ピンクの歯ブラシ

月樹《つき》

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一話完結

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 僕の彼女の春川あきらは、学園のマドンナだ。

 街を歩けば芸能事務所にスカウトされ、模試を受ければいつもベスト10以内に名前がのり、入学当初には色々な運動部から入部して欲しいと声が掛かったのに、不公平がないようにと助っ人には行っても決まったクラブには属さず、生徒会長としてみんなのために働いている。

 そんなみんなから憧れられる彼女がどうして僕のような平凡な男の彼女になったのか?
 というと…
 僕が勇気を出して彼女に告白して、彼女がそれを受け入れてくれたからだ。

 彼女に憧れている男なんて、それこそ学園中の全男子が彼女に憧れているとは思うけれど…
 そこら辺の芸能人よりもキラキラした存在の彼女の横に立つ勇気のある男なんて、そういない。

 自分に自信がある、近所の男子校で一番モテてファンクラブもあると有名な早川唯人ゆいとが彼女に告白したけれど…

『あなたいつも沢山の女の子に囲まれて登校している人でしょ?それだけイケメンだったらモテるだろうし、仕方ないと思うんだけれど…
 私、そういうの無理なんだ…』
 と言ってあっさり断られた。

 彼女はモテる男は好みじゃないらしい…。 

 それを聞いて、自分みたいな平凡な男にもチャンスがあるかも…と思った僕は、勇気をだして彼女に告白してみた。

『ずっと…。入学した時からずっと貴方に憧れていました。春川さんは東京の大学に行くと聞いているし、僕は地元の大学だから、遠距離になっちゃうけれど…僕とお付き合いしてください…』

 彼女のキラキラの眩しい姿を見たら自信がなくなるから、僕は目をつぶった状態で片手を差し出し、告白した。

 ギュッと目をつぶったまま、返事を待っていると…

 不意に…温かくて柔らかい手が、僕の手を包み込んでくれた。

『冷たいね。委員会が長引いて結構遅くなったのに…こんな寒い場所でずっと待ってくれていたの?ありがとう』

 そう言って微笑んでくれた彼女の照れた顔を、僕は今も忘れない…。

『付き合ってもいいよ。佐藤君、優しいし、一緒にいて心が安らぐ感じだから…。
 ただ…私…すごく潔癖なの…。だから浮気だけは絶対にしないでね。
 大学入ったら遠距離恋愛になるし…会えないと他の人に気持ちが移っちゃうかもしれない…。
 悲しいけれど、そうなった時は必ず教えて。
 私、浮気だけは、本当に耐えられないから…』

 そう言って、晶が告白にOKしてくれた時には、信じられなくて…天にも昇る気持ちだった。

『こんな素敵な彼女が恋人なのに、浮気なんてあり得ない!!』

 僕がそう言うと、晶は嬉しそうに微笑んでくれた…。

 大学に入り、それぞれ新しい生活で忙しくなったけれど、僕達は順調に交際を続け、毎日メールを送り合い、1ヶ月に一回はどちらかがお互いに会いに行ってデートも重ねた。

 付き合い始めた当初は【美女と平凡】と散々からかわれたけど…
 大学に行って晶のことを知らない人も多くなると、そう言われることもなくなり…今では、その他大勢に埋もれた単なる平凡な男に戻った…。

 そして気がつけば、晶と付き合い始めてから四年の月日が経っていた。
 東京に出た彼女は、洗練され美しさにさらに磨きがかかり、本当に芸能人のようなオーラを発していた。
 デートをしていても、みんなが振り返り、隣にいる僕を見てガッカリする…それの繰り返しだった…。

 それが少し億劫になり、いつしかデートは互いの家を行き来するが大半になった。

 お互いにそれぞれの合鍵を持ち、僕の部屋には晶のピンクの歯ブラシが、晶の部屋には僕の青い歯ブラシが置かれるようになった…。

 ~・~・~・~・~

 就職先を決定しなければならない時期に入り、僕は同じゼミの子の相談にのっていた。

 彼女は地元の会社に就職するのか、彼氏と同じ東京の会社に就職するのかで悩んでいた…。
 彼女の恋人はとてもモテる人なので、彼について行っても、向こうで彼に別の恋人が出来てしまうかもしれない…。そうなったら自分は知り合いもいない東京でやっていけるのか?遠距離にはなるけれど…こちらで就職した方が良いのではないか?という相談だった…。

