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紅章
異次元世界最強の魔女ディア イン=フィニアン
しおりを挟む建物の物影の壁際に座り、紅は途方に暮れながらルースが戻るのを待っていた。薄汚れた外套、その下に着たケープコートは所々で破け穴の開いた箇所もある。着ていた服は絶世界を旅していた爪跡が色濃く残っていた。魔力の渦を抜けた先にあった大きな街、異次元世界最強の魔女が住む街、通称≪ディアの街≫華やかな都をおもわせるその街は大小様々な形状のゴシック調の建物があり、派手な屋根をした建造物や、モニュメントのような家が密集し、そこは紅が旅をしていた同じ絶世界とは思えない整然とされた場所であった。
紅はギョとする。耳がつんと立った獣の鼻面をした者、額に角の生えた人が二足歩行で歩きながら横切った…いや、あれは"人"なのか?他にも首筋にヒレが生えた鱗をもつ魚の顔をした者も歩いている。 紅と同じヒト型の人間もいたが、奇妙に耳が尖っていたり、容姿は人間そのものだが、お尻から尻尾を生えた者もいる。異世界間から人種が集う街。慣れない風情に紅は"酔いそう"になった。
突然、紅の腹に衝撃が走った。
うずくまる紅を見下ろしながら、紅と同じヒト型をした三人の若者が笑い声を立てた。
「こりゃ失礼、"ゴミ"かと思ったわ」
「なんだよ、この汚ねーやつ」
「物乞いかコイツ」
紅の脳漿の血管が逆流する。どの世界にも"こんなバカ"はいるもんだ。
「おぉぉ…コラッ…!」立ち上がりざまに紅は目の前の若者に頭突きを食らわせる。ルースと出会って少しは性格も丸くなったが、問題児紅鋭児の気性は健在であった。
「何勝手に"人の腹に蹴り"くれてんだ!」
「なんだコイツ」
「ヤンのかてめえ!」と気性ばむ若者の鼻っ柱に紅のパンチが炸裂する。さらに蹴りを食らわせようとしたが、アンクレットの重みで面倒だったのでそれはやめた。
「誰がゴミだって…あ?」
得物を取ろうとする若者の手首を彼は足で押さえつける。凄んでいる紅をもう一人の若者が横から殴りかかったが、躱した紅はすれ違い様に頭突きを食らわし、横から来た若者をぶっ飛ばした。
「慰謝料ほしいんか?てめえら」
長い絶世界の旅で紅はストレスが溜まっていた。願ってもない展開に彼は抑圧されていた感情を爆発させた。
「て、てめえ、殺してや…」
紅は言葉を濁そうとする若者の鼻っ柱を足の爪先で蹴った。
「!!」
突如後ろの方向から風の切る音が聞こえ、紅の首に何かが絡みついた。鞭を持った男が、巻きつけた鞭を引っ張り、強引に紅の体を引き倒す。
やったのは紅と同じ人間の四十代前半の初老の男。唇の周りには白髪交じりの髭が蓄えられ両肩から体にクロスする分厚いベルトにはナイフや手斧など、様々なサバイバル道具を取り付けられている。
紅は足掻きながら首に巻きついた鞭を外そうとするが固くて外れない。彼の唇の隙間から泡が滴り落ちた。
「どこの誰かは知らぬが少々"ヤンチャ"しすぎるな、この街で暴力沙汰を起こせば、それ相応の"報い"を受けることになるぞ」
猛獣をしつけるように、男は鞭で紅を押さえつける。
「ダンファンさん…」男の名を呼んだ三人の若者をダンファンは睨みつける。
「どこで油を売ってると思えば、馬鹿どもが、お前たちにはこの街の歩き方を教えてやらなければいけないようだな」
「す…すいません」
ダンファンは紅の背に乗り鞭で首をもたげて聴取する。
「さて…お前は何者だ、コイツらは不肖とはいえ、俺の連れでな、手を出した以上は見逃すわけにはいかない、物乞いにも見えるがどうやら違うようだな、旅の者か?」
「ぐぅぅ…先に手を出したのは…そっちだろうが…」
「だからお前も手を出した…もっともな言い分だ、コイツらは殺されても文句は言えない立場だ、だが、逆を言えば今のお前も"その立場"にあるぞ」
逃れようと紅は手足を動かすが重石が乗ったように身動きが取れない、相当戦い慣れしている、何者だ?このオヤジ…
「待て…!」
この場を離れていたルースが戻って来る。麻袋に入った荷物を担ぎ、彼は捕まっている紅に目を向けた。
「そいつが何をしたか知らないが、その男は私の大事な連れだ、不備を働いたのであれば私が詫びよう」
「…お前は?」
「ただの"旅の者"だ」とルースは答える。
「……」ダンファンは鋭い眼差しで現れたルースを眺め見る。薄汚れた外套の下に着込んだプレートメイル、注目したのは後ろ腰から覗かせた剣であった。微かに見えた程度であったが、この男が差している剣は普通の剣とは違う。妖刀のような異様な力が感じ取れる。絶世界を旅する冒険者であるダンファンはその手の道具に関しては熟知していた。恐らくただの旅人ではない。しかもこの男、顔は若いがどことなく年季を感じさせる雰囲気を漂わせている、ディア イン=フィニアンと同じ年齢を超越している。
ダンファンは捕えていた紅を解放した。
「ダンファンさん!」
「どこの誰か知らねえが、このままじゃすまねえぞ!」
「こちとら、そのチンピラにひでぇめに合わされたんだからな」
