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本編
94.取而代之
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取而代之 中国語で「まるで入れ替わる」の意味。
被子(布団)を頭から被り、紅児は丸くなっていた。
後悔はしていない。ただ、とんでもなく恥ずかしかった。
(あんなに……すごいものだったなんて……)
昨夜のことを思い出すだけで全身が熱を持つ。
大部屋で侍女たちと猥談のようなことはしたことがある。けれどみなもちろん生娘であるからこういうことは想像の中での話だった。
例えば、「痛いと聞いたことがある」とか、「すごく恥ずかしいらしい」とか、「終った後男は冷たいらしい」とか。
その中で一番先に進んでいたのは紅児で、「口づけってどんなかんじ? 体を触られるのは?」とかかなり露骨に聞かれたりしていた。その度にしどろもどろになり、でも紅児は紅児なりに誠実に答えたりしていた。
(これは……聞かれても答えられない……)
紅児の中で昨夜の行為は予想外にすごかったようである。
”熱”を受けた後、その時はもうぐちゃぐちゃで何もわからなかったのに朝になればその後のことも鮮明に思い出せた。だからいったい何をされたのかも、己が何を口走ったのかも全てありありと脳裏で再現できてしまったのである。
(あんな……あんな……)
もうお嫁に行けないッ! なんて馬鹿な科白まで頭に浮かぶぐらい紅児は混乱していた。
その被子の上から宥めるようにポンポンと軽く叩かれた。前にもこんなことがあったような気がする。
「エリーザ、わが妻よ。そろそろそのかわいい顔を見せてはくれまいか」
(つ、つつつつまって、妻って言ったっっ!!)
これ以上熱くならないだろうと思う体が更に発火したようにカーッと熱くなる。
〈む……〉
〈む?〉
〈む、むむむむり無理ですっっ!! 恥ずかしいーーーーっっ!! 恥ずかしすぎますっっ!!〉
どうにか返事をしなければと思ったがどうしても口を開くことができなくて、紅児は頭の中で返答をした。こうしてみると頭の中で相手に伝えようと思うだけで意志の疎通ができるのは便利である。
〈何を恥じらうことがある。我らはただ愛し合っただけ……〉
〈わーーーーっ! わーーーーっ! わーーーーっ!〉
四神の眷属には残念ながら女性の恥じらいは理解できないようである。
〈腹は減らぬか? 運んでくるが〉
そう聞かれて、紅児はおなかに意識を集中させた。
〈あ……〉
途端にぐう~とおなかが鳴り、今度は別の意味で恥ずかしくなる。
くすくすと笑うような声が聞こえ、
「では持ってこよう。おとなしくしていろ」
床から紅夏が降りたのがわかった。どうやら朝食を運んできてくれるようである。
(そんなことできるんだ……)
確かにこの状態で食堂に行くのはいくらなんでも恥ずかしすぎる。そんなことをしなければならないなら空腹を紛らわす為に一日寝ていることを選ぶだろう。
紅夏が隣にいないとわかったら途端に寂しさが紅児を襲った。
これは本当の意味で”つがい”になったからなのか、それとも初夜の翌朝だからなのかは不明である。とにかく切なくて涙がぽろぽろこぼれた。
(なんでこんなに、泣いてしまうんだろう……)
王城に来てから紅児は泣いてばかりいる。
泣くのはいいことだ、と花嫁は言っていた。涙で洗い流すことでいろいろ気持ちを整理できるし、すっきりするからいっぱい泣きなさいと彼女は肯定してくれた。それにしてもこれは泣きすぎではないだろうかと紅児は思う。
被子から少しだけ頭を出してみる。
紅夏のいない彼の室はがらんとしてとても広く感じた。また涙がぽろぽろと頬を伝う。
「紅夏さまぁ……」
思わず縋るように彼の名を呼んだ時、扉が開いた。
「エリーザ? どうしたのだ?」
