あやかしはアヤシクテ、まやかしはマボロシ ~皿屋敷学園の番長と不気味なオカ研の会長~

橋本洋一

文字の大きさ
13 / 13

かまいたち その肆

しおりを挟む
「急いでこいつの母ちゃんのところへ行こうぜ。なんとかして助けてやらねえと」
「そうですなあ。父親がいなくなったことも気にかかります。かまいたち殿、案内してくれますか?」

 従吾の意見に賛同するように、ひかげはかまいたちを促した。
 花子さんは「あんたの治す力では治せなかったの?」と眉をひそめた。

「切り傷以外も治せたはずよ」
「治せなかった……多分、母ちゃんの妖力が足りなかったからだ」
「よく分からねえけどよ、行きながら話そうぜ。早く治してやりてえ」

 従吾はかまいたちの肩に手を置いた。
 暖かな手は弱っていたかまいたちを安心させた。

「うん! こっちだ!」

 かまいたちは走り出す。
 従吾とひかげ、そして花子さんはその後を追う。
 鬱蒼とした森を走るのは慣れていない人間には難しい。特にひかげは何度も足を取られた。

「ひいひい、普段から運動しておくべきでしたな……」
「そんくらいで息切らすなよ……」

 ひかげと違って従吾は余裕ありそうだった。頭痛薬が完全に効いているようで、まともに動けている。

「――母ちゃん!」

 かまいたちが叫んだ先にいたのは、横たわっている女だった。ずいぶんと若い女性で二十代前半くらいだ。かまいたちの母親にしては若いなと従吾は思ったが、妖怪だから姿かたちを変えられるのだと遅れて気づいた。

 かまいたちの母親は子供と同じように和服を着ていた。黄緑の服に赤のアクセント――よく見ると血だと分かる。呼吸が荒い。もう時間が無さそうだと従吾は「ひかげさん、助けてやってくれ!」と焦った。

「分かりました。では――」
「……誰だい?」

 近づいてきたひかげを怪しげに見るかまいたちの母親。
 かまいたちが「母ちゃん! この人が助けてくれるよ!」と彼女の手を握った。

「俺の怪我も治してくれた! だから――」
「……もう助からないよ。諦めな」

 母親は疲れ切った顔のまま、握られていないほうの手で――かまいたちの頬を触る。
 その冷たさにかまいたちは涙を流した。
 妖力の無さを感じてしまう。それでも一縷の望みを捨てきれず、ひかげに「助けてくれ!」と頼み込んだ。

「その数珠を使えば、助かるんだろう!?」
「やってみます。君はご母堂の手を握ったままでいてください」

 ひかげは数珠に念を込める――身体から出た霊力がかまいたちの母親に注がれる。けれども、彼女の傷が回復することはなかった。

「……花子さん。出血を止められますか?」
「やってみるわ。このサラワの森なら力を使える」
「もういいさ。ありがとうね……」

 母親の諦めに対して「まだ助かるよ!」とかまいたちは強く手を握った。

「良いんだよ。私は十分に生きた……心残りは『あの女』に一矢報いることが……できなかった……それだけさ……」
「待ってください。あなたを襲ったのは、女性なのですか?」

 ひかげはそう言いながらも霊力を与えるのをやめない。
 母親は小さく頷いた。

「まさか……『彼女』の仕業ですか? しかし……」
「ひかげさん? 知っているのか?」

 険しい顔になったひかげに従吾は疑問に思う。その言い振りだと知り合いのように感じられた。

「……駄目。血が止まらない。おそらく――呪いが使われているわ」

 花子さんが汗を流して必死に止血しているが、芳しくないようだ。
 かまいたちは「なあ! どうにかならねえのかよ!」と食いかかった。

「あんたらなら助けてくれると思ったんだ! だから連れてきたのに! どうするんだよ!」
「……かまいたち。覚悟を決めろ」

 従吾は静かに、それでいて決意を込めた声でかまいたちをなだめた。もはや助からないと全員が分かっていた。かまいたちはそれを認めたくなかった――従吾は目を逸らさずに真っ直ぐ向き合った。

「お前の母さんは死ぬ。それは覆らねえ」
「あ、あんた、何を、なんでそんなことが言えるんだ!」
「うるせえ! 黙って聞け!」

 かまいたちが言葉を紡げないほどの迫力だった。
 従吾は「最期の別れだ」と悲しい現実を知らせた。

「話しておきたいこと、あんだろ。今言えよ」
「…………」
「親の死に目で言えなかったら、後悔は一生続くんだぜ」

 かまいたちはあふれる涙を止めず、母親と向かいあった。
 母親は痛みがあるのに、にっこりと微笑んだ。

「母ちゃん。俺は一人でも生きていける。何も心配しないでくれ」
「……分かってるよ。お前は強い子だ。心配なんて、しないよ」

 するとかまいたちの母親の身体が光に包まれていく。
 この世からいなくなるのだと従吾には分かった。

「だから、言っただろう。心残りは――」

 母親は最後まで言うことができなかった。
 とてつもない速さで接近して――母親の首を掴み、そのまま遥か後方に連れ去った者がいたからだ。その衝撃で従吾たちはその場から吹き飛んだ。

 その者は母親を大きな樹木に叩きつけて、反対の右腕を胸にねじり込める。
 どくんどくんという音が辺り一面に広がる。
 母親は苦しみながら、発していた光を強くして、そのまま霧散した。
 後には何も残らない。

