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「覚えていていただいて光栄です。あなたに足を踏まれたあの日からずっと僕はあなたを忘れた日はありませんでした。……ずっと思っていましたよ。あの生意気な美しい小娘を、私の足もとに屈服させたいと」
オレーユはソフィアの顎をぐい、と引き寄せ荒々しく口づけた。
ソフィアは抵抗して胸板をたたくが、男に力でかなうはずもない。
するっと入り込んだ舌を思い切り噛む。
「……っ」
そのとたんソフィアの頬が火のついたように痛み、部屋の端まで飛ばされ、壁にぶつかる。平手打ちされたらしい。
頬も痛いが壁に勢いよくぶつかった腕も痛い。
初めての衝撃にソフィアはしばらく起き上がれない。
「……痛」
「ソフィア様!」
慌ててマリアがソフィアに駆け寄り、抱き上げて打たれた頬を撫でる。にらみつけるソフィアにオレーユは微笑む。
「……生意気な方が屈服させがいがある。次期にあなたから言い寄ってきますよ。……何しろここでは私の機嫌をとらなければ食事もできませんから」
「目的は私なのですよね?ではマリアは解放してください」
ソフィアの言葉にオレーユはマリアを一瞥する。マリアは顔をそらした。
「あなたほどではないが美しい娘なので、私の愛人にでもしてさしあげますよ。……そうでなくても高く売れそうだ」
そらしたマリアの顔をオレーユはなめるように見つめる。
「オレーユ様、何か悪いことをなさっているならおやめください」
「悪いこと?」
オレーユは鼻で笑った。
「余っているものを売っているだけです。ごく普通の商人ですよ」
「……普通?城下で起こっている行方不明者が多発しているのはあなたが関わっているのではないですか?」
低い声でのソフィアの問いにオレーユは動じない。
「平民などいくらでも生まれてくるでしょう。一生をかけたって大した役にも立たないのだから、貴族の私腹を肥やすのに一役買えるなら生まれて来た甲斐があるというものです。我が侯爵家はモンブールの王室に連なる由緒正しい家系なのですからね」
その表情は全く変わらず、悪びれる様子はない。
「……私はあなたのそういうお考えが嫌いです。平民は国の宝です。彼らが働いてくれるから国が成り立つのですよ」
求婚されたからと言って毎回足を踏んでいるわけではない。
ソフィアがオレーユを気に入らなかったのは、ベルと同じような選民思想を持っていたからだ。
「私も、あなたの偽善者ぶった考えは嫌いです。……食事を持ってきます」
オレーユの背中に「いりません」と言いたかったが、言わなかったのはマリアがいたからだ。自分の意地でマリアを空腹にさせるわけにはいかない。そうでなくても前の食事から時間がたっているから空腹なのに。
オレーユが退室し、ソフィアたちはひとまずベッドに腰かけることにした。床は一応じゅうたんがひかれているものの、固く座り心地はかなり悪い。
「オレーユとベルの選民思想は相変わらずですね。ご両親はそんなことはないのにどこからそういう考えに至ったのだか」
マリアが苦々しく言い放つ。
「侯爵とモンブール国王様のこともご存じなの?」
「え?ああ、もちろん会ったことはないのですけれど、王宮にいれば見聞きすることもありますので」
そういうものなのかとソフィアは納得する。
使用人たちの情報網もあったりするのだろう。
「ベル様とオレーユ様はご親戚なの?」
「侯爵夫人がモンブール国王のお姉さまなのだそうですよ。
それにしてももっと黒幕がいるのかもしれませんが、オレーユが行方不明者多発事件にかかわっているとは。侯爵は議員ですし、オレーユも王宮の出入りがありますから、捜査情報を入手するのはたやすかったでしょう。私たちをさらったメイドもどうやって王宮に入ったのかはわかりませんが、人員補充がいつになるか知るのも、制服を手に入れるのも難しくなかったでしょうね」
優秀なことで知られる王族や騎士団たちが一か月もの間行方不明者多発事件を押さえられなかったのが悔しいらしい。
マリアは音が聞こえるほど歯をぎりぎりと食いしばる。しばらくして思い出したように声をあげる。
