混沌の宿縁

名もなき哲学者

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歪章

危険な好奇心

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危険な好奇心

 フロイア国東部海岸、湾曲に位置する海の真ん中にイセという村があった。15年前、地殻変動による大津波に襲われ今は浅瀬となってその面影は残されていないが、その村でリュウキ=インストーとヒュー=ハルツは生まれた。
 リュウキは漁師の子として生まれ、ヒューは村で海産物を売る商人の子として生まれた。どこにでもある普通の村であった。二人は同じ年に生まれ、家も近所だったことから、幼い頃からいつも一緒だった。
 しかし、二人が四歳の時、それはある日、突然起きた。リュウキとヒューが遊んでいた時、今だかつてない巨大な揺れを感じ、数分後、10メートル以上の大津波が村を襲った。
 村は一気に飲み込まれ倒壊した。
 自然災害による犠牲であった。
 イセの村住民はこの災害で生存者は絶望的と言われていたが ≪セントバレル神殿≫から神聖騎士団≪テンプルナイツ≫の救援活動中、二人だけ生き残った子供が確認された。それがリュウキ=インストーとヒュー=ハルツであった。
 セントバレル神聖騎士団長ロッド=ファンは二人を神殿に連れていき災害孤児となった、リュウキとヒューを育て上げた。犠牲によって生まれた力なのか、二人には秘められた力があった。リュウキは光魔法の資質を持ち、ヒューは精霊魔法の素質があった。その中でもリュウキの光魔法の力は珍しく、稀有な存在であった。光魔法は五大属性のひとつであるが、修得するには聖なる神の加護、厳しい修行が必要であった、リュウキは天性の資質としてその力が備わっていた。ヒューは精霊魔法の素質はあったもののそれを大きく解放されることは無かった。だが、潜在能力はリュウキ以上と言われていた。ヒュー=ハルツはいわば未完の大器であった。それから15年が経ち二人はギルドのハンターとして働いていた。



「ヒュー…ヒューさま、ヒュー様はいませんか?」


 ノックするドアの音に気付き、ヒューが扉を開くとレッドエンジェルのひとりシルフィがそこにいた。
 シルフィは部屋の扉を開けたヒューに目を輝かせ、そばに寄り添った。


「ヒュー様、一緒に外へ出かけませんか?」
「…え、外へ?でも君はミウたちから外出は禁止されているのでは…」
「今はミウもエスもいませんわ、わたくし街を見たいですの」
 「でも…一階の酒場にはリュウキたちもいるよ、どうやって外へ出るの?」
「二階の窓から"飛び降りたらいい"ですわ、そうすれば皆様には見つかりませんわ」
「二階から飛び降りるだって!無茶だよ!」


 天使のような顔してとんでもないことを言うコだ。しかし、シルフィには目算があった。


「わたくしの風魔法を使えば、着地には問題ありませんわ、お願いヒュー様、わたくしを外へ連れてって」


 ヒューは困った顔で頭を掻く。穢れなき純粋な彼女の目に彼の心は揺らいだ。


「…わかったよ、でもムチャなことしてはだめだよ、街中で"魔法"は危険だから」
「大丈夫ですわ、さ、ヒュー様早く…」


 シルフィは窓を開け、いつもの青いドレスの裾を揺らめかし窓枠に片足を乗せて手を差し出した。色白の柔らかい手肌の感触にヒューは心地良さを感じた。彼女が精霊だなんてまだ、信じられない。このコはどう見ても女性だ。


「あと…」
「なんですの?」
「オレのこと"ヒュー"でいいよ、"様"なんてそんな大した身分じゃないから…」
「わかりましたわ、いきましょ、ヒュー」


 笑顔でシルフィは答えると、ヒューは照れくさそうに彼女の手を握った。


 一階の酒場ではリュウキたちが今後についての話し合いをしていた。


「あなたたちはこれから、どうするの?」


 ミウはハーマンを見た。ハーマンは金色い髪を黒く染め、眼鏡を掛け、三重連結イヤリングを外していた、正義の信徒からの目を逸らすためだ。とはいえ体格のいい体つきだけは隠しようはない。