 僕も晶とは遠距離恋愛だし、就職先のことでも悩んでいた。
 晶は東京の大手企業と、地元では有名な安定した会社の両方の内定をもらい、どちらに進むかを悩んでいた。
 僕としては彼女にこちらに戻って来てほしいけれど…彼女が東京で内定をもらった大手企業は、それこそ彼女がずっとやりたいと思っていた仕事を手掛ける会社だった。

『どうすれば良いと思う?』
 と聞いてくる晶に…

『晶の未来なんだから、晶が行きたい道に進めばいいよ』
 と僕は、その選択を彼女に任せた。

 ~・~・~・~・~

 今日も僕は同じゼミの子の相談にのっていた。

『こんな相談してるところ…他の人に聞かれたくない…』
 と彼女が言うので、僕達は大学に近い僕の下宿先で話を聞くようになった…。


 自分よりも優秀な恋人に引け目を感じているところ…。

 遠距離恋愛に悩んでいるところ…。

 就職先を決めかねているところ…。


 そんな共通点が多い僕達は、シンパシーを感じていた。

 ~・~・~・~・~

 ある日、彼氏と何かあったのか…夜中に突然酔った彼女がやって来た…。

 お互いに恋人がいる僕達は、相談にのるのはいつも昼間の明るい時間を選んでいたから、こんな遅い時間に彼女が訪ねてくるのは初めてだった。

 ひどく傷ついた顔をした彼女を、そのまま帰らすこともできず、僕は彼女を部屋に入れた。

 随分酔っ払っていて…泣きながら…
『今日だけで良いから…慰めて…』
 と縋りつく彼女を突き放すことが出来なかった僕は…


 彼女は恋人から
『仕事って、もっと自分が何をしたいのか考えて決めるものだろ?どうしてそんな俺に合わせて決めようとするんだ?
 だいたい俺のこと、なんでそんなに信用していないんだよ…。
 そんな離れてすぐ駄目になるような関係なら、俺達近くにいても続かないんじゃないか?』と言われたそうだ…。

 それは何だか自分達にも当てはまる気がして、心に隙が生まれた。

 なし崩しのように一夜を共にしてしまった僕達がベッドで寝ていたら…

 突然、玄関の扉が開く音がして…

貴大たかひろ、まだ寝てるの?
 昨日メールしたのに返事来ないから、直接来ちゃったよ……えっ…」

 寝室のドアを開けた晶は、ベッドの上で慌てて起き上がった僕たちを見て顔を強張らせた…。

 芸能人のようにキラキラした晶の登場に、自分の今の状況が恥ずかしくなった彼女は、必死に布団で体を隠そうとしたけれど…

 冷静になった晶はツカツカとベッドに近付くと…ベリッと布団を剥ぎ取った。

 ほぼ裸に近い彼女と僕を見て、晶は…

「最悪…」

 と一言呟いた。

 晶が僕の恋人だとわかった彼女は、下着姿のまま土下座して謝った。

「ごめんなさい。私が傷心で佐藤君に縋ったから、彼は同情してくれただけで…
 彼は私の事何とも思っていないんです。
 彼がずっと愛しているのは、恋人のあなただけで…」

 一生懸命謝ってくれたけれど、晶が僕達を見る顔は嫌悪感でいっぱいで…

「私…潔癖症なの…。
 だから歯ブラシの共有なんてあり得ない…。
 ましてや、彼氏の共有なんて…」

 そう言うと…青ざめた顔になり、トイレに駆け込んだ…。

 ~・~・~・~・~

 その後、晶はピンクの歯ブラシをゴミ箱に捨てると、僕の顔を見ることもなく帰ってしまった。

 全ての連絡ツールは拒否され…
 一度東京の彼女の下宿先まで行ったけれど…すでに引っ越しした後だった。

 もちろん、相談に乗っていたゼミの子とはその後気まずくなって…個人的に話すこともなくなった…。


 晶が僕のアパートを訪ねてきた日は、僕達がつき合い始めて四年目の記念日だった…。


 後から高校時代の彼女の友達伝手に聞いた話だと…

 晶は結局東京の大手企業に就職したそうだ…。

 僕は地元の小さな会社に就職し…今もあのアパートに住んでいる。

 洗面台には、あの時彼女が捨てたピンクの歯ブラシだけが今も置かれたまま…



 ■□■□■□■□

 お読みいただきありがとうございます。

 私も歯ブラシの共有は家族でも絶対あり得ない派です。

 新年を迎えるにあたり、そろそろ歯ブラシを替えようと思ったら、この話が浮かんできました。

どうぞ良い新年をお迎えください🎍
来年もよろしくお願いいたします。
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