「だと…コラ、鼻だけじゃなく今度は歯を全部へし折られてぇか」紅は指の骨をこきこきさせる。
「やめろ…」ダンファンは息巻く三人を低い声色で押さえつける。
「ダンファンさん、でも…この野郎!」
「…先に手を出したのはお前たちだろう?お前たちはその代償を受けただけの話しだ」
「それは…」
「それに、この男は"我々の手に負える相手"ではない」ルースを見てダンファンは静かに言い、くるりと背を向ける。最後にルースに言葉をつけ加えた。
「お主、"その剣を使って"でディア イン=フィニアンと戦うつもりか?」
「…いや」
「そうか…この世界ではお主のような強者がディア イン=フィニアンの首を狙おうとする異世界の者が数多くいる、お主はその類いとは違うのか?」
「興味ない…」
「それが賢明だろう…弟子たちの不適切な行動には俺から詫びよう」
ダンファンは軽く頭を下げる。去りゆくダンファンをルースは黙って見送り、紅は首の感覚を確かめながら「何だよアイツ」と毒気を含んだ声でダンファンとその付き添いの若者を睨んだ。
「紅鋭児、モメ事は起こすなと言ったはずだ」
少し強い口調でルースは横にいる紅を流し見る。
「なめられたんだぜ、いきなり蹴り食らってゴミだと言われてよう、ブチキレて当然だろうが…!」
「…相手がレベルが低くて助かったが、お前があのダンファンという男と争ったら"殺されて"いたぞ」
ダンファン…あのバカどもを取り仕切っていた鞭オヤジ…確かにあの男は違っていた、油断していたとはいえ、背後から襲われ容易く紅は締め上げられたのだ。
「何者だよ、あのオヤジ」
「あの男は"ハンター"だ、冒険者と言えばいいだろう、それもかなり経験豊富なハンターだ」
ルースもかつて若い頃は冒険者として、旅をしていた、ハンターは専属の兵士や騎士とは違い、あらゆる武器や道具に精通し、大自然を中を生き抜く知識も長けている、それだけに戦闘力は高い。
「…この街には様々な異種、異世界から来た人間が数多くいる、その中には私も知らない未知の能力を持つ危険な連中もいる、無闇に争えば命を奪われる可能性もある、この世界はお前のいた世界とは違い、秩序を取り締まる治安部隊などいないのだ、運悪く死んでも誰も責任は取らん、すべては自己責任になる」
ルースはそう紅を諭すと担いでいた荷物を下ろし、上質な生地で仕上げられた服とズボンを取り出した。
「着替えろ紅鋭児、ディアは服装にはうるさくないが、この世界の支配者だ、最低限の身だしなみは整えた方がいいだろう」そう言うとルースも薄汚れた外套を外し、まっさらな丈の長いマントを手に取って自分の肩に装着した。
小さな町を思わせるほどのスケール感。建てられたレンガ造りの宮殿は、王侯貴族の城とはまた違った重厚な雰囲気を醸し出し、教会、多目的ホール、庭園、宮殿の番人や使用人、金細工職人などが暮らす居住区が集まった敷地一帯。ディア イン=フィニアンの住んでいる居城は宮殿から離れた、湖畔に囲まれた離れ小島にあった。
背後に生い茂げる緑の山々、高台から見下ろすディアの街は何百年もかけて積み重ねられた絶世界に存在する唯一の都市である。
眼下に広がる自分の街をバルコニーから眺望し、いつもと変わらぬ街の様相を彼女は退屈そうに息をついた。
「つまんないわね、何か面白いことないかしら」
胸元が大きく開いた黒絹のドレス、スリットの入ったスカートを翻し、異次元世界最強の魔女ディア イン=フィニアンは陽が沈む夕焼けの空を背にテラスに設置してある背もたれのある複雑な細工が装飾された椅子に腰を落とした。 血のような真っ赤な紅のつく唇でディアはワインを喉に注ぎ込む。ディアの愛猫の黒猫のタオがテーブルに置いてある色とりどりの果物の入ったフルーツ籠の橫をすり抜けディアの膝に降りて、居心地よさそうに体を丸めた。
「ご主人様、ご主人様」
従者であり召し使いでもあるラベンダーバルはディアがくつろぐ庭園のテラスに入り、スカートの太もも部分を掴んで「失礼します」と一礼をした。
「どうかしましたか?」
果物の実をひとつ掴んでそれを眺めながら、ディアはラベンダーバルの用件を聞いた。
「異世界からきた獣人の男が城へ押し入り、ご主人様との対戦を要求して、玉座の前で息巻いております」
「獣人?あなた方で"処置"出来ないの?」
「…それがその獣人、抗魔耐性が強く魔法たぐいの攻撃がほとんど効きません、身丈が三メートル以上があり、腕力もあるため押さえることも出来ないのです」
「抗魔耐性?世の中には珍しい"珍獣"もいるものね、わたくしが"楽しめる"相手なのかしら?」
「…それは」ラベンダーバルは少しずり下がった眼鏡を整えて言葉を詰まらせる。ディアは湖畔を跨いだ遠望の大橋を見ると瞳孔を一瞬光らせ、三狂士ルース=ホルキンスと夢見人とされる紅鋭児の歩いている姿を"風の目"で捉えた。
ディアは腰を上げる。
「ラベンダーバル、わたくしの"飲みかけのワイン"をお持ちなさい、そろそろお客様もお見えるになることだし、戦い希望している獣人には"どいて"もらわないと」
細く引き締まったウエスト、お尻を振りディアは優雅な仕草で履いてるスカートを揺らめかせた。
