混沌の宿縁

名もなき哲学者

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紅章

円舞闘技(上)

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円舞闘技(上)

 何もない個室、何もない空間、仰向けで眠っていた紅はふと目を開けた。いつの間にオレは眠っていたのだろうか?知らないうちに眠り、突然目が覚める。自分のいた世界で最後に夢を見てからいつもこんな感じだ。そして、自分が現実の世界に戻されたことを意識するには少し時間がかかる…
 と、不意に上体を起こし紅は意識を覚醒させた。どこだここは?!見慣れない薄暗い部屋、脚の短いベット。その上に寝かされていた自分、紅は小さな机に置かれているカンテラに火をつけ部屋を明るくした。
  紅の目覚めた場所は狭い個室、四方10メートルほどしかない石垣レンガに囲まれた何もない机とベットしかない部屋であった。
 ざらつきのあるシャツ、"ボンタン"のようなだぶつきのあるズボン…を履いている。新品のようだか、肌触りはいいとはいえない。スースーする下半身の感触に気付き、紅は"ズボンの中身"を見た。

「……」

 自分のモノを見て紅の顔はみるみる紅潮する。体がふるふると震え、怒りと恥ずかしさで憤慨した。

「がぁぁぁッー!マジか!マジか!!マジか!!!あのインランババァめ!あれは"マジで起こった"ことなんか!くそったれ!!」

 紅は激昂する。そしてディア イン=フィニアンとの勝負を思い出す。大衆面前で素っ裸にされ、髭と陰毛を引き抜かれ、手も足も出ず、ぶっ飛ばされたことを。思い出したくもない、悪夢のような出来事だ。
 紅は髪を掻きあげ吐き出しようもない怒りにうち震える。
「あのくそ女…いつかぜってぇー…」
 言葉を濁そうとするが、紅は視線のようなもを感じ、思わず振り向いた。誰もいない…が、紅は言葉を止めた。

 …そういえばあの女、この世界ならどこでも監視することが、出来るんだっけ…

 息を飲み込み紅は吐き出そうとした言葉を押さえつけた。腹立たしいが、あの女はヤバい、認めたくはないが強さは本物だ。今さらながら、「見た目に騙されるな」と言ったルースの言葉が思い出させれる。それにしても…

  紅は個室内を見渡す。…どこだここは?
ドアを見つけ、紅は扉を開くと目の前には廊下が広がっていた。一定の距離でドアがあり、壁は飾り気のない質素なもの、ただ、通りは綺麗であった。
 廊下では所々で人が歩く姿が見受けられた。歳は紅と同年代か少し上か下か、特別着飾っているわけでもなく半袖シャツとズボンといったラフな格好をしている。現れた紅に気付くと二人組の若者がひそひそと何かを喋り、見て取った紅は気に入らない様子で二人組のそばに詰めよった。

「おいてめえら、なに人の顔見てこそこそ喋べってんだ…!」
 二人組の若者は紅とはさほど背丈は変わらないが体格ががっちりしている。別段、怯えることなく二人組の若者は近づいた紅に声を返した。
 「知ってるぜ、お前あれだろ、ディア イン=フィニアンに喧嘩売って"逆に弄ばれて"、ぶっ飛ばされた新入りだろ」
「あ?」
「知ってるぜお前のウワサ、裸にひんむかれて、確か…」
 ぴくりと額の血管が浮き、紅は言葉を発した若者の胸ぐらを掴んだ。
「慰謝料欲しいんか?てめえら」凄む紅に動じることなく、若者は胸ぐらを掴んでいる手を取り強く握り返す。
 「なにいきがってやがる、凄めば誰でもひびると思ってるのか?ここではハッタリは通用しねえよ」
 紅は胸ぐらを掴んだまま若者…茶髪の側頭部を刈り上げた彼を壁に振り飛ばし腹に蹴りを食らわせた。
「ハッタリかどうか試してみろよ…!」
「てめえ…」
 
 蹴られた腹を押さえ、茶髪の若者ランスは立ち上がると隣にいた連れ若者は紅の背後に現れた人影に気付き、乗り出そうしたランスも現れた相手を見て思わず動きを止めた。
  二人の視線の先には男がいた。その男は背中まで掛かる長い髪を太く1本で編み込み、血色の薄い顔色に似合わず鋭い眦で紅を見つめていた。
 その男を確認した時、紅の全身にそう毛立つ戦慄が走った。