「とりあえず一度、セントバレル神殿に行こうと思っている、この間の魂狩りで光の力がずいぶん弱まっちまった、聖なる呪法をかけ直してもらわなくちゃいけねえ」
「セントバレル神殿といえば…」
「ああ、オレとヒューが育った場所だ」


 リュウキは答える。この場にいないがヒューとともにセントバレル神殿の神聖騎士団長ロッド=ファンに育てられ、そこで剣術と魔法の使い方を教わった。


「魂狩りをするには聖なる光の力が必要だ、オレやシンたちはリュウキのような光の力が持ってないから、光呪法を武器に付加してもらわなきゃいけねえんだ」
「光魔法…あなた光属性が使えるの?」


 シェリカはリュウキに目を向ける。五大属性のひとつ光は精霊魔法の得意なエルフでもごく少数しか使えない、ましてや人間であるリュウキが使えるのは珍しいことであった。


「ああ、といってもオレは光魔法しか使えない、ヒューは光属性は使えないが、それ以外のすべての精霊魔法が使える」


 ヒュー=ハルツ…シルフィがやけに気になっているあの子だ。精霊の化身である彼女に"特別な感情"を抱くことはないと思うが、シルフィがヒュー=ハルツに引き寄せられるのは精霊魔法が使える為?シェリカは思った。


「あなたたちの仲間のヒュー=ハルツは、どの程度の精霊魔法を使えるの?」
「基本的な下位魔法はすべて使える、とはいえ君に比べたら些細なレベルだ、ただロッド=ファンはヒューの潜在能力は高いって言っていた、精霊魔法を使いこなせる人間も珍しいからな」
「ヒューは魔法戦士だからね、剣も"そこそこ"扱える、その意味では器用な奴だね」とハン。
「だが、あいつは戦士としては優しすぎる」とハーマン、剥き出しになっている上腕二頭筋をテーブルの上に置く。

 話を聞いていたルザリィは席を立ち、小さな腰を上げた。


「ミウ、アタシたちはこれからどうするの?」
「…わたしたちはアルヴァーズ領に入るつもりよ、あの国には合成獣≪キメラ≫を産み出している研究施設がある噂を聞いたの、行って真相を確かめるつもりよ」
「アルヴァーズね…話は聞いていたが、やはりあの国が元凶か。アタシ、あんまり好きじゃないのよねあの国」


 アルヴァーズは三国連合の中でもっとも文明が発達した国だ。わけのわからない物も多く"ごちゃごちゃ"している、自然との共存を大切にするホビット族のルザリィの肌には合わない。

 
「合成獣に関しては魔道都市フロイアも関係している可能性が高いわ、A.F.の研究開発、同じ連合国家のJはどう思うかだ…ね」
「ジャスティスは魔法、異種を嫌っているからな立場的には面白くねえだろう、特にフロイアとの仲は悪い」
「A.J.F.の内部崩壊はありうると?」
「かもな、アルヴァーズの後ろ楯がなければとっくに内乱が起きている、いや、見えない所ですでに小競り合いが起きているかも知れねえ」


 ハーマンはそう言い、慣れない眼鏡のフレームを鬱陶しそうに触れた。

 魔道都市フロイア、暴力による正義の騎兵国家ジャスティス、その国々を統率する近代都市アルヴァーズ。その中でもアルヴァーズという国は謎に包まれていた。わかっているのはアルヴァーズという国は他の2か国に比べて、文明が発達した国であり、A.J.F三国連合を束ねる実質的支配者がいるということだけだ。


「いずれにしろ、この街は早めに出たほうがいい、いつ正義の信徒の手が伸びるかわからない」
「…とすれば、出るのは今日の夜か、明日の朝か、今のうちに必要な物を揃えておかねえとよ…」


