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本編
16.再会
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あれから、あまり明瞭とは言い難かったが紅夏にどうにか事情を説明して、やっと紅児は落ち着きを取り戻した。
取り乱した自分がひどく恥ずかしい。
紅夏は紅児にきちんと食事をとるよう言い置いて、食堂から出て行った。
紅児は厨師と侍女たちに謝罪した。彼らは本当にいい人たちで、「見つかってよかった、よかった」と一緒に喜んでくれた。
それにしても紅夏は何故また食堂にいたのだろう。それは侍女たちも疑問だったようで、
「食堂にいらっしゃるなんて珍しいわね」
「ほんと、ほんと。いつもは霞を食べて生きていらっしゃるみたいだもの」
「やっぱり……そうなんじゃない?」
「そうでしょうね。白雲様も……すごい溺愛っぷりですもの」
彼女たちは少し意味ありげに紅児をちらと見たりしたが、紅児は目の前の皿の中身を食べるのに忙しくて全然気付かなかった。
おいしいはおいしいのだがいかんせん量が多すぎた。けれどわざわざ揚げ直してもらったので食べないわけにもいかない。それにここ3年は、こんなにおなかいっぱい食べられる機会もなかったので余計に残すのは憚られた。
「紅児さんもよく食べるわね。それ、すごく焦げてるけど……おいしいの?」
元々焦げ目のある物を更に揚げてもらった為黒くない部分の方が少ない。しかしさすが厨師、揚げ方が絶妙で焦げた部分がかりかりしてとてもおいしかった。
「はい、おいしいです」
にこにこしながら言うと、侍女の1人がためらいがちに言った。
「……もしよかったら、1本もらってもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
実のところ思ったより数が多くて困っていたのだ。
1人が手を出すと他の侍女たちも興味を示し始めた。おそるおそる口に運ぶのを、少し緊張しながら紅児は見守った。
「……あら、思ったよりしゃきしゃきしてて……おいしい、かも……」
素朴な春巻はもやしが主に入っている。海老とか、ここでは高級な食材を使ってはいないがそのしゃきしゃき感が癖になる。紅児は自分のことのように嬉しくなって今度は揚げ餃子に箸をつけた。
「ねぇ、私ももらっていい?」
「どうぞ」
「私も……いいかしら?」
「どうぞどうぞ」
皿の中身は瞬く間になくなった。
「市井の物もけっこうおいしいわね」
「今度表に出る機会があったら食べてみようかしら」
侍女たちはそんなことを言い合いながらも悪いと思ったのか、自分たちの皿から紅児に少しずつ料理を分けてくれた。
自分ではわからなくておそらく取らないだろうと思う料理もいろいろ味わえて、紅児はとても嬉しかった。
小部屋に戻ってもすることがない。けれどうろうろするのは迷惑だとわかっているから紅児は素直に小部屋に戻った。
できれば何か仕事がしたい。
洗濯でも皿洗いでも小麦粉を捏ねるのでもいい。しかし積極的に仕事を求めるのは憚られた。
自分が仕事をすることは、誰かの仕事を奪うことと同義だと知っているから。
侍女たちや陳が気を使って時折顔を出してくれて嬉しかった。侍女たちは恋愛小説を貸してくれたが紅児は文字が読めないので少ない挿し絵を何度も眺めていた。
その日の夕方、大部屋の扉を叩く音が聞こえた。
部屋に入ってこないということは侍女たちや陳でないことは確かである。おそるおそる小部屋の扉の前に行くと、
「紅児、花嫁様がお呼びだ」
表から今日何度も聞いたテナーが紅児を呼んだ。
その声に紅児は思わず胸を押さえた。
どうして紅夏の声に反応してしまうのか紅児にはわからない。
それよりも今は出て行くことが先決だ。
どきどきとうるさい心臓をなだめながら、小部屋の扉を開けて大部屋の扉の前まで行く。するとそれを予想していたかのように扉が開いた。
「あ……」
扉の前にいたのはやはり紅夏だった。
「参るぞ」
そう言って紅児の腕を当り前のように掴む。
(え? え?)