天井や壁を彩る絵画、カラフルなタイル、ゴージャスなシャンデリア、観るもを魅了するその光景は映画に出てくるお城のようであった。…いや、これは映画ではない現実。紅が見てるのは紛れもない現実であった。自分には明らかに場違いだ。さすがの紅も終始落ち着かず辺りをきょろきょろする。高級そうな服を着た紳士淑女、その中でいて長いローブを引きずった魔道師の男女や、獣面の鎧を身につけた人間ではない戦士風の異種族。羽根帽子を被る竪琴を背中に背負った吟遊詩人風の若者もいた。隣で歩いているルースは背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見据えて歩いている。堂々としているその姿は宮廷内を歩く高貴な人間にも見劣りしない、周りにも遜色なきものでもあった。
…そういやこの人って、もともと聖騎士だったんだっけ…
紅は改めてルースの存在を認識する。
三角帽と制服を着た少年少女のグループがひとりの女性とお喋りしている姿が目に映った。この城にいるのは大人だけではないようだ。
少年少女は紅より年は下だ。どう見てもいいとこ生まれの優等生と言った感じで、話している女性とは先生と生徒といったところであろうか、女性の方は紅より年上で、二十歳代の若い娘であった。頭にストールのようなものを被り、長く赤い後ろ髪を細いリボンで1房束ねている。娘はルースに気付くとひとつお辞儀をし、生徒たちと別れてルースに近づいた。
「これはルース様、いつこちらに来られたのですか?」
「つい先程だ、久しいなエミリィ穣」
近づいた娘の名はエミリィ=ネイル。ディア イン=フィニアンが主宰する≪ディアの学校≫に与する魔道師指南役で子供たちに魔法を教える教師であった。
「ディア様は予見されていました、近々ルース様がこの城へ訪ねられることを、それはこの絶世界に大きな"事件"が起きる前触れとも言ってました」
「事件?私はこの世界に入った時、一度ディアとは精神波長で会話を交わしたが、そのような話は聞いていない」
「ディア様が予見した事件はルース様と会話をしたその後の事だと思われます、ルース様がその"キーパソンともいえる人物"を連れ無事この城へ到着した時、その"未来は確定"すると…」エミリィはとなりに存在する紅をちらりと見る。
…オレのことかよ…
エミリィの視線に紅はぴくりと反応する。見た目に似合わず慧眼溢れ、彼女の視線は豹のように鋭い。
「…それで、ディアは?」答えはわかっているが、ルースはあえて訊く。
「…いたく上機嫌でございます、ルース様にはぜひ、そのキーパソンを無事連れて欲しいと"喜んで"おりました」
「…だろうな、彼女はトラブルが好きな女だ、事が大きければ大きほど、あやつの気分は高揚するだろう」
「何だよそりゃ、何か問題が起きるかも知れねえ事を"楽しみ"にしているってか」
「そう受け取ってもらっても構いません、あの方にとって災いとは"遊び"でもあるのです、しもじもにいる我々にとっては堪らない話ですが…」 エミリィは言った。彼女らにとって、紅鋭児の来訪は心地よくないものでもあった。
まともじゃない臭いがぷんぷんする、異次元世界最強の魔女ディア イン=フィニアンとは一体どういうヤツなのだろうか?紅はこの世界の支配者である魔女の危なさを改めて感じた。
「…ディアに会おう、あやつの予見した事件のことも気になるが、質問したいこともいくつかある」
「ディア様は玉座の間にいると思われます」そう言うとエミリィは一礼をした。
宮廷の廊下にやけに慌ただし空気が流れていた。男たちが数十名、絨毯の端を取り、その上では巨大な獣の生き物がうつ伏せで苦しげに呻き声を上げている。
「何だよあれ?」紅は思わず退けぞった。体長は3メートルはあるだろう。豚面の巨大な体を持った獣がうつ伏せに下半身を丸出しに運ばれて来る。表面は焦げてお尻の"裂け目"から一筋の煙が上がっている。
「あれは獣人だな、外見からしてオーク族だろう、何が起きたかおおよそ察しはつくが…」
「はい、あの獣人はディア様に挑戦して敗れた者です、事もあろうかディア様に"尻の毛を抜いて"やる…とか言って逆に"尻の毛を燃やされた"のです」そばにいるエミリィは運ばれて来るオーク族の獣人から目を反らす。
「な…敗れたって、あんな怪物が倒されたっていうのか」
「ディア様にすれば"いつも"のことです」
「……」紅は言葉を失う。どう見ても並みの人間が倒せる大きさではない。魔法ってやつか…それにしたって…
「生半可な強さでディア イン=フィニアンと戦えば、ああいう目に合う、自業自得というやつだ」
「…いえ、あの獣人は抗魔耐性があり腕っぷしが強く、なかなか手強い相手でした、我々の魔法はほぼ通用せず、あの巨体なので押さえることもできませんでした」
「抗魔耐性?」
「魔法に対する免疫力だ、世の中にはそういう特殊能力を持つ者も存在する」
「魔法に対する免疫力?でもあれはどう見ても"魔法でやられた"ような感じじゃねえか」
「はい。ディア様が"魔法で倒しました"あの獣人も"魔法耐性は確かにありました"ですが、ディア様の魔法は"その耐性をも超えていた"のです」
