四分割ストーリー

安東門々

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四人組

新しい料理

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「あぁ、確かその週末にも集まりがあって、あいつの家で追試の勉強会があったんだよな」

 なぜか悲しみを含んだ目で遠くを見始めた秀の事は、まるっきり気にせず話を続ける後輩は、その時の事を思い出してか、とても温かな表情をした。

「日が落ちるのが早くて、建物の影になっているところは稀に凍っている時があるじゃないですか、そこに自転車に乗った子どもが猛スピードで走ってきたんです」

 千香はジェスチャーなどを交え、細かく状況を伝える。

「そしたら、凍っている場所に気が付かず、タイヤが滑って、コントロールを失い壁に向かってぶつかりそうになったところを、先輩が持っていた買い物袋を放り投げて助けにいきました」

 これには秀も驚いた。 普段はゆっくりとした性格の持ち主が、そのような行動に移るとは思えなかったからだ。

「それで、自転車は壁にぶつかってしまったのですが、間一髪子どもは助けることはできて、いきなりの事に子どもは混乱して泣きはじめたのですが、先輩は優しく頭を撫でながら、大丈夫だよって、泣き止むまで一緒にいてくれたんです」

 そっと胸をなでおろす彼女を見ていると、当時は本当に焦っていたのだと秀に伝わる。

「よく見ると、先輩も所々に傷を負っていましたが、それでもとても優しい顔で一緒にいてくれたんです。それを見てから、自然と家でも学校でも先輩の事を考えたり、目で追うようになりました」
 
「なるほどね、確かに雪のやつ顔に絆創膏とかつけていたな」 
 
「買い物袋も破けて中身が、とんでもないことになってましたし」
 
「そうそう、だから、いつもより質素なご飯が出てきたのは、でもめっちゃ美味しかったけどね。」

「いや、私自身もなんか不思議なんですよね。こんな事で人を好きになった経験がないので」

「そりゃ、俺でも惚れてたかもしれないな」

「ですよね⁉ やっぱりそう思いますか?」
 
「思う思う、あいつは俺にない良いところ沢山あるから、本当に尊敬しちゃうよ」

「それから、しばらくは情報収集しました。戸次先輩より、秀先輩の情報が圧倒的に集まりやすかったですけどね」

「おいおい、俺の情報が筒抜けみたいな言い方やめてほしいな」

「でも、戸次先輩の情報なんてほとんど得られませんでした。唯一、あの二人は付き合っていないってことがわかった時は、部屋で飛び跳ねて喜びましたが」 
 
 その他にも他愛のない話を続けていると、お待ちかねのカレーが運ばれてきて、ナンと一緒に食すが難しい点がある。
 それは、カレーとナンを同時に食べ終えることだ。

 案の定、千香はナンが無くなり追加で頼もうか迷ったが、頼んだ場合、ナンが今度は残ってしまうので、頼まずカレーだけを食べている。
 しかし、秀は通いなれているせいか、上手に最後の一口ですべてが食べ終わり、ここまで到達するのに随分費やしたと述べた。

 そして、食後のチャイはシナモンの香りが満腹になった身体に対し更に幸せをもたらしてくれた。
 もう入らないと思っていた彼女だったが、その香りと味に魅了され、ゆっくりと堪能しながら飲み干した。
 それを眺めながら彼は、どうやってあの雪道を彼女に振り向かせようかと思案しているが、なかなか妙案が浮かんでこない。

「じゃあ、午後からはもう一度服を探すかい?」

「いや、その必要はないですね。」

「どうして?」

「実は午前中のうちに、欲しいのが決まっていたんですが、せっかくお昼にカレーたべるので、すぐ終わってしまったら時間持て余しちゃいますし、それに、もっと良いのがあるんじゃないかな? って思って数軒回りましたが、今日一番しっくりきたのを越えれなかったので、もう十分かなと思いまして」

「だとすると、最初のお店とかできまってたのかな?」
  
「そうですね。 でもおかげさまで他のお店にどんなの置いてあるとかも把握できたので、とても満足しております」
 
「そうか、ならよかったよ」

「ただですね。 先輩ったら何見ても似合うよの一点張りだったので、もう少し詳しい感想が欲しかったです」

 
「事実を述べているだけなんだけど」

「嬉しいですが、やはり戸次先輩の視点になってアドバイスくれると更に嬉しいですね」

「それは無理だ、あいつの好みを把握できていない」

「本当にお二人は親友なのですか?」

「少なくとも俺はそう思っているけどね」

 チャイの香りが体中を満たすと、体も次第に温まりだし、午後の陽気と相まって二人は楽しく過ごすことができた。
 しかし、帰り間際になるにつれて千香からは明るさが消えていき、少し緊張したような表情が増えてきた。
 
「やっぱり明日やめておく?」

「いいえ、大丈夫です」

「そんな緊張しているのに?」

「チャンスは本当に少ないと思います。 だから積極的に行動したんですよね」
 
「フランソワ・ラブレー的な意味で?」

「何言っているんですか先輩?」

「いや、気にしないでくれ」

 少し照れくさそうに頬をかくと、また歩幅をあわせながら帰り道を歩く。
 そして、彼女の緊張が少しでも解れるように、ただ静かにその話に耳を傾て相槌を打ち、たまに意見を述べている。
 
 電車が到着するまでの五分で、明日の集合時間と場所を決めると良く響く音と共に電車がホームに到着した。
 二人はそれぞれのあいさつで別れを告げると、帰路について明日のことを考え始める。
 
