きっと、妻が全てを知っている。

豆腐屋

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      桜の季節が近づいた、この春先に自宅近くの港から車があがった。

   
     20歳迎えたばかりの頃、酒を覚えて楽しくて一週間とあけず、誰かしらが飲み会を開いていた。

    もう何度も使った安い居酒屋。いつ行っても騒がしいから、自分達も気兼ねなく騒いで飲んで食べて、閉店で解散かカラオケに移動したものだ。当時、二件目で使っていたカラオケ屋はとっくに廃業で更地になっている。

    小野が家に帰っていないと聞いたのは、飲み会の二日後で、驚きはしたものの気にはしていなかった。
    だって、あいつ女にモテてた。そこそこ頭が良くて、サッカー部ではエースだったし、オシャレで顔もカッコよくて、モテないわけがなかった。
    飲み会帰りに、女の部屋に転がり込むなんて漫画みたいなこと身近でしてたの小野だけだった。

「大学も休んでんだろ?家出?」
「誰も連絡とれねぇのは、おかしくね?」
「彼女は?」

    仲の良い友人たちと、おもしろがっていろいろ言えたのは、一週間ぐらいの間だった。
    小野は、本当に姿を消した。
まったく連絡はとれないし、誰も彼の姿を見かけない。

    あの最後に会った飲み会の小野は、いつも通りだったと思う。
    飲み会のメンバーは、だいたい同じ。男ばかりで5人。全員、地元の幼なじみのような長い付き合いの友人で、毎回、同じような話をしながら、同じようなメニューをオーダーし、同じような酒を飲んで解散する。
    あの日だって、そうだった。


「どこ行っちまったんだろな・・・」

    近所の港に釣りに来ていた。隣には、古い友人の渡部。小野が失踪する前の飲み会でも一緒だった。
    この小さな町で小野の失踪は一時は話題になったけれど、今では、たずね人の貼り紙を見かけるぐらいだ。
    気がつけば、15年が経った。
    俺は、渡部と度々にここに釣りに来る。もうお互い結婚し子供も出来たが、小野の事は忘れていないし、夢に見ることもあった。

「・・・今でも、小野の親父さん信じてるんだぜ、あいつが帰ってくるって・・・」
「俺だってそう思いたいけど、15年だからな・・・」
    
    なぜ、あいつはいなくなったんだろう。小野の両親は、今でもあいつが帰ってくると信じている。部屋だってそのままだし、季節が変われば服と布団を毎年干している。
    そんな若い服、今更、もう着れないよって俺は時々、小野のお袋さんをからかった。

 「俺、あいつは人生、めっちゃ楽しいんだろなって思ってた。」
    
    俺は本当に、そう思ってた。サッカーが上手くて、見た目が良くて、女にモテる。若い頃、これ以上に楽しいことってあるだろうか?
    それに、小野は多少女癖が悪くても、友達としては良い奴だった。あいつのいる飲み会は、毎回、楽しかった。

    思い出話をして、釣りは終わった。正直、釣れようが釣れまいがどちらでもいい。
    渡部と共に、静かに昔を思い出すのが好きだった。

    それから、一ヶ月程たった3月の頭に、自宅の近くの港から一台の車が引き上げられた。
    渡部と釣りに行く、あの港だ。
    引き上げられた車の中から、白骨化した遺体が発見されニュースになった。
    事件なんてめったにない、この小さな町はザワついた。


    小野が帰ってきた。


    車の中の白骨遺体は、小野だった。
よく飲み会で集まっていた友人達と小野の葬式で顔を合わせた。なかには、数年ぶりに顔を合わす奴もいた。
大人になれば生活も変わる、仕方のないことだ。

『なんで・・・』

    お焼香をあげる時、若いあいつの遺影と目が合った。
    素直に、おかえりとは言ってやれなかった。
だって、こんなこと誰が想像した?
当時、付き合ってた彼女とは浮気を疑われて喧嘩中で、だから今日はまっすぐ家に帰るって、お前言ってたよな?
    帰ってくるまで15年で、なんで骨なんだよ!!

