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魂章
動き出す影
しおりを挟む「正義の信徒と揉めただって!」
シンは立ちあがると、木製の建てかけ椅子が引き倒れた。周囲の客の視線が一瞬、彼に注がれる。シンは慌てて椅子を戻し、席につくとルザリィは座り直したシンの外ももをつねって、大きな声を出すんじゃない…!と小声で 彼を叱りつけた。
この街でむやみに正義の信徒の名を口に出してはいけない…。毛皮がもさもさした三角帽子を深々と被っているルザリィはシンをひと睨みするとカップに手を添え、子供のように装いながら山羊のミルクを啜った。
「…それで、ハーマンはどうなった?」
「わからない…彼のことだから大丈夫だと思うけど」
辛辣にミウは答える。
一連の話を聞くかぎりはハーマンに罪はないが、相手は正義の信徒、道理が通じる相手ではない。奴らは"狂った連中"だ。彼らに手を出したのは結構"事"なことだ。リュウキは椅子に寄りかかってその前脚を浮かせながら、まだ戻って来ないハーマンの身を案じた。
「でも、あのハーマンがキレるなんて…」
遠慮がちにヒューが口を挟んだ。
「…確かにね、彼はそう簡単にキレるようなタイプじゃない、不具合なことが起きても、笑い飛ばせるような奴だからね」とハン。
「…いや」
リュウキは言いかけた言葉をひとつ止めた。リュウキ=インストーにある麻宮龍輝の微かな記憶、彼の友人であるアキヒロ…彼は明るく気前がよく、少しヤンチャで小さなことは気にしないサバサバした性格だ。その彼が自分の口で言っていたことがあった。
…オレ、滅多にキレねえけど、キレると危ねえぞ、小学生の頃、オレが抵抗しないこといいことに毎日のように馬鹿にしてきたヤツがいて、ある日プチンと来ちゃったのよ、そいつの目をおもいっきりぶん殴って、二階から突き落とそうとしたのよ、相手はもう半泣きでさ、あの時、先生が止めに入らなかったら、ヤバかったかも知れねえ…
と笑いながら言っていたことがあった。ハーマンはアキヒロの生き写しみたいな男だ、彼にそういう部分があってもおかしくない。
「ハーマンみたいなタイプは、キレると怖い」
「とは言え、キレた相手が正義の信徒とは…」
ハンは少し盛り上がった髪を沈ませ、頭を抱え込んだ。魔術師である彼に取って、正義の信徒との相性は最悪だ。もし自分が捕まったらどんな目に合うか…おお~ハーマンよ、君はなぜキレた…
シェリカはミウの肩に手を置く、彼女は昼間と同じようにカーチフを深々と頭に巻き、首から下を覆うポンチョと首筋には後ろ髪を隠すスカーフを巻きつけて、エルフと悟られないよう完全武装を施していた。
「彼のことが心配?」
「ええ…とても…」
視線を落としてミウはテーブルの上で指を組んだ。正義の信徒はしつこい、うまく撒いたとしても、彼らに目を付けられたのは確かだ。
今のところ一緒にいたミウが追跡された気配はない。あのどさくさで、ハーマンは彼女にターゲットがいかないよう、処置をしてくれたのだ。彼は完全に怒りで我を失っていなかった。
…とはいえ
「…仲間であるオレたちの顔もわれるは時間の問題だろう、少なくともこの街には長く居られない」
「あいつが戻り次第、ここから離れねえとよ…」
シンは言った。
「あ…」
カランと鳴った鈴の音に気付き、ヒューが両開きの羽根扉に顔を向ける。髪を濡らしたハーマンが店内を目配りし安全を確認すると、大股で歩き、皆が集まる席に近づいた。
「よ、」
「ハーマン、お前…」
ハーマンは座って自分を見上げる、リュウキの肩を軽く叩く。
「いや参ったぜ、突然、雨が降ってさ」
ハーマンは濡れた自分の長い髪を撫で、水滴を払い落とす。
「お前、正義の信徒と揉めたって…」
「あん?んなもん"大したこと"じゃねえよ」
「大したことないって…君」
足首をひねって軽く蹴躓くような彼のもの言いに、ハンは言葉を失う。
「それより、少し疲れたわ、悪りいけど部屋で休ませてもらうぜ」
「ハーマン…」
ミウが席を立って彼に近づく。ハーマンはあっけらかんとした表情から、真剣な眼差しに変わり、小声で呟いた。
「…あの子は無事か?」
