四分割ストーリー

安東門々

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現実と夢

これからは……

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 忙しいから委員会が設立されていると、寧音が言うと実にそのとおりと思える。
 しかし、この楽しい空間で少しだけミスを千香は犯しており、それを先ほどから悔やんでいる。
 それは、和菓子三点のうちの一つに苦手な食材であるソラマメが入っていたのだが、残すのは申し訳ないと思い、先ほどから食べようとは努力しているが、なかなか手を伸ばせないでいた。

 見本の写真には、この和菓子は掲載されていなかったが、よく考えればその季節や仕入れによって変わるのだから、面白いうえに毎日写真を変えるなんてマメなことは、していられないだろうと思う。

 最後の最後に覚悟を決めて、抹茶と一緒に飲み込むと、想像とは違いソラマメ独特な香りがなく、とても食べやすいうえに、歯ごたえもアクセントになってとても美味しかった。
 
「今日はありがとうね」

「いえいえ、こちらこそ素敵なお店をご紹介してもらったうえに、奢っていただけるなんて」

「いいの、その代わり秀のことこれからもよろしくね。」

 温かな店内から、まだ寒さが残る外に出るととたんに寧音の色白な肌は色を変えていく。
 そんな彼女の言葉と姿を受け取ると、千香はこの人に勝てないような気がしてくる。
 しかし、その想いを捨てるようなことは絶対しないと誓っているので、感謝しつつ、また明日から頑張ろうと駅に向かって歩いていく。 

 次の日も同じように三年Cクラスに集まりながら勉強をしていくが、秀だけは昨晩のゲームの影響がでており、勉強に集中できていないが、先生が想い人なだけはあり、気力でなんとかしようと試みている。
 しかし、そんな教え子に対して先生は呆れた表情で、「わからないところがあったら、聞いて」と言い残し、読書をしている。
 一見突き放しているように見えるが、視線は本と秀の進行状況を行き来しており、あまり読書には集中できていないようだ。

 雪道と千香は昨日の復習から始め、お気に入りの缶コーヒーを飲みながら丁寧に、歴史を紐解いて教えている。

「集中できるのは図書室だけど、教室で勉強するのも悪くないな」

「そうですよね。 みんなでできますから」
  
 嬉しそうに参考書の穴埋め問題を解いている彼女が答えると、雪道は手に持っている缶コーヒーを一口飲み込み、参考書の次の頁に目を通している。
 
「一番の利点は、缶コーヒーが飲めるってのがいいかな」

「それが一番なんですか?」

「それと、なんだか楽しい」

 聞きなれないセリフに、眠い目をこすりながら秀が雪道の横顔を確認すると、少しだけ微笑んでいるような感じがした。

「そりゃあ、そんなに可愛い後輩に教えれるなんて、願ったり叶ったりでしょうね」

 寧音は少しだけ持ち前の、いたずらっ子のような顔で雪道をからかうが、彼はそれほど深い意味ではなく、ただ単純に楽しいと感じていることを述べた。

「なあ、雪って将来何になりたいんだ?」

 「それは、今は考えてないけど、とりあえず進学するにもある程度の方向性は決めておきたい。」

「雪は先生とかどう?」

「それも一時期考えたけど、自分が教壇に立って教えている景色を想像できなんだ。だから、これは俺の進む道じゃない気がする」

「そんなもんなのか? ちなみに、寧音は?」

「私は一応、進学はするけど、数年は一般企業で働いて、いずれは家業を継ぐと思う」

「え? 寧音先輩って社長さんの娘なんですか!?」

「ちょっと、違うけど、概ねそうかもね。家業は少し変わっていて、どちらというと職人の分類に入るのかな」

「どんなお仕事されているんですか?」

 勉強の集中力は一気に切れて、千香の興味は寧音の事情に向いている。
 
「私の家は和傘をつくっているの」

「和傘って、あの紙でできた?」

「そうね。 骨組みは竹でてきているのだけど、ここ近年はめっきり受注が減って、食べていくのがやっとだって父は言っているから、私が跡を継ぐのを良しとしていないけどね」

「和傘は1950年代に最盛期を迎えるんだけど、すぐ後になって洋傘が表れて以降は、激減している」

 雪道が補足の情報を後輩に教える。
 
 でもね、私はそんな和傘を世界に広めたいと思っているの、今は関西の大きな和傘の会社が、世界に向けて和傘を広めているけど、私は私なりに、広めていきたい」

 寧音にしては珍しく、少しだけ早口のように思えた。

「具体的なアイディアは浮かばないし、まだ和傘を作れるような技術も経験も無いからこそ、初めは別の会社で色々なことを学びたいと思っているの、大学を卒業できるぐらいまでは、我が家も大丈夫そうだからね」