「くふふふ、くふふふふふふふふふふふふふ――」

 その者はにやにやと不気味に笑った。
 かまいたちの母親を殺したことをとても愉快に思っている。そんな嘲笑いだった。

「かまいたちの押す力と斬る力、もらっちゃったわあ」
「な、なんだ、あいつは!?」

 咄嗟に受け身を取った従吾だけが、その場から立ち上がることができた。
 ひかげたちはあまりの衝撃で動けなかった――従吾はその者と相対する。

 その者は女だった。
 黒い血で染め上げたようなセーラー服を着ていて、腰まで伸びた髪がまばらに広がっている。肌が白くて端正な顔立ちをしている。おそらく高校生だろうと思われる年齢だ。
 真っ赤な唇は血を啜ったようで、浮かべている嘲笑は全てを見下していた。

 しかし一番の特徴は目だろう。
 蛇を思わせる鋭くて邪悪で愉快そうな目をしている。
 従吾はこの女はどんな悪事でもやるだろうと確信した。
 吐き気を催す――

「あらぁ。あなたはだぁれ? こんなところに来ちゃ駄目よぉ」
「この野郎! い、今、かまいたちの母親を――」
「殺したわよう。父親もね。そうしてようやく、かまいたちの力を手に入れられたわぁ」

 女は従吾に「もう一度訊くわねえ」とゆっくり近づいた。

「あなたはだぁれ?」
「お、俺は、望月従吾、だ……」
「従吾ちゃん! いい名前ねえ! 気に入っちゃったわぁ!」

 従吾から五歩ぐらいの距離に入った女は「私の名前、教えてあげるわぁ」と笑みを崩さずに言う。

「私は天王寺蛇子《てんのうじへびこ》――よろしくね、従吾ちゃん」
「気安く呼ぶんじゃねえ……吐き気がするぜ」

 頭を打ったわけではないのに、気分が悪かった。
 妖怪とはいえ、目の前で殺されたのだ。
 それも笑顔で殺した――

「て、天王寺の者が、サラワの森に入るのは、協定違反です……」

 ようやく立てたひかげが蛇子を警戒しつつ咎めた。
 打ち所が悪かったようで頭から血を流している。

「うん。そうねえ。本当はいけないんだけどぉ。かまいたちの力が欲しくて。ごめんなさいねえ」
「あ、謝ればいいというわけでは……」
「あなたは景川ひかげでしょ。くふふふ。あなたの力も欲しいけどぉ。お父様に怒られちゃうから駄目ねえ」

 二人のやりとりを聞いた従吾は「お前ら知り合いなのか……?」と怪訝に思う。
 今までの日常が崩れていくのを感じる。
 もう元通りにはならない――

「よくも、母ちゃんを――」
「駄目よ! 今行ったら駄目!」

 かまいたちの腕を必死に握りしめている花子さん。
 ふらふらだが立てるようだった。

「放してくれ! 母ちゃんを殺したんだ! ぶっ殺してやる!」
「あいつ、なんだかやばいわ! ここは堪えて!」
「ああ。さっきのかまいたちの子供ねえ。うーん、それじゃあこうしましょ」

 蛇子は嘲笑いながら、右手を手刀の形にした。
 そして何の躊躇もなく――己の左手首を切断した。

「なあ!? 何しやがる!?」

 従吾の驚愕を余所に「これで痛み分けねえ」と蛇子は笑った。

「それじゃ、私帰るわぁ。門限過ぎると怒られちゃうから」
「……望月氏。かまいたち殿。ここは耐えてください」

 言われるまでもなく、手首からおびただしい出血をしている蛇子を見て、もはや戦おうとは従吾もかまいたちも思わなかった。

「それじゃあねえ。従吾ちゃんたち。また会いましょうね」

 再会の約束をして、蛇子はそのまま森の奥へ去っていく。
 姿が見えなくなったのを見て、ひかげは「間一髪でしたな……」とその場に崩れ落ちる。
 従吾は消えていった先を見続けていた。

 一歩も動けなかった。
 戦おうとも思えなかった。
 そのぐらい、おぞましくて気持ち悪くて、なにより吐き気がした。

「ひかげさん。あいつは何者なんだ? ていうか、人なのか?」
「……人間ですよ。しかし、今日のところは話せません。僕自身、整理をつけたいのです」

 そんな答えに納得などできない。
 だけど弱っているひかげにこれ以上何も言えなかった従吾は「いつか、話してくれ」と言う。

「整理ってやつがついたら、教えてくれよな」
「ええ。必ずお話しします。ですが、その前にやらねばならないことがあります」
「なんだそりゃ?」

 ひかげはかまいたちを指差した。
 泣き崩れている彼の背中を花子さんはさすっていた。

「かまいたち殿を保護しましょう。彼が一人で生きていけるほど、サラワの森は優しくはありません」
「保護って……どうするんだ?」
「岩崎会長に頼みましょう。彼女ならなんとかしてくれます」

 その後、従吾たちは無事にサラワの森から出ることができた。
 従吾は今日のことを忘れないだろう。
 怖いと思ったことはある。逃げ出したいと思ったこともある。
 しかし、吐き気を催すほど、一人の女に嫌な気分を覚えたのは生まれて初めてのことだった――
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...