紅夏は両手に蒸籠をいくつか持っていたが、それを即座に卓の上に置くと次の瞬間には紅児の両頬を包んでいた。
「あ……ごめん、なさい……寂しく、て……」
そんなことで紅夏に心配をかけたのを申し訳なく思う。けれど。
「すまぬ」
という科白が紅夏の口から出て、紅児は不思議に思った。
「そなたが人であったことを失念していた。相思相愛で抱き合った今、そなたの体はもう人と違う物になりつつある。それ故の違和感であろう」
「え……」
人ではなくなる。
それは聞いて知っていた。
けれど、それを知識として知っているか、実感を伴って知るのはまた別問題だった。
「私……本当に……」
「まだそなたの体は安定していない。二、三度我に抱かれれば速やかに安定するはずだ」
人でなくなってしまった。
それは思っていたよりもショックだった。
「あ、あの……花嫁様は……陳さんは……」
「? 花嫁様はもう人ではない。侍女頭殿については……すでに人ではないだろう」
どうにか仲間を見つけたくて尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「そうですか……」
花嫁と陳の顔を思い浮かべる。人ではない、と聞いても別段人と違うところがあるようには思えなかった。
(ちょっと……びっくりした)
人ではなくなった、と聞いて容姿まで変わってしまったのかと思ったのだ。よく考えたら眷属も四神も並外れた美貌と神々しい雰囲気はあるが逸脱しているほどではない。
紅児はほっとした。
「大丈夫か」
「はい、あの……おなかすきました……」
ほっとしたら更におなかがすいて、恥ずかしく思いながらも紅夏を微笑ませた。
いつも通り食べさせてもらいながらこれからのことを相談する。
叔父が帰るまでの時間はわずかだ。一緒に帰国するにしてもしないにしても、しなければいけないことは山積みだった。
「……おとっつぁんとおっかさんに会うのは……難しいですよね?」
おそるおそる聞くと、紅夏は少し考えるような顔をした。
「……そうだな。今夜抱き合ってから様子を見てもよいか? 安定すれば連れていけぬことはない」
「ええ!?」
ダメ元で尋ねたことが実現しそうなことに紅児は驚きを隠せない。
(人でなくなるって……)
外見は変わらなくても明らかに体は違う物になっている。その事実に紅児は身震いした。
被子(布団)を頭から被り、紅児は丸くなっていた。
後悔はしていない。ただ、とんでもなく恥ずかしかった。
(あんなに……すごいものだったなんて……)
昨夜のことを思い出すだけで全身が熱を持つ。
大部屋で侍女たちと猥談のようなことはしたことがある。けれどみなもちろん生娘であるからこういうことは想像の中での話だった。
例えば、「痛いと聞いたことがある」とか、「すごく恥ずかしいらしい」とか、「終った後男は冷たいらしい」とか。
その中で一番先に進んでいたのは紅児で、「口づけってどんなかんじ? 体を触られるのは?」とかかなり露骨に聞かれたりしていた。その度にしどろもどろになり、でも紅児は紅児なりに誠実に答えたりしていた。
(これは……聞かれても答えられない……)
紅児の中で昨夜の行為は予想外にすごかったようである。
”熱”を受けた後、その時はもうぐちゃぐちゃで何もわからなかったのに朝になればその後のことも鮮明に思い出せた。だからいったい何をされたのかも、己が何を口走ったのかも全てありありと脳裏で再現できてしまったのである。
(あんな……あんな……)
もうお嫁に行けないッ! なんて馬鹿な科白まで頭に浮かぶぐらい紅児は混乱していた。
その被子の上から宥めるようにポンポンと軽く叩かれた。前にもこんなことがあったような気がする。
「エリーザ、わが妻よ。そろそろそのかわいい顔を見せてはくれまいか」
(つ、つつつつまって、妻って言ったっっ!!)