 リュウキの声を聞いたあと、シンは席を立った。


「ちょっとシン、外に出るならアタシを連れて行きなさいな」

 動き出そうとするシンをルザリィが呼び止める。

「何でおれがオメーと…」
「別に"変な意味"はないわよ、"子供"ひとり街中を出歩くわけにはいかないでしょ、"同伴者"が必要なのよ同伴者が…」
「同伴者?なんの同伴者だよ?」
「このメンバーの中で一番、あんたが"親っぽい顔"をしているからよ」


 その答えにハンは「ナイス…!」と口走り、握り拳を作って手のひらを叩く。シンは思わず悪態をついた。


「てめーおれを"親代わり"にしようってか?」
「この中じゃ、あんたが老け顔じゃん」
「なに言ってやがる、おれの"何十倍も年上"のくせに」


 その言葉にルザリィはシンの脛を蹴っ飛ばした。


「言葉に気をつけなさいな"坊や"」


 向こう脛を押さえるシンにルザリィは鼻を鳴らした。
 懲りない奴…シェリカはひとつ鼻で息を吐き出し、マントを反転させメンバーのいるテーブルに背を向けた。


「シェリカ?」
「部屋に戻るわ、シルフィのことが気になるし」

 
 そう言い残すとシェリカは自分の部屋へと戻って行った。


「なんか気難しい子だね」
「エルフは警戒心の塊のような種族だからね、しょうがないと言えば、しょうが無いけど」


 ハンの声にミウは返す。シェリカはレッドエンジェルの中でも口数少なく多くは語らない。奔放な姉妹、シルフィとは真逆な性格だ。
 …シェリカ エス=ハウロン、リュウキはシェリカのミドルネーム"エス"という名前が気になった、エス?確かどこかで…麻宮龍輝の記憶が疼いた『麻宮君…』リュウキの奥深い記憶の中に黒髪の眼鏡を掛けた少女のビジョンがうっすらと浮かんだ、自分が初めて"大切な人"と感じた少女、確か名前は…


「リュウキ?」


 ハーマンの声に我に返り、リュウキは顔を上げた、そして自分がうつむき加減であったことに気が付いた。


「どうした?なんか寝てたようにも見えたぞ」
「いや…何でもない。今、話したこと部屋にいるヒューにも伝えておこう、今日、明日中には宿を立つことを」


 リュウキは席を立った。

リュウキが部屋に続く廊下を歩いていると、エルフのシェリカがそこにいた、彼女は神妙な顔で立ち尽くしたよう彼を見つめ、体を滑らせてシルフィがいなくなったことを告げた。


「何だって、まさか…!」


 リュウキは自分が寝泊まりしている個室のドアを開けた。部屋にいるはずのヒューの姿も見えない。開いた窓からは風が注ぎ込み、薄手のカーテンがふんわりと揺らいでいた。


「あいつらまさか、外へ…!」
「いけない、シルフィを連れ戻さなきゃ!あのコはこの街の危険さをわかっていない」


 シルフィは人の形をした精霊ではあるが、姿は浮世離れしている、彼女が出歩けば間違いなく注目の的となる。そうなれば正義の信徒やジャスティス管轄のサンの警備兵など黙ってはいないはずだ。
 
「すぐにヒューのあとを追わなくては」

 外套を手に取り、リュウキは剣を腰に括る。あまり街中で武器は携帯したくないが、万が一ということもある。


「待って、アタシもいくわ」
「え?でも君は…」


 シェリカは異種族エルフだ。うまくカモフラージュしているとはいえ、外へ出るのは危険だ。


「シルフィはアタシの大切な姉妹、彼女を放って置くわけにはいかないわ」


  シェリカは緑色の瞳でリュウキをじっと見る。リュウキはかつて、彼女によく似た瞳をした女性を見た記憶がある。揺るぎない決意に満ちた意志の通った目だ。シェリカにとってシルフィはよほど大切な存在なのだろう。


