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「ここ、どこ……?」
辺りはすっかり暗くなりかけている。
遠くから獣の遠吠えが聞こえてきた。ベルティーユはびくっと頭を両手で抱えて、体を震わせる。腰が抜けて、その場にしゃがみこんでしまう。ズボンをはいていても、落ち葉や木の枝がちくちくと刺さっていたかったが、もう立ち上がる気力はなかった。
「助けて……。ウィル様……」
恐怖から、思わずぽつりとつぶやく。自分はもう、ウィルフレッドに助けを求める資格など、とうになくしているのに。
十年前も、こんなことがあった。
ウィルフレッドは十五歳、ベルティーユは八歳だった。
ウィルフレッドの誕生日に、彼が好きだと言っていた花を摘みに行こうと一人で森に出かけた。首尾よくその花を摘むことは出来たが、道に迷って迷子になってしまった。
危険な生き物もいない小さな森なので、使用人やウィルフレッドと何度もやってきて、そのときはスムーズに帰れたのに。
大きな木のふもとで、ベルティーユは膝を抱えて座りこんでしまった。足は歩き疲れて空腹で、辺りは暗くなってきて、泣きべそをかいてしまっていた。
「ウィル様……。お父さま、お母さま」
震える声でベルティーユは呟いた。
「ベル」
そのとき優しい大好きな人の声がした。どんなに悲しいときでも、安心させてくれる声。
「心配したよ。ベルティーユ……! 森に来たいのなら、私を誘ってくれればよかったのに」
珍しく慌てた顔のウィルフレッドが、優しくベルティーユを抱きしめる。彼の優しい匂いで、ベルティーユは安心感に包まれた。
プレゼントのことを思い出して顔を上げる。
「あのね、ウィル様。明日お誕生日でしょう?」
「ああ、そうだね」
「だから、秘密で取りに行きたくて。これ、プレゼントなの」
背中に隠していた不格好な花冠を差し出すと、ウィルフレッドのこわばっていた顔が緩んだ。
「私のために……? ありがとう。ベルがつけてくれる?」
「ええ、いいわ」
少し低くしたウィルフレッドの頭に、そっとのせる。ウィルフレッドが優しく微笑みながら、ベルティーユの頭を撫でる。
「秘密でプレゼントを用意してくれるのは嬉しいよ。でも、君に何かあると私はたまらなく心配するんだ。今度から私を誘ってくれる?」
「はい。ウィル様」
そのまま、ウィルフレッドにおぶられて、ベルティーユは無事自宅に帰った。両親や使用人からはこっぴどく怒られてしまったが。
不安でたまらなかった時に、ベルティーユを見つけ出してくれた。あの頃から、ウィルフレッドはベルティーユの王子様なのだ。
「でも、もうウィル様は……」
もうベルティーユを探しになど来てくれないだろう。勝手に婚約破棄したうえ、窓を割って出て行ったベルティーユなど。
「ベル!」
頭上から声がして、顔を上げる。
「ウィル様、どうして……」
自分の願望が、幻を見せているのだろうか。だけれど、今までにないほど力強く抱きしめられて本物なのだと思った。
「君がこんなにおてんばだなんて思わなかった。勝手にいなくなるなんて、どういうこと!? 悪いが私は君をもう離してあげられないよ。もう、いなくなったりしないでくれ。頼む……」
初めて聞いた大声。ベルティーユがここにいるのを確かめるかのように、ウィルフレッドは強く抱きしめてきた。
「ウィル様、苦しい……」
「ごめん」
ベルティーユの訴えに、ウィルフレッドは慌てて力を緩める。
「あの時も、ウィル様がこうやって探しに来てくださいましたね」
「探すよ。君がいなくなったら見つかるまで。いつだって」
「……ずっと、ウィルフレッド様は私よりずっと大人で、焦ったり怒ったりなんてしないと思ってました」
「……するよ。君に関してはね」
ウィルフレッドは、穏やかな表情と口調に戻った。
「ベルの婚約はなくなったよ」
「……え?」
ウィルフレッドの言葉が一瞬理解できず、ベルティーユはぽかんと口を開けた。
聞き間違いだろうか?
