意識を失うかも知れない。彼女は魔法を使用すると魔気が逆流する腕輪の魔力を理解していない。
三人の牢番の男が大声を出したヒューの声を聞きつけ、ずかずかと横暴な足どりで地下牢へやって来た。
「なに大声出してんだ?この腐れ従者が!」
頭頂部を剃り上げた、牢番のひとりザクスはガタイのいい体を揺らし、ヒューのいる牢獄の鍵を開けると、長い棒切れのような根を出し、ヒューの頬を殴りつけた。倒れ込んだ彼のお腹をもう一人の牢番の男、黒い眼帯をした逆毛立つ髪のデンシモが蹴りをぶちこんだ。
「てめーは人じゃねえんだ!悪魔の使いなんだ、人間らしく声を上げてるんじゃねえ!」
問答無用に攻撃を加えるデンシモの蹴りに、呻き声を上げて悶絶し、ヒューは涙を溜めて無実を訴えた。
「やめて下さい…僕は悪魔の使いなんかじゃない…」
「…ヒュー、やめて!なんてひどいことを」
「…おやおや、こいつは驚いた、気を失っていた噂の魔女が、覚ましたようだぜ」
モヒカン頭のこめかみから頬に青暗いタトゥーの入った、牢番のデニスは鉄格子から覗き込んで座り込んでいるシルフィを見、物珍しものを見るように青い髪の彼女を値踏みした。
「魔女とか言っていたなこの女、もうすぐ"正義の信徒"の手によって焼き殺されるんだろ、可哀想にな」
「正義の信徒…!」
牢番の声にヒューは耳を疑い、ザクスはその耳に目掛けて、手持ちの棒を叩きつけた。 鮮血が飛び散り、ヒューは耳を押さえて、激痛に蹲った。
「誰がしゃべっていいって言った。お前は今日、正義の信徒本部に連れてかれて全身の生皮を剥がされ、地獄の苦しみを味わって死ぬことになるんだ、その時、こう思うだろうよ、"オレたちに痛ぶられていた時のほうが、幸せだったということ"を…」
そばにいるデンシモは蹲ったヒューの側頭部に蹴りを入れた。
「…なぜ、僕たちが、僕たちは何も悪いことをしたわけじゃないのに…」
「わけなんて関係ねえんだよ、お前は魔法を使う"異教徒"だからだ、異教徒は滅殺しなきゃならねえ」
「そんな一方通行な理由」
「うるせー!」
デンシモは薄汚れた靴のつま先でヒューの顎を蹴り上げた。彼ら牢番にとっては理由など関係なかった。弱い者を痛たぶればそれでいい。
…こんな奴らに…
怒気混じりに腹の中に悔しさを溜め、ヒューは苦痛で表情を歪ませた。自分だってギルドのハンターの端くれ、魔法さえ使えればこんな奴らに…シルフィが心配そうに自分を見つめている姿が目に映った。
ザクスはしゃがみ込み、手持ちの棒で地に伏しているヒューの顎をクイとさせた。
「ところで小僧、お前はこの魔女にどう"仕込まれ"たんだ?」
「何の話…」
デニスは向かいにあるシルフィの鉄格子を開けると青い髪をひっつかみ牢屋から引きずり出すと、腕を捕らえてヒューの眼前に押し出した。
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牢番のデンシモは下品な笑いを見せ、薄汚れたズボンのベルトに手を掛ける。ヒューの心から憎悪に似た感情がふつふつと沸き上がる。こいつら、可憐で純真なシルフィを…
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…殺してやる、こいつら、絶対に…!必ず!
おどろおどろしげに肢体を揺すられている、無抵抗なシルフィを強姦する男たちを見ながら、ヒューは…この屈辱を忘れてなるものか、と見たくもないその事象を脳裏に焼きつけた。
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