「そうです、ソフィア様」
「なぁに?」
「先ほども言ったように気に病まれる必要はないのですが、私は今ソフィア様の巻き添えを食っている状況なのです」
「え、ええ。ごめんなさい」
しゅん、としおれるソフィアの手をマリアは握った。
じっと目を見つめる。
嘘は許さない、とマリアの目が語っていた。
「ソフィア様がなぜ婚約破棄に至ったのか教えてくださいますね?私はあの時のソフィア様を全く持って信用しておりません」
「とりあえず一言申し上げてよろしいですか?」
ソフィアの話をマリアは黙って聞いていた。聞き終わった後も声を荒げることもなく、怒りを表すこともなく逆に怖い。
「ええ」
「馬鹿ですか、ソフィア様は。
確かにベルはかなりの権力を持っていますが、ベルに王位継承させないようモンブール国王に進言するなり、戦にならないやり方はあったはずですよ」
マリアの意見はクロードよりはるかに現実的で死人も出なそうだ。
「ごめんなさい」
マリアに淡々と諭され、ソフィアはしょげ返る。
こんなことだったら多少のリスクを冒してでもソフィアから離れるのではなかったとマリアは後悔する。自分だったらソフィアがクロードに婚約破棄を言い出す前にどうにかできたかもしれないのに。
前々からいけすかない女だったが、ベルのほとんどない好感度がマリアの中でマイナスになった。
「まあソフィア様はまだお若いですし、終わったことを言っても仕方がないです。
……私たちの誘拐もベルが絡んでますね」
「なぜ?
婚約破棄された私にもう用はないでしょう?」
「婚約破棄したところでクロード様がそうそう諦めないことは目に見えていますもの。目の届かないところに置いていたほうが確実でしょう。
『セヴィオ王国に手出しはしない』と約束しても、ソフィア様に手出ししないとは言っていないのでしょう?
結婚式を取りやめるとかおっしゃった真意はよく分かりませんけれど、クロード様のソフィア様へのお気持ちは本当です。信じてくださいね」
ソフィアは目に涙をため、黙ったままでこくりとうなづく。瞬きをすればこぼれてしまうだろう。性格はともかくとして人を疑うことを知らないところは令嬢らしい。そして甘いところも。
オレーユはソフィアの顎をぐい、と引き寄せ荒々しく口づけた。
ソフィアは抵抗して胸板をたたくが、男に力でかなうはずもない。
するっと入り込んだ舌を思い切り噛む。
「……っ」
そのとたんソフィアの頬が火のついたように痛み、部屋の端まで飛ばされ、壁にぶつかる。平手打ちされたらしい。
頬も痛いが壁に勢いよくぶつかった腕も痛い。
初めての衝撃にソフィアはしばらく起き上がれない。
「……痛」
「ソフィア様!」
慌ててマリアがソフィアに駆け寄り、抱き上げて打たれた頬を撫でる。にらみつけるソフィアにオレーユは微笑む。
「……生意気な方が屈服させがいがある。次期にあなたから言い寄ってきますよ。……何しろここでは私の機嫌をとらなければ食事もできませんから」
「目的は私なのですよね?ではマリアは解放してください」
ソフィアの言葉にオレーユはマリアを一瞥する。マリアは顔をそらした。
「あなたほどではないが美しい娘なので、私の愛人にでもしてさしあげますよ。……そうでなくても高く売れそうだ」
そらしたマリアの顔をオレーユはなめるように見つめる。
「オレーユ様、何か悪いことをなさっているならおやめください」
「悪いこと?」
オレーユは鼻で笑った。
「余っているものを売っているだけです。ごく普通の商人ですよ」
「……普通?城下で起こっている行方不明者が多発しているのはあなたが関わっているのではないですか?」
低い声でのソフィアの問いにオレーユは動じない。
「平民などいくらでも生まれてくるでしょう。一生をかけたって大した役にも立たないのだから、貴族の私腹を肥やすのに一役買えるなら生まれて来た甲斐があるというものです。我が侯爵家はモンブールの王室に連なる由緒正しい家系なのですからね」
その表情は全く変わらず、悪びれる様子はない。
「……私はあなたのそういうお考えが嫌いです。平民は国の宝です。彼らが働いてくれるから国が成り立つのですよ」