ゆっくりと言い聞かせるように、
「今日突然、オースティンが廃爵したいと国王陛下に願い出たそうだよ」
「オースティン様が、廃爵……?」
オースティンは、性格こそ難があるが、領地の税収なども良く、素行も特に問題なかったはずだ。廃爵するような理由など、見当たらないのだが……。
「同時にベルとの婚約も破棄された。どこか田舎で静かに暮らすそうだよ。辺境伯はとりあえず代理のものが務めて、後ほど国王陛下が任命されるそうだ」
優しい視線を向けたままで、
「だから、もうベルが憂うことは何もない」
「ウィルフレッド様、全部知って……?」
ウィルフレッドを困らせたくなくて、ベルティーユは必死で隠していたというのに。
「さぁね」
理由は分からないが、オースティンとの婚約がなくなったのなら……。
ベルティーユはウィルフレッドを真っすぐに見つめた。
「ウィルフレッド様。わたしずっと、あなたに嘘を……」
「うん」
ウィルフレッドはゆっくりと言葉を紡ぐベルティーユを急かすことなく、ただ微笑んで待っていてくれた。
「わたしはずっと、あなたをお慕いしたままです。ほかの方を、オースティン様に心変わりしたことなどありません。でも、オースティン様に脅されて……。ウィル様たちを助けるために、傷つけて申し訳ありません」
ベルティーユは深々と頭を下げた。
「そう。いいよ、もう」
「幼いときからずっと、ウィル様の妻になりたかった……!」
「私も、ずっと君を妻にしたかったよ」
ウィルフレッドが耳元で優しく囁く。
「これで、君を私の婚約者に戻しても、何の障害もないね?」
耳にウィルフレッドの息がかかって、くすぐったくて恥ずかしい。
「ご両親に君の無事と、改めて婚約したことを伝えにいこうね」
微笑んだベルティーユは、返事の代わりにウィルフレッドに抱きついた。
辺りはすっかり暗くなりかけている。
遠くから獣の遠吠えが聞こえてきた。ベルティーユはびくっと頭を両手で抱えて、体を震わせる。腰が抜けて、その場にしゃがみこんでしまう。ズボンをはいていても、落ち葉や木の枝がちくちくと刺さっていたかったが、もう立ち上がる気力はなかった。
「助けて……。ウィル様……」
恐怖から、思わずぽつりとつぶやく。自分はもう、ウィルフレッドに助けを求める資格など、とうになくしているのに。
十年前も、こんなことがあった。
ウィルフレッドは十五歳、ベルティーユは八歳だった。
ウィルフレッドの誕生日に、彼が好きだと言っていた花を摘みに行こうと一人で森に出かけた。首尾よくその花を摘むことは出来たが、道に迷って迷子になってしまった。
危険な生き物もいない小さな森なので、使用人やウィルフレッドと何度もやってきて、そのときはスムーズに帰れたのに。
大きな木のふもとで、ベルティーユは膝を抱えて座りこんでしまった。足は歩き疲れて空腹で、辺りは暗くなってきて、泣きべそをかいてしまっていた。
「ウィル様……。お父さま、お母さま」
震える声でベルティーユは呟いた。
「ベル」
そのとき優しい大好きな人の声がした。どんなに悲しいときでも、安心させてくれる声。
「心配したよ。ベルティーユ……! 森に来たいのなら、私を誘ってくれればよかったのに」
珍しく慌てた顔のウィルフレッドが、優しくベルティーユを抱きしめる。彼の優しい匂いで、ベルティーユは安心感に包まれた。
プレゼントのことを思い出して顔を上げる。
「あのね、ウィル様。明日お誕生日でしょう?」
「ああ、そうだね」
「だから、秘密で取りに行きたくて。これ、プレゼントなの」
背中に隠していた不格好な花冠を差し出すと、ウィルフレッドのこわばっていた顔が緩んだ。
「私のために……? ありがとう。ベルがつけてくれる?」
「ええ、いいわ」
少し低くしたウィルフレッドの頭に、そっとのせる。ウィルフレッドが優しく微笑みながら、ベルティーユの頭を撫でる。