「んだ!てめえわ!!」
 反応して紅は咄嗟に裏拳を放つ。男は紅の拳を片手で受け止め、微動だせず静かに口を開いた。
「…お前が、新入りの紅鋭児か?」
「……」
 「お目覚めのとこ悪いが、一緒に来てもらおうか?」
「何でオレがてめえと…」
 紅は男を睨む。全然気配が感じられなかった。いつの間にか背後をとられていた、この男…紅は危うさを感じた。
「≪カーライル≫…待てよ、そいつはオレが…」
「この男が気に入らなければ、お前も参加すればいい…≪円舞闘技≫に」
「円舞闘技?」紅はカーライルの言葉を復唱する。
 ランスはなるほど…と言葉を飲み込み、この場で紅と争うのをやめた。
「久々にやるのか?円舞闘技を、確かにあの"場所"なら思いっきりこいつをぶちのめすことが出来るが、でもこいつがそこまで"やる価値がある輩"なのか?」
「価値があるかどうかは"どうでもいい事"だ、"アイツ"が言ったのだからな…」
「『あの人』が…ふん、なるほど、死んだなお前、"再起不能確実"だ」
「んだ!てめえら、勝手に話進めてんじゃねえ、大体誰がてめえについていくって言った」
「…別に逃げても構わない、このエリアで肩身の狭い思いをするだけだ」
 丁寧で静かな口調であったが、カーライルは冷たい眼差しで紅に言った。

  …逃げる?このオレが逃げるだと…

 『逃げる』と言う言葉に、プライドの高い紅の感情が逆撫でされる。

「誰が"逃げる"だ、舐めてんじゃね、その円舞闘技というのが何なのか教えてもらおうじゃねえか」
「…ならばついてこい」

 
 螺旋状の下り階段を踏み、湿っぽい空気が吹き上げるその空間は薄暗く、段の垣根ともいえる柱にはロウソクが焚きつけられている。慣れた足取りで階段を降りるカーライルの背後につき、彼の背中を追いながら、紅はひんやりとした大気の状態を頬で感じた。

 あのカーライルという男、只者ではない。紅の野生の勘ともいえる本能がそう感じた。奴は…躊躇いもなく人を殺すことが出来る男だ。死線を掻い潜ってきた匂いがする。
 
 最下層につくと出口が見えた、空が見える円角の空間、大勢の男たちが周囲に犇めき、殺伐とした空気が流れ、現れたカーライルと紅に注目が集まった。

「ここまでだ…」そう言うとカーライルは案内を止め、紅を広場にひとり残して、何処どこかへ去っていく。「待てよ!何なんだ!ここは!」追おうとする紅であったが、眼前に枕木が飛び、彼は屈んで直撃を避けた。
 紅は木が投げつけられた方向を睨むと男たちが囲うさらに上段の高座の方で、銀色い髪…前髪が片目に掛かる獣のような風貌をした男がニヤつきながらこちらを見、そのそばでは耳元まで髪の伸ばした、金髪の年若い青年が紅の様子を伺い、注目している。しばらくすると彼らの後ろの方にある出入口から紅をこの場へ誘導した長い髪を束ねたカーライルが姿を見せた。

 …あの野郎、いつの間にあんな所へ…

 カーライルもさることながら、紅が注目したのは細長いベンチの背もたれに腕を伸ばしてふてぶてしく座っている銀髪の男であった。体格や背丈は紅とあまり変わらないようにも見えるが、遠間からも醸し出す雰囲気はまるで"猛獣"のようだ。紅は銀髪の男を見て、あの男とは相容れないものを感じた。

「これから円舞闘技を開催する!」銀髪のとなりにいる年若い青年が間髪入れず宣言する。

「なに!?」
 言葉の意味が分からず紅は目を剥く。地面…を、砂上を踏みしめる背後の足音に気づき紅は後ろを振り向いた。現れたのは少し前、廊下で揉めた茶髪の側頭部を刈り上げた若者ランス。  

 長い棒を肩に立て掛け、彼は紅のそばへ近づき敵意を剝き出した。

「よう、"さっきの続き"をしようぜ」
「てめえは…いきなり現れて何ほざいてやがる!説明しろ!円舞闘技とは何なんだ!」

 ランスは肩に立て掛けた棒を紅の足元に振り落とす。砂塵が小さく舞い、苛立ちながら事の状況を説明した。

「闘うんだよ、オレとお前が今ここで!言っとくがてめーに拒否権はねえ、この闘技場にいる男たち全員と闘い、すべて倒すか、自分が再起不能になるかしないかぎりな」
「んだと…!」
「円舞闘技とはこのエリアに配属されたあなたの実力を実戦形式で試す闘技です、そこにいるランスが言ったように、あなたに拒否権はありません!あなたは闘いを希望する戦士たちの挑戦を受け、それを"すべて"受けなくてはいけない」

