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本編
88.抱住我(抱きしめて)
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『』内はセレスト王国の言葉です。
気が付いた時、紅児は紅夏の腕の中におさまっていた。
見た目はそれほどではないが、筋肉質の体温の高い体に無意識のうちに縋りつく。
あれからどうやって戻ってきたのか、紅児は覚えていなかった。
「紅夏さま……私……?」
「……エリーザ、そのまま」
疑問を口にしようとしたがそれは遮られた。紅児は己を守るようにして抱きしめている紅夏の片腕を、両腕でぎゅっと抱きしめた。
しばらく何も頭に浮かばなかったが、やがてじわじわと先ほどまでの叔父とのやりとりが思い出されてきた。
(どうして……)
最初は、そう紅夏とのことを反対するような話をしていて。
(なんで……)
それから……。
思考が千々に乱れる。
叔父はなんと言っていた?
確か、そう……。
(叔父とママが、結婚……?)
『あ……』
(叔父に子供が産まれて……)
『あぁ……』
(叔母が亡くなって……)
『…………』
(叔父はママがずっと好きで……)
『あああ……』
(ママはそれにほだされて……?)
『ああああ……』
紅児は己が声を発しているという自覚もなかった。ただ叔父に聞いた話をどうにか理解しようと努めていた。
なんで? どうして? その言葉だけが何度も頭に浮かぶ。
紅児はがんばってきた。
言葉もわからない場所で。
容姿も全く違う人々の間で。
時期によっては食べ物もろくになく、体もほとんど洗うこともできない貧しい村で。
冬は体が凍え、何度も死んでしまうのではないかと思った。
父も船員たちもどうなったかわからない。
(ママ……)
両親の顔を想い浮かべ、いつか会える日を、いつか帰国できる日を夢見ていたのに。
「ああ……」
そういえば、と他人事のように思う。
迎えには来てくれた。
母も生きている。
でも……。
3年は確かに長い。
紅児は夢中になって生きてきた。それが過ぎてしまった今でも長かったと思う。
王都に来たのだって”やっと”の思いだった。養父母の好意に甘え、老後の為に蓄えていたのであろう少なくないお金を使って王都まで連れてきてもらった。
だから、是が非でも花嫁に会うのだと。
会ってどうにかして帰国への足掛かりを掴もうとした。
けれどもう何もわからない。
帰国はできそうだ。
母にも会えるだろう。
だけど……だけど、だけどっっ!!
『どうして……』
父は見つかっていない。船員たちの安否も確認できない。
同じ思考がぐるぐる回る。
まともに物が考えられない。
『どうして……どうして、どうして……。なんで? なんでなのっっ!!? わたし、わたし、わたしがんばってきたのにっっ!! ずっとずっとがんばってきたのにっっ……!! パパ、パパぁっっ……ママぁっっ……!!』
両親のことを頭に浮かべたわけではない。ただもう、縋る名が出てこなかっただけ。言いやすい言葉が口をついて出てきただけ。
本当に縋るべきは、縋れるのは……。
紅児は紅夏にぎゅううっと抱き着いた。それを彼もまた心得たように苦しいほど抱きしめ返してくれる。
側にいただけで紅夏は叔父と紅児が何を話していたのかわからなかっただろう。でももう紅夏しかいない。己を守ってくれるのは彼しかいないのだと紅児は本能で悟った。
隙間もないほどに抱き着いていつのまにか流れていた涙を紅夏の漢服で拭う。あとからあとから流れるそれは彼の衣服をいずれぐっしょりと濡らすのだろう。
『うーううー…………』
複雑な心中に悲しみが一段落すれば、その後にくるのはあまりの理不尽に対する憤りで。
(なんで? なんで? なんでなのっっ!! 私が一体何をしたっていうの!? ただがんばって生きて……)
許せない。
(がんばって、生きてきただけなのに……)
許さない。
父だって生きているかもしれないのに。ただ紅児のように王都に来る手段がないだけかもしれない。その線は薄いだろうが他の国に流れ着いた可能性も0ではない。
父が生きていたら、叔父と母はどうするつもりなのだろう。
少なくとも紅児は、叔父と母を許せない。
彼らにももちろん事情はあった。客観的に見れば同情の余地もあるだろう。けれど当事者である紅児に到底受け入れらることではなかった。
「……紅夏さま……紅夏様、紅夏様……」
どれほどの時間が経っただろう。やっと紅児はほんの少しだけ落ち着いた気がした。
紅児をきつく抱きしめていた腕が緩められる。その腕を逃がさぬとばかりに紅児はまたぎゅっと抱き着いた。
「大丈夫だエリーザ、そなたを離しはしない」
優しく甘いテナーが耳に心地よい。涙でぐっしょりと濡れてしまった紅夏の衣服に構わず顔を擦り付ける。
こんな時でも紅夏をひどく愛しく想える。むしろこんな時だからかもしれなかったが、誰よりも頼れる紅夏がそばにいてくれることが重要だった。
(そういえば……)
ふと思い出す。
迎えが来たら、船に一緒に乗れるように……。
「……紅夏さま……あの……」
「どうした?」
顔を上げて紅夏を見る。その秀麗な表を見るのは久しぶりな気がした。
素敵な方。どうして紅児が”つがい”に選ばれたのかもわからない。もっと相応しい人がいると思うのに。
「……紅夏様……私を……貴方のお嫁さんにしてください」
紅夏は一瞬虚をつかれたような表情をしたが、すぐにひどく嬉しそうに微笑んだ。
気が付いた時、紅児は紅夏の腕の中におさまっていた。
見た目はそれほどではないが、筋肉質の体温の高い体に無意識のうちに縋りつく。
あれからどうやって戻ってきたのか、紅児は覚えていなかった。
「紅夏さま……私……?」
「……エリーザ、そのまま」
疑問を口にしようとしたがそれは遮られた。紅児は己を守るようにして抱きしめている紅夏の片腕を、両腕でぎゅっと抱きしめた。
しばらく何も頭に浮かばなかったが、やがてじわじわと先ほどまでの叔父とのやりとりが思い出されてきた。
(どうして……)
最初は、そう紅夏とのことを反対するような話をしていて。
(なんで……)
それから……。
思考が千々に乱れる。
叔父はなんと言っていた?