「どういう意味だよ?」
「つまり抗魔耐性以上にディアの"魔法が強かった"だけの話だ」
「おっしゃる通りです、もし魔法耐性がなければあの獣人の下半身は消し屑になっておりましたでしょう、あの方はレベルが違いすぎるのです」
理解しがたい内容であった。もとより紅のいた世界では魔法という概念は存在しない。とはいえあんな怪物を倒すディア イン=フィニアンという魔女、一体どんな化物なんだ。紅は怖いもの見たさの想像力にかき立てられた。
太陽と星をイメージした青地に散りばめられた黄金の天井、動植物をモチーフにしたモザイク床。天と地の間の空間には豪華な燭台が吊り下げられガラス石がはめこまれたロウソクが立つ巨大な燭台は、甘美できらびやかに輝いている。玉座に通じる広間は頂点に立つ者に相応しい場所であった。
ルースと紅はダンスホールのような広間を抜け、異次元世界最強の魔女ディア イン=フィニアンとの謁見に望んだ。臼絹の両開きのカーテンがふわりと揺れ、中では女性の人影らしきものがワイングラスを片手に玉座の椅子の隣で横向きの姿で立っている。カーテンの外では眼鏡を掛けた若い娘…従者のラベンダーバルがカーテンの隙間から入り、差し出された人影の持つグラスに赤ワインを注ぐとお辞儀をしてワインを抱えてもとの位置に戻った。
「よく来ました、ルース=ホルキンスあなたの来訪を心より歓迎致します」
ディア イン=フィニアンの声がカーテン越しから聞こえてくる。高い声色の威厳に溢れた丁寧な口調。ルースはひれ伏すことなく、真っ直ぐ立ち、毒気を含んだ声でカーテンの奥にいるディアに声を返した。
「茶番はよせディア、その"物言い"まるで似合わないぞ」
ルースの声に紅の気分がざわついた。異次元世界最強の魔女ディア イン=フィニアンを相手に物怖じしないルースの態度、これから戦いでもおっ始めるのではないかというぐらい空気は張りつめた。
ディア イン=フィニアンの茶化す笑い声が響き渡る。
「ずいぶんと好戦的ね、そんなにわたくしと"ヤリあい"たいの?ルース"坊や"…」
臼絹の両開きのカーテンが開く。長い黒髪に引き締まったウエスト、腰までスリットの切れ目のあるスカートの隙間からは血色のいい太ももを覗かせ、ディアは胸元が大きく開くドレスの手前でグラスを添えて眦の鋭い二重瞼で視線を送った。
…この女が、異次元世界最強の魔女と呼ばれるディア イン=フィニアン?
緊張の糸が途切れると同時に紅は思わず唾を飲み込む。魔女の正体が自分の予想していたイメージと違っていたからだ。
数千年の時を生きているといわれ自分の領域に入ったものはすべて道具だといわしめ、絶界の川や、階段だらけの塔を造るなど、狡猾で人相の悪い老婆だと思っていたが、目の前にいるその姿、若くて瑞々しく背丈も紅より少し低い、街でどこでも見かけるグラマラスな女であった。歳は二十歳ぐらいに見える。そばにいる眼鏡を掛けた従者とさほど差異はない印象であった。…いや、ディアの顔は不自然すぎるほど皺がなく綺麗すぎる、年齢を超越している顔である、それを抜いても美人ではあった。この女が、あのさっきの馬鹿でかい獣人を倒した女なのか?紅は疑問にかられる。
「"ヤリあう"…とは"何に対しての意味だ"」
「全てよ『すべて』…戦いも肉体の交わりもすべてよ、あなたならお相手してあげてもいいわ」
ラベンダーベルが差し出した銀トレーにグラスを置くと、ディアは玉座の椅子に腰を落とし、スリットから覗かせる素足を組んで、低姿勢で太ももに片手肘を立てながら不敵に笑みを浮かべた。
「食えぬ女め、あと"坊や"はやめろ、私はそんな歳じゃない」うんざりした顔でルースは答える。
「『坊やは坊や』よ、わたくしからすればね、あなたが坊やとすれば、そっちの子は『ボク"ちゃん』ね」
…なにッ…!紅は目を剥いた。この紅鋭児を"ボクちゃん"だと、あからさまに子供扱いをする魔女の上から目線に短気でプライドの高い紅の腸が煮えくり返る。
「…紅鋭児」横目で見やりルースが声を立てる。ルースの声に思い出したように紅は昂る気持ちを押さえた。
それは魔力の渦を潜る前の話しだ。ーー
「へたな気を起こすなとはどういう意味だよ?」紅は魔力の渦に入る1歩手前で立ち止まったルースに尋ねた。
「ディア イン=フィニアンは人をおちょくるのが好きな女だ、感情を逆撫でするようなことも平気で言うだろう、挑発的な言動は真に受けずすべて無視しろ」
「そんなに性悪なヤツなのかよ?」
「ああ、最悪だ。出会ったとき、お前はまずそのギャップに驚くだろう、だが決して見た目に騙されるな、ディア イン=フィニアンが異次元世界最強の魔女だということは間違いない」ーー
ルースが言っていた言葉だ。確かに見た目は紅のイメージとは違う、街でどこにでもいるような女、しかも美人だ、だが上から目線の物言い、ルースを坊や呼ばわりするなど性格は高飛車で高慢ちきで最悪な感じだ。が…
紅は疑問に感じる、この女が"異次元世界最強の称号"を持つ魔女ということに…本当に、それほどの強さを持つのか?