「わかった、ハーマンたちには伝えておこう」
 リュウキは頷き革手袋を嵌めて、シェリカの声に答えた。



 ヒューが街中で周りの視線を気にする中、微笑みを浮かべるシルフィを苦笑いで返した。水色の珍しい髪色をした容姿もさることながら、ひらひらとドレスの裾を波立たせて宙を泳ぐように進む、彼女の姿に周りの注目が集まっていた。

 …さすがにこれは"ちょっと違う"な…

 ヒューはシルフィに声を掛けた。

「シルフィ、"地面は歩いて進もう"それはちょっと"ヤバい"よ」
「ええ~、わたくし、こうやって進むほうが楽ですの」
「うん、わかるけど他の人たちはみんな地を踏んで歩いているから」
 

 シルフィは少し首を傾げて、地上に降り立とうとする。ヒューは素足そのまま靴の履いていないシルフィに気が付き、降りる彼女を呼び止めた。


「ちょっと、待ってて」


 ヒューは辺りを見渡し、露店商が並ぶ区域をざっと見た。ちょうど目の前に雑貨を揃えているバザーを見つけ、女性ものの踵のないヒールを買ってシルフィのもとへ戻ってくる。


「さあ、この靴を履いて、地面を裸足で歩くのは危ないから」
「裸足でも大丈夫ですわヒュー、わたくし"怪我しない体"ですから」

 何言ってんだコは…。不可思議な言動をとったシルフィに頭を悩ませるヒューであったが彼は足首を取り、甲とくるぶしに紐の入った靴を綺麗な素肌をした彼女の足に嵌め込んだ。

「これでいいよ」とヒューは声を掛ける。
「ヒューはお優しいのですね」とシルフィ。

 シルフィのにこやかな笑顔にヒューは照れを隠して、違う方向へ視線をずらした。
 歩き慣れない地上にシルフィは態勢を崩す、ヒューは彼女を支え受け止め、シルフィはヒューの心臓の鼓動に耳を澄ませた。


「…えと、あのシルフィ?」

 
 自分の胸に顔を預けているシルフィに顔を赤らめながら、ヒューは瞼を閉ざしている彼女を見た。


「精霊の息吹きを感じる…」
「え…」

 
 シルフィはうずめている顔を離してヒューの両腕を柔らかく握った。


「ヒューは不思議なお方、人間なのに精霊の力を感じる」
「それは多分、僕が精霊魔法を使えるからだよ」
「精霊は人を選びます、そして相性もあります、ヒューはすべての精霊に愛されていますわ、森の住民エルフさえもあなた様ほど精霊と相性のいいお方はおりません。素晴らしい能力の持ち主ですわ」
「そんな…僕にはそんな力はないよ、確かに僕はすべての精霊魔法は使えるけど、魔気の強さはハンのほうが上だし、戦闘術だってシンやリュウキには及ばない、君が思うほど僕は大した存在じゃないよ」
「ヒュー…」


 自信なさせげに視線をそらしているヒューをシルフィは見つめる。
 弱々しく肩を落としていたヒューは堅かった表情を緩め、顔を上げ愛想よく笑みを作った。

「ごめん、なんか雰囲気が暗くなっちゃったね、少し歩こうか?」


  露店商が展開する衝立てばりの布地の屋根が張ったテントの並びを歩き、ヒューはシルフィのおぼつきない足取りに合わせて進んだ。
 様々な言語が聞こえる一方で人が行き交うバザーは籠盛りに積んである果物や絨毯一杯に広げてあるアクセサリーや小物がある。皮を剥いだ獣肉を吊り下げた生肉や、そのそばで屋台を広げる食亭の香ばし香辛料の匂いが漂っている。