求婚されたからと言って毎回足を踏んでいるわけではない。
ソフィアがオレーユを気に入らなかったのは、ベルと同じような選民思想を持っていたからだ。
「私も、あなたの偽善者ぶった考えは嫌いです。……食事を持ってきます」
オレーユの背中に「いりません」と言いたかったが、言わなかったのはマリアがいたからだ。自分の意地でマリアを空腹にさせるわけにはいかない。そうでなくても前の食事から時間がたっているから空腹なのに。
オレーユが退室し、ソフィアたちはひとまずベッドに腰かけることにした。床は一応じゅうたんがひかれているものの、固く座り心地はかなり悪い。
「オレーユとベルの選民思想は相変わらずですね。ご両親はそんなことはないのにどこからそういう考えに至ったのだか」
マリアが苦々しく言い放つ。
「侯爵とモンブール国王様のこともご存じなの?」
「え?ああ、もちろん会ったことはないのですけれど、王宮にいれば見聞きすることもありますので」
そういうものなのかとソフィアは納得する。
使用人たちの情報網もあったりするのだろう。
「ベル様とオレーユ様はご親戚なの?」
「侯爵夫人がモンブール国王のお姉さまなのだそうですよ。
それにしてももっと黒幕がいるのかもしれませんが、オレーユが行方不明者多発事件にかかわっているとは。侯爵は議員ですし、オレーユも王宮の出入りがありますから、捜査情報を入手するのはたやすかったでしょう。私たちをさらったメイドもどうやって王宮に入ったのかはわかりませんが、人員補充がいつになるか知るのも、制服を手に入れるのも難しくなかったでしょうね」
優秀なことで知られる王族や騎士団たちが一か月もの間行方不明者多発事件を押さえられなかったのが悔しいらしい。
マリアは音が聞こえるほど歯をぎりぎりと食いしばる。しばらくして思い出したように声をあげる。
「そうです、ソフィア様」
「なぁに?」
「先ほども言ったように気に病まれる必要はないのですが、私は今ソフィア様の巻き添えを食っている状況なのです」
「え、ええ。ごめんなさい」
しゅん、としおれるソフィアの手をマリアは握った。
じっと目を見つめる。
嘘は許さない、とマリアの目が語っていた。
「ソフィア様がなぜ婚約破棄に至ったのか教えてくださいますね?私はあの時のソフィア様を全く持って信用しておりません」
「とりあえず一言申し上げてよろしいですか?」
ソフィアの話をマリアは黙って聞いていた。聞き終わった後も声を荒げることもなく、怒りを表すこともなく逆に怖い。
「ええ」
「馬鹿ですか、ソフィア様は。
確かにベルはかなりの権力を持っていますが、ベルに王位継承させないようモンブール国王に進言するなり、戦にならないやり方はあったはずですよ」
マリアの意見はクロードよりはるかに現実的で死人も出なそうだ。
「ごめんなさい」
マリアに淡々と諭され、ソフィアはしょげ返る。
こんなことだったら多少のリスクを冒してでもソフィアから離れるのではなかったとマリアは後悔する。自分だったらソフィアがクロードに婚約破棄を言い出す前にどうにかできたかもしれないのに。
前々からいけすかない女だったが、ベルのほとんどない好感度がマリアの中でマイナスになった。
「まあソフィア様はまだお若いですし、終わったことを言っても仕方がないです。
……私たちの誘拐もベルが絡んでますね」
「なぜ?
婚約破棄された私にもう用はないでしょう?」
「婚約破棄したところでクロード様がそうそう諦めないことは目に見えていますもの。目の届かないところに置いていたほうが確実でしょう。
『セヴィオ王国に手出しはしない』と約束しても、ソフィア様に手出ししないとは言っていないのでしょう?
結婚式を取りやめるとかおっしゃった真意はよく分かりませんけれど、クロード様のソフィア様へのお気持ちは本当です。信じてくださいね」
ソフィアは目に涙をため、黙ったままでこくりとうなづく。瞬きをすればこぼれてしまうだろう。性格はともかくとして人を疑うことを知らないところは令嬢らしい。そして甘いところも。
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