    49日の日、渡部と一緒に小野の家に行った。小野のハッキリとした命日は分からない。海の中に沈んで何年も経っていたからだ。
    小野は、あの飲み会の解散後から、ずっとあの港にいたのだろうか?
    飲酒運転は危ないと仲間が注意しても、近いから大丈夫だと毎回のように車で帰っていた。
もっと、本気で止めれば良かった。

「どうして・・・あの港になんて行ったのかしらね・・・」

    小野の母親が、遺骨を前につぶやいた。俺もそう思う。港は小野の家とは正反対の方向で、居酒屋からなら家に帰った方が早い。酔い醒ましにしても、おかしかった。けれど、警察は事故と判断したし、小野の両親も受け入れた。
    
    ほんと、なんでお前、あそこの港に行ったんだよ。行くんなら、誘ってくれたらよかったじゃん。
俺、近所だって知ってるだろ。
   それに、今まで何度も渡部と釣りに行ってた。

『気付いてやれなくて、ごめん』

    15年前の若いままの小野の遺影を前に、 俺と渡部は、ただひたすら申し訳なかった。俺達は仕事に就いて結婚し子供ができて、あの頃よりずっと大人になった。小野を置き去りに。

     二人で釣りをしながら、小野の話をしていた港に15年間、ずっと本人が沈んでいたなんて、そんな悲しいこと信じたくない。
     
    小野の遺骨の傍に、古い携帯電話が置かれいる。懐かしいガラケーだ。
    パールの入った白いボディに、人気漫画のキャラクターのストラップがついている。今でも連載が続いている人気少年漫画だ。キャラクターの着ている衣装が旧バージョンで、それも懐かしい。

『あれ?このガラケーもしかして・・・』
   
    俺は、その白いガラケーに思うことがあった。
まだ、妻と付き合ってもいない俺が片思いをしていた頃、彼女が使っていた携帯ではないだろうか?
    妻とは中学時代の同級生だ。好きになったのは、成人式で再会してからだが。
   再会後、連絡先を交換し彼女と連絡を取り合うようになった俺は機種変する時に、勝手に彼女を真似て同じ機種にし、使い方を教えて貰うというアプローチをしていたので、よく覚えている。
   恥ずかしい思い出の詰まったガラケーだ。

   「警察から、息子の遺品として返ってきたの。携帯電話は、これしか見つからなかったんだけど、あの子、こんな携帯使ってたかしら?って・・・今さら、どうしようもないことなんだろうけど・・・」

   そうだよ、おばさん。それは、小野の携帯じゃない。
    あいつ、色選ぶの面倒臭いからって毎回、黒色しか使わなかった。俺の知る限り、何度、機種変しても、あいつの携帯は黒色だった。
    
    渡部は、何も言わず俺の隣にいた。俺と同じことに気付いているかどうかは分からない。   


    小野の家からの帰り、俺は渡部と別れ産直によって束で売られていた菊の花を買った。
    行先は、あの港。包みのセロファンと茎を束ねていた輪ゴムをとり、菊の花を海へ投げ入れた。

    女癖は、少し悪かった。けれど良い奴だった。飲み会で、好きな子が出来たと相談しても真面目に聞いてくれた。自分は、いい加減なくせに。

    いい加減だけど、小野は律儀で友情にあつく仲間の彼女や好きな相手には絶対に手を出さない。学生時代、学年一の美女に告白されたけど断ったのは、渡部が彼女に片思いしていたからだ。
     渡部がその美女と付き合うことはなかったけれど。
   
    あの白い携帯を見たせいで、妻にアプローチしていた頃を思い出す。
    彼女が失恋したと言っていたから、俺はつけ入るように食事や映画に誘っていた。それは、小野がいなくなる前にくれたアドバイスだった。
   
    彼女のいる人を好きになってしまった。けれど、気持ちを伝えたら、彼女に内緒で会ってくれるようになった。それだけで幸せだったのに、突然、もう会えないと言われた 。  
   
    当時の妻は、酔うと泣きながら同じ内容の愚痴を繰り返していた。適当に慰めながら、そんな男、さっさと忘れろと思ったものだ。

     俺が妻と付き合い始めたのは、小野が失踪した少し後だった。
    俺が告白すると
「小野君が、貴方みたいな人と付き合うときっと幸せにしてくれるよって、よく言ってたわ・・・」
     そう笑ってOKをくれた。小野がそんな事言ってくれてたんなんて、ぜんぜん知らなくて付き合い始めた報告が出来ないのを残念だと思った。
     そういえば、妻は小野が入っていたサッカー部のマネージャーをしてたっけ・・・
    
     小野の人生最後の日に、何があったのだろう。
次々と女を渡り歩く小野に、『お前、いつか女に殺されるぞ。』なんて言っていじるのは仲間内では鉄板ネタで、俺達はあの楽しい時が永遠に続くかのように感じていた。

    小野は女癖が悪かったくせに、良い奴だったから死んでしまったのだろうか?
    きっと、あの白いガラケーと持ち主である妻は、真実を知っている。
  
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