ラブラブ・コロン

れなれな

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めがみと愛のせいれい~はじまりのまえに~

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 ここははくりゅうのさと。

 いまでないとき、そう……かこのおはなしです。

「母上、なぜ幸運の女神たるあなたが、大龍ターロンを手にかけられたのです……なぜ!?」

 女神とよばれたふくよかな女性は、物憂げに相手を見ました。

 目の前にひざまずく愛の精霊、小龍シャオロンを。

「大龍は、愛のしもべとなった……それが理由ですわ」

 その言葉に愛の精霊は、激しく動揺しました。

 女神は、かなしげに告げます。

「そのおまえの大龍もいまは死んだ。これでわかったでしょう、小龍。この世のどこにも永遠の愛などというものが、存在しないということが」
 
 女神は、愛をふみにじろうとしています。

 愛の精霊は、必死で言いつのりました。

「いいえ! 愛こそが命の源流。愛があって初めて花は咲く。わたくしは根づくもののない荒野に堕とされようと、たった一輪、咲く花を見つけてみせるです!」

 残酷な笑みを頬に刻み、女神は悲し気な視線を伏せて笑います。

「ほほほ、ほ……幻想にうつくしく咲く花が、そんなにも恋しいのですか……いいきみですわ」

 その声はわずか、震えていました。

 小龍は強く、つよく相手を見すえました。

「見せてやるです。本物の愛の力を!」

 すると女神は、うつくしいヒレをひるがえし、小龍に背をむけました。

 薄絹が可憐な花のように、その姿につきしたがい、よりそうようにゆれます。

「思えば、おまえが産まれたときから全てが始まり、大龍とおまえの愛が始まったときから、帝はあたくしを顧みなくなった……愛を、欲するようになったのですわ」
「帝って?」
「おまえの父親です」

 女神の後ろ姿は、怒りなのか哀しみなのか、全てを拒絶するようにこわばって、緊張していました。

「真実の愛とはなんなのです。幸運が欲しいとあの方は願ったはずなのに、深い死の際に立ってからというもの、あるかどうかもさだかでないものを、追い求め始めた。あたくしには、わかりませんわ」
「…………」

