寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参

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天空の裁きと永遠の誓い

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 ルーカス様の母上、アメリア様毒殺の容疑でユーカ様が王都の厳重な塔へと連行されてから、公爵邸は緊張と静寂の中にあった。私、アエナは、日々の公爵夫人の務めをこなしつつも、心の奥底では、最愛の夫君の苦悩と、裁判の行方に対する不安を抱えていた。

 この数週間、ルーカス様は公務に加え、実母の悲劇的な死の真相を追求するため、寝る間も惜しんで証拠固めに奔走されていた。彼の執務室には、常に弁護士や王都の司法関係者が頻繁に出入りし、公爵邸の空気が、まるで法廷の一部になったかのように重々しかった。

「あなた、お疲れではありませんか。今夜は早くお休みになってくださいませ」

 私は、夜更けの執務室で、書類の山に囲まれたルーカス様へ、温かいミルクティーを差し出した。彼の顔には、疲労の色が濃く出ていたが、その瞳には、亡き母への思いと、私への深い愛情が宿っている。

「アエナ。ありがとう。君の優しさだけが、私をこの苦境から救い出してくれる」

 彼は、私の手を取って、深い口付けを落とした。

「この裁判は、私の母の無念を晴らすだけではない。この公爵家に巣食っていた、すべての毒を根絶やしにするための、最後の戦いだ」

「はい、公爵閣下。私は、あなた様の正義を信じております」

 私の夫は、血の繋がった継母を裁くという、どれほど辛い決断を下さねばならなかったか。私は、彼のその勇気と高潔さに、改めて心を打たれた。

 そして、ついにその日が来た。王都の最高裁から、公爵邸に正式な使者が到着したのである。

 使者が運んできたのは、重厚な王国の紋章が押された、厳めしい封印の施された書類である。ルーカス様は、私を傍らに立たせ、その封印を自ら破られた。

 私は、彼の隣で、固唾を飲んでその文書を読み上げるのを待った。公爵様の表情は、一言一句を噛み締めるように、真剣そのものである。

 長い沈黙の後、ルーカス様は静かに、しかし、はっきりとその結果を告げられた。

「…判決は、有罪だ」

 彼の声は、法廷の宣誓のように響き渡った。

「アメリア・フォン・グロース公爵夫人に対する、計画的かつ悪質な毒殺。被告、ユーカは、この王国の法廷において、この最大の罪を犯したことが証明された」

 私は、その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けて、ルーカス様に寄りかかった。ルーカス様は、私を抱き止めながら、判決の続きを口にされた。

「判決に基づき、ユーカは公爵夫人、および一切の貴族の称号を永久に剥奪され、『天空の孤塔』と呼ばれる、王都から最も遠い、厳重な隔離施設への終身収監が命じられた」

 天空の孤塔。それは、貴族が犯した最も重い罪、王家や国家への反逆、または血族殺しにのみ適用される、生きたまま葬られる刑罰である。あの女は、もう二度と、この公爵邸にも、私の愛する夫君の人生にも、その影を落とすことはない。

「ルーカス様…これで、アメリア様も、あなた様も…ようやく」

 私の目からは、安堵と喜びの涙が溢れた。

 ルーカス様は、私を抱きしめ、深く、そして熱い口付けを私の涙に落とした。

「ああ、アエナ。全ては終わった。私の愛する母の魂も、これでようやく安らぎを得られるだろう」

 彼は、私を抱きしめる腕に力を込めた。その力は、これまでの全ての苦難から解き放たれた、深い解放感と、私への愛の確信を示していた。

 裁判が終わり、ユーカ様が永遠に公爵邸から隔離されたことで、屋敷全体に新しい生命が吹き込まれたようだった。私たちは、公爵邸から彼女の痕跡を完全に消し去る作業に取り掛かった。