「ボクちゃん、お名前は?」ディアはねんねの赤ちゃんを見るような目で紅を見る。紅はあまり、目を合わさないようにした、嘗めてる態度にぶち切れそうだ。
「く、紅鋭児…です」
「くれないえいじ…変な名前ね、呼び名"エッジ"でいいんじゃないの、あっ?エッジはボクちゃんには格好良すぎかな」
…嫌味かこの女…
別次元で生きていたもう一人の自分の名はエッジ=スクアートだ。ルースの世界では最強の戦士と言われていた男。その事をこの女が知っているのかどうかは定かではないが、エッジの名は紅の耳には挑発されているように聞こえた。わざと言ったのではないかと…それにしてもこの女の声、どこかで聞いたことがあるような…
「ウフフ…ずいぶんおとなしいわね、"遠くで見た"ボクちゃんは短気で意気がっていた印象があるんだけど…ルース坊やに何か吹き込まれたのかな?」ディアはそう言ってルースの方へ目を向ける。
ルースは表情を変えずディアの視線を受けとめるが、心中は穏やかではなかった。
ディアは紅の方へ向き直り、さらに言葉を続けた。
「それとも…絶界の川の時みたく"オシッコ"でもしたくなったの」
…絶界の川?オシッコ?紅の脳裏にある記憶が甦った。絶界の川を渡ったその日の夜、やけに寝つけなかった、用を足しに行った時に聞こえてきた、あの女の声…まさか
紅は思い出す、あの時、聞こえてきた声色と、このディア イン=フィニアンの声は似ている。紅は怒りと恥ずかしさで顔が紅潮した。
「…なんで、アンタが"その事"を知っているんだ?」
「この世界でわたくしの知らない事なんてないでちゅよ、ボクちゃんの"モノ"可愛かったわよ」
「???…何の話しだ?」意味がわからずルースは目を丸くする。怒りの感情を圧し殺し、紅は口を開いた。
「…なるほど、確かにアンタ(ルース)が言った通り、性格は最悪だな、胸くそ悪い性悪女だ。まさか人の"プライベート"まで覗き見するなんてよ」
紅は1歩前に出る。
「待て、紅鋭児!」ルースは制止の声を出すが、彼の感情は流され、怒りのリミッターが振り切れていた。
「怒っていねえ…"怒っていねえよ"、ただひとつ解せねえことがある、アンタ本当に異次元世界最強の魔女なのか?オレには高慢ちきな"クソ女"にしか見えねえんだけど…」
ラベンダーバルが肩の筋肉が硬直する、…彼ご主人様に対してなんて口の聞き方をしているの。手に抱えてた彼女のトレーに置かれた替えのワイングラスを手に取り、ディアはグラスに満たされた液体に唇をつけた。
「試して見るボクちゃん?わたくしは"弱い者"は相手にしない主義だけど、特別に相手にしていいわよ」
「上等だよ…!」
「待てディア、こいつはまだ駆け出しのヒヨッコだ、世の中のこともまだわかっていない未熟者だお前が相手をするようなレベルではない!」
「わかっているわよ、ボクちゃんとわたくしの戦力差は歴然としているからハンデを上げるわ、ボクちゃんが"わたくしの前"まで来たら、ボクちゃんの勝ちよ」
「バカな!そんなことを言っているのではない!」ルースは声を上げる。
「何だかよくわかんねえがよ、オレがそれぐれえのこと出来ねえと思ってのか?それとも、魔法か何かでオレが来る前に仕留めようって魂胆か?」
「安心しなさい、攻撃魔法は使わないわ、だからボクちゃんは普通にわたくしのそばまで来たらいいのよ」
「……」
…100パーセント罠だ。それぐらいのことは紅も気付いていた。だがどんな罠があろうが関係ない。要はあの女の前まで近づけばいいのだ。あの女の前まで行って一発ぶん殴ってやる。
「バカな!やめろ紅鋭児!」
「…悪りぃけど試させてもらうぜ、あの女が異次元世界最強の魔女かどうか、実際に見て体験してみないとわからねからよ」
「馬鹿者が私はもう知らんぞ、あの女が何も策なく勝負を引き受ける訳がない、はっきり言って、お前に100パーセント勝ち目はない」
「そんなことやって見ねえとわからねーだろ!」
「ほらほら早くいらっしゃい、わたくしはここから1歩も動かないから」ディアはグラスを軽くゆすり、頬杖をついていきり立つ紅を挑発した。
紅が1歩足を踏み込むと目の前が暗転し、部屋の景色が変わった。そこは淑女紳士が開催していたパーティ会場であった。突然現れたディアに辺りは騒然とし、紅も訳のわからない様子で周囲を見渡した。
「何だ?何をしやがった!」
「空間転移だ、ディアが魔法で場所を変えたのだろう」苦々しくルースは呟く。…ディアの奴、"下らないこと"を考えているに違いない。
「おい!場所を変えて何のつもりだ!」
「あら、ボクちゃんとわたくしが勝負するのよ、ギャラリーは多い方がよくって」
辺りを見渡せば高貴な服を着た貴族、貴婦人ばかりだ、明らかに勝負するのに場違いな所、肉や魚など大皿に盛りこまれた豪勢な食が並び、長いテーブルを挟んでディアは玉座の椅子に座ったそのままの姿勢で、まるでそこで食事をしていたかのようにワインを飲んでいた。
「ご主人様、これはいったいどういう事ですか?」恰幅のいい紳士が突然現れたディアに驚きを隠せない。
「ちょっとした余興よ、別に"戦う"わけじないから、気にしなくてよくてよ」
「そんなこと言われましても…」禿げあがった額から落ちる汗をハンカチーフで紳士が拭う。どうやらこの紳士はパーティーの主催者のようだ。
「何のつもりかよくわからねえが、人がいるからってオレが遠慮すると思ってんのか?」
「だったら早く来なさい、勝負はもう始まってるのよ」