 秀には気になる点がいくつもあるが、彼女はどうやって寧音と彼を結びつけるつもりなのだろうか。
 心配な要素が多く感じられるが、それよりも、あの朴念仁の雪道をどうやって口説いていくのか、そちらに集中しなければならないと感じた。
 そして、自分のことは一番最後で良いとさえ思い始め、全力で応援しようと誓う。

 日曜日の朝は、昨日までの天気と違って曇だが風はなく、少し暖かく感じられた。
 戸次家では、朝早くから雪道が昼食の下ごしらえをしており、秀に頼まれたナマズの代わりに、得意の魚料理とおばんざい風の料理でもてなそうと考えている。
 
 彼の妹は、新しくできた学園の友達と遊ぶ約束をしており、今日は参加できなかったが、彼の隣では幼馴染の寧音が料理の手伝いをしている。 
 しかし、味付けや調理はほとんど彼一人でできてしまうので、食器を並べたり、飲み物の準備をしたりと、まるで我が家のように色々な物の場所を把握しており、テキパキと進めていく。

 いよいよ、集合時間の十分前になると、冷蔵庫からデザートを取り出し、皿に盛りつけ終わったところで、家のチャイムが鳴り、ごく自然な動作で寧音が玄関に迎えにいった。

「いらっしゃい」
 
 とびきりの笑顔で迎えた先には、先日付き合ったと報告をうけたばかりの二人が緊張した面持ちで待っており、女性は恥ずかしさもあってか少しうつむき加減だ。

「遠慮なく入ってちょうだい」

「お邪魔します」

「おじゃまします」

 いつも通りに靴を脱ぐ彼に対して、脱ぎ終わってからちゃんと向きを揃えて靴を整える彼女をみて、さっそく秀に注意が入ったが、いつものように軽い謝罪を述べてから靴を整えた。

「初めまして、私は朝日 寧音っていいます」

「はい! はじめまして朝日先輩、 私は立花 千香です。 今後何卒宜しくお願い致します‼」

 耳たぶまで真っ赤にしながら、答える彼女をみて寧音は目を細めながら微笑むと、秀と彼女の間に割り込んで話し始めた。

「あら、秀と違って随分丁寧なのね。 それと私のことは寧音って呼んでくれると嬉しいかな」

「いやいや、滅相もございません」

「その口調っていつもなの?」

「えっと……違います。 ただどうやって話せばよいのかわからないんです」

「そうなの? だったら普通でいいからね。それに、秀は何やってるの? 彼女さんがこんなに困っているのに黙っているなんて、ありえない」

「ちょっと待てよ。 急に話しかけてきたのそっちだろ? そんなグイグイこられたら誰だって初対面はこうなるさ」

「それでも、ちゃんとフォローしてあげないとダメでしょ」

 そんな会話をしていると、不意に目の前の扉が開き、そこには若干不機嫌な空気を漂わせながら仁王立ちしている雪道がいた。

「いいから、早くしろよ。 料理がぬるくなる」

 一人だけ今まで以上に頬を染めた人を除くと、残りの二人は顔をこわばらせて急いで、部屋に入るように後輩を促し席に着かせた。

「あ、あの……私! 立花 千香っていいます。戸次先輩のことは秀先輩からお聞きしておりますが、よろしくお願いします」

 先ほどの寧音に挨拶したときよりも、一層緊張した様子であいさつをすませる彼女に対して、雪道は返事よりも先にスプーンを差し出すと。
 
「秀のことよろしく、それと俺を戸次って言うのはなんか背中が痒くなって嫌だから、下の名前か雪って呼んでくれると助かる。妹の苗字も戸次だから」

「わかりました。 では雪道先輩でもよいですか?」

「うん、スキに呼んで、それとそろそろ食べてくれると嬉しいな、この料理はぬるくなると美味しくないから」

「え? あ、ありがとうございます! ではいただきます」

 その言葉を聞いて、残りの三人も「いただきます」を済ませてから、一口頬張る、そのとたんに場の空気が和みだし、会話がうまれた。

「う……うますぎる」

「うそ、お米っていう概念がなくなる」

「な、なんなんですかこれは? めちゃめちゃ美味しいじゃないですか⁉」

「そうだろ、一応祖父が米どころで農家しているから、うちお米には困ってなくて、そのお米を使った料理を調べていたら、これにたどり着いたんだけど、思った以上に完成度が高くて、逐一嗣美にせがまれるようになったんだ」

「雪道先輩、これはなんていう料理なんですか?」

「これは、ロズビラバンって言って、エジプトのお米を使ったプリンのようなものっていう説明が一番しっくりくるかな」

「そ、そんな高度な料理作れるなんて凄すぎます」

 瞳を輝かせながらまた一口頬張る彼女は、先ほどまでの緊張を少しは緩和できたようで、寧音は嬉しくなり、すかさず彼女の隣に移動すると、いくつかの質問を始めた。

 その間に雪道は立ち上がり、また別のお菓子の準備を始めたが、ここで秀はいつも疑問に思っていたことを問いかける。

「なあ、雪。 なんでいつも家に入ったら速攻で食べるんだ? 今で疑問に思わなくなったけど、普通は少し部屋で遊んだりしてから食べたりしないか?」
 
「俺の部屋ってなにもないし、それに俺は口下手なうえに極度人の見知りときている。そんな俺が自分を表現できて、みんなを笑顔にできるのって料理ぐらいだから、最初っから俺の陣地に入ってもらおうと思って」

「なるほどね、まあ、雪の料理を味わえるってのは願ったり叶ったりだから、今のスタンスは貫いてほしいな」
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