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⑯一番美味しい

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 フロアから、少し感情的な啓介の声が聞こえる。きっと、表情も普段と違って凄みが出ていることだろう。

 純也と過ごす日常では見られない姿だ。

 純也は届ける食事を作る手をしばし止め、うっとりと恋人の声を聞く。

 ベッドの上の甘い声はもちろん良いが、この男らしさ全開の声も良い。
 本当だったら、この食事も自分が啓介と共に届けたいところだが、少しは余裕のあるところを見せないと甘えているばかりでは格好悪い。

 支配人である宮迫が無条件で啓介に攻撃的なら純也としては、毒でも食わせてやりたいところだが二人は普段は良好な仲なので、会議中のやり合いには目をつぶる。
 国生の方は少しいけ好かないようなことを言っているが、あれは仕事がどうこうより宮迫が倉本の料理びいきというか、懐いているような態度をとるからだ。

 自分も無害だと分かっていながら佐藤をジャマしに行ってしまったので、よく分かる。
 倉本も、宮迫の体質を知っているので、ときおり体調を気遣う言葉をかけていることもあり、なんとなくモヤモヤするのだろう。  
 
 宮迫は、キツそうに見えて意外とそうでもない。以前、二人の関係を心配した純也が啓介に聞いた時、『めちゃくちゃ真面目なんだ、あいつ!』と言って笑っていた。

 見た目や普段の態度から誤解されやすいという点で倉本と宮迫は似ている。そういった部分が二人を似たものとして引き合わせているのかもしれない。

 宮迫は異質なものに対して繊細で敏感すぎる体質のおかげで、誰より早く異変を察知するし人や場所に残った残留する気配のようなものにも気付く。
 絶対に建物内に怪異を入れない。今日も誰より早く怪異に気付き、佐藤のことを心配して階段を降りようとしていたのを、国生に止められていた。

 『仕事をやり遂げるチャンスをやれよ!!やべぇようなら、俺行くし!!』

 基本、国生も面倒見が良い。宮迫の体質を知っているので自分が行くという思いやりもある。

 会議が終われば、張りつめている空気もあっと言う間に緩む。
 
 支配人である宮迫は日常から、客と接する場面も多く運営に対する意見を直接聞くことも多い。
 ゴルフコースを早く開けろと急かされることは、毎年のことだ。

 そういった客の中にはスポンサーも多く、簡単に雪が残っているから無理です、とはすませられない。宮迫もグリーンキーパーが、状態の悪いコースを開けてくれるわけがないのは分かっている。

 結果の分かっている討論が毎年行われるのだ。



 会議の末、ゴルフコースのオープン日は未定のまま延期となった。



 「ほんっっとうっに!気を付けて行ってきて下さいね?何かあったら連絡下さい!絶対ですよ!!」

 「すみません、大石さん。佐藤をよろしく頼みます。」

 会議の後、その場にいた全員でお供えに行く二人を送り出す。

 やはり心配な純也は、念入りに注意を促した。宮迫も部下を気にして、頭を下げる。
 先程、あんなに討論していたのが、嘘のようだ。

 届ける食事は運んでも崩れにくいバケットのサンドイッチにした。半端な量残っていた生ハムやスモークサーモンを使ったので少し豪華になった。

 「美味そうだな!きっと満足して貰える。」

 啓介は笑顔で純也から出来上がった食事を受け取った。お供え用の白い皿に盛り付けられ、パックのオレンジジュースも一緒だった。

 「ありがとう、純也。」

 周りに聞こえないよう小さな声で名前を呼ばれた。本当だったら自分もついて行きたいが、お互いの仕事にあまり口出ししすぎると、プライベートの関係まで悪くなりかねない。
 
 他部署とはいえ、純也より上の立場である啓介にあれこれ言うのは本来なら遠慮するべきなのに、恋人であるという事実が気安い関係にしてしまっているのは、純也も気付いている。

 こうやって啓介の方から、公私混同を仕掛けられると純也は安心した。
 今の時間も、自分が啓介の恋人であることを実感できる。我慢した分を、幸せで返してもらえたような気分になった。

 「いってらっしゃい、啓介さん。」

 だから、ちゃんと送り出せた。職場の敷地内とはいえ他の男と二人きりになるのを・・・。



 「いくらなんでも、心せますぎねぇ?佐藤だぜ?何も起こんねぇよ。力ずくできても、大石さんをどうもできねぇわ。」

 「確かにそうなんですけど!!」

 二人が出発した後、レストランの片隅で純也と国生はボソボソと話をしていた。

 啓介より小柄でインドア、デスクワークの佐藤が襲ってきても啓介が力負けすることはないだろう。 
 そういった理屈ではないのだ。

 「国生さんだって、さっきから向こうのテーブル気にしてるじゃないですか!」

 離れたテーブルでは、倉本と風見とみちる、宮迫が夏メニューについての話を再開していた。

 それを、国生が気にしているのはバレバレで倉本の隣か真正面を陣取りたいのを我慢して純也の話に付き合っている。
 まったくもって面倒見が良い。
 
 そのテーブルをちらりと見た国生は、分かりやすく顔をしかめた。

 「宮迫のやつ、普段は大して愛想ねぇくせに辰巳さんには懐きやがって!辰巳さんの料理が美味いなんて万人が思うことなんだよ!!むしろ、俺が一番知ってるつぅのっっ!!」

 「宮迫さんだって、何も起こりませんよ。」

 「わかったうえで、なんかやなんだよ!!」

 「俺と、まったく一緒じゃないですか・・・。」 

 結局そうなるのだ。他人事なら冷静になれるが自分となるとそうはいかない。
 
 目を合わせて、お互い苦笑した。

 「でも、さっきの羨ましいですね。俺も啓介さんに言われたいです。」

 純也の言葉に、国生は思い当たる部分がなく問い返した。

 「えっ、どれ?」

 「料理長の料理を美味しいって一番分かってるってやつ・・・。俺も啓介さんから、そう思われていたいです。」

 「あの人、めっちゃ言いそうじゃん。ねぇの?」
 
 国生の知る限り、啓介に褒められたことのない部下はいない。厳しい上司だが、きっと他のどこの上司より自分達を褒めてくれる。

 コース管理の仕事は、よく新人から思った以上にキツイと言われる。肉体労働という面でもそうだし、山の中で不思議体験をしてしまって心折れかけた奴らは数しれずだ。

 それを、どうにかしているのが啓介なのだ。ムチ以上にアメの効果がすごい。

 「毎日、美味しいとは言ってくれるんですけどね・・・いまのとこ、一番をもらえてるのはタルタルソースだけです。」

 「それ、お前と付き合う前から言ってたから、本心だろな。」

 さすがに詳しい時期は覚えていないが、褒めちぎっていたのは覚えている。
 あの頃から一番だと言っていたのは確かだ。

 「うそっ!?ほんとに!?」

 「マジ、マジ。タルタルに関してはマジで一番。」
 
 純也は喜びのあまり完全に佐藤を許せた。
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