束縛婚

水無瀬雨音

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「そうだわ! どうして気づかなかったのかしら」

 ベルティーユは急いで寝室に向かって、ウィルフレッドの着替えを取り出す。ベルティーユの服では、役に立たないからだ。
 男性の服は初めてなので、多少手間取りながらも着替えをすませる。長すぎる袖とズボンの丈は折りたたむ。
 椅子を持って、窓の前に立つ。

「……さよなら。ウィル様」

 小さな声でウィルフレッドに別れを言って、ベルティーユは窓に向かって、深呼吸した。思いっきり椅子を振り上げた。ガラスが音を立てて砕け散る。
 破片で怪我をしないよう、タオルを挟んで窓枠に手をつく。ベルティーユは窓から外に飛び出した。
 窓から見て予想はついていたが、外は木に囲まれていて、この家は山の中に建っているようだ。

「……」

 どんなに目をこらしてもあまりに木しか見えないので、一瞬ひるみそうになったベルティーユだが、

「……よし。行くわ」

 意を決して歩き始めた。歩いていれば、きっとどこかに出るはず。そしたら出会った人に助けを求めて屋敷に帰ろう。

     ★★★

「よう、ウィルフレッド。久しぶりだな」

 急に訪れたにも関わらず、オースティンはあっさりとウィルフレッドを屋敷にいれた。たまたま時間が開いていたらしい。

「文句でもつけにきたのか? お前の大事なベルティーユをオレに取られたんだからな。やっとお前を出し抜けたと思ったら、せいせいする」

 ソファーに足を組んで座り、オースティンはにやにやと笑った。

「茶ぁくらい出してやるよ。まあ座れ」
「いや。結構だ。すぐにお暇するから」

 ウィルフレッドは立ったまま、封筒の中身を床にぶちまけた。

「お前人ん家にゴミばらまくなよ。……おまえっ」

 書類を一枚拾い上げたオースティンは、さっと顔色を変えた。慌てて他のものも拾い上げては、細かく破いてウィルフレッドを睨みつける。

「……どうやってこんなもの!」
「好きにしろよ。当然控えはあるから」

 ウィルフレッドはさえざえとした目で、オースティンを見下ろす。

「隣国への武器の横流し。虚偽の帳簿。高等貴族の妻とも遊んでいるな。……ほかにも色々やらかしてくれていて、お前を失脚させる材料に事欠かなくて助かった。前々から目にはついたが、関係ないから泳がせてた。証拠固めに多少時間はかかったがな。ベルを諦めろ。そしたら見逃してやる」
「見逃すって……ここまで来て」

 往生際の悪いオースティンに、ウィルフレッドは舌打ちした。オースティンの肩口を蹴って床に押し付ける。彼が起き上がる前にすばやくナイフを取り出して、顔の横に突き刺した。

「……っ」

 少し切れた頬から、赤く線のように血がにじむ。髪が何本かぱらぱらと切れて床に落ちる。
 もがいて抵抗しようとするオースティンの首を、ギリギリとウィルフレッドは絞めた。

「う……ぐ……」
「私たちの前に二度と顔を出すな」

 オースティンがうなづいたのを確認して、ウィルフレッドは首から手を離した。すぐさまオースティンは上半身を起こす。
 酸素を一気に肺に吸い込んで、激しくせき込んだ。

「げほっ。お、前……いつもにこにこ穏やかになんでもかっさらっていくくせに……。よくもそんな性悪な顔隠してやがったな。ベルティーユは知っているのか?」
「彼女は知らないよ。私の薄汚いところなんて、ずっと知らなくていい」

 床に刺さったままのナイフを、再びしまい込んで立ち上がった。

「お前が私をライバル視するのは勝手だ。ほしいっていうならなんでもやるけど、ベルだけはだめだ。ベルを欲しがったことを後悔しろ。地獄でな」

 冷ややかな口調でそれだけを言い残し、ウィルフレッドはオースティンの屋敷を後にした。そのままベルティーユの待つ山小屋へと向かう。
 やっと解決した。
 歩きながら、気分が高揚するのが抑えきれず、自然と急ぎ足になる。今までもベルティーユが待っていると思うと早足になっていたが、今日は問題が解決したこともあってなおさらだ。
 ウィルフレッドをライバル視し、どうにか出し抜いてやろうと何かと小細工してきたのは分かっていたが、彼にとっては大した実害はなく、ハエが飛び交っているようなものなので無視していた。だが、こんなことをしでかすと分かっていたら、さっさとつぶしておくのだった。
 ベルティーユがオースティンに脅されてからずっと悲痛な思いをしていたと思うと、胸が痛む。だが、それも今日までだ。帰ったのなら、もう悩むことはないのだと、告げてやろう。
 そうこうしている間に、ベルティーユの待っている山小屋が見えた。ぱっと顔色を明るくしたウィルフレッドは、一瞬で顔をくもらせた。 
 窓ガラスが割られ、地面にガラスが散乱していたからだ。
 窓の近くにおいてあるタオルや足の壊れた椅子を見て、すぐに状況を理解する。

「……ベルティーユ……!」

 ウィルフレッドは、慌てて走り出した。

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