6 / 11
過去からの告白と憎しみの根源
しおりを挟む
ルーカス様が実母アメリア様の残した日記に基づき、極秘裏に当時の使用人たちの調査を開始されてから、十日ほどが経過した。あの御方、私の愛するダーリンは、この調査に公務の合間を縫って細心の注意を払われており、その疲労は私の目にも明らかであった。
ある日の夕方、執務室に戻られたルーカス様は、重い足取りで私へと近づいてきた。
「アエナ、調査が進んだよ」
彼、公爵閣下のお顔は、真実を知った者の苦悩に満ちていた。
「ルーカス様、何か分かったのですね」
私は、彼の隣に寄り添い、その手を取った。
「ああ。名簿に記載されていた元使用人たちへの聴取で、決定的な証言が得られた」
彼は深いため息をつき、静かに語り始めた。
「当時の侍女頭が、こう告白した。『アメリア様が体調を崩された頃、夫人――ユーカは、毎朝、ご自分でハーブを煎じて、アメリア様に飲ませていた』と。そして、その侍女頭は、アメリア様が亡くなられた直後に、ユーカから多額の口止め料を受け取り、公爵邸を去っていた」
その証言は、アメリア様の日記の内容と完全に一致していた。あの毒婦、ユーカ様が、長期間にわたり、アメリア様に毒を盛っていたという事実が、限りなく確実なものとなったのだ。
「そんな。あの方は、本当にそこまで」
私は、言葉を失った。私に対するいじめや横領など、まだ可愛らしいと思えるほどの、恐ろしい罪である。
「さらに、別の庭師の証言で、ユーカが庭園で毒性の強い植物を栽培し、それを秘密裏に処分していたことも分かった。その植物は、摂取すると慢性的な倦怠感を引き起こし、最終的に命を奪う『夜の眠り草』だったそうだ」
夜の眠り草。その名を聞いただけで、私は身震いした。義母、あのグロース家の後妻は、周到な計画の下で、公爵家を乗っ取ろうとしていたのだ。
「全ては、この公爵家を奪うためだったのだろう。父上――先代公爵は、アメリアが亡くなった後、すぐにユーカを正式な妻として迎え入れた。そして、ユーカは公爵夫人となり、私を差し置いて、自分の連れ子を跡継ぎにしようと画策していた形跡もある」
ルーカス様の言葉は、静かでありながらも、深い怒りと絶望を滲ませていた。愛するこのお方、私の夫君は、実の母親を殺した犯人が、長年、自分を育てた継母であったという残酷な真実を受け止めなければならなかったのだ。
私は、彼を強く抱きしめることしかできなかった。
「ルーカス様、つらい思いをさせて申し訳ありません。でも、あなた様は一人ではありません。私がいます」
「ありがとう、アエナ」
彼は、私の肩に顔を埋め、深く息を吐き出した。
翌日、彼は、公爵閣下として、正式にユーカ様に対する殺人の容疑で、修道院のある地区の司法に再調査を依頼した。
この事実が明るみに出れば、社交界は再び大混乱に陥るだろう。しかし、ルーカス様は、実母の無念を晴らすため、そして、ユーカという悪の根源を完全に断ち切るために、迷いはなかった。
「アエナ。君は、この件で再び社交界から何を言われるか、心配する必要はない。君は、真実を明らかにした賢明な妻だ」
彼は、私を優しく抱きしめ、そう言ってくれた。
(数日後)
ユーカ様が、ルーカス様の実母であるアメリア様を毒殺した容疑で、修道院から王都の厳重な塔へと連行されたというニュースは、王都を駆け巡った。
当然、社交界では私に対する好奇と侮蔑の目が再び向けられた。
「あの公爵夫人、アエナは、継母を二度も断罪させた鬼のような女だ」 「子爵家の出なのに、公爵家を牛耳ろうとしているに違いない」
そんな噂が、舞踏会やサロンで囁かれていることは、私の耳にも入っていた。
しかし、私は、もう何とも思わなかった。私の大切なダーリン、ルーカス様が、私を信じ、愛してくださっている。それだけで、世間の悪意など、塵芥に等しい。
「アエナ様、今日もまた、公爵夫人を貶める噂が流れていますが」
リリアが心配そうに私に尋ねる。
「いいのよ、リリア。噂は、時間の経過とともに消えるもの。私は、ルーカス様への愛と、この公爵家の未来だけを見ている」
私は、優雅に微笑んだ。これが、私の華麗なるスルー術の最終形態である。愛する彼が味方である限り、私は無敵なのだ。
その日の夜、私はルーカス様のために、彼の好きなワインを用意し、書斎へと向かった。
「ルーカス様、お疲れでしょう。少し休憩なさいませんか」
「アエナ。ありがとう」
彼は、私の顔を見ると、すぐに笑顔になった。
「この騒動で、君に心配をかけているね」
「いいえ、ルーカス様。私は、あなた様が正しいことをされていると知っています。アメリア様も、きっと喜んでいらっしゃいます」
私は、彼の隣に座り、ワイングラスを差し出した。
「そうだな。これで、ようやく母上も安らかに眠れるだろう」