「ええ…あの子はこの街のギルド支部で保護してもらったわ、あの場所なら正義の信徒もやすやす手を出さないわ」
それなら安心と、ハーマンは頷いた。ギルドは世界規模に存在する、国とは無関係の独立組織だ。その繋がりはAJF連合にも匹敵する。下手に手を出せば、全面戦争も起こり兼ねない。国の1部隊が簡単に入り込める場所ではないことは確かだ。ひとまずあの少女の安全は確保されたようだ。
「悪りいがミウ、何か"着替え"がねえか、雨でびしょ濡れでさ、お前、結構、色々買い込んでいただろ?」
ハーマンの声にミウは反応しその"真意"を受け止った。彼は濡れたから着替えを求めていたわけではない、正義の信徒の目を欺くため服装を代えて姿をカモフラージュするつもりだ。
「あるわよ、一緒に部屋に来て」
何気なくミウはいつもの声色で答え、ハーマンと一緒に二階に続く階段へと進んだ。
「…どうやらうまく撒いたらしいな」
二階先で消えるハーマンの後ろ姿を見て、ひとまずリュウキは安心する。
「着替え?買い込み?」
そういえば、そばにいるルザリィとシェリカのその格好…うまく衣装を着こなし、端から見れば異種族には見えない。…なるほどな
「その服装、よく似合ってるぜ、ルザリィ"姐さん"」
子供のようにミルクを飲んでいるルザリィを茶化すと彼女はシンのつま先、足指部分だけ狙っておもいっきり踏んづけた。
「あんた、"地中深く埋め"られたいの…」
横目でルザリィはシンを睨みつける。
軽くはずみな言動を取って痛い目に合い、飛び跳ねているシンをハンは鼻白んで見つめた。…なにやってんだか…
ヒューは辺りをきょろきょろする、先に含めたミウを入れた、レッドエンジェルの面々だか、その中のもう一人、"あのコ"がいない。そんな彼の心中を察し、リュウキはシェリカに尋ねた。
「君の"姉妹"はどうしたんだ?」
尋ねたリュウキを緑の瞳で見やり、彼女は素っ気なく答えた。
「シルフィなら部屋にいるわ、あのコ、ミウが買ってきた服を着たがらないから、大人しくしてもらっているわ」
「彼女は君の"血の絆の姉妹"とか言ってるけど、その"血の絆の姉妹"って何なの?」
「それは…」
ハンの質問にシェリカは言葉を詰まらせる。答えても問題あるわけではないが、言ったところで彼ら人間には理解出来ないだろう。立っているシェリカは窓の方へ目を映し、雨音が打ちつける外を見つめた。
外はすでに日が暮れていた。街頭の光、建物の明かりが降りしきる雨と混ざり合う外の景色が歪んで見える。
「?!…」
ふと、シェリカが奇妙な影を見た、建物の壁に張りつく黒い塊、あれは"物体"ではない。黒い塊はぷるぷると震え、壁づたいに間延びして屋上に向かって消えた。
「!!!?」
奇妙な動きをした影にまばたきしてシェリカはもう一度、黒い塊のいた場所を見直す。何もない。そこは雨で滲んだ街灯に照された、ただのレンガ造り壁だけであった。
…気のせい?
リュウキは斜めに視線を落とし、落とし物を探るかのような動きで周囲を見渡す。
「どうしたのリュウキ?」
「…いや、誰かが下から"監視"されてた感じがしてな」
「下って…ここは一階だぜ」
「あ、ああ…そうだよな、何か"違和感"を感じたのだが、気のせいだ」
一階は綺麗に施工されたモルタル造りの床だ、覗き見るものは何もない。店内を歩く客が影を踏みあい。せわしなく動いているだけであった。
「血の絆の姉妹については、答える気はないわ、答えたところであなたたちには理解出来ない、ただ言えることはシルフィとわたしは深い繋がりあるということだけ」
シェリカは背の高いハンに声を返す。…あれは禁呪に近いもの、むやみに人に話すようなものではない。
…それにしても、さっき見た影は本当にわたしの見間違いかしら…シェリカは思いを馳せる。
森の住人エルフは人間の倍の視力がある、夜目も効き視界も広い。あの奇妙な塊は意思のある影のようなものに見えた。
シェリカの頭には"影"というものはあまり、いいイメージはなかった。光あるところ影がある…、当たり前のことだが影には闇の色合いが濃い、暗い印象、悪意を連想させる。考えすぎかも知れないが、シェリカはそう感じるところがあった。もし影が"背後から忍びより実体化したら"考えるだけで恐ろしい。
身震いしシェリカは想像した。