 ユーカ様が暮らしていた北棟は、ルーカス様の指示により、大規模な改修が行われることになった。

「あの北棟は、ユーカが長きにわたり、憎しみと陰謀を巡らせた場所だ。その負の遺産を、君と私の愛の証として生まれ変わらせたい」

 私の旦那様は、そうおっしゃった。

「北棟を、王都で最も壮麗な公爵家図書館にしよう。そこには、君が子爵家時代から読みたがっていた、世界中の珍しい文献や、君の趣味である植物学の専門書を揃えるのだ。そして、その一室には、君専用の温室を作る」

 彼の優しい心遣いに、私は感動で胸がいっぱいになった。

「ルーカス様…そこまでしていただかなくても」

「いいや、アエナ。君がこの家に来てから、君は常に私を支え、公爵家を守ってくれた。これは、君の努力と愛に対する、私の感謝の印だ」

 彼の溺愛は、際限がない。

 私たちは、改装計画の打ち合わせを、連日、楽しそうに行った。北棟から、あの毒婦の残した暗い家具や装飾品が運び出され、代わりに明るい色の調度品や、美しいステンドグラスが嵌め込まれていく様子は、まさにこの公爵家の歴史が、暗闇から光へと移行していく象徴のように感じられた。

 その日の夜、私はルーカス様のために、彼の書斎に呼ばれた。改装の打ち合わせの続きだろうかと思いきや、彼は書斎ではなく、私たちの愛の証であるバラ園へと私を連れ出した。

 夜風に運ばれてくるバラの香りは、とても甘く、心地よい。月の光が、赤いバラの花びらを銀色に照らしていた。

「アエナ、ここに来てごらん」

 彼は、私がかつて、ユーカ様に切り倒されそうになった、最も大切なバラの木の前に私を連れて行った。そのバラは、今、見事に満開を迎えていた。

「このバラは、私が君にプロポーズした夜に植えた、特別なものだ。そして、ユーカが最初に君を傷つけようとした、場所でもある」

 彼は、静かにそう言われた。

「公爵様は、全て覚えていらっしゃるのですね」

「忘れるわけがないだろう。君の苦しむ顔を見た、私の苦い記憶でもあるからね」

 彼は、バラの花を一本折り、私の髪にそっと飾ってくれた。

「アエナ。君のスルー術に、私は心から感謝している」

 彼は、真剣な眼差しで私を見つめた。

「君は、ユーカの悪意ある言葉、毒入りの菓子、そして窃盗の濡れ衣、その全てを、決して感情的にならず、私の名を汚すことなく、優雅に受け流し、私に伝えてくれた」

「それは、あなた様に心配をかけたくなかったからです」

「だが、それが正しかったのだ。もし、君が感情的にユーカを罵倒したり、公衆の面前で争ったりしていれば、私は君を守るために、公爵としての権力を行使するしかなくなり、世間は私を『継母を虐げる非情な公爵』と見ただろう」

「そして、世間は君を『公爵をたぶらかした悪女』と、さらに罵倒しただろう」

 彼の言葉に、私はハッとさせられた。私の行動は、ただ自分を守るためだけでなく、公爵である彼の威厳と、公爵家全体の評判を守るための、最高の戦略だったのだ。

「君は、常に公爵家全体の未来を考え、ユーカの悪意を、彼女自身の罪として裁かれるように、冷静に、巧妙に立ち回ってくれた」

「私の賢明な妻よ」

 彼は、私の両手を強く握りしめ、ひざまずいた。

「私は、君の知性と、私を信じる一途な心に、永遠の愛を誓う」

「君の優雅なスルー術は、全ての悪意を君自身から遠ざけ、その毒を、悪意の持ち主自身へと還したのだ」

 彼は立ち上がり、私を優しく抱きしめた。

「これからは、君は何も心配しなくていい。公爵邸は、君が自由に、愛と優しさで満たす場所だ。ユーカはもういない。彼女の罪は、永遠に償われる」

「ありがとう、ダーリン。私は、この公爵家で、あなた様と永遠に幸せになります」

 私は、彼の胸に顔を埋め、深く、そして甘い夜の空気を吸い込んだ。

 私たち二人の愛の誓いは、バラの香りに包まれ、月の光の下で、永遠に結びつけられた。この幸福は、もはや誰も奪うことはできない。
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