 声高に高見にいる開催を宣言した年若い青年、ケインが言う。

 紅は高いフェンスの向こう側にいる男たちをざっと流し見る、容姿、年齢、様々な男たちが闘技場に注目している。この場にいる男たちはただの傍観者ではない。エリアファーストに住む戦士たちであった。
 体格のいい者ものいれば全身鎧で身を包んだ者、派手なメイクをした色物もまでいる。どいつもこいつもひと癖も二癖もありそうな奴らばかりだ。
 紅はハメられたような気分になった。"円舞闘技"などと綺麗な名目であるが、その実、入学したばかりの生意気な新入生を上級生が"シメる" "挨拶"の見たいなものではないか。この手の"挨拶"は紅も"過去"に経験している。ただこれは喧嘩ではない結構"ガチ"なやつだ。
 
 紅は高座にいる年若いケインのとなりで座っている、銀髪の男を見る、この闘技を取り仕切っているのはおそらくあの男…
 銀髪の男…レオンは深くベンチに背もたれ、ふてぶてしく余裕をかましながら、ニタニタ口元を歪めて、冷やかな眼で睨む紅の視線を受け止めていた。

 …あの野郎、なにニヤついてやがる…

 余裕かました銀髪の男を紅は気に入らなく見返した。

「さっさと武器を取って準備しろ、"オマエ"!丸腰の奴をぶっ倒したところで面白くねえからな!」
「武器だぁ…」
「闘技場のフェンス前を見ろ、使用する様々武器の形状をした模造刀をセットしてある、その武器を使ってオレとお前が闘うんだよ!」

 ランスの声を聞き、紅はフェンスの前の地面に突き刺さった模造刀を見渡した。斧、槍、剣をはじめ、鞭や鎖鎌など形状の模造刀が二人の周りを囲むようにずらりと並べられている。
 紅は剣の模造刀…木刀を右手で持ち、肩に乗せてランスと対峙した。

「やってやるよ、てめえ…!」

 状況がどうであれ"逃げる"という選択は紅にはない。売られた喧嘩は買ってやる、それが自分の流儀だ。

「へぇ~やる気まんまんじゃねえか、お前、オレに勝つつもりかよ?」
「当たり前だ!てめえなんかに負ける気はしねえぜ!」

 ランスはカッと見開き、持っている棒を紅の喉に突き出した。紅は躱し懐に飛び込もうとしたが、ランスは器用に棒を戻し回転させて紅の肩に一撃を加えた。その打撃に肩を押さえ、紅は一歩後ろへ下がった。
 ランスは右、左と棒をくるくる回転させ片膝を上げて下段に構えた。

「オレの専科は槍術だ。何だよそりゃお前、穂先に刃がついていたらお前の肩はぶっ壊れていたぜ」

 ランスの言葉に紅の脳内に何かが切り替わった、同世代と思って油断していた、これは喧嘩じゃない結構ガチなやつだ。

 紅は打たれた肩の感触を確かめ、数回木刀を素振りした。大きなダメージが無い事を確認すると、紅は猛禽類のような眼差しでメンチを切りランスを睨んだ。

「今のはオレが悪かったぜ、でもおかげで目が覚めた、こっからは"マジ"でヤッてやるよ」
「何カッコつけてやがる、だったら見せてもらおうじゃないか、その"マジ"ってやつを」

 ランスは真正面から素早く連続突きを繰り出した。しかし、紅の目には見えていた。絶世界でルースに稽古をつけてもらった攻撃に比べれば、ランスの攻撃は些末なものであった。
 踏み込み、紅はランスとの距離を縮め懐に攻撃を仕掛ける。ランスは棒を立てて防ぐが、さらにもう一手、紅は頭を振って彼の顎に目掛けて頭突きを放った。突拍子のない紅の攻撃にランスは驚き、顔のけ反らせて躱したが。掠めた顎が脳神経に直通し態勢を崩した。これ見よがしに紅はぶちかましを放つ。そして、倒れたランスの顔面を大きく踏みつけた。1発、2発、3発…容赦なく紅はランスの顔面を踏みつける。いつしかランスの意識は失われた。

 ぐしゃ!