「秘密でプレゼントを用意してくれるのは嬉しいよ。でも、君に何かあると私はたまらなく心配するんだ。今度から私を誘ってくれる?」
「はい。ウィル様」
そのまま、ウィルフレッドにおぶられて、ベルティーユは無事自宅に帰った。両親や使用人からはこっぴどく怒られてしまったが。
不安でたまらなかった時に、ベルティーユを見つけ出してくれた。あの頃から、ウィルフレッドはベルティーユの王子様なのだ。
「でも、もうウィル様は……」
もうベルティーユを探しになど来てくれないだろう。勝手に婚約破棄したうえ、窓を割って出て行ったベルティーユなど。
「ベル!」
頭上から声がして、顔を上げる。
「ウィル様、どうして……」
自分の願望が、幻を見せているのだろうか。だけれど、今までにないほど力強く抱きしめられて本物なのだと思った。
「君がこんなにおてんばだなんて思わなかった。勝手にいなくなるなんて、どういうこと!? 悪いが私は君をもう離してあげられないよ。もう、いなくなったりしないでくれ。頼む……」
初めて聞いた大声。ベルティーユがここにいるのを確かめるかのように、ウィルフレッドは強く抱きしめてきた。
「ウィル様、苦しい……」
「ごめん」
ベルティーユの訴えに、ウィルフレッドは慌てて力を緩める。
「あの時も、ウィル様がこうやって探しに来てくださいましたね」
「探すよ。君がいなくなったら見つかるまで。いつだって」
「……ずっと、ウィルフレッド様は私よりずっと大人で、焦ったり怒ったりなんてしないと思ってました」
「……するよ。君に関してはね」
ウィルフレッドは、穏やかな表情と口調に戻った。
「ベルの婚約はなくなったよ」
「……え?」
ウィルフレッドの言葉が一瞬理解できず、ベルティーユはぽかんと口を開けた。
聞き間違いだろうか?
ゆっくりと言い聞かせるように、
「今日突然、オースティンが廃爵したいと国王陛下に願い出たそうだよ」
「オースティン様が、廃爵……?」
オースティンは、性格こそ難があるが、領地の税収なども良く、素行も特に問題なかったはずだ。廃爵するような理由など、見当たらないのだが……。
「同時にベルとの婚約も破棄された。どこか田舎で静かに暮らすそうだよ。辺境伯はとりあえず代理のものが務めて、後ほど国王陛下が任命されるそうだ」
優しい視線を向けたままで、
「だから、もうベルが憂うことは何もない」
「ウィルフレッド様、全部知って……?」
ウィルフレッドを困らせたくなくて、ベルティーユは必死で隠していたというのに。
「さぁね」
理由は分からないが、オースティンとの婚約がなくなったのなら……。
ベルティーユはウィルフレッドを真っすぐに見つめた。
「ウィルフレッド様。わたしずっと、あなたに嘘を……」
「うん」
ウィルフレッドはゆっくりと言葉を紡ぐベルティーユを急かすことなく、ただ微笑んで待っていてくれた。
「わたしはずっと、あなたをお慕いしたままです。ほかの方を、オースティン様に心変わりしたことなどありません。でも、オースティン様に脅されて……。ウィル様たちを助けるために、傷つけて申し訳ありません」
ベルティーユは深々と頭を下げた。
「そう。いいよ、もう」
「幼いときからずっと、ウィル様の妻になりたかった……!」
「私も、ずっと君を妻にしたかったよ」
ウィルフレッドが耳元で優しく囁く。
「これで、君を私の婚約者に戻しても、何の障害もないね?」
耳にウィルフレッドの息がかかって、くすぐったくて恥ずかしい。
「ご両親に君の無事と、改めて婚約したことを伝えにいこうね」
微笑んだベルティーユは、返事の代わりにウィルフレッドに抱きついた。
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