 しっかりと未来を見据えている寧音に、千香は恋のライバルという肩書と、尊敬する先輩の両方を併せ持つ彼女が、とても大きな存在に思えた。

「すごいな、寧音は! 俺なんか、進学はしたいけど、これ以上勉強はしたくないとも思っている」
 
「秀らしいねなんか」

「なんだよ雪、お前だって漠然とした目標しかないだろ?」

「そうだね、でも一応秀だって、一部の教科が悪いだけで、国語に関しては俺より点数上じゃん」

「え? そうなんですか秀先輩」
 
「そうよ千香ちゃん、唯一と言っていいレベルで、他人に自慢できるのが国語よ」
 
「おいおい、なんか随分と棘がある言い方するなよ」

 「だから、先輩ってばたまに意味不明なこと言うんですね、この前も、なんでしたっけ? なんちゃらほんちゃらって言っていたような」

「フランソワ・ラブレーでしょ」

「そうそれです。」

「誰なのそれ?」
 
 珍しく寧音が雪道に質問を投げかける。
 
「フランスの有名な作家で、医師でもあり、ヒポクラテスの医書を研究して有名になっている」

「そんな人物をなんで秀が知っているのよ」

「いや、なんとなく知っているってだけだよ」

「なんとなく知っているだけで、そんな名前出てこないから」

 これ以上はツッコまないで欲しいと、言わんばかりに苦笑いをしながら、教科書に視線を落とすと、それをみて千香も勉強の続きをする。
 
「ねえ、せっかく勉強しているところ、恐縮なんだけ、あなたたちって付き合っているのよね?」

 改まって確認してくる寧音に、歴代の徳川将軍を暗記していた秀が、頷いて返事を返す。

「でも、あまり普段は一緒にいないよね? 休み時間とか昼休みとか」

「そ、それは、私実は先輩と付き合っているって友だちにまだ教えていないんですよ」
 
「あらそうなの?」

「はい、秀先輩ってばかなりモテますから、いじめとか受けちゃいそうで」
 小さく冗談交じりのように舌を出しながら答えると、慌てて秀はその話を否定する。
 
「いやいや、俺そんなにモテないから」
 
「御謙遜を、秀は同学年にはモテないけど、後輩からは凄い人気って、以前どこかで聞いたときあるけどね」

「その話、寧音から聞くまで信じられなかったけど、改めて凄いと思う」

 雪道からは純粋な尊敬の眼差しを向けられ、そんなことは決してないと何度も念を押すが、千香がどれだけ人気があるのかを話し始めると、寧音は雪道と席を代わってほしいと、頼み千香と話し込んでいく。 

 
「なあ雪」

「なんだ、四代将軍は?」

北条経時ほうじょうつねとき

「それ、素で言ってるなら、今晩から俺の家で徹夜で勉強になるぞ」

「ごめんなさい、家綱です」

 彼にしては珍しく呆れた表情をすると、さきほど自分を呼んだのはなぜかと、問い返した。

「女性ってなんで恋バナ好きなんだろうな」
 
「それは、わからないけど、俺がアニメの話しで盛り上がるのと一緒じゃないかな?」

「若干違うとは思うが、まあ、個人的な七不思議の一つだな」

「それより、四代将軍って聞かれて鎌倉幕府四代執権が出てくるなんて、本当は日本史得意なんじゃないの?」

「まさか、それこそ気のせいだっての、今ですらギリギリのギャグだったのに」

「ギャグが高度すぎるから、あんまりウケはよくないと思うけど」

「そんな、真面目な分析いらないから、それより世界史も教えてくれよ」

「なら、ちょうど徳川幕府やっているなら、それと同時期の世界史を覚えるといいかも」
 
「任せるよ」

 勉強がおろそかになった女性二人を除き、男子は勉強を再開する。
 それは、眠い目をこすりながらも覚えようとする秀にたいして親友である雪道は、「今晩は早く寝な」と一言だけ添えて、鞄から缶コーヒーを取り出すと彼に手渡した。


 その日の帰り道、雪道は今日も買い物があるといい、寧音もそれに付き添う形で下校していき、千香と秀も今日は一緒になって帰る。
 
 駅へ向かう二人は、昨日の甘味処の話題で盛り上がり、秀は今やっているゲームを熱く語るが、その熱意は彼女には届いていないが、終始頷きながらつまらない話を聞いてくれる、とても聞き上手な存在でもあった。
 
 それとは反対方向で、今日の献立に悩む雪道に対して寧音は自分の食べたい食材を、彼に断りもなしでカゴの中に入れていく。

「なんで、そんな自然にカゴにいれるの?」

「今日、私の家だれもいないからご飯作ってくれる人もいないの」
 
「だったら、自分で調理すればいいだけじゃない?」

「自分でつくった料理ってあんまり美味しくないのよね」

「それはたまに思うけど、寧音の料理も十分上手だから心配ないよ」
 
「せっかくだから、美味しいの食べたいじゃん! だから、お願い!」

 両手をあわせて頭を少しだけ下げる彼女に、雪道は長年の付き合いである程度把握しているが、これは絶対折れないであろうと、直感でわかる。

「別にいいけど、今日は嗣美が竜田揚げが食べたいって言うから、メインは竜田揚げで固定でよろしく」

「もちろんキャベツはたっぷり?」

「そうだね。今の時期のキャベツは甘みが強いから、少しだけ紫蘇しそを混ぜようと思う」

 それを聞いて嬉しそうにはしゃぐ彼女をみながら、今までカゴに入れらた食材もチャックしていく。

 菜の花・イチゴ・木綿豆腐

 全然統一感がないが、イチゴの代金だけは後で請求しなければならないと、彼は思い、それと同時に鰹節をまぶした菜の花のオヒタシをサイドにして、食卓に添えようとも同時に考えていた。
 木綿豆腐は明日の味噌汁の具しようか迷ったが、豆腐ハンバーグも捨てがたいと思いつつも、木綿で良かったのかその点が気になりだして、帰ってから調べようと心に決めた。
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