ふてぶてしく余裕を見せて座っているディアに向かって紅は駆け出そうとする…が、その瞬間、体が宙に浮き、見えない何かに掴まれて彼は無防備状態で張りつけにされた。会場がどよめき、張りつけにされた紅に注目が集まる。
「何だ?てめえ何しやがった!」
「あら?わたくしは何もしなくてよ、"ただ座っている"だけよ」
「ざけんじゃねえ!魔法は使わねえと言ったくせに奇妙な術使いやがったな」
「あら、わたくしは"攻撃魔法"は使わないって言ったのよ、"他の魔法"は使わないなんて言っていないわよ」
「屁理屈こきやがって、ざけんな!」喚く紅の頭を魔法の手で後ろにもたげ、ディアは静かに威圧感的に口を開いた。
「…ボクちゃん、本物の勝負にセオリーなんてものないのよ、勝つか?負けるか?ふたつにひとつ、引き分けなんてものはないのよ、完全決着で勝ち続ける者、それが最強と呼ばれる者の由縁よ」
「勝つためには嘘もいとわないということか」
「それもひとつの戦術…だけどわたくしは嘘は言っていないわ、話を注意深く聞いていれば、様々な憶測が予想できたはずよ…というよりわたくしと勝負を始めた時点で、ボクちゃんは負けていたのよ、そこにいるルース坊やは言っていたでしょ100パーセント勝ち目はないって、本物の勝負っていうのは興味本意で挑めるような生易しいものじゃないのよ」
「わかったような御託並べやがって、ちくしょう!」
暴れようにも動けない紅を面白可笑しく眺め、ディアは大の字で空中で張りつけにした紅の少し伸びた顎髭を魔法の手で触れた。
「ボクちゃんにはお髭は似合わないじゃなくて」そう言うとディアは紅の顔を魔法の手でゴシゴシしごいた。顔中が熱くなり、紅は頭を振ると伸びた顎髭がほろほろと落ち、元の世界にいた時と同じように髭がない肌に戻った。
「何しやがる!」
喚く紅にも意を介することなく、ディアは張りつけにした彼を考え込む仕草で真っ正面に捉え、不気味に微笑んだ。
身動き取れない紅に嫌な予感が走る。
紳士淑女がざわつく会場を眺め見、不敵にディアは笑みをこぼすと、彼女はパチンと指を弾き、その瞬間、紅の服は粉々に破れ、素っ裸の状態で大衆面前に晒された。
着飾った女性たちは悲鳴をあげて、両手を顔を覆い。紳士たちは目を丸くして注目し、丸裸にされた紅はあられもなく無防備に体を晒された自分の状況に絶叫した。
「ぐああああぁっ!!何てことしやがるんだてめえ!」紅は首を左右に振って体を動かそうとするがぴくりともしない。隠したくとも隠せない自分の肢体に我を忘れ、紅は言葉にならない声で喚き散らした。
ディアは面白そうに笑い、露になった紅の全身を魔法の手でまさぐり触れた。首筋から肩、腕、上半身、上から下へと続き下腹部から性器に達する時、ディアは魔法の手を止め、紅の"モノ"を見て、嫌らしい笑みを浮かべた。
「遠目で見たけど、"実物"もやっぱり"ボクちゃん"ね…」
次の瞬間、紅のモノ全体に刺激が走った。「やめろぉぉ!!」と紅は顔を真っ赤に叫ぶがディアの魔法の手は止まらず、膨張したモノを囲む"茂みの黒い草"ががはらはらと抜け落ちた。
「ボクちゃんには"お毛け"は早いじゃなくて」
「くそったれ!離せ!離せ!!この"インランババぁ"め!!」
叫ぶ紅。ディアは"ツルツル
"になった"袋のボール"を魔法の手で握り締め軽く引っ張ってみせた。
「ウフフ…元気いいわねボクちゃん、少し"しおらしく"なってもらう為に、"ここも引きぬいちゃ"おうか?」
「あ…が…」握り込む圧力に紅の息が詰まる。
「それとも…"潰される"方がお好みかしら」楽しくそして、"残酷に"ディアは言い放つ。
「うああぁ…わかった、参った、オレの負けだ、勘弁してくれ!」
「あら、わたくしはボクちゃんが言った"インランババぁ"よ」
紅の言った"不適切な言葉"をディアは聞き逃さない。
「うああぁ…噓です、あなたは神をもひれ伏す絶世の美女だ、だから、"それ"は止めてくれ!」
魔法の手が角度を変え、紅はテーブルの中央に置かれたメインディッシュとも思える、子ブタの丸ごとローストの上に落とされ四つん這いの形で態勢を固められる。突き出たお尻をディア魔法の手で張り、壁に激突させて、紅はそのまま気を失った。
様子を黙って見ていたルースはやりきれない表情で首を橫に振る。
騒ぎを聞きつけ、会場の護衛をしていた鎧を着た男たちが数人姿を見せた。その中のひとり、目元に一線の刀傷のある濃い髭を口元に蓄えた体格のいい騎士がディアの存在に気付き、驚きの顔を見せて軽く一礼をした。
「これは一体何の騒ぎですか?ご主人様がこの会場にお目見えになる話は聞いてはおりませんが…」
「あら、バルカスちょうどよいところに来てくれましたわ、"そこで転がって"いる裸んぼうのボクちゃんをあなたの管轄する"教練所ファースト"へ連れていきなさい」
ディアの視線を追従した先には素っ裸で赤く腫れたお尻丸出しでのびた紅がいる。どうやら失神して気を失っているようだ。
「…それは…構いませんが、ですが"あの区域"は…」
「構わなくてよ、そのボクちゃんにはおあつらえ向きの場所よ」
「教練所ファースト?」
絶世界でルースも初めて聞くエリアだ。
「む…お主は」ルースに気付きバルカスは低く唸る。噂に聞くこの男は三狂士の…
「あの失神している若者はもしやお主の連れか?」
「ああ…そうだ」
「……」
バルカスは失神している紅のもとへ行き、彼の体を軽々と担ぎ上げる。
「了解したこの男はご主人様の言うとおり教練所ファーストへ連れていきましょう」
