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   ◇

 駅前で別れて家に着いてからも喜びや興奮は解けなかった。
 メッセージを送るなら今しかないと、ずっと悩んでいた。
 打っては消し、打ってはまた消し、と時間ばかりが過ぎていく。
 結局、気の利いた一言が出てこなくて、寝る時間になってしまった。
 と、アラームをセットして部屋の明かりを消したその時だった。
 スマホの画面が光る。
 上志津さんからのメッセージがロック画面に浮かんでいた。
《今日はありがとう》
 眠ろうとしたタイミングで来るなんて。
 こんなささいな偶然にまで、ふと見上げた空に流星群を見つけたような大げさな感動を覚えてしまう。
 ――偶然に感動する魔法。
 その魔法の名前を僕は知っている。
 僕は恋をしているんだ。
 画面を開いて夢中で指を動かす。
 さっきまで悩んでいたのに、実際に届いてるんだから迷ってなどいられない。
 おしゃれな言葉なんて、どうせ僕には似合わないんだ。
《また明日話せるとうれしいです》
 真面目すぎるとは思ったけど、時間をおく余裕なんてない。
 すぐに返事が来た。
《私も》
《ありがとう》
 なんか違う気がするけど、僕の頭では精一杯だ。
 いったん暗闇に落ちた部屋に、池から湧き出た女神のように返信が浮かび上がる。
《うれしくて眠れなくなっちゃうけど、おやすみなさい》
 気の利いたセリフなんてなくていい。
 そのままの自分の言葉を受け入れてもらえるのがこんなにうれしいなんて知らなかった。
 仰向けになった僕はスマホを両腕で掲げて画面をじっと見つめていた。
 その小さな画面におさまる神秘の宇宙に彼女のすべてが詰まっているような気がした。
 それはまるでビッグバンのような衝撃だった。
 彼女はやっぱり天使なんだ。
 僕の知らなかった新しい世界を見せてくれる創造主なんだ。
 止めてくれ。
 時を止めてくれよ。
 このまま時を止めてくれれば、僕は幸せな人生という幻想を永遠にこの胸に抱いていられるじゃないか。
 勘違いでいい。
 ただの思い違いでいいんだ。
 僕みたいな非モテボッチ男子にはそれが最高の贅沢なんだから。
 ――いや、違う。
 僕の気持ちは確信に変わっていた。
 たぶん偶然なんかじゃない。
 これは運命なんだ。
 僕らの出会いはずっと前から約束された運命だったんだよ。
 ……。
 ――ん?
 いつの間にか眠っていたらしい。
 スマホがおでこに落ちてきたけど、なんだか彼女に笑われたみたいでくすぐったかった。
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