ゆらりと雨粒に震える庭園の木立がざわめいた。男は薄手のカーテンを閉め、栗色の肩に掛かる束ねている後ろ髪を払いのけた。そして踵を返し微動だしない彫像の列を歩き出す。
大小さまざまな彫像がそこには並べられていた。その多くは人間の像であった。
男と女、さまざまなポージングをとり、ほとんどは全裸か半裸の像だ。
男は立ち止まり、ひとつの人間像を指先で鋤いた。その像は美しく胸に乳房の丸みを帯びた女人像であったが下半身は鍛えぬかれた筋肉と男性の性器がついている。世界でも珍しい両性具足の像であった。
…美しい…
正義の信徒の長ローグはうっとりと瞼に紫マスカラのついた目で両性具足の人間像を見、深く溜め息を漏らした。神はなぜ、男と女に身体を分けたのだろうか?両性器がついたこの像こそ美しさの象徴ではないか…
ローグはジャスティス国の紋章が金糸で刺繍された黒いマントを靡かせ大広間と直通している司令官室に入った。
彼は金銀細工が散りばめられた黄金の縁があるソファーに座り、黒いズボンがぴったり張りつく細長い足を組んで、手元にある剃刀のような短刀をいじった。
「報告します、街で我ら正義の信徒に楯突いた旅人らしきが男が大暴れし、ドラド少将に怪我を負わせて逃走中とのこと、少将は総動員でその男を捕まえるための指名手配書の申請をローグ卿に申し出ております」
「…ドラド?あ~あの少し腹が油ぎった虎髭のワイルド感ある男か」
ローグは手摺と連結した小さな円盤テーブルに置いた携帯砥石を手に取り、念入りに左手に持った短刀の刃を研ぐ、その顔は面長でシミひとつない均整が取れてた顔だが、目付きは氷のように冷たい。
ローグはシャンデリアのライトに照される光に刃を当て、うつる自分の顔に見惚れていた。
「我ら≪正義の信徒≫に楯突いた男は何者だ?」
「わかりませんが、少将の話だと、その男は金髪の後ろ髪を束ねた若い男で耳に三重連結のイヤリングをした、体格のいい男だったと聞きます…その男が少将の顔を殴り、取り巻きの裏仮面をも蹴散らして逃げたとか」
「感情の死んだ裏仮面を蹴散らすとは、どうやらその男はただの旅人ではないな、ギルドのハンターかも知れん…まあいい、でその男は"美し"かったか?」
「いえ…わたしは直に見たわけではないので」
報告に来た細面の若者は、額に垂れる汗を感じて、言葉に気をつけて質問に煙撒いた。ローグ卿を前にうかつな答えを返せない。
「ドラド少将を連れて来なさい、話を聞こうではないか」
しばらくして、筋骨隆起した両肩に繋ぎ合わせのベルトをクロスさせた半裸の男が二人、ドラド少将を連れてやって来る。ドラドの鼻から下顔には包帯が巻かれ、その隙間から覗かせる折られた歯を見せながら、まくし立てるように唇を震わせた。
「ローグ卿、この街に我ら正義の信徒に歯向かった不届きな輩がいます!すぐに御触れを出し、男を捕えるよう、信徒たちに命令を下して下さい!」
ローグは短刀の刃の研ぎ具合いを確かめながら、片膝を付いているドラド少将に横顔を見せた。
「お前の包帯は、その男にやられたのか?」
ドラド少将の肩はびくつく、ローグの声色は真冬にように冷たく。その表情は無感情に彩られていた。
「これは…その男は急に血相を変えて殴りかかってきたものですから、回避する暇もなく」
話の途中で手を上げローグはドラド少将の間を挟んでいる二人の男に何かを合図する。 スキンヘッドの厳つい顔をした正義の信徒の番人クフとカフはドラド少将の包帯を強引にむしり取ると、鼻は折れ曲がり、前歯、下歯が大きく欠損したドラド少将の素顔が露になった。唇の横、頬など紫膨れでハーマンにやられたあとが色濃く残っている。
その素顔を見てローグは眉をひそめる。なんという醜い顔…。
ローグはすっと立ち上がり、剥き出しの短刀の刀身の腹を手の平で軽く叩きながら、ドラド少将のそばに近づいた。
「汚い顔だ…」
ビロードのマントをはためかせ、声をを発するローグ卿の言葉に恐怖しドラド少将は肩を硬直させる。
なりふり構わず逃げ出そうとしたドラド少将を二人の屈強な番人、クフとカフが押さえつけた。
「ドラド…わたしは"醜いもの"は嫌いなことを知っているでしょう、正義の信徒は"強く""美しく"なくてはいけない、お前の"その顔"はなんだ…!品性の欠片もない、お前は"裏仮面"行きだな」
