しあわせのハート

れなれな

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ゴールデンハート

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「公営広場」噴水の傍ら。

 幸福の王者の金の像の前に、燕が飛んできました。




「はあ、ふう。春を求めてきたのに、なんで仲間同士のとびっこ競争になんてなるんだ。まったく腹が立つ」




 片翼をだらんと垂らし、文句をブツブツ言いました。

 幸福の王者は言いました。




「どれ、水辺で憩うて行くがよい」




「え! あなたは幸福の王様! わたくしは、あなたのような方にお声をかけていただけるような者ではないのに……」




「わたしは幸福を祈る者、そなたのように、苦しむものを見すてなどするものか」




「王様、王様。わたくし、なんだか元気が出て参りました!」




 そう言って燕は、ツイーツイーと彼の周囲で飛んでまわりました。




「王様、わたくしが苦しんでいるのには、理由があるの」




「何でも言いなさい」




「それはね……あなたのように思いやり深い、友達もきょうだいもいないってことなんです」




 王様は胸がシュン、としました。

 ですが、それがなんなのかを王様は考えたことがありませんでした、だからこう言ったのです。




「これから出会う者を大切にしなさい、だれでも己を大事にしてくれるものを、慕わしく思い、幸福にしたいと思うものだ」




 燕はその心臓に恋を宿しました。




「王様! 王様はわたくしが大事にしたわけでもないのに、わたくしを思いやってくださいましたね! どうしてなのです?」




「わたしが幸福の王だからなのだ。この姿を見よ。全身は黄金、瞳と王冠、王杖には真紅のルビー、真珠。ダイヤモンドも施されて」




 燕は少し首をかしげて言いました。




「それはわたくしへの親切の理由にはなりません」




 そしてピョっと鳴いて去っていきました。




     ×   ×   ×




 ある日のことです、その公営の広場に、赤ん坊を抱いた女性がよろよろとやってきました。銅像の前にある噴水の泉の縁に腰かけ、溜息をつきます。




「ああ、夫がいなくなって数日が経つ。この子がいてはよく働けない。お金はどんどんなくなっていき、ご飯にも困る毎日」




 王様の心臓は張り裂けそうになりました。




「わたしの国民が……おお、このように不幸でいいものか! なんと……あわれな」




 そのとき燕がやってきて、王様にささやきました。




「どうなさるのです? 彼女はお金があればご飯が食べられて、赤ん坊も助かります」




 王様の青い目から、大粒のサファイアがぼとりと落ちました。さながら涙のようでした。




「燕よ、そこに落ちてきた青い石を彼女に渡しなさい。いくばくかの生活の足しにはなるだろう」




「冗談ではありません。王様、これはあなたの瞳です。時価数億ですよ? 子供どころか一家が遊んで暮らせます」




「それはいいことだ」




「……」




 燕はついに黙って石を運びました。






 またある時、みすぼらしい姿の老人と若者がやってきました。




「おまえ、うまくやっているか……?」




「父さんこそ、いつの間にかホームレスになっているなんて……」




「仕事は厳しいのは当たり前だ。もう少し辛抱できなかったのか……?」




「誤解だよ! 社長が、僕の彼女をたかが花売り娘だと馬鹿にしたんだ。人の上に立つ者が、あんな差別論者でいいわけがない!」




「その娘を幸せにできたかもしれないのに……」




「上役にいじめられたよ。おかげで今月の給料も未払いだ。あの娘にあげる宝石もない。僕は……不幸だ!」




 若者は悔し涙を流し、目元をこすって空を仰ぎました。そこには幸福の王者の姿。




「燕や」




「はい」




 燕は王冠の真ん中に施されたルビーを落とし、王杖にはまったダイヤモンドを落とし、くちばしでつつきまわしました。

 その様子が目についたのでしょう、若者が駆け寄ってきました。




「あ! お父さん、あんなところに高価そうな宝石が! 天の恵みだ! これで生活を立てなおそう!」




