ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦

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「昨日の夜はどうしたんですか?」

「ん、ああ」と、はぐらかしながら髪を大きくかき上げる。「取締役会が長引いてね。悪いが今夜も遅くなるかもしれない」

「会社で何かあったんですか?」

「いや、なんでもないよ」と、うっすら伸びた髭をさする。「心配しないでくれ」

「でも……」

「外部の人間に話せない機密事項もあるからさ」

 ――あっ。

 そうですよね。

 経営者ともなると、一般社員にすら口外できないこともあるだろう。

 まして、妻は会社の人間ですらないのだ。

 疎外感に押しつぶされて翠の心はしぼんでしまった。

 唇をとがらせうつむく妻の肩に夫が手を置く。

「すまない。仕事の心配事は家庭に持ち込まないようにしたいんだけどな」

 翠は顔を上げて蒼也を見つめた。

「いえ、いいんです。ただ、私も妻ですから、夫のサポートをしたいんです。あくまでも家庭でできることですけど」

「すごくうれしいよ。ありがとう」と、蒼也の微笑みが迫ってくる。「じゃあ、またキスさせて」

 蒼也の情熱的なキスに不安が押し流されていく。

「でもさ」と、唇を離した蒼也がささやく。「昨日も帰ってきてパジャマ姿の翠を見たらホッとしたよ。あんなかわいくて無防備な姿、俺以外に見せるなよ」

 ――無防備って。

 蒼也さんにだって見せたくないですけど、もう。

「そういえば、私をベッドまで運んでくれたんですか。全然気がつかなかったです」

「相当疲れてたんだろ」と、意味ありげに蒼也が口元を押さえる。「昨日は朝までほとんど寝てなかったもんな」

 え、あっ……。

 誰のせいですか、もう。

 頬を赤らめる妻を夫がのぞき込む。

「ベッドに運んだとき、俺に抱きついたのは覚えてる?」

「だ、抱きついたんですか、私?」

「なんだよ、俺の名前を呼びながら唇を突き出してきたくせに」

「う、うそ、そんなことしてません……よね」

「妻に誘われたら、俺も男だから我慢できなくてさ」

 ま、まさか……。

「な、何したんですか?」

 その質問を待っていたかのように、蒼也がニヤける。

「お休みのキスに決まってるだろ」

 あ、キス……。

「違うこと想像してた?」

「してません!」

「俺のことケダモノと思ってるかもしれないけど、さすがにそれはないよ」

「それって何ですか、それって」

 反撃だ。

「いや、まあ、ほら、おぼえてるだろ。愛し合った俺たちがしたこと。なんなら、今から再現しようか」

「しません!」

 ああ、もう、言わせなきゃ良かった。

 照れくささに視線をそらしながら翠は無理矢理話を変えた。

「工作やってくれたんですか?」と、紅葉のちぎり絵を指す。

「ああ、さすがに一つだけだったけどな。こんなんで良かったか?」

「めちゃくちゃ上手じゃないですか」

「先生に褒められたのは何年ぶりかな」

 と、蒼也がラグの上に落ちていた折り紙を手に取った。

「こんなの作ってたんだな」

 テーブルの縁にひょっこり顔を出したのは、花婿の折り紙だった。

「あ、それは……」

 昨夜蒼也のことを考えながら、つい折ってしまったのだ。

 突っ伏して寝ている間にテーブルから落ちてしまったらしい。

「花嫁もいるんだな」

 白いドレスの花嫁が隣に顔を出す。

「パパパパーン、パパパパーン」と、おどけながら蒼也がメンデルスゾーンの結婚行進曲を口ずさむ。「新郎新婦の入場です」

 いきなりペープサート?

 一歩一歩近づいていく人形に目が引き寄せられる。

 音楽が終わったところで、蒼也が人形にキスをさせた。

 見ていた翠の耳が熱くなる。

「なんか、見てるだけでむずむずしちゃいますよ」

「俺たちもする?」と、蒼也がじっと見つめてくる。

 鼓動が二倍速で跳ね上がる。

「そ、それより、朝ご飯急がないと」と、翠ははぐらかした。

 ――ああ、もう。

 ちゃんと聞かれたら照れちゃうでしょ。

 不意打ちだったら受け止めてたのに。

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