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本編
48.夏天
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その後紅児が紅夏を少し意識してどぎまぎしたりということはあったものの、概ね平和に日々は過ぎていった。
暑い夏がやってきた。
彼女の国は常春の国で、一年中過ごしやすい気候だったからこの暑さはなかなかに堪える。秦皇島にある村は王都より北にあり、沿海側のせいか夏もそれほど暑くならなかった。
どういうわけだか四神宮の中は過ごしやすい気温のままである。だが四神宮を一歩出るとむわっとした空気に出迎えられるのだ。
食堂も衝立を外したりして風が通りやすくなっているがそれでも暑い。けれど紅夏の側にいると明らかに空気が違うのが不思議だった。
最初は気のせいだと思っていたが、離れると途端に暑くなる。それをくり返せばおのずと四神や眷族の周りの空気が普通と違うというのも理解できた。当然のことながら大部屋も暑い。その中を板で仕切っていて窓もない小部屋は尚更暑かった。
紅夏になんとなくぼやけば「ならば我の室に来ればいい」と色っぽい視線を投げかけられてしまった。どうにか「遠慮します」と答えたが、早晩泣きついてしまいそうな自分が紅児は怖かった。
夜は暑苦しくて眠れない。そんな日が続けば自然と寝不足が祟り花嫁の部屋の中でただ立っているだけというのが苦行になる。
午前中はまだいい。たいへんなのは午後だった。そうでなくても昼食の後は眠くなるというのにあくびの一つもすることは許されない。真剣に紅夏の室に行くことを検討し始めた矢先、侍女頭である陳からこっそり大きめの石を渡された。
「使い方は紅夏様が知っていらっしゃるから……」
そう言ってそそくさと去っていく。ということは侍女たちにも見られてはいけないものらしいと紅児も理解した。
食堂にて心話で紅夏に尋ねると、卓の下で石を確かめられた。
〈おそらく花嫁様からだろう。これほどの大きさの物はそうそう持っている者もおるまい〉
〈そうなんですか……〉
やはり隠しておいた方がよさそうである。
その石は涼石といい、暑いところに置いておくと自然と周りの空気を冷却してくれるのだという。
王城に来てからというもの紅児はいろんな石に触れる機会があった。夜明かりを灯すのに使われるのは光石といい、お風呂に使う水などを温めたり空気を暖めるのは暖石といった。そしてお湯を早く沸騰させたりするのに使われる熱石など用途によってさまざまな石がある。
それらの石は高価なものが多く庶民がおいそれと買えるものではなかったから、紅児は今までその存在を知らなかった。(父親について来た時は夜でも街が明るいことに疑問に思う暇もなかった)
光石は比較的流通している石らしく小さい石であれば庶民でも手の届く価格だと聞いたので、紅児は暖石も合わせて養父母のところへ送ることにした。暖石は多少値が張ったが、侍女の給料は思ったより多かったので買うことができた。これで秦皇島の冬も少しは過ごしやすくなるに違いない。
〈暖石は光石のように日の光に当てるとかしなくてもいいんですか?〉
〈暖石や涼石はその性質と相反する温度に反応するものだ。涼石は石にとって暑い(熱い)という温度にならなければ反応しない。そして大きさによって効果の範囲が異なる〉
紅児の国にはこのような便利なものはなかった。大陸を隔てればそこに存在するものも違うようである。
(隣国には……こんな便利なものがあるとは聞いてなかったわ)
〈これぐらいの大きさだとどれぐらいの範囲涼しくなるのですか〉
〈そうだな。そなたに与えられている部屋の範囲ぐらいは効果があるだろう〉
ありがたいことである。これで寝苦しい夜とはおさらばできそうだ。
〈貸してみよ〉
卓の下で素直に渡すと袋のような物に入れて返された。
〈腰帯に守り袋としてつけておくといい〉
びっくりして卓の上に出して見てみると、紅夏と同じの色をした守り袋であった。
「ありがとうございます……」
暗紫紅色の守り袋には鳥が踊っているような刺繍がされていた。これが朱雀なのだろう。
〈入浴以外では肌身離さず持っているように。よもや盗みを働く者がいるとは思えぬが用心は必要だ〉
〈はい〉
紅児は守り袋をそっと胸に抱え込む。
大事にされているという実感に頬がほんのりと赤く染まった。
なんだか涼石があっても顔が熱い。
明日は、紅児の月に一度の休みの日である。
仕事が終ってから、紅児は陳に衣服を渡された。
「明日はこれを着るように、ですって」
おのずと言った主が紅夏だとわかる。
(……言わなかったのに……)
まだ2人きりになるのは気恥ずかしい。せっかくいただいた涼石があるので睡眠不足を補なう為に一日中ごろごろしていようかと思っていたのに。
もちろん紅児が言わなくても誰かが伝えているに違いなかった。
ここのところ微妙な話もしたし、紅夏の中ではもう紅児が彼に嫁ぐこと確定なのかもしれない。
(勝手だわ……)
そう思っても、新しい服というのは胸が躍る。
入浴後そっと袖を通してみる。
桃色が落ち着いた色味の衣装だった。色を纏うのはある程度金を持っていることを意味している。