"裏仮面"というローグ卿の言葉にドラド少将の血の気は失せ、彼は全身を跳ねて逃げ出そうとするが、クフとカフの筋肉に拘束された体は身動きとれず、ドラド少将は泣き声混じりの金切り声で裏仮面の撤回を懇願した。正義の信徒の掟では裏仮面は"人が人でなくなる"ことを意味する。ドラド少将はそれだけは!と許しを請うがローグは妥協を許さず、汚れた顎髭に手に持った短刀の刃を当てた。
ローグの白い顔に血しぶきが飛び散った。ドラド少将は言葉にならない声で両手で顔面を押さえ、そばに唇と鼻が混じったドラドの顔の皮が血みどろに床にへばりついた。
正義の信徒の長≪顔剥ぎのローグ≫は頬に付着したドラドの血をハンカチーフで拭うと、のたうち回っているドラドに嫌悪感を示し、正義の信徒の番人クフとカフに命令を下した。
「"醜い者に顔はいらない"その男を"裏仮面の儀式"の間に連れていき、"油ぎった腹の肉"も儀式のついでに削っておけ、不浄な…なんと醜いブタでしょうか」
気分悪くローグはドラドの血を拭ったハンカチーフを床に捨てた。ローグ卿は澄まし顔でソファーに座り、コロンを出して、血の臭いがする首筋にスプレーを吹き付けた。
ドラドが足掻きながら、クフとカフに連れてかれる中、立ち代わるように二人組の男が入ってきた。
司令官室の外からは正義の信徒の裏仮面たちが騒ぎ立てている。正義信徒の名の元に…正義信徒の名の元に…二人組の男に向けられ、暴動しそうな勢いであったが、現れた二人は全身に魔気を放出させながらフィールドを張って、自分の身に危害が受けないよう裏仮面の動きを封じていた。
現れた男にローグのマスカラの塗った瞼の上眉が吊り上がる。瞳孔を開き、鋭く二人組を睨みつけた。
「これはマッカス=グラハム卿、いささか不遜ではございませんか?我が正義の信徒の本部に"魔術師"である"あなた"が立ち入るとは、我々は"魔法がお嫌い"なのですよ」
ローグは現れた六十代半ばの小男、頭の禿げたフロイアの外交官マッカス=グラハムに不機嫌な視線を浴びせた。
「道中、急に雨が降りだしましてな…貴公の正義の信徒のアジトがあったので、雨宿りがてらに立ち寄りさせて頂いた」
腰の曲がったマッカスは黒く沈んだ目でローグを見、媚びるわけでもなく上目づかいで白い口髭から歯を覗かせた。
「フロイア国の上役であるあなたなら、この場所がどういう所であるか分かっていると思いますが…」
「もちろん存じておる、よく"調整"された部下たちで…ですが"問題"ありません裏仮面にやられるほど私は年老いていません」
裏仮面は魔法に対して敏感を感じるように出来ている、彼らが騒ぎ立てているのはその為であった。
フロイア国外交官マッカス=グラハム、AJF連合国最重要機密機関≪合成獣キメラ研究≫の総監督にして闇魔法の使い手、魔法嫌いな正義の信徒…いやジャスティス国にとっては好まざる人物ではない。ローグは隙あらばこの老いぼれの皺枯れた肌を剥ぎとってやりたい気持ちだったが、この男はアルヴァーズ国との関わりも深いため、迂闊なことは出来ない。
「突然のお立ち寄りをお許し下さいローグ卿、我ら二人はジャスティス王都入国の旅の途中、日も暮れて雨も降ってきたゆえ、近隣にあった正義の信徒本部に立ち寄ったまで、天候が戻ればすぐに立ち去るつもりです」
声を発したのはマッカスと一緒にいたのは若い男であった。秀麗な顔つきの長い髪、黄色い前髪に隠れた額には宝石の入ったヘアバンドを身につけている。細目の色白い肌は女性と見間違うぐらいに美形だ。ローグは思わず目を見張った、美しい…
若い男は恭しく頭をさげ、礼儀正しい立ち振舞いで足元まで届く薄手の純白のローブを優雅に動かした。
「これは美しい御仁で、この方はどなたですかな?」
「この者は私の従者のシ=ケンと申す者、フロイア国の治療士であり、我が国随一の学者であります」
治療士は傷ついた体や、病気を患った患者を魔気で直すことを専門とする癒し手である。なぜそんな人物が、合成獣キメラ研究の第一人者である、マッカス=グラハムの従者なのか甚だ疑問に感じたが、とにもかくにもシ=ケンの美しさに、ローグは釘付けとなった。彼は何よりも美しいものが大好きだ。それは男であろうと女であろうと関係ない。この若者の一糸纏わぬ姿を"彫像にして"コレクションに加えたいぐらいだ。