「何か欲しいものある?」
「…欲しいもの?」
「うん、アクセサリーとか食べ物とか?」

 もの珍しく目を輝かせているシルフィであるが、これといったリクエストはなく、彼女は声を返した。

「何もいりませんわヒュー、わたくし人と違ってお腹は空きませんし、アクセサリーにも興味ありません、ただ、人間が生活する文化というものに興味がありましたの、こうして散歩するだけで充分ですわ」
「そうなの?」
「エスはこういうところ嫌いですから、街中には連れて行ってくれないんです、文明社会は世界を滅ばすって」
「文明社会が世界を滅ぼす?」
「はい。文明の発展は自然とは相容れないって、人間の街や文化が大きくなればなるほど、自然が犠牲になると…エスは幼い頃文明の発展した世界が滅亡する"夢"を見たことがあったそうです、それでエスは世俗的文化をとても嫌っているのです」
「ちょっと待って、君は今、"夢"と言ったね、君は夢のことを知っているの?」
「はい、数千前に滅びた夢見人の能力です。今生きている人たちは夢を見ませんが、古代に生きた人間はすべて夢を見ていたそうです中には強い力を持つ夢見人がいて夢によって未来を予知した者もいたそうです」
「…予知?」
「はい、ですがそれだけの力を持つ夢見人はごく一部の限られた者だけ…大概は夢の記憶をすぐに失われ何を意味するかわからないまま生涯を終えます…」
「……」
「夢の世界は別次元に存在する"異世界"と呼ばれています、それは"何処であれ" "何である"かは分かりませんが確かに"その世界は"存在するのです」
「君はどうしてそのことを?」
「わたくしは悠久の時を生きる精霊ですから、知識として刻まれています、わたくしには古代の記憶が刻まれているのです」

 …それじゃ僕の見たあの夢は実際に存在するどこかの世界なのか?

 ヒューはシルフィの言った"夢の意味"を考えた。自分が夢の存在を知ったのはつい最近だ。夢見人…。リュウキは夢のことをすでに知っていた、つまり彼は失われた夢見人の能力を持っている、そして同じ夢を見た自分も…
 ヒューは赤い瞳をした夢に出てきた黒い甲冑の男を思い出す、荒廃した建物の中でリュウキを追っていた男…ヒューには夢の記憶があった、インパクトが大きかったため、その記憶は色濃く残っていた。シルフィの話から推測すると場面の背景からしてあの男は世界を滅ぼす者なのでは…


「シルフィその話を詳しく…」


 ヒューは詳しく夢のことを聞こうとしたが、シルフィは噴水の縁石で羽根を休めている、小鳥の群れを見つけ、しゃがみ込んで声を掛けていた。


「こんにちは?どこから来たの?」


 小鳥はピッピッと鳴いて、翼を窄めるたまま跳びはねている。人が来ると逃げ出すはずだが、小鳥たちはシルフィのそばから離れようとせず、一羽の小鳥が彼女の肩に乗った。シルフィは無邪気に微笑み、呼応するかのよう小鳥が鳴き声を流した。明らかに意志疎通している。
 ヒューは拍子抜けして、楽しそうに笑っているシルフィを見た。彼女はやっぱり人ではない。でもそんなこと"どうでも"いい。
 ヒューは夢の意味をもっと知りたかったが、彼女の笑顔を見ると深く掘り下げる気も無くなった。もしあの男が世界を滅ぼす者だとしても、自分ごとき人間がどうにか出来るわけがない。リュウキだってあの男から逃げていたのだ、彼より弱い自分が間に入ったところで手も足も出ないであろう。
 ヒューは小鳥と戯れているシルフィのそばに近づくと、小鳥たちは驚き、翼をばたつかせ慌てて飛び去った。ひとつ羽根がヒューの目の前をひらひらと泳いだ。もしかしたら?と思い近づいてみたが、シルフィのように小鳥に触れる事なんて出来ない。…当たり前か