 母である女神の後ろ姿をただただ、見つめる愛の精霊、小龍。

「『おまえがいれば、おれは幸せだ。意義のある人生だったと笑って言える』と……かつてそう言った口で、こんどは愛をくれと叫ぶ。そんなもの……そんなもの!」

 苦し気にうつむいてしまう女神に、小龍は言いました。

「愛は『そんなもの』ではないですよ」

 女神は大きく顔をあげました。

 けれど、なぜか泣いているように見えます。

「おまえはいいですわね。生まれたときから、愛の精霊だったのですもの」

 小龍は、その言葉の真意をはかりかねました。

「母上は、わたくしの産まれる前から、愛されていたのではないのですか。その、帝に」

 その問いが女神の心を打ちのめし、声は悲鳴のように響きました。

「……そうよ、そうだと思っていましたわ。けれど、幻想でしたのよ。ですからおまえの愛のしもべ、大龍を殺したのですわ! 憎くなって……」

 ふりかえった女神の目は紅く、悲し気にゆがんでいました。

 小龍はつとめて静かに問います。

「大龍が、夢の使者、希望の精霊だったからですか」

 女神は小龍とは逆に、きりきりと眉を吊り上げています。

「あたくしにとっては愛などのろいと同じですわ。いまいましいちからで、運命をねじまげてしまう、そう……のろいなんですのよ!」

 吐き捨てるようなセリフに、小龍も顔を曇らせました。

「その理屈なら、あなたはよほど愛を単純なものだと考えている。幸運の女神もたいしたことはないです」

 その言葉に、女神はハッとしました。

 白竜の里に、女神に対してこのようなものいいをする精霊は、小龍以外にいません。

「なん……ですって?」

 女神は、動揺を隠せませんでした。

 唇をわなわなと震わせて、怒りに燃えています。

 小龍はそれでもかまわず、言葉をつづけました。

「幸運を渇望するのは、無力な運命を変えるためです。のろいに飢え乾くものなどいない。あなたはご自分の実力不足を棚にあげて、愛をおとしめている!」

 その瞳は決然としていて、女神の心を射抜きました。

 女神はそれを隠そうと、声を荒げます。

「知っているのですか? 自分の幸運を願う気持ちは、他人の不運を願うのと同じことなのです。愛も同じですわ!」

 それは、苦し紛れの断末魔。

 いま、女神の心は、はり裂けてしまいそう。

「あなたは、なんにもわかっておられない。愛に、不愛などというものはないのです。あるのは不純な動機だけ」
 
 その言葉に、女神の顔はカッと赤く染まりました。
 
 まるで帝との愛の記憶を、泥で汚されたように感じたのです。

「ゆるしませんわ! おまえだけはね!」

 愛の精霊は、その言葉に声を大きくして訴えます。

「あなたがゆるさなくても、愛は、愛だけはゆるぎのないもの。わたくしは愛の始まりの前へとさかのぼって、大龍を探すです。そして、二度と終わらせたりはしまい」

 女神はイライラと握りこぶしを開いたり、握ったり。

 それでも怒りはおさまりません。

「いくらおまえの力でも、産まれる前にはもどれまい!」
「やってみせる」

 小龍は、強気で言い放ちました。

 まなざしは深紅に輝いています。

「ほほほ……やってごらんなさい。もしできたなら、そのときはほめてあげますわよ」

 女神がいいしれない感情に、吹き荒れながら冷たい目で言いました。

「いらないお世話です」

 愛の精霊は、視線を伏せ、くるりと背中を向けました。

 女神はそれを追うように、追い落とすかのように怒鳴ります。

「産みの母にさからうなど、不可能。もう、おまえなど! 永遠に白竜の里からいなくなってしまえばよいのです!」

 女神は言ってしまってから、はっとしましたが、もう遅く、小龍は走り出していました。

「母上……さよならです!」

 深い霧の中から、小龍の別れを告げる声が聞こえました。


 そして現在。

 白竜の里は、天にあります。

 そこには、過去をなげき、雲に横たわって下界をのぞく、女神の姿がありました。

「もう、あの頃にはもどれないのよ……本当に、バカなあたくし」

 幸運の女神の顔は、悲しみと後悔に曇っています。

 その手には小龍の虹の球が、そっと握りしめられていました。

「本当に……バカだったわ。愛を失ってから気がつくなんて」

 あれから時がたって、彼女の愛する帝は亡くなってしまったのでした。

 女神は、涙と共に、小龍の球を手からはなしました。

 乳白色ににごったその球は下界に落ちると、コロンたちの頭の上へ落ちてきます。

 その球は、老犬のロンロンに当たって転がりました。

 ロンロンはあまりの痛さに気絶してしまいます。

 ところが、ちっちゃなコロンがその球を拾い、見つめると、球は虹色に輝きだしたではないですか。

 そして持ち主であった小龍の記憶が、コロンに流れこんできました。

 虹の球が、不思議な力を放ちます。

 持ち主にしか発揮できない、虹の力でした。

 コロンは、小龍がかつての自分のことだとは、気がつきません。

「愛のありかと、はくりゅうのさとのばしょは、小龍がしっているでしゅ!」

 コロンは明るく言って、ロンロンを起こしました。

「小龍をさがして、あらいざらい、しゃべっておしえてもらうのでしゅ」

 ロンロンは、むくりと起き上がりました。

「あいててて。そう、うまくいくものかいのう」

 ロンロンはコブをおさえて、疑問を口に乗せました。

「うまくゆかせるのでしゅ!」

 コロンは握りこぶしで、いつものように元気に主張しました。

「強気だのう」

 ロンロンとコロンが、渋谷の雑踏の中、進んで行きます。

 ふたりの影が、ショーウインドウに映りこむと、通りすがった少年がその姿におどろいた様子で、ふたりと影とを見比べました。

 ウィンドウに映っていたのは、この世のものならぬ美男と美女。

 小龍を背負った大龍でした。

 ロンロンが大龍で、コロンが小龍の姿でガラスに映っていたのです。


 ふたりは、尻尾をふりふり、仲睦まじく。

 スクランブル交差点を横切って、旅の空へ。

 失われた愛を求めて、旅をするのです……。
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