 ランスの鼻は折れ、歯も数本欠損し、血染めの顔面となった彼の目は薄っすらと開いている。

 別段、悪びれることなく紅は高台にいる銀髪のレオンがいる方角に顔を向け鋭い視線を投げつけた。

「オレはもうキレたぜ!死にてえ奴がいたら出てこいや!」

 叫ぶ紅の背後から新たな挑戦者が現れる。出てきたのはスキンヘッドの紅より頭一つ分大きな筋肉質の男であった。上半身は半裸で幅のあるショルダーベルトを胸板でクロスさせている。見るからに頑丈そうな男だ。男はマサカリ長の模造刀を引きずり、鼻息を荒くさせ、進み出た。

「俺か相手だ」

 でかい…!絶世界であったホブゴブリンに似ている。体格がよくちょっとやそっとの攻撃は効かないだろう。だが、でかい相手には慣れている、紅には勝算があった。
 紅は男の顔の前に木刀を突き出す。"当てることなくただゆっくり"と剣先を見せる。何の真似だと、男は不可思議に首を傾げる。次の瞬間、男の顔は歪む。下半身を押さえてうずくまり、紅は片膝を立てた状態で勝ち誇った笑みで男を見下ろした。

「ケンカ殺法"タマ潰し"だ、効くだろうこいつは…てめえがいくらガタイがよくても、"そこだけ"は鍛えれねえからな」
「あ…が…」
「痛えだろ?息ができねえだろ?そりゃそうだ、オレは"潰す"つもりで食らわしたからよ、潰れちゃいねえが、てめえはここまでだ…」紅はすっと木刀を上げ、蒼白な顔をした男の後頭部に容赦ない一撃を加えた。男は泡を
吹きそのまま気絶する。

 成り行きを見ていたケインは眉を顰める。

「…剣先に注意を向けさせ、無防備になっている急所に膝蹴りなんて…なんて卑劣な」

 高貴な騎士の出路であるケインにとって紅の闘いは邪道で場違いなものであった。となりにいる銀髪のレオンは紅の外れた闘い方に胡座をかいた太ももを叩いて、面白可笑しく、カラカラと笑った。

「カカカ…中々面白れえ闘いをするじゃねえかあのヤロー、無手勝かつセオリー無視な闘い、ある意味、"闘争"っていうものを心得てやがる」
「ですがレオンさん、あれは"邪道"です」
「卑怯というか?違うな…闘いに卑怯もクソもねえ、闘争とは命のやり取りだ、余裕のねえ奴は手段なんぞ選んでられねえ、勝つか負けるかでなく、"生きるか死ぬ"かだ、それがモノホンの闘いっつうもんよ…高貴な騎士道精神を持つお前には理解しがたいことだがな…」
「私はあまり感心しませんが…」
「だからお前はさらに"上"にはいけねえんだ。…とはいえお前のような"正当直属な闘い方"もありだ、それで相手を倒すことが出来ればな…」レオンは言った。
 要は生き残ればいいのだ、それが邪道であろうと正当であろうと、勝っても負けても生き残ればいい。もちろん綺麗な闘いをして綺麗に勝つというのが一番の理想だが、物事はそうそうにうまく行くわけがない。レベルが未熟であればなおのことだ。

 紅の前に次の挑戦者が現れた。全身鎧に守られ、防御の硬そうな男であった。武器は大剣の形状をした模造刀。

「……」

 苦み潰した顔で紅は現れた男を見定めた。上も下も頭も防具で固められ、体格のいい風体をした鎧男。こいつはおそらく…
 どっしりと歩く鎧男に目掛け、紅は木刀を振り叩きつける。…が、びくともしない。予想通り、固められた鎧によって全部弾き返され、しかも下半身も防具で覆われているため、急所蹴りも効かない。

「ざけんな!こんなの反則じゃねえか!」
 不公平な対戦相手のこのスペックに紅は高台にいる銀髪の男に向かって、声を荒らげる。その言葉をレオンは冷やかな視線で受け止め、見開いた目を血走らせて、挑戦的な口調で声を返す。

「攻撃が効かねえのはてめえの力が足りねえからだ、パワーさえあれば鎧越しに貫通して、ダメージを与えることは出来んだよ!てめえが"非力"なだけなんだよ!」
「鎧越しにダメージだと…」