「ごめん、邪魔しちゃったね」
「ううん…ヒュー、今日はわたくしを外へ連れ出してくれてありがとう、色々な物が見れて楽しかったです」
「そんな、大したことしていないのに」
「いえ、人が生み出した街を見物出来たことは大きな財産であり、わたくしの記憶にも残ります、わたくしは今日という日を忘れないと思いますわ」
「そうか、それじゃ宿に戻る?」
「はい。エスたちもそろそろ気付いていると思いますし、それに…」
「それに…?」
「街の空間に馴染めないものもあります。自然の中で生きているせいでしょうか、自然と文明は相容れない…エスの言った意味がなんとなくわかるような気がします。ですが、わたくしは文明が発展することは悪いことではないと思います」


 シルフィは逃げ出す鳩を追いかけ、はしゃぎ回る子供を見た。楽しそうに笑っている幼顔は弾け、その笑顔はさんさんと輝く太陽のように美しい。そういう笑顔が出る文明社会もそんなに悪いことではないと思う。シルフィはそう感じた。


「待て、お前たち!」


 ヒューは声に気付くと人が重なり歩く中を掻き分け、銀色の鎧を身に付けた体格のいい四人の男たちが近づいて来た。槍を手に持ち背中にはマントをたなびかせている。マントには白と黒で縫い込まれた盾の上に剣を交差させ騎士の横顔を見せる紋章。この男たちはジャスティス国騎士…まさか正義の信徒!
 ヒューは現れた男たちに狼狽したが、紋章の縫い込まれた糸の色の違いに気付いた。正義の信徒は盾が黒で剣が白だが、男たちの紋章の色は逆で盾が"白"で剣が"黒"この男たちジャスティス国の"表"の騎士だ。一瞬、ひやりとしたヒューであったが、ピンチであることにはかわりない。正義の信徒ほどではないが、注意しなければならないことは確かであった。


「街で宙を浮いて飛んでいた女がいたという目撃情報を聞いた、その女は青いドレスを来た髪の長い若い娘だと…」

 男たちは槍をクロスさせ、シルフィの肩を押さえて無理やり跪かせた。


「お前だな!」
「待って!彼女は…」
 
 手を伸ばすヒューの手首に輪っかのような手錠が嵌められる、表の騎士…サンの警備兵は鎖を持ち、抵抗しようとしたヒューの体を引き倒した。
「怪しい奴め、お前も一緒に砦に来て貰おう、事と次第によっては"正義の信徒"に引き渡してやる」
「ヒュー」

 意味のわからないシルフィは左右に視線を動かし、無抵抗に両手首を後ろに縛られ、ヒューと同じ真っ白い斑模様のある鎖のついた手錠を嵌め込まれた。

 …いけない、このままではシルフィは

 ヒューは魔気を解放して精霊魔法を使おうとした時、手錠は黄色く輝きヒューの全身に雷撃が駆け巡るような激痛と痺れが走った。その衝撃に彼は悲鳴を上げ、うつ伏せになって地面に顔を埋めた。

「貴様!」

 ヒューの鎖を握った男は声を荒げ、髪を引き掴んで土埃のついた彼の顔を上向けせた。


「貴様…今、"魔法"を使おうとしたな!その手錠は魔法を使おうとすれば反作用が起こり、黄色く輝く。その手錠は掛け手に跳ね返る抗魔法の手錠だ!貴様、魔術師か!」
「ヒュー…!」
「…だめ、シルフィ…」


 ヒューを助けるべく、シルフィが魔法を使おうとした時、手錠が黄色く輝き、抗魔の光が彼女の全身を包んだ。シルフィの膝は崩れ何が起きたかわからず、彼女は目を虚ろにして茫然と視点を直視させた。


「なんだこの女!悲鳴も上げず抗魔の光と同調したぞ!」
「この女、やはり魔女か!正義信徒に引き渡してやる!」
「…やめろ!」

 ヒューは精一杯叫んで抵抗を試みるが、力の強い警備兵には歯が立たず、鎖を引き伸ばされ、顔を足蹴された。

「貴様も一緒に来て貰うぞ、薄汚い魔女の下僕め」
「…シルフィ…」

  ヒューの声も虚しく、ぐったりとうつ伏せに倒れ、シルフィは目を閉ざしていた。





 







 
 


 




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