おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第三章:小箱 蘇夜花

わたしにとってのイジメ

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 (あいつ……!?)

 小箱こばこ蘇夜花ソヨカ
 昨日、美晴のノートをぐしゃぐしゃにしたあいつだ。しかもそれを、「ただの勘違い」で片付けやがったあいつだ。そして、「デメ」を6年2組に指示しじしたのもあいつだ。
 
 (そのあいつが、前の学校でいじめられてた……!?)

 現在は、給食の後の5、6時間目。
 人権学習に興味のない生徒や、集中力がとっくに切れた生徒は、そろそろ眠たくなってくる時間帯だ。6年1組の列では、健也ケンヤが大きなあくびをしながら目をこすっている。
 ただ、『美晴』の様相ようそうだけは違った。もう眠気は消し飛び、今は誰よりもステージ上での発表を聞く姿勢を作っている。

 「……!」

 蘇夜花はポケットから折り畳んだ原稿げんこう用紙ようしを取り出し、それを読み始めた。
 
 「『わたしにとってのイジメ』。6年2組、小箱蘇夜花」
 
 蘇夜花は、ここに転入してくる前の学校で自分がいじめられていたことを、赤裸々に語った。
 前の学校では、学級委員をやっていたこと。イジメをしている子を注意したら、自分が標的ひょうてきにされてしまったこと。誰も味方をしてくれなかったという孤独こどく。そして……。
 
 「ある日、いじめっ子の『ミサ』を含むイジメグループは、わたしを女子トイレに呼び出しました。わたしは怖くて声も出せず、誰かに助けを求めることもできませんでした。そしてミサは、カッターナイフを取り出すと……」

 そこで蘇夜花は、言葉に詰まった。
 女の先生が一人、蘇夜花にり「大丈夫? 続けられる?」と、様子をうかがっている。蘇夜花は先生の方を見て、小さく首をたてに振ると、再び原稿の続きを読みだした。

 「ミサはカッターナイフを取り出すと、わたしの背中に大きな傷をつけました。それからしばらくって、身体の傷は無事に消えましたが、心の傷は今でも残っています」

 「イジメは、心の弱い人がすることです。イジメをするのは、恥ずかしい人間です。もし、あなたが現在、いじめられているなら、一人でかかえ込まずに誰かに相談してみましょう。きっと、その人が力になってくれるはずです」

 「これで『わたしにとってのイジメ』を終わります」

 パチパチパチパチ……。
 『美晴』は蘇夜花の話を、真剣しんけんに聞いていた。
 
 (過去にいじめられていたからって、今誰かをいじめることが許されるわけじゃないっ……!)
 
 と、激しいいかりを感じるところもあれば、
 
 (いじめられた経験があったからこそ、美晴をいじめるんだな。蘇夜花自身も怖いんだ……)
 
 と、ほんの少し同情どうじょうするところもあった。

 (あいつと……蘇夜花と真剣に向き合えば、もしかしたら何か変わるかもしれない)
 
 そして『美晴』は、もし機会きかいがあれば、蘇夜花と一度じっくり話をしてみたいと思った。

 *

 キンコーン。
 6時間目終了のチャイムが鳴る。
 全校集会が終わり、ぞろぞろざわざわと体育館から出て行く6年生たち。その荒波の中に、『美晴』はいた。
 どうにかして人混ひとごみの流れを掴んで、体育館から出て行こうとしていると、『美晴』はそこで誰かに呼び止められた。
 
 「風太くんっ」
 
 と言っても、今の『美晴』を心の方の名前で呼ぶことができるのは、一人しかいない。
 
 「……!」
 
 『風太』だ。
 
 「来てっ」
 
 『風太』に連れられて、『美晴』は誰もいない体育館の裏へと向かった。

 *
 
 体育館の裏。
 そこにある2、3段ほどの短い石段いしだんに、少年と少女は腰を降ろした。
 目の前には学校の敷地しきちを囲う金網かなあみフェンスぐらいしかなく、かなり殺風景さっぷうけいな場所だ。校舎から離れているので、騒音そうおんもほとんど聞こえない。

 「か、かわいい服、選びましたねっ」

 『風太』は、『美晴』がはいている白いフリルスカートを見て、そう言った。
 しかし『美晴』は、自分がなぜ今日こんなスカートをはいているのかを知らない。昨日「デメ」を受けてから、今日雪乃に出会うまでの間に、何があったのかを、『美晴』は覚えていないのだ。

 「女の子として、オシャレを楽しんでるんですか? わたしの身体で、かわいい洋服を着てっ」
 「違う……。そういう……つもりじゃ……ない……」
 「そ、そうですか」
 「これは……気にしないで……くれ……」
 「はい……」
 
 そして、少し恥ずかしそうに『風太』はたずねた。
 
 「わたしの、か、身体を初めて見て……その、どう思いましたっ?」
  
 『美晴』は正直に答えた。

 「見てない……」
 「えっ!?」
 「だから……、一度も……見て……ないって……。お前の……身体……とか……」
 
 入れ替わってから二晩ふたばんが過ぎたが、少なくとも、風太の記憶の中に「美晴のはだか」はない。
 
 「お風呂とか、着替えはどうしたんですかっ?」
 「お風呂の代わりに……服を……着たまま……身体を……タオルで……いた。着替えは……目をつぶって……やった」
 「そ、そこまでして……」
 「でも……」
 「でも?」
 