 ふざけた理屈を…そんなこと化け物みてえな腕力がなきゃ出来るわけねえ、夢見人は他の異世界の人間に比べて力がない。それはルースも言っていたことだ。
 男はゆったりと動き、武器を振りつける、スピードはないので、躱すことはわけないが、こちらの攻撃は効かない。全身鎧に包まれたこの相手をどう攻略するか、紅は鈍い動作の相手を観察する。その中で彼は僅かな隙を見つけ出す。鉄仮面のひさしのそばから覗かせる視界の部分、そして、鎧とは連結されていない首…兜との間から見える喉の部分、それが紅が見つけた僅かな隙であった。
 紅はスタンスを広げ、上半身を柔らかく、腰から足の爪先、踵にかけて下半身に力を込めどっしりと動きを止めた。
 レオンは「ほう…」と頬杖をついて少し感心し、ケインは初めて剣術らしい構えを見せる紅を驚きの色を見せた。
 紅鋭児が使っている構えは、三界の型のひとつ地剣術。戦乱の世界でよく使われる型だが、あの紅鋭児という男はどう見ても、戦乱の世界で育ったような人間ではない。なぜそんな男が三界の型を知っている?ケインは疑問にかられる。しかも…
 紅は男の模造刀をがっつりと受け止めては相手の力を逃し、うまく払いのける。地剣術の特性を知った受け流し方だ。

「…ただのチンピラではないようですね」
「ふん…」

 レオンは一笑付しながらも、紅の使っている地剣術を鋭い眼差しで吟味していた。…だがどうするよ?守るばかりじゃ闘いには勝てねえよ…

 微動だせず攻撃を受け流す紅に男は業を煮やす。そんな男を紅は挑発する。

「へっ…てめえの攻撃、見切った」
「小僧…!」
 鎧男は憤り、体ごと攻撃を押し当てる。紅はその勢いに押されたかのように"わざと大げさに倒れて見せる"と地面の砂を引っ掴み、男の兜のひさしに目掛けてそれを投げつけた。視界を押さえ怯んだ隙を逃さず、紅は木刀をつき構えると、鎧と兜の隙間に僅かに露出する喉に目掛けて突きを食らわした。

 がはっ…!がはっ!

 その一撃に男は地面にのたうち回る。してやったり…とばかり、紅はほくそ笑み、炎天下の地面に駆けずり回るミミズのように砂粒を掻きむしる男を見下ろした。

「…勝負ありだな」
 ケインの後ろにいるカーライルは石柱を背に腕を組み、ぼそりと呟く。
「私はあまり感心しませんね…」
 ケインは渋い顔で結果を受け止める。確かに僅かな隙間を狙った喉への一撃は見事であるが、その前のあの"目潰し"はなんだ…!闘い方が綺麗ではない。

「くくく…まるでお前(カーライル)見たいな、闘い方だな」とレオン。
「いや…あの闘い方はアンタに近い…」静かに返すカーライル。

「ここまでのようですね…」

 あの紅鋭児の闘い方は見苦しい。勝負とはいえ、あのような汚い闘い方は納得できるものではない。レオンの側近であるケイン=ナッシュは動き出す。

 
 肩で息をする紅鋭児の前に次の挑戦者が現る。今度は鎧に加えて盾まで装備している。紅は面倒くさそうに舌打ちする。

「今度は俺が相手だ」
「くそ…」
 …次から次へと。延々と続くようなこの闘い、"円舞闘技"とはよく言ったものだ。

 紅は木刀を構え直すと、年若い青年が姿を見せた。紅と同じ木刀を構え歩いてくる。

「あんたは…」
「…あなた方はもういいです。その男の相手は私がします」
「いや、こいつの相手は俺が」

 年若い青年…ケイン=ナッシュは眼光を光らせ、金色の髪を揺らして、男が装着した鎧パーツの継ぎ目を狙って素早く木刀を打ち込んだ。途端、膝が崩れ、糸の切れた凧のように男は昏倒する。一瞬、何が起きたのか?紅は目をしばたかせた。
 ケインは対峙する紅の方へ木刀の切っ先を向け背筋を伸ばして威風堂々と自らの名を名乗った。
「私の名はケイン=ナッシュ、あなたお相手は私がしましょう」

 …ケイン=ナッシュ…あの銀髪の隣りにいたガキみてえツラした小僧。
 紅はあっという間に男を倒したケインを見る。背丈は紅より低く、歳も若い気がする。だが、見た目に騙されてはいけない、この小僧…強い。
 紅は用心深く木刀を構えた。

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