戸惑っている間に軽く引っ張られ、紅児は慌てて足を動かした。するとしばらくも歩かないうちに紅夏が足を止めた。彼は振り返って紅児の全身を確認すると、髪や服などを直してくれた。
「あ……ありがとうございます」
余韻も感じさせぬまま再び腕を引かれ、四神宮に向かう石畳の上を進みながら紅児はどうにかお礼を言った。
「……見苦しい格好で花嫁様に会わせるわけにはいかぬ」
けれどその一言で紅児は泣きそうになった。
(そう……そうよね……全て花嫁様の為……)
勘違いしてはいけない。もちろん泣くなんて論外だ。
「はい……ごめんなさい……」
一体何をそんなに浮かれていたのだろうと紅児は思う。
久しぶりに豪奢な建物の中にいて、体も洗えて、服もきれいな物を着れて、ごはんもおなかいっぱい食べることができて。
(エリーザ、これ以上何を望もうっていうの……?)
「謝る必要はない」
「謁見の間」の入口の前で紅夏がぽつりと言った。
腕を掴んでいた手が離され、中に入るよう背をそっと押される。紅児は無意識のうちに先程まで掴まれていた腕を摩っていた。
謁見の間に入ると、すでに陳がいた。示された場所に平伏して花嫁の訪れを待つ。
そう間を置かずに微かな足音と衣擦れの音がした。
「孟章神君(青龍)、白香娘娘のおなりである。表を上げよ」
これは延という女性の声だろう。紅児はそっと顔を上げた。
その色彩は昨日とは異なっていた。
花嫁が抱き上げられているのは変わらないが、その花嫁を抱き上げている者の色彩が緑なのである。紅児は一瞬目を見開いたが慌てて顔を伏せた。
やはり四神に対して花嫁は1人なのか。
衝撃だった。
「紅児、何度も呼び出して悪いわね。……今いらっしゃるから確認してもらえる?」
花嫁がにこやかに言う。
「あ、いえ……?」
なんのことを言っているのだろうと思った時、後ろから「連れて参りました」という声がした。それと共に村で嗅ぎ慣れたツンとした匂いが。
「……紅児……!! 無事だったのか!!」
聞きなれた声に紅児は思わず振り向いた。
目がみるみるうちに潤んだ。
「お……おとっつぁん……!!」
取り乱した自分がひどく恥ずかしい。
紅夏は紅児にきちんと食事をとるよう言い置いて、食堂から出て行った。
紅児は厨師と侍女たちに謝罪した。彼らは本当にいい人たちで、「見つかってよかった、よかった」と一緒に喜んでくれた。
それにしても紅夏は何故また食堂にいたのだろう。それは侍女たちも疑問だったようで、
「食堂にいらっしゃるなんて珍しいわね」
「ほんと、ほんと。いつもは霞を食べて生きていらっしゃるみたいだもの」
「やっぱり……そうなんじゃない?」
「そうでしょうね。白雲様も……すごい溺愛っぷりですもの」
彼女たちは少し意味ありげに紅児をちらと見たりしたが、紅児は目の前の皿の中身を食べるのに忙しくて全然気付かなかった。
おいしいはおいしいのだがいかんせん量が多すぎた。けれどわざわざ揚げ直してもらったので食べないわけにもいかない。それにここ3年は、こんなにおなかいっぱい食べられる機会もなかったので余計に残すのは憚られた。
「紅児さんもよく食べるわね。それ、すごく焦げてるけど……おいしいの?」
元々焦げ目のある物を更に揚げてもらった為黒くない部分の方が少ない。しかしさすが厨師、揚げ方が絶妙で焦げた部分がかりかりしてとてもおいしかった。
「はい、おいしいです」
にこにこしながら言うと、侍女の1人がためらいがちに言った。
「……もしよかったら、1本もらってもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
実のところ思ったより数が多くて困っていたのだ。
1人が手を出すと他の侍女たちも興味を示し始めた。おそるおそる口に運ぶのを、少し緊張しながら紅児は見守った。
「……あら、思ったよりしゃきしゃきしてて……おいしい、かも……」
素朴な春巻はもやしが主に入っている。海老とか、ここでは高級な食材を使ってはいないがそのしゃきしゃき感が癖になる。紅児は自分のことのように嬉しくなって今度は揚げ餃子に箸をつけた。