「おまえ、こんなことがあるなんて……」




「父さんも、僕らと一緒に暮らそう! これで家を買い戻そう!」






 またある時は、花売りの娘が通りかかりました。売れ残った花をバスケットにそろえながら、溜息。




「ああ、あの人は裕福で、私は花売り娘。結婚してほしいと言われたけれど、とてもつりあわないわ。どうして私は貧しいの……?」




 これには王様の心臓が破裂しそうになりました。




「こういうことらしいですよ、王様」




「すぐにわたしの王冠から真珠を全部抜きとりなさい」




 燕はしかたなく、言われたとおりにしました。

 黄金に輝く幸福の王者の『姿』はどこかすりきれてぼろぼろです。




 コン、ココ、コンコンコン。




 かわいらしい音を立てて真珠は、娘の足元に落ちました。




「まあ! この真珠でネックレスをつくったなら! なんの引け目もなくあの人に会いに行ける!」




 娘は真珠をすべて拾い、持ち去りました。




「馬鹿ですねえ、王様」




「いいのだ、これで」




 娘と男性が華やかな挙式を行いました。

 その様子と、王様をかわるがわる見て、燕が言います。




「彼らは横領罪という罪を背負いましたが」




「持ち主が良いと言っておるのだ。いい加減にせい」




「さて、王様」




 燕は彼のマントをつつきながら言いました。




「もはやあなたの財産は、金箔だけとなりました。だれを幸せにしたいですか?」




「ありとある、人々を」




 おごそかに、王様は言いました。

 そしていつしか、王様は幸福の王ではなく、『裸の王』として知られるようになりました。

 彼が望んだ人々の幸福は、時と共に去り、王様の銅像は、戦争のために打倒されてしまうことになりました。




「なんというおこないだ!」




「ですから、申し上げたのです。お金が幸せだと思ってしまった人々が、戦争を犯そうとするのは自明の理」




「どうにかできないのか?」




「できませんね。あなたの身体はじきに溶かされて、武器銃弾の材料になるのです。この国に不幸な時代が訪れます」




「ぬおおおおお!」




 あまりのことに、王様の心臓は張り裂けました。金箔のはげた全身に落雷したように、胴体は砕け散りました。

 それでも心臓だけは残りました。

 真っ二つに裂けた王様の心臓は、戦争が終わっても、ずうっとそこに残り続けたのでした。

 秋も過ぎ、餌のない季節を何度か過ごし、子孫繁栄も忘れた燕は、王様の心臓に寄り添い、ただただ冷たくなってゆきました。






 幸福の王は、燕を見つけて天国から手をさしのべました。

 死にかけた燕は言いました。




「いいえ、王様。あなたの言うことを聞いてこうなったのです。最期は自分の信じたとおりにいたします」




 そして燕は人間の少女に生まれ変わりました。




「わたくしは幸福の王の娘、幸福の王女です!」




 みんな、不審そうにしますが、彼女があまりにも愛らしいので名物になりました。

 彼女はくるくると踊って、皆を虜にしました。

 彼女が踊りで伝えるのは、人々が貧しさに悩んでいた頃のこと、苦しみと救い、困難に立ち向かい希望に満ちた瞬間。

 その表現力。苦悶に身を折り、胸に抱える赤子をいたましくも置き去りにせねばならず、悲しみに暮れる母親。

 不当な社会の圧力に押しつぶされそうになる若者。

 孤独に悩み、生きる望みを失った男。価値観の違いから迫害されてきた娘の、幸福に縁遠い貧しさ。

 そして、彼女はなにかをよこせとでも言うかのように、てのひらを差し出すのです。

 戦争の苦々しさを経験してきた人の中には批判する者もありましたが、最後は必ず涙するのです。

 なぜなら、彼女は幸福の使者によって幸福へと導かれた、そんな人々の過去を語っていたから。

 拍手は誠意ある人々のものでありました。




「幸福の王者をもう一度!!」




 その声が高まり、ついに像が建てられることになりました。

 幸福の王女の願いこめた祈りが人々に届いたのです。

 そうして、張り裂けた王様の心臓は、幸福の王女像が大空にささげるてのひらに乗せられて、幾星霜、そこにあり続けたのでした。





END
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