貴方色に染まる

浅葱

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本編

107.三年前

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 ひどい嵐の後、浜辺に打ち上げられていたのは紅児だけだったと養父母は教えてくれた。ただそれは言葉が全くわからなかった頃身振り手振りで教えてもらった話だったから、よく考えれば詳細を改めて聞いていなかったということに、紅児ホンアールは最近になってやっと気付いた。
 それは何もかも変わってしまった生活に慣れるのに精一杯だったということもあるし、それだけでなく本当のことを紅児は知りたくなかったのかもしれない。
 視線を泳がせる養父母を見て、ああやっぱりと紅児は思った。

 浜辺に打ち上げられたのは紅児だけではなかったのだ。

「おとっつぁん、おっかさん、あたしどうしても知りたいの」

 養父母を困らせる、ということはわかっていた。けれど聞かなければ船に乗れない気がした。

「あの時、浜辺に打ち上げられたのって……もしかして、あたしだけじゃなかったんでしょう……?」

 おそるおそる尋ねた言葉に、養父母は一瞬泣きそうな顔をした後両手で顔を覆った。

「……何年かに一度はあることなんじゃ……」
「……紅児がきてからも、一度あったんじゃ……」

 2人は言い訳をするようにぶつぶつ口の中でなにごとか呟いた。
 話す方もつらいことなのかもしれない。けれど紅児はじっと2人を見つめたまま待った。
 どれほどの時間が経ったろうか。養父母ははーっと深いため息をつくと、顔を覆っていた手を外しまっすぐに紅児を見た。

「……紅児と同じような赤い髪の者はおらんかった」
「そう……」

 紅児は嘆息した。

(パパはいなかったのね……)

 少しほっとした。
 行方不明ならどこかで生きているかもしれない。もちろんそれはただの希望的観測かもしれないけれど。

「私の他にも、生きていた人はいたの?」

 養父母は首を振った。それは予想通りだった。

「……その人たちが持っていた物とかはあったのかしら……?」

 その問いに、2人はひどく痛ましい物を見るような表情をした。養母は口をキュッと結んだ。話せないという意思表示だった。

「……わからん。だがな紅児、ここが貧しい村だっちゅうことは知っとるよな……?」

 躊躇いながら言った養父の言葉に、紅児は泣きそうになった。
 つまりは、そういうことだ。

「……うん、知ってる……。……ありがとう、おとっつぁん」

 紅児はそっと紅夏ホンシャーの腕に触れた。

〈……流れ着いたのは私だけだったと、口裏を合わせてもらっていいですか?〉

 心の中で話しかける。

〈あいわかった〉

 紅夏は即答した。
 他の者もまた流れ着いたことを黙っているのは気が引ける。けれど遺品があったとしても戻ってくる見込みはない。それならば行方不明ということにしておいた方がいいのではないかと紅児は思った。

「……じゃあ、聞かなかったことにするね」

 そう言うと養父母は困ったような表情をした。しかしその中に安堵の色を見つけて、紅児は自分が間違っていなかったのだと再認識した。
 いろいろ思うところはあるが、3年この村で暮らしてきたとはいえ紅児はあくまでも余所者だった。いい悪いは別としてそこのルールがあることは理解しなければいけない。

 それから。
 紅児は深呼吸した。
 これから話すことは本来養父母に伝えなくてもいいのかもしれない。だけどどうしても聞いて欲しかった。

「……どうしてそんなことを聞いたかっていうとね……あたし、船に乗るのが怖いみたいなの……」
「……そりゃあそうじゃろう」

 養父母が最もだと言うように頷く。だが問題はそれだけではない。

「あたしね……船に乗ろうとするとね……息が苦しくなったりとか、体がすごくおかしくなっちゃうみたいなの……」

 船を思い浮かべただけで、紅児の額を脂汗が伝った。

 乗りたくない。船が、水が、波がとても、とても怖い。

 養父母は絶句した。
 2人の目が縋るように紅夏を見た。
 紅夏は頷いた。

「……おそらくは、船が難破したことへの恐怖が影響しているのかと。船に乗ろうとした時動悸、呼吸困難、体の震え等の症状が出ました」
「それじゃあ……」

 紅夏の淡々とした答えに養父母は心配そうに紅児を見た。

「多分……乗れないと思うんだけど、でも紅夏様と一緒ならもしかしたらと思って……」

 養父母は顔を見合わせた。

「もし……乗れなんだらどうするんじゃ……?」
「次の船を待とうと思うの。半年に1回ぐらいセレスト王国からの船は来るらしいから……」
「そうか……乗れるといいが、乗れなんだら……」
「……そしたら、たまにはまた会いに来ても、いい……?」

 おそるおそる紡がれた紅児の言葉に、養父母は鳩が豆鉄砲をくらったような表情をした。そうして顔を見合わすと、ひどく優しそうな顔で笑んだ。

「……ああ、待っちょるよ……」
「よかった!」

 紅児の嬉しくてならないという笑みに、内心養父母はほっとしていた。そしてそんな紅児を優しく見守る紅夏にひどく安堵したのだった。
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