 『美晴』は、自分の肩の辺りにあるストラップを、服の上からつまんだ。
 
 「これは……自分では……脱げない……から……。美晴に……着替えさせて……ほしい……」
 
 昨日の朝、下着したぎ一式いっしきを袋に入れて赤いランドセルに詰め込んだのは、このためだ。美晴のプライベートな部分に精一杯せいいっぱい配慮はいりょしたが、ブラジャーとパンツの着替えだけは、どうやっても回避できなかった。
 
 「わたしが、あの時……風太くんとトイレに行った時、『目をつぶってください』って言ったから、ですか?」
 「うん……」
 「一度も、一度もわたしの、は、はだかをっ、見てないんですか!?」
 「うん……」
 「……!」
 
 『風太』はうつむいて、『美晴』の顔をまともに見ようとはしなかった。
 その心中しんちゅうにあったのは、罪悪感ざいあくかんだ。女の身体を押し付けたうえに、「裸は見ないでほしい」というワガママな約束を、守らせてしまった。『美晴』に無理やり背負わせた物の多さと大きさを、『風太』は改めて理解した。

 「あっ! あの、これ……」
 
 『風太』は、手に持っていた袋を『美晴』に渡した。
 
 「ん……?」
 「昨日、これを渡しに行ったんですけど、ふ、風太くん、急いでたみたいで……。覚えてませんか?」
 「きのう……??」
 
 昨日の出来事を思い出そうとしても、頭に浮かんでくるのは、一昨日おとといの記憶だけ。
 よく分からないまま『美晴』は袋を受け取り、ガサガサとその中にあるものを取り出した。

 「これ……ブラウス……?」
 「そ、そうですっ! わたしの方で、洗濯しておきましたからっ」
 
 入れ替わり初日しょにちに『美晴』が女子更衣室で見つけた、チョークの粉まみれだったブラウスだ。チョークの汚れは、今はキレイさっぱり消え去っている。
 
 「どう……して……?」
 「わたしの部屋を片付けた時に、持って帰ったのでっ」
 
 初日の、「みはるのへや」の片付けをした時に持ち去ったのだと、『風太』は説明した。
 しかし『美晴』が聞きたいのは、そんなことではない。
 
 「なんで……この服……、チョークで……汚れて……たんだ……?」
 「あ、あのっ、それは、わたし、その……ドジで、えっと」
 
 ウソだ。そいつが明らかにウソをついていることは、『美晴』にも分かった。
 自分がいじめられていることを、そいつは隠そうとしている。その意図いとを、『美晴』は心の中で考えていた。
 
 「……」
 「……」
 
 しばらくの間、お互いにだまり込んでしまった。
 そして、一つの結論に至った『美晴』が、その沈黙ちんもくを破った。
 
 「知ってる……よ……」
 「えっ?」
 「もう……おれも……経験したんだ……。何が……あったかは……分かってる……」
 「ふ、風太くん……」
 「だから……6年2組で……お前の身に……起きてることを……」

 キンコーン!
 帰りのホームルーム開始のチャイムだ。『美晴』のしゃべりが遅すぎるので、まるで言葉をさえぎるかのようなタイミングで、それはいつも学校全体に鳴り響く。
 
 「ごめんなさい。わたし、もう行きますね」
  
 『美晴』の話はまだ途中だったが、『風太』は立ち上がった。
 そして、自分のしゃべりの遅さに不満を抱いている『美晴』の顔を見て、『風太』は何かを決意したようなハッキリとした言葉で言った。

 「大丈夫。風太くんが何を言おうとしてたのかは分かります。ちゃんと話しますから、放課後、またここで会いましょう」

 *

 再び、6年2組。『美晴』は教室に戻ってきた。
 陣野先生が宿題と連絡事項をクラスに伝え終わり、帰りのあいさつを済ませると、放課後となった。特に学校に用事がない生徒は、早めに帰宅するべき時間だ。
 明日から大型連休ゴールデンウィークということもあり、教室も廊下ろうかも人で溢れて騒がしくなっていた。みんな、連休中の遊ぶ予定を、仲の良い友達と相談しているのだろう。
 『美晴』には……現在の風太には、一緒に遊ぶ友達がいないので、誰からも声をかけられることはない。
 
 (もし美晴と入れ替わってなかったら、今ごろはおれも、健也ケンヤ翔真ショウマたちと一緒に……)
 
 ひとりぼっちの少女は、楽しそうに休みの予定を話し合う少年たちを、遠くから見ていた。

 「……」
 
 赤いランドセルを背負い、『美晴』は廊下に出た。
 目指す場所は自宅ではなく、さっき『風太』と再会する約束をした体育館裏だ。ずっしりとしたランドセルの重みに肩を痛めながら、『美晴』は歩き出した。
 すると、その時……。

 「ねぇ、美晴ちゃん」

 誰かが、身体の方の名前を呼んだ。
 『美晴』が振り返ると、そこには先ほどの全校集会でイジメ体験を語った、例のあいつがいた。

 (蘇夜花……!)
 
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