確か、そう……。
(叔父とママが、結婚……?)
『あ……』
(叔父に子供が産まれて……)
『あぁ……』
(叔母が亡くなって……)
『…………』
(叔父はママがずっと好きで……)
『あああ……』
(ママはそれにほだされて……?)
『ああああ……』
紅児は己が声を発しているという自覚もなかった。ただ叔父に聞いた話をどうにか理解しようと努めていた。
なんで? どうして? その言葉だけが何度も頭に浮かぶ。
紅児はがんばってきた。
言葉もわからない場所で。
容姿も全く違う人々の間で。
時期によっては食べ物もろくになく、体もほとんど洗うこともできない貧しい村で。
冬は体が凍え、何度も死んでしまうのではないかと思った。
父も船員たちもどうなったかわからない。
(ママ……)
両親の顔を想い浮かべ、いつか会える日を、いつか帰国できる日を夢見ていたのに。
「ああ……」
そういえば、と他人事のように思う。
迎えには来てくれた。
母も生きている。
でも……。
3年は確かに長い。
紅児は夢中になって生きてきた。それが過ぎてしまった今でも長かったと思う。
王都に来たのだって”やっと”の思いだった。養父母の好意に甘え、老後の為に蓄えていたのであろう少なくないお金を使って王都まで連れてきてもらった。
だから、是が非でも花嫁に会うのだと。
会ってどうにかして帰国への足掛かりを掴もうとした。
けれどもう何もわからない。
帰国はできそうだ。
母にも会えるだろう。
だけど……だけど、だけどっっ!!
『どうして……』
父は見つかっていない。船員たちの安否も確認できない。
同じ思考がぐるぐる回る。
まともに物が考えられない。
『どうして……どうして、どうして……。なんで? なんでなのっっ!!? わたし、わたし、わたしがんばってきたのにっっ!! ずっとずっとがんばってきたのにっっ……!! パパ、パパぁっっ……ママぁっっ……!!』
両親のことを頭に浮かべたわけではない。ただもう、縋る名が出てこなかっただけ。言いやすい言葉が口をついて出てきただけ。
本当に縋るべきは、縋れるのは……。
紅児は紅夏にぎゅううっと抱き着いた。それを彼もまた心得たように苦しいほど抱きしめ返してくれる。
側にいただけで紅夏は叔父と紅児が何を話していたのかわからなかっただろう。でももう紅夏しかいない。己を守ってくれるのは彼しかいないのだと紅児は本能で悟った。
隙間もないほどに抱き着いていつのまにか流れていた涙を紅夏の漢服で拭う。あとからあとから流れるそれは彼の衣服をいずれぐっしょりと濡らすのだろう。
『うーううー…………』
複雑な心中に悲しみが一段落すれば、その後にくるのはあまりの理不尽に対する憤りで。
(なんで? なんで? なんでなのっっ!! 私が一体何をしたっていうの!? ただがんばって生きて……)
許せない。
(がんばって、生きてきただけなのに……)
許さない。
父だって生きているかもしれないのに。ただ紅児のように王都に来る手段がないだけかもしれない。その線は薄いだろうが他の国に流れ着いた可能性も0ではない。
父が生きていたら、叔父と母はどうするつもりなのだろう。
少なくとも紅児は、叔父と母を許せない。
彼らにももちろん事情はあった。客観的に見れば同情の余地もあるだろう。けれど当事者である紅児に到底受け入れらることではなかった。
「……紅夏さま……紅夏様、紅夏様……」
どれほどの時間が経っただろう。やっと紅児はほんの少しだけ落ち着いた気がした。
紅児をきつく抱きしめていた腕が緩められる。その腕を逃がさぬとばかりに紅児はまたぎゅっと抱き着いた。
「大丈夫だエリーザ、そなたを離しはしない」
優しく甘いテナーが耳に心地よい。涙でぐっしょりと濡れてしまった紅夏の衣服に構わず顔を擦り付ける。
こんな時でも紅夏をひどく愛しく想える。むしろこんな時だからかもしれなかったが、誰よりも頼れる紅夏がそばにいてくれることが重要だった。
(そういえば……)
ふと思い出す。
迎えが来たら、船に一緒に乗れるように……。
「……紅夏さま……あの……」
「どうした?」
顔を上げて紅夏を見る。その秀麗な表を見るのは久しぶりな気がした。
素敵な方。どうして紅児が”つがい”に選ばれたのかもわからない。もっと相応しい人がいると思うのに。
「……紅夏様……私を……貴方のお嫁さんにしてください」
紅夏は一瞬虚をつかれたような表情をしたが、すぐにひどく嬉しそうに微笑んだ。
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