「ねぇ、私ももらっていい?」
「どうぞ」
「私も……いいかしら?」
「どうぞどうぞ」
皿の中身は瞬く間になくなった。
「市井の物もけっこうおいしいわね」
「今度表に出る機会があったら食べてみようかしら」
侍女たちはそんなことを言い合いながらも悪いと思ったのか、自分たちの皿から紅児に少しずつ料理を分けてくれた。
自分ではわからなくておそらく取らないだろうと思う料理もいろいろ味わえて、紅児はとても嬉しかった。
小部屋に戻ってもすることがない。けれどうろうろするのは迷惑だとわかっているから紅児は素直に小部屋に戻った。
できれば何か仕事がしたい。
洗濯でも皿洗いでも小麦粉を捏ねるのでもいい。しかし積極的に仕事を求めるのは憚られた。
自分が仕事をすることは、誰かの仕事を奪うことと同義だと知っているから。
侍女たちや陳が気を使って時折顔を出してくれて嬉しかった。侍女たちは恋愛小説を貸してくれたが紅児は文字が読めないので少ない挿し絵を何度も眺めていた。
その日の夕方、大部屋の扉を叩く音が聞こえた。
部屋に入ってこないということは侍女たちや陳でないことは確かである。おそるおそる小部屋の扉の前に行くと、
「紅児、花嫁様がお呼びだ」
表から今日何度も聞いたテナーが紅児を呼んだ。
その声に紅児は思わず胸を押さえた。
どうして紅夏の声に反応してしまうのか紅児にはわからない。
それよりも今は出て行くことが先決だ。
どきどきとうるさい心臓をなだめながら、小部屋の扉を開けて大部屋の扉の前まで行く。するとそれを予想していたかのように扉が開いた。
「あ……」
扉の前にいたのはやはり紅夏だった。
「参るぞ」
そう言って紅児の腕を当り前のように掴む。
(え? え?)
戸惑っている間に軽く引っ張られ、紅児は慌てて足を動かした。するとしばらくも歩かないうちに紅夏が足を止めた。彼は振り返って紅児の全身を確認すると、髪や服などを直してくれた。
「あ……ありがとうございます」
余韻も感じさせぬまま再び腕を引かれ、四神宮に向かう石畳の上を進みながら紅児はどうにかお礼を言った。
「……見苦しい格好で花嫁様に会わせるわけにはいかぬ」
けれどその一言で紅児は泣きそうになった。
(そう……そうよね……全て花嫁様の為……)
勘違いしてはいけない。もちろん泣くなんて論外だ。
「はい……ごめんなさい……」
一体何をそんなに浮かれていたのだろうと紅児は思う。
久しぶりに豪奢な建物の中にいて、体も洗えて、服もきれいな物を着れて、ごはんもおなかいっぱい食べることができて。
(エリーザ、これ以上何を望もうっていうの……?)
「謝る必要はない」
「謁見の間」の入口の前で紅夏がぽつりと言った。
腕を掴んでいた手が離され、中に入るよう背をそっと押される。紅児は無意識のうちに先程まで掴まれていた腕を摩っていた。
謁見の間に入ると、すでに陳がいた。示された場所に平伏して花嫁の訪れを待つ。
そう間を置かずに微かな足音と衣擦れの音がした。
「孟章神君(青龍)、白香娘娘のおなりである。表を上げよ」
これは延という女性の声だろう。紅児はそっと顔を上げた。
その色彩は昨日とは異なっていた。
花嫁が抱き上げられているのは変わらないが、その花嫁を抱き上げている者の色彩が緑なのである。紅児は一瞬目を見開いたが慌てて顔を伏せた。
やはり四神に対して花嫁は1人なのか。
衝撃だった。
「紅児、何度も呼び出して悪いわね。……今いらっしゃるから確認してもらえる?」
花嫁がにこやかに言う。
「あ、いえ……?」
なんのことを言っているのだろうと思った時、後ろから「連れて参りました」という声がした。それと共に村で嗅ぎ慣れたツンとした匂いが。
「……紅児……!! 無事だったのか!!」
聞きなれた声に紅児は思わず振り向いた。
目がみるみるうちに潤んだ。
「お……おとっつぁん……!!」
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