「よきに…」
大柄のバルカスは紅の"毛の無い"体を見て「この男に何が起きたのか深くは聞きませんが…」と最後に付け加えて会場の外へ出た。
「さて…それじゃわたくしたちも元の場所戻りましょうか」ルースを見てディアは不敵に微笑んだ。
「あのご主人様…会場が」
「……」
ディアの視線に主催者の男の肩に緊張が走る。彼女は乱雑に食べ物か散らばった長いテーブルに人差し指を差し、その瞬間テーブルの周辺が不気味に歪み自分たちが来る前、整然とした料理の状態に戻した。
「ではごきげんよう、よき、パーティーを」
次の瞬間、ルースとディアの姿が空間に溶けて消えた。
空間転移で玉座の間に戻ったディアは前と変わらぬ姿勢で、ワイングラスを持ったまま足を組んだ。垂れるスリットの隙間から色白い素足を覗かせる。差し出されたグラスに気が付いて従者のラベンダーバルは慌ててワインを注いだ。
ルースは沈黙を保って、直視しながら様子を窺っている。ディアはワインの甘い香りを嗅ぐと、1口液体を喉に流し「何か言いたそうね」とルースに声を掛けた。
「手荒い真似はするなと言ったはずだ」ルースはぷいと顎をあげて、静かに声を走らせる。言うまでもなく紅の事だ。
「あら、わたくしは乱暴なことはしてなくてよ、ちょっと"かわいがった"だけよ」
「よくもまあ、そんな言葉を吐ける、あいつ(紅鋭児)にとってはこの勝負はこれ以上にない、屈辱と恥辱にまみれたものであったろう」ルースは答える。
完全敗北。ディアとの勝負は紅にとってトラウマ級の精神的被害を受けたに違いない。
「でもあれはよくなくってよ、たいして強くないのに"強い"と思っている、自信過剰は破滅を導くものよ…それに」
「それに?」
「あのボクちゃんのことはよくわかったわ、あの子、今、"夢見人の力は持っていない"わね」
鋭い慧眼を走らせ、ワインを啜りディアは空になったグラスをラベンダーバルの差し出すトレイに置いた。そのまま手のひらを見せ、もうワインは充分だと彼女を下がらせた。
「夢見人の力がないだと…」
それはまさにルースがディアに質問したかったことだ。薄々予感はしていたが、紅鋭児はやはり夢見人の力を失っているのだ。
「あの子の体に触れた時、生来から持っていたとされる資質の一部が"抉られた"ようなあとがあったわ、それが夢見人の力だとすると、あの子"何者かに"その力を"取られたん"じゃないの」
「資質を取る…馬鹿な、そんな事できる奴がいるなど聞いたことない!」
「だからあなたは"坊や"なのよルース=ホルキンス、この世には考えられない想像を越える事象は数多くあるものよ」
「む…」坊やと言われルースはムッとする。だが確かにディアの言うとおりかも知れない。資質を奪う話は自分の範疇を越えた話だ。
「普通の者が出来る話ではなくてよ、あのボクちゃん、過去にとんでもない怪物と争ったんじゃなくて?」
「むう…そのような怪物は…」
紅鋭児がいた世界が滅んだ時、ルースは彼と共に旅をしているが、怪物といえる者と争った記憶はない。絶世界にいたホブゴブリンや、空中を旋回していたワイバーンなどにそんな力があるとは思えない。あえて怪物といえるならば、世界滅亡前に戦った混沌の僕ガンプぐらいなものだ。
「混沌の僕か?」
「ぶー。外れよルース坊や、混沌の僕はもともと夢見人の力を持っている、彼らにとっては必要の無い能力よ、でもいいセンはいってるわよ、怪物といったらあれぐらい、それ以上の存在になるわ」
混沌の僕以上の怪物…ルースの頭にある怪物が浮かび上がった。いや、怪物というより、強大な力を持った危険な人物。紅鋭児はレム オブ ワールドで"その男の攻撃を食らって"目が覚めたという、その男はルースとも深い因縁のある男。
「…レオンハルト ディス=バーン」ルースは敵意に満ちた視線を床に目を向ける。だが、まさか…
「その可能性は高いと見るわね」
「馬鹿な、レオン ハルト ディス=バーンにそんな能力があるとは思えない!確かに奴の力は強大だが、人の資質を奪うなど、ましてや、奴はその気になれば異次元結界をも破ることが出来るのだ夢見人の力など必要ないはずだ!」
事実、レオン ハルト ディス=バーンは異次元結界を破ってレム オブ ワールドへ入り込んだ。それがきっかけで封印されていた混沌の僕が解放されてしまったわけだが…
「多角的に物事を考えなさい…坊や。彼自身(ディス=バーン)が"意識的"に手に入れた能力とは限らないわ、それは本人の思いとは関係なく"偶然"手に入った能力かも知れない」
「どういう意味だ?」
「彼の持つ魔剣、なんて呼ばれているかあなた、知っているんじゃなくて?」
「ソウルイーター…魂を喰らう剣」
「魔剣や聖剣は本人の強さに比例して強くなる性質を持っている、彼の強さに呼応して魔剣の隠された能力が解放されたのかも知れないわよ」
「その力のひとつが相手の資質を奪う力だったということか?」
「あくまでも推測、断言は出来ない。ひとつの可能性よ」ディアは言った。
つまり、奴は…ディス=バーンは魔剣のその力を知ることなく、自分の放った一撃が相手の資質を奪うことを知らず無自覚だった、結果その攻撃を受けた紅鋭児は夢見人の力を力を失った。
もし、ディアの推測が事実だとすれば、なんとも"たちの悪い"能力だ、知らないうちに"攻撃を当てた"かと思えば、その一撃が"相手の能力を奪いさって"いるなどと…まさしくそれは魂を喰らう魔剣ではないか。