彼は、そう言って、ワインを一口飲んだ。
「ところで、アエナ」
彼、公爵は、静かに私に尋ねた。
「ユーカが君を憎んだ理由について、君は何か思い当たる節があるかい」
「憎まれた理由、ですか」
私は、少し考え込んだ。ユーカ様が私を憎んだのは、私がルーカス様の寵愛を受けていたからだと思っていた。
「おそらく、私に対する嫉妬が根源でしょう。私が子爵家の娘であるにもかかわらず、あなた様が私を深く愛してくださっていることが、彼女にとって許しがたいことだったのだと思います」
「確かに、それもあるだろう」
ルーカス様は、私の手を取り、続けた。
「だが、私はこう思う。君が私に深く愛されていることは事実だが、ユーカは、君がアメリアによく似ていることが、許せなかったのではないか」
「私が、アメリア様に」
私は驚き、目を丸くした。
「ああ。君の優しさ、そして何よりも、私を深く信頼してくれるその瞳。幼い頃の私が見ていた母の面影と重なる。ユーカは、君を通じて、自分が殺したアメリアの亡霊を見ているような気がしていたのではないか」
彼の言葉は、私にとって衝撃的だった。あの毒婦の憎しみの根源は、ルーカス様の実母、アメリア様への嫉妬だったのか。そして、私が、そのアメリア様に似ていたから、憎しみの矛先を向けられた。
「アエナ。君は、私の愛する妻だ。そして、君は私にとって、母の面影を思い起こさせる、清らかで美しい花だ」
彼は、私の手を持ち上げ、優しく口付けをした。
「君は、私の全てだ。これからは、誰も君を傷つけられない。約束する」
その夜、ルーカス様との愛の誓いは、過去の憎しみを完全に浄化し、私たちの未来を、永遠の幸福へと導く、確かなものとなった。私は、彼の腕の中で、愛するこの殿方との平穏で満たされた日々を、心から享受するのだった。
ある日の夕方、執務室に戻られたルーカス様は、重い足取りで私へと近づいてきた。
「アエナ、調査が進んだよ」
彼、公爵閣下のお顔は、真実を知った者の苦悩に満ちていた。
「ルーカス様、何か分かったのですね」
私は、彼の隣に寄り添い、その手を取った。
「ああ。名簿に記載されていた元使用人たちへの聴取で、決定的な証言が得られた」
彼は深いため息をつき、静かに語り始めた。
「当時の侍女頭が、こう告白した。『アメリア様が体調を崩された頃、夫人――ユーカは、毎朝、ご自分でハーブを煎じて、アメリア様に飲ませていた』と。そして、その侍女頭は、アメリア様が亡くなられた直後に、ユーカから多額の口止め料を受け取り、公爵邸を去っていた」
その証言は、アメリア様の日記の内容と完全に一致していた。あの毒婦、ユーカ様が、長期間にわたり、アメリア様に毒を盛っていたという事実が、限りなく確実なものとなったのだ。
「そんな。あの方は、本当にそこまで」
私は、言葉を失った。私に対するいじめや横領など、まだ可愛らしいと思えるほどの、恐ろしい罪である。
「さらに、別の庭師の証言で、ユーカが庭園で毒性の強い植物を栽培し、それを秘密裏に処分していたことも分かった。その植物は、摂取すると慢性的な倦怠感を引き起こし、最終的に命を奪う『夜の眠り草』だったそうだ」
夜の眠り草。その名を聞いただけで、私は身震いした。義母、あのグロース家の後妻は、周到な計画の下で、公爵家を乗っ取ろうとしていたのだ。
「全ては、この公爵家を奪うためだったのだろう。父上――先代公爵は、アメリアが亡くなった後、すぐにユーカを正式な妻として迎え入れた。そして、ユーカは公爵夫人となり、私を差し置いて、自分の連れ子を跡継ぎにしようと画策していた形跡もある」
ルーカス様の言葉は、静かでありながらも、深い怒りと絶望を滲ませていた。愛するこのお方、私の夫君は、実の母親を殺した犯人が、長年、自分を育てた継母であったという残酷な真実を受け止めなければならなかったのだ。
私は、彼を強く抱きしめることしかできなかった。
「ルーカス様、つらい思いをさせて申し訳ありません。でも、あなた様は一人ではありません。私がいます」
「ありがとう、アエナ」
彼は、私の肩に顔を埋め、深く息を吐き出した。
翌日、彼は、公爵閣下として、正式にユーカ様に対する殺人の容疑で、修道院のある地区の司法に再調査を依頼した。
この事実が明るみに出れば、社交界は再び大混乱に陥るだろう。しかし、ルーカス様は、実母の無念を晴らすため、そして、ユーカという悪の根源を完全に断ち切るために、迷いはなかった。
「アエナ。君は、この件で再び社交界から何を言われるか、心配する必要はない。君は、真実を明らかにした賢明な妻だ」
彼は、私を優しく抱きしめ、そう言ってくれた。
(数日後)
ユーカ様が、ルーカス様の実母であるアメリア様を毒殺した容疑で、修道院から王都の厳重な塔へと連行されたというニュースは、王都を駆け巡った。
