赤い実青い実

月樹《つき》

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一話完結

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「ポルン、その実は食べてはダメよ。それはあなたには良くない実だから」
 わたしは、ポルンが齧ろうとした赤い実を取り上げ、青い実に取り替えた。

「その赤い実、美味しそうなのに食べたらダメなの?
 他の子が、美味しそうに食べているのを見たよ」
 ポルンが少し拗ねたように言う。

 幼い子供のような話し方をする彼だけれど、実際の年齢は私より年上の17才で、その見た目は腕利きの職人が作り上げた精巧なビスクドールのように美しい。
 拗ねて目を伏せているため、白く長い睫毛に遮られたその瞳は、一級品のルビーよりも澄んだ赤色をしていて、毎日入念に手入れされたお姫様のようにサラサラの髪は、新雪のように白く輝いている。

 ポルンが「チョコみたいで美味しそう」と言ってくれる、何の変哲もない私の焦げ茶色の髪とはえらい違いだ。
 目だって、ありふれた茶色で、もし聖女でなかったら、本当どこにでもいるような平凡な私。

 良かった聖女で。
 そうでなければ、ポルンに出会うことも無かったもの…。



 ララは5歳の時、家族と教会の礼拝に来ていて、その場で神の声を聞き、そのまま教会に預けられた。
 教会に来ていたのも、礼拝のあとの炊き出しで貰えるスープを目当てで来ていたような貧しい家だ。 
 1人でも食い扶持が減らせ、しかも幾ばくかのお金まで貰えるとあって、ララは喜んで教会に預けられた。要は捨てられたのだ。 

 ポルンの場合は、産まれてすぐ赤子の時に、教会の前に捨てられていたそうだ。

 赤子で捨てられた彼と、5歳まで家族だったのに捨てられた私。どちらが不幸かなんて比べられないけれど、良く似た境遇の私達は、ずっと2人で一緒に育った。

 ララにはポルンだけ、ポルンにもララだけ。

 ポルンの美しい容姿は人目を引いたけれど、彼は実年齢よりはるかに幼い精神年齢だったので、恋人になろうとする女の子は現れなかった。

 いつまでも美しく、綺麗なままのポルン。
 私達の世界は、ずっと2人だけで良かった。
 なのに、そこに割り込む存在が現れた。
 新しく領主になったリンデル伯爵の娘、バーバラだ。

 彼女はポルンをひと目見て気に入り、足繁く教会に通った。
 平凡なララとは異なり、艷やかな波打つ黒髪に、エメラルドのように輝く緑の瞳を持つ彼女は、美しいポルンと並んでもお似合いだ。


「ポルン、珍しいチョコレートをお父様に頂いたの。ポルンはチョコレートが好きだと言ってたでしょ?
 これ、あなたに差し上げるわ」

「バーバラ、ありがとう」
 とても嬉しそうに微笑んでチョコを受け取るポルンに、バーバラは気を良くした。

「あなたがそんなに喜んでくれるなら、今度は街に一緒に買いに行きましょうよ。きっともっと気に入るものが見つかるはずよ」
 張り切って誘ってくるバーバラに、ポルンは困った顔をして、救いを求めるようにララを見た。

「ねえ、そこのあなた。別に構わないでしょ。ポルンと出掛けても」
 一応、こちらに確認してくるバーバラに、ララは首を横に振った。 

「申し訳ございません、お嬢様。
 せっかくのお誘いですが、ポルンには、してはいけない禁止事項が多いため、私の同行なく教会から出ることは出来ません」

 まさか自分の願いを断られると思わなかったバーバラは、片眉を上げ、不満そうな顔をした。

「それは、彼が実年齢より幼くて、1人だと心配だからかしら?
 それなら、わたくしが一緒なのだから、問題ないわ」

「それもありますが、それだけではございません。
 教会で禁止されているため申し上げることは出来ませんが、色々とあるのです」

 バーバラは納得しない顔をしながらも、また来ると告げて帰って行った。

「ララ、怒ってる?」
「怒ってないよ」
「でも、何か怒ってる時の顔してるよ」
 ポルンが不安そうな顔で、私の顔を覗き込むので、笑顔を作り、ポルンの頭を撫ぜてあげた。

「ポルンには怒ってないけれど、彼女が何も知らないくせに、勝手なことばかり言ってくるから、ちょっとイライラしただけ」
 そう言うと、自分に怒ってるのではないと分かり、ちょっとホッとした顔になった。

「ララもチョコ食べる?」
 チョコレートは好きだけど、バーバラのプレゼントだと思うと食べたくない。

「いい。ポルンが貰ったんだから、ポルンが食べな」
 ポルンは、チョコレートとララの顔の間を、目を彷徨わせた。

「ララと一緒に食べるから、美味しいのに…」
 そう言いながらも、チョコレートなんて高級品滅多に食べられないので、1つ摘んで口に入れた。

「やっぱり美味しいよ。ララにも食べて欲しいな」
 ポルンのお願いに弱い私は、結局強い押しに負けて、チョコを食べた。

「ねっ、2人で食べると美味しいでしょ?」
 子供のような無邪気な笑顔で尋ねられると、『うん』としか言えなくなる。



 それからも、バーバラは度々ポルンの喜びそうなお土産を持ってやって来た。

 そしてそれは、私達がバーバラも理解してくれたのだろうと、すっかり油断した頃に起こった。

 私が珍しく夏風邪で寝込んでしまった時に、バーバラがポルンを連れて街に出掛けてしまったのだ。

 それを聞いた私は、神父様が止めるのも無視して、まだ高い熱のある朦朧とした体でポルンを追いかけた。
  

 でも一足遅かった…。
 彼は禁じられた赤い実を食べてしまった後だった。


「ララ、どうして熱が高いのに出てきたんだい?寝てないとダメじゃない」
 そう言って妖艶に微笑む彼は、外見こそ変わらないけれど、もう中身は私の知っているポルンでは無かった。

「どうして、そんな諦めたような目で見るの?
 僕が、君の大好きなポルンであることに変わりないのに」  
 クスクス笑う彼の側に、バーバラの姿は無い。

「バーバラはどうしたの?」

「さあ?僕に指図して、煩くて邪魔だったから『消えて』と言ったら、どこかに消えた」

 

 彼は赤い実を食べて、本来のを取り戻してしまった。
 聖女として、5歳からずっと私が封じてきた姿を…。

 またララとポルンは二人きりの世界に戻った。

 ただそれ以降、二人の姿を見掛けた者はいない。



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お読みいただきありがとうございます。

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