「そういえばお前は、紅鋭児がここへ来たことによって近い将来、絶世界で事件が起きると予見したそうだな、それはもしや、ディス=バーン絡みのものなのか?」
「そうかも知れないし、そうとも言いきれない、わたくしが予見したのは異世界からの来訪者が事件の引き金となって、絶世界によからぬ問題が起きるということ」
「それが紅鋭児か?」
「少し違うわね、あのボクちゃんは事件が起きる"パーツの一部"であり、本元は"別の部分"にある、彼は未来を決定づけるひとつの材料にすぎない…これを見なさい」
ディアは椅子から腰を上げると、少しだけ前に進み、ルースとの間の空間にガラスの球体を創り出した。物質魔法で生み出した球体…未来を予知する水晶体は画面全体にノイズが走り、目で確認出来るような映像は見えない。彼女は続けて声を発した。
「何か見える?」
「いや…何も見えん、ノイズだらけのただの映像だ」
「これはただのノイズでなくてよ、このノイズは≪次元の揺らぎ≫未来を決める空間が乱れているのよ、これは何を意味するか?先行きが不透明で予測出来ないということを意味しているのよ、つまりこれから進む道のよって、未来の流れが変わりやすくなっている証拠よ、大概こういうノイズが出る場合は"異世界間の介入"があるものよ」
「……」
「そして、この映像には興味深いものが映っている」
しばらくするとノイズが晴れ、鮮明な映像が映し出された。曲がりくねった枝木、大きな大木が根を張る森の映像、その中を二人の子供が歩いている様子が映っている。歳は5歳ほど、黒髪の少年と金髪の少年の二人の子供だ。二人は寄り添いながら、暗く、時折、木漏れ日の差す深い森を歩き、不安と好奇心が入り混じった表情で辺りを窺っている。進み、しばらくすると黒髪の少年が何かを見つけ走り出した。金髪の少年も後に続く。二人の目の前には複雑な紋様の入った石碑のような巨大な壁があった。黒髪の少年はその壁に触れると、辺りは黒く妖しげな蒸気が溢れ、水晶体の画面全体が黒い霧に覆われ映像が止まった。次の瞬間、黒髪の少年が膝をついて泣き叫ぶ映像が映し出された。そして、再びノイズだらけの映像に変わる。 予見はここまでであった。
一連の映像を見てディアは口を開く。
「映し出された森はこの絶世界にある≪禁忌の森≫よ、そして今見た二人の少年の映像は、実際に≪過去に起こった事件≫予見の中にこの映像が入り込んでいる。"未来の予知"に"過去の出来事"が映し出されているのよ、何を意味するか?これはこれから起きるる未来には、この過去の出来事が深く絡むとわたくしは読み解いている」
「あの映像に出た石碑のようなものは何だ?」
「あれは≪禁忌の石碑≫と言って"闇の力"が蓄えられたものよ、そしてこの石碑に触れた少年は今も生きている」
「少年は二人いた、もう一人の少年はどうなったのだ?」
「死んだわ、二人は親友であった。その時、溢れた"闇の波動"でね、石碑に触れた少年は親友を死なせてしまったその罪を感じて心を閉ざしてしまった。そして、この地の地下に幽閉されている」
「なぜ幽閉を?」
「闇の波動に触れた暗黒の力が強いからよ、わたくし個人には大した問題はないけれど、この地に住まう者にとっては危険なシロモノだからよ、だから彼を幽閉している」
「お前が危険と言うぐらいだから、相当なものなのだろうな」
「…少年の名は≪ヒュー=ステイディ≫」
「何、ヒューだと…!」
「何か心当たりがあるようね」
「いや…偶然かどうかわからないが、私の世界では≪ヒュー≫と冠する名の者が≪伝説の軍師≫として世界に多大な影響を与えた…まさかと思うが…」
「それは"まさか"ではなくてよ、異世界の≪同一人物≫よ」
「何だと、なぜそう言い切れる」
「様々な異世界で、"ヒュー"と冠する名の人物が"世界に大きな影響"を与えて確認されているからよ、それはこの世界の禁忌の石碑に触れた後から、ただ、あなたの世界で存在した≪伝説の軍師≫と呼ばれるような英雄ばかりではないわ、世界を破滅に追い込んだ≪暗黒王≫≪狂気の独裁者≫≪闇を振り払った世界の勇者≫様々な呼び名のヒューがいる、そして、どのヒューも世界に大きな影響を与えて存在する、わたくしはそんな彼を≪多元人種≫と呼んでいる」
「多元人種…?」
「それはすべて、彼が禁忌の石碑を触れてから始まっている、"破壊者"となるか"英雄"となるかその世界の背景によって存在感が変わる」
「……」
俄に鵜呑み出来ない話だが、ディア イン=フィニアンは嘘は言わない。彼女にとって嘘をつくことは意味の無いことだからだ。それはルースも知っている。
「…もう一人、死んだ少年の名は?」
「…≪ルー=インストー≫確かそんな名だったわね…」
「ルー=インストー…」
ルースのいた世界では聞いたことはない名だ。しかし、なぜかその名を聞いた時、彼の胸の奥から違和感とも胸騒ぎとも思える奇妙なざわめきを感じた。
ディアは予見の水晶体を消すと席に戻り、また深く玉座の椅子に腰を下ろし素足を覗かせる足を組んだ。
「そういえばお前が紅鋭児を送り出した≪教練所ファースト≫とは何だ?私も初めて聞く場所だが」
「最近、わたくしが設立した新しい学校よ、気になるなら後で見に行ってみたら宜しくて、面白いものが見れるかも知れないないわよ」
意味ありげにほくそ笑み、ディアはルースに言った。
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