「中々ご立派な従者ではないか、どうだシ=ケンとやら、あなたさえよければ我が正義の信徒の陣営に入り、わたしのそばに仕えてみませんか?正義の信徒は魔法を忌み嫌う存在だが、あなたは特例として魔法を使ってもいいですよ」
「い、いえそれは…」
ローグは我が子を愛でるような異常ともいえる柔らかな目にシ=ケンは言葉を飲み込む。様子を見たマッカスは低くかすかに笑い、ローグの勧誘を遮った。
「この者は私の大事な従者でございます、シ=ケンへの誘いはお断りさせて頂く…」
マッカスはきっぱり言い放つ。ローグの指輪が嵌まった人差し指と中指がぴくりと動いた。この男、細切れにして、野犬のエサにしてやろうか?わたしに向かって生意気な…短刀の鞘を指でなぞったとき、彼の全身は感電したような触感が走った。
ローグは指が鞘に触れた状態で動作が止まる。意識して必死に体を動かそうとするがぴくりとも反応しない。これは…闇魔法、いつの間に…
「どうされましたかな?ローグ卿」
マッカスは含み笑いを漏らして、動かなくなった正義の信徒の長を尋ねる。ローグだけではないそばにいるその部下たちもが動きが固まっている。マッカスの従者であるシ=ケンは表情を崩さずその様子を見つめ、マッカスは引き続き声を続けた。
「…我々は旅の途中ゆえ、ここらで退席させて頂くとする、確かにここは魔術師に取ってあまり居心地のよい場所ではございません、私共はサンの砦の方へ赴き、宿を取ろうと思います」
マッカスはシ=ケンを促し、座ったまま動かないローグのソファーに背を向ける。ローグは煮えたぎる憤怒に駆られながら、マッカスを見送った。体はまだ動かない。
二人の気配が部屋から完全に消えた時、黒いつぶてのような影が一面に散乱した。同時に動作の支障はなくなり、ローグは血管が浮き出る眼光を見開いて、皮剥ぎの短刀を舌で嘗めずった。
「マッカス=グラハム…悪魔の使いめ、忌まわしき闇魔法でわたしを縛りつけるとは、いずれそのくたびれた生皮を剥ぎ、この世に生まれてきたことを後悔させてやる」
怒り心頭にローグは呟き、マッカスの去った空間を睨みつけた。
「顔剥ぎのローグ、噂以上に"歪んだ"お方ですね」
マッカスの隣を歩く、美麗な治療士シ=ケンは言った。
「美しさと残酷さを追求する正義の信徒の長だ、あの男の狂気さはジャスティス1と呼ばれている、そうでなくては"裏仮面"などという殺人マシーンなど造れはせん」
「合成獣に似てますね…」
「合成獣は野生本能で動く、だが裏仮面は力の支配下のよる"作為的な本能"だ、ただ命令のままに動く駒」
「……」
「裏仮面には五感の神経を破壊する薬が塗られている、一部の記憶を司る脳神経だけを残し、正義の信徒が掲げる教示を暗示をかける。まったくもって、見事な殺人兵器を造りあげたものよ」
「…しかし、所詮は駒ということですか?」
マッカスは不敵に笑みをこぼす。正義の信徒の門を抜けたその周辺には頭部が破壊され、両足が砕け散った裏仮面の死体が散乱していた、愚かにも相手を選らばず、魔術師ということだけで自分に襲いかかってきた、洗脳された正義の信徒たちの死体だ。彼らには痛覚はない、ただ体を動かすのは脳だ、その脳と歩みを止めない足を破壊すれば、それほど恐ろしい兵器ではない。
「…哀れと思うか?」
「…いえ、彼らはもうヒトではありません、寧ろ完全に命を絶たれたほうが、命令のままに動く駒になるより幸せかも知れません」
その答えはマッカスにとっては以外な言葉であった。
「およそ、人の傷を癒す、治療士の言葉とは思えないな…」
「学者としての見解です、彼ら≪裏仮面≫のようになっては救いようはありません」
シ=ケンは静かに言った。
雨はすでに止んでいた、ポツポツと滴る水音は、つぶさに地面を打ち、湿った空気からは月明かりが滲み出ていた。
街道を歩く二人の影は伸びていた、異形の仮面が乗り移ったかのように影はゆらゆら動き、あたかも魂を持ったかのように二人の歩く姿は奇妙に歪んでいた。
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