またそれなりのところに案内されるのだろう。
なんだかわくわくして眠れそうもなかった。
暑い夏がやってきた。
彼女の国は常春の国で、一年中過ごしやすい気候だったからこの暑さはなかなかに堪える。秦皇島にある村は王都より北にあり、沿海側のせいか夏もそれほど暑くならなかった。
どういうわけだか四神宮の中は過ごしやすい気温のままである。だが四神宮を一歩出るとむわっとした空気に出迎えられるのだ。
食堂も衝立を外したりして風が通りやすくなっているがそれでも暑い。けれど紅夏の側にいると明らかに空気が違うのが不思議だった。
最初は気のせいだと思っていたが、離れると途端に暑くなる。それをくり返せばおのずと四神や眷族の周りの空気が普通と違うというのも理解できた。当然のことながら大部屋も暑い。その中を板で仕切っていて窓もない小部屋は尚更暑かった。
紅夏になんとなくぼやけば「ならば我の室に来ればいい」と色っぽい視線を投げかけられてしまった。どうにか「遠慮します」と答えたが、早晩泣きついてしまいそうな自分が紅児は怖かった。
夜は暑苦しくて眠れない。そんな日が続けば自然と寝不足が祟り花嫁の部屋の中でただ立っているだけというのが苦行になる。
午前中はまだいい。たいへんなのは午後だった。そうでなくても昼食の後は眠くなるというのにあくびの一つもすることは許されない。真剣に紅夏の室に行くことを検討し始めた矢先、侍女頭である陳からこっそり大きめの石を渡された。
「使い方は紅夏様が知っていらっしゃるから……」
そう言ってそそくさと去っていく。ということは侍女たちにも見られてはいけないものらしいと紅児も理解した。
食堂にて心話で紅夏に尋ねると、卓の下で石を確かめられた。
〈おそらく花嫁様からだろう。これほどの大きさの物はそうそう持っている者もおるまい〉
〈そうなんですか……〉
やはり隠しておいた方がよさそうである。
その石は涼石といい、暑いところに置いておくと自然と周りの空気を冷却してくれるのだという。
王城に来てからというもの紅児はいろんな石に触れる機会があった。夜明かりを灯すのに使われるのは光石といい、お風呂に使う水などを温めたり空気を暖めるのは暖石といった。そしてお湯を早く沸騰させたりするのに使われる熱石など用途によってさまざまな石がある。
それらの石は高価なものが多く庶民がおいそれと買えるものではなかったから、紅児は今までその存在を知らなかった。(父親について来た時は夜でも街が明るいことに疑問に思う暇もなかった)
光石は比較的流通している石らしく小さい石であれば庶民でも手の届く価格だと聞いたので、紅児は暖石も合わせて養父母のところへ送ることにした。暖石は多少値が張ったが、侍女の給料は思ったより多かったので買うことができた。これで秦皇島の冬も少しは過ごしやすくなるに違いない。
〈暖石は光石のように日の光に当てるとかしなくてもいいんですか?〉
〈暖石や涼石はその性質と相反する温度に反応するものだ。涼石は石にとって暑い(熱い)という温度にならなければ反応しない。そして大きさによって効果の範囲が異なる〉
紅児の国にはこのような便利なものはなかった。大陸を隔てればそこに存在するものも違うようである。
(隣国には……こんな便利なものがあるとは聞いてなかったわ)
〈これぐらいの大きさだとどれぐらいの範囲涼しくなるのですか〉
〈そうだな。そなたに与えられている部屋の範囲ぐらいは効果があるだろう〉
ありがたいことである。これで寝苦しい夜とはおさらばできそうだ。
〈貸してみよ〉
卓の下で素直に渡すと袋のような物に入れて返された。
〈腰帯に守り袋としてつけておくといい〉
びっくりして卓の上に出して見てみると、紅夏と同じの色をした守り袋であった。
「ありがとうございます……」
暗紫紅色の守り袋には鳥が踊っているような刺繍がされていた。これが朱雀なのだろう。
〈入浴以外では肌身離さず持っているように。よもや盗みを働く者がいるとは思えぬが用心は必要だ〉
〈はい〉
紅児は守り袋をそっと胸に抱え込む。
大事にされているという実感に頬がほんのりと赤く染まった。
なんだか涼石があっても顔が熱い。
明日は、紅児の月に一度の休みの日である。
仕事が終ってから、紅児は陳に衣服を渡された。
「明日はこれを着るように、ですって」
おのずと言った主が紅夏だとわかる。
(……言わなかったのに……)
まだ2人きりになるのは気恥ずかしい。せっかくいただいた涼石があるので睡眠不足を補なう為に一日中ごろごろしていようかと思っていたのに。
もちろん紅児が言わなくても誰かが伝えているに違いなかった。
ここのところ微妙な話もしたし、紅夏の中ではもう紅児が彼に嫁ぐこと確定なのかもしれない。
(勝手だわ……)
そう思っても、新しい服というのは胸が躍る。
入浴後そっと袖を通してみる。
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またそれなりのところに案内されるのだろう。
なんだかわくわくして眠れそうもなかった。
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