これ以上熱くならないだろうと思う体が更に発火したようにカーッと熱くなる。
〈む……〉
〈む?〉
〈む、むむむむり無理ですっっ!! 恥ずかしいーーーーっっ!! 恥ずかしすぎますっっ!!〉
どうにか返事をしなければと思ったがどうしても口を開くことができなくて、紅児は頭の中で返答をした。こうしてみると頭の中で相手に伝えようと思うだけで意志の疎通ができるのは便利である。
〈何を恥じらうことがある。我らはただ愛し合っただけ……〉
〈わーーーーっ! わーーーーっ! わーーーーっ!〉
四神の眷属には残念ながら女性の恥じらいは理解できないようである。
〈腹は減らぬか? 運んでくるが〉
そう聞かれて、紅児はおなかに意識を集中させた。
〈あ……〉
途端にぐう~とおなかが鳴り、今度は別の意味で恥ずかしくなる。
くすくすと笑うような声が聞こえ、
「では持ってこよう。おとなしくしていろ」
床から紅夏が降りたのがわかった。どうやら朝食を運んできてくれるようである。
(そんなことできるんだ……)
確かにこの状態で食堂に行くのはいくらなんでも恥ずかしすぎる。そんなことをしなければならないなら空腹を紛らわす為に一日寝ていることを選ぶだろう。
紅夏が隣にいないとわかったら途端に寂しさが紅児を襲った。
これは本当の意味で”つがい”になったからなのか、それとも初夜の翌朝だからなのかは不明である。とにかく切なくて涙がぽろぽろこぼれた。
(なんでこんなに、泣いてしまうんだろう……)
王城に来てから紅児は泣いてばかりいる。
泣くのはいいことだ、と花嫁は言っていた。涙で洗い流すことでいろいろ気持ちを整理できるし、すっきりするからいっぱい泣きなさいと彼女は肯定してくれた。それにしてもこれは泣きすぎではないだろうかと紅児は思う。
被子から少しだけ頭を出してみる。
紅夏のいない彼の室はがらんとしてとても広く感じた。また涙がぽろぽろと頬を伝う。
「紅夏さまぁ……」
思わず縋るように彼の名を呼んだ時、扉が開いた。
「エリーザ? どうしたのだ?」
紅夏は両手に蒸籠をいくつか持っていたが、それを即座に卓の上に置くと次の瞬間には紅児の両頬を包んでいた。
「あ……ごめん、なさい……寂しく、て……」
そんなことで紅夏に心配をかけたのを申し訳なく思う。けれど。
「すまぬ」
という科白が紅夏の口から出て、紅児は不思議に思った。
「そなたが人であったことを失念していた。相思相愛で抱き合った今、そなたの体はもう人と違う物になりつつある。それ故の違和感であろう」
「え……」
人ではなくなる。
それは聞いて知っていた。
けれど、それを知識として知っているか、実感を伴って知るのはまた別問題だった。
「私……本当に……」
「まだそなたの体は安定していない。二、三度我に抱かれれば速やかに安定するはずだ」
人でなくなってしまった。
それは思っていたよりもショックだった。
「あ、あの……花嫁様は……陳さんは……」
「? 花嫁様はもう人ではない。侍女頭殿については……すでに人ではないだろう」
どうにか仲間を見つけたくて尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「そうですか……」
花嫁と陳の顔を思い浮かべる。人ではない、と聞いても別段人と違うところがあるようには思えなかった。
(ちょっと……びっくりした)
人ではなくなった、と聞いて容姿まで変わってしまったのかと思ったのだ。よく考えたら眷属も四神も並外れた美貌と神々しい雰囲気はあるが逸脱しているほどではない。
紅児はほっとした。
「大丈夫か」
「はい、あの……おなかすきました……」
ほっとしたら更におなかがすいて、恥ずかしく思いながらも紅夏を微笑ませた。
いつも通り食べさせてもらいながらこれからのことを相談する。
叔父が帰るまでの時間はわずかだ。一緒に帰国するにしてもしないにしても、しなければいけないことは山積みだった。
「……おとっつぁんとおっかさんに会うのは……難しいですよね?」
おそるおそる聞くと、紅夏は少し考えるような顔をした。
「……そうだな。今夜抱き合ってから様子を見てもよいか? 安定すれば連れていけぬことはない」
「ええ!?」
ダメ元で尋ねたことが実現しそうなことに紅児は驚きを隠せない。
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