当然、社交界では私に対する好奇と侮蔑の目が再び向けられた。
「あの公爵夫人、アエナは、継母を二度も断罪させた鬼のような女だ」 「子爵家の出なのに、公爵家を牛耳ろうとしているに違いない」
そんな噂が、舞踏会やサロンで囁かれていることは、私の耳にも入っていた。
しかし、私は、もう何とも思わなかった。私の大切なダーリン、ルーカス様が、私を信じ、愛してくださっている。それだけで、世間の悪意など、塵芥に等しい。
「アエナ様、今日もまた、公爵夫人を貶める噂が流れていますが」
リリアが心配そうに私に尋ねる。
「いいのよ、リリア。噂は、時間の経過とともに消えるもの。私は、ルーカス様への愛と、この公爵家の未来だけを見ている」
私は、優雅に微笑んだ。これが、私の華麗なるスルー術の最終形態である。愛する彼が味方である限り、私は無敵なのだ。
その日の夜、私はルーカス様のために、彼の好きなワインを用意し、書斎へと向かった。
「ルーカス様、お疲れでしょう。少し休憩なさいませんか」
「アエナ。ありがとう」
彼は、私の顔を見ると、すぐに笑顔になった。
「この騒動で、君に心配をかけているね」
「いいえ、ルーカス様。私は、あなた様が正しいことをされていると知っています。アメリア様も、きっと喜んでいらっしゃいます」
私は、彼の隣に座り、ワイングラスを差し出した。
「そうだな。これで、ようやく母上も安らかに眠れるだろう」
彼は、そう言って、ワインを一口飲んだ。
「ところで、アエナ」
彼、公爵は、静かに私に尋ねた。
「ユーカが君を憎んだ理由について、君は何か思い当たる節があるかい」
「憎まれた理由、ですか」
私は、少し考え込んだ。ユーカ様が私を憎んだのは、私がルーカス様の寵愛を受けていたからだと思っていた。
「おそらく、私に対する嫉妬が根源でしょう。私が子爵家の娘であるにもかかわらず、あなた様が私を深く愛してくださっていることが、彼女にとって許しがたいことだったのだと思います」
「確かに、それもあるだろう」
ルーカス様は、私の手を取り、続けた。
「だが、私はこう思う。君が私に深く愛されていることは事実だが、ユーカは、君がアメリアによく似ていることが、許せなかったのではないか」
「私が、アメリア様に」
私は驚き、目を丸くした。
「ああ。君の優しさ、そして何よりも、私を深く信頼してくれるその瞳。幼い頃の私が見ていた母の面影と重なる。ユーカは、君を通じて、自分が殺したアメリアの亡霊を見ているような気がしていたのではないか」
彼の言葉は、私にとって衝撃的だった。あの毒婦の憎しみの根源は、ルーカス様の実母、アメリア様への嫉妬だったのか。そして、私が、そのアメリア様に似ていたから、憎しみの矛先を向けられた。
「アエナ。君は、私の愛する妻だ。そして、君は私にとって、母の面影を思い起こさせる、清らかで美しい花だ」
彼は、私の手を持ち上げ、優しく口付けをした。
「君は、私の全てだ。これからは、誰も君を傷つけられない。約束する」
その夜、ルーカス様との愛の誓いは、過去の憎しみを完全に浄化し、私たちの未来を、永遠の幸福へと導く、確かなものとなった。私は、彼の腕の中で、愛するこの殿方との平穏で満たされた日々を、心から享受するのだった。
0
あなたにおすすめの小説
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
【コミカライズ・取り下げ予定】契約通りに脇役を演じていましたが
曽根原ツタ
恋愛
公爵令嬢ロゼは、優秀な妹の引き立て役だった。周囲は妹ばかりを優先し、ロゼは妹の命令に従わされて辛い日々を過ごしていた。
そんなとき、大公から縁談を持ちかけられる。妹の引き立て役から解放されたロゼは、幸せになっていく。一方の妹は、破滅の道をたどっていき……?
脇役だと思っていたら妹と立場が逆転する話。
〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?
藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。
目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。
前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。
前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない!
そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。
なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる