ただの茶道部員が千利休に弟子入りして茶聖と呼ばれるそうです

橋本洋一

文字の大きさ
8 / 18

第八席 どろりとした赤

 宗匠と山上さんと一緒に京の陶工、長次郎さんの仕事場に来た。
 まだ暑い盛りの八月。加えて窯近くはもっと暑い。高温を維持しているからだ。だらだらと汗が流れ出る。だけど離れない。離れたくない。ここから美が生まれる。永久に続くであろう美の極致が生まれようとしている――

「長次郎殿は窯の温度を高めて、宗匠好みの茶器を作ろうとなさっております」
「そうだな⋯⋯」

 二人は慣れているようで窯の前でも涼しい顔をしている。
 宗匠好みとはおそらく黒茶碗のことだろう。正確に言えば今焼黒楽茶碗だ。現代では写真でしか見たことがないけど、この目で見て手触りを感じて茶を点てれば、あの平蜘蛛と同じ熱狂を得られるのではないか――

「また平蜘蛛のことを考えておりますか」

 背中に氷を入れられた感覚。
 誤魔化そうか考えたが、素直に「はい、そうです」と宗匠に答えた。

「だいぶ落ち着きましたが、ふとした瞬間に考えてしまいます」
「物欲に負けてしまうのは感心しないな」

 呆れた調子で山上さんは言うけれど、宗匠は「いえ、藤田さまはそれで良いのです」と肯定してくれた。

「そもそも、物欲がなければ茶の湯がここまで隆盛はしなかったでしょう。つまり、わたくしたちは物欲で生計を立てています」
「宗匠⋯⋯しかしながら平蜘蛛を至高とする藤田殿の考えはいささか視野狭窄《しやきょうさく》に思えます」
「そこだ宗二。わたくしは藤田さまに名物への見識を養ってほしいのだ」

 見識を養うとはどういうことだろうか?
 僕と山上さんは宗匠の次の言葉を待った。

「多くの名物を知り、多くの名物を愛でれば、いずれ藤田さまは新たな価値観を生み出す。また呼応してわたくしたちも優れた価値観を創り出せる。影響し合うことで美しいものが出来上がる⋯⋯茶の湯とはそういうものだ。前人にはできぬ、今を生きる者たちだけの特権なのだ」

 現代風に言えば価値観と価値観のぶつかり合いで化学反応を起こす⋯⋯ということなのだろう。完全に理解したとは言えないが、言わんとすることは分かった。
 すると山上さんが「良き影響を受け合うのなら賛成ですが」と反論してきた。

「その価値観が合わなければどうなります? 対立することもあれば対極に位置する場合もございます。相容れない価値観をどう受け止めれば良いのですか?」

 そのとき、宗匠の目に涙のようなものが垂れた――汗かもしれないけど僕には判断つかなかった。

「茶の湯の懐は大きい。そのことをお前は分かっていないのか?」
「⋯⋯未だ修行の身ですゆえ」

 互いに納得していないようだった。
 僕は「少し外の空気を吸ってきます」と窯の近くから出ていく。あまりいい雰囲気ではなかったのもあるけど、頭がぼうっとしてきたが主な原因だ。熱中症になりかけていた。

 とは言っても八月の気候はじめじめしていた。京は盆地なので湿気が多い。からっとした気候の関東に住んでいた僕にはつらく感じる。

 周りは職人さんが忙しなく働いていて、僕のことなど気に留めない。邪険に扱われることがないので思いっきり深呼吸ができた。

「にいさん。ちょっといいか?」

 三回目の深呼吸で声をかけられた。
 後ろからだったので振り返ると職人らしい 格好をした少年が立っていた。

 髪を後ろで一本に束ねている。眉と目が細い。狐のようだなあというのが最初の印象だった。手足が低い身長とは比べて長くて細かった。何故か涼しげな風を思わせる。歳は僕よりも若いと分かる。十四才か十五才。中学生と変わらないだろう。

「うん? なんですか?」
「にいさんは千宗易の弟子か?」

 不躾というか無礼な態度での質問に、多少の苛立ちを覚えたけど、まあ年下のやることだからなと思って「うん、そうだよ」と素直に答えた。

「やっぱりか。みんな噂しているぜ。妙な男が突然弟子入りしたってよ」
「ふうん。それで、その妙な男に何の用かな?」

 暑さのせいもあって皮肉で返すと「あんたと話がしたい」と少年は腕組みする。

「いい話になると思うぜ。俺についてきてくれ」
「怪しい話と人間には聞く耳持つなって言われているんだけど」
「なんだよ。ビビっているのか?」

 年下の男の子になんでそこまで言われないといけないんだ。

「別にビビってなんかないさ。それにまずは名乗るのが礼儀ってもんじゃないのか?」
「おっとそうだった。俺としたことが性急過ぎたのかもしれないな」

 少年は一転してにこにこ笑い始めた。
 さっきまでの強気な姿勢がどこに行ったのかと思うくらい人懐っこい態度だ。
 まるで僕が少年の話を聞くのを認めたかのようだった。

「俺は長五郎ちょうごろうってんだ」

 少年、いや長五郎は年相応の無邪気な笑顔で戸惑う僕に告げる。

「俺と組んで日の本をひっくり返さねえか?」


◆◇◆◇


 よく分からない申し出をされて、頭の中がクエスチョンマークだらけになった。けれども悪い子ではなさそうだったし、面白そうな内容だったこともあって話を聞くことにした。

「まあ中に入ってくれよ」

 案内されたのは窯から離れた休憩所らしき小屋の中だ。日陰でときより入る空気が心地良かった。小屋の中央にどかりと座った長五郎は「まずは来てくれてありがとう」と意外と愁傷なことを言い出した。最低限の礼儀は心得ているようだ。

「あんたは藤田次郎って言ったな? 陶工の奴らから聞いた」
「僕の自己紹介はいらないようだね。それで長五郎、君と組んで日の本をひっくり返すってどういう意味だい?」
「そのまんまさ。今、長次郎のじいさんが新しい茶器を作ってんだろ? 千宗易の依頼でさ。俺たちも同じように組んで作ろうじゃねえか」

 要は僕の支援を求めているのか⋯⋯いや、それだけではなさそうだ。
 慎重に「僕に何を望んでいるんだ?」と訊ねる。返事はまだ早い。

「あの千宗易が自ら頼み込んで弟子になったと聞くぜ。なら茶人としての才能はあるんだろ。だったら俺にこういうものを作れって言えば作ってやる。報酬を支払えばな」
「僕の望むものを作ってくれるのか⋯⋯それはいい話だ。君の素性と腕前が分かればなおのこといい話だけどね」

 長五郎は「案外慎重なんだな」と笑って――よく笑う子だ――手を叩く。

「それじゃまずは何を知りたい?」
「君は長次郎さんのなんだ? 年が若いのに窯元で働いているんだから、親戚かもしれないけど⋯⋯よく分からない」
「俺はじいさんの従兄弟の孫だから⋯⋯遠い親戚みたいなもんだ」
「それでよく弟子入りできたね」
「自分で言うのもなんだけど、有り余る才能があるんだよ」

 たいした自信家だ。
 だけど謙虚な職人よりも清々しさを感じる。根拠のない過信がなければ大胆かつ度量の大きい作品は生まれない。

「それで次の質問だけど――」
「待った。質問は交互に行こうぜ。そのほうが公平だと思わねえか?」
「僕に答えられるものなら。言えなかったら別の質問に変えてもいい」

 長五郎は「千宗易から認められた理由を教えてくれ」と質問を投げかけた。

「堺政所の松井友閑さんに茶を振る舞ったところを見てもらったんだ。それで認められたというか、気に入られたんだ」
「へえ。どういう経緯なんだ?」
「質問は交互でしょ。今度は僕の番。長五郎は茶器を作れるのか?」

 僕の問いに「まずはこれを見てくれ」と懐から茶器を取り出した。
 今焼の井戸茶碗だ。白に近い灰色の柔肌が実に渋い。心がときめくというほどではないが陶工としての実力が高いのは分かった。

「どうだ?」
「渋みのある茶器だ。絵付けはされてないけど、これは十分に侘びているね」
「だろう? あんた見る目があるじゃないか」
「けれども、一緒に組もうとまでは思わないかな」

 あっさりと言うと長五郎は口をへの字にして「なんでだよう」といじけた。

「若いのにここまでの茶器を作れるのは尊敬する。だけど試すつもりのものを出されても本気になれないよ」

 茶人として修行を重ねた今の僕には長五郎の意図が分かってしまった。
 もしもこの見事な井戸茶碗で組もうと言ったら逆に断るつもりなのだろう。

「……ちぇ。素直そうに見えるけど案外ずる賢いんだな」

 井戸茶碗を懐に仕舞って、長五郎は「予想以上に目が肥えているなあ」と愚痴る。

「じゃあ俺のとっておきを見せてやる。長次郎のじいさんの手法を真似たけど、俺が奇跡的に生み出した傑作だと思うぜ」

 またも懐から茶器を取り出す――息を飲んだ。
 見る前から予感がしていた。
 見た後には確信になっていた。
 これは傑作である――と。

 真っ赤に染まった、いや赤そのもののから生み出されたと表現するのが正しい。
 その華やかな美は唯一無二と言えるだろう。
 今まで出会わなかったのを後悔する。それぐらい尊い美だった。
 その茶器の名は――今焼赤楽茶碗いまやきあからくちゃわんだ。

 どろりとした赤が固まって一個の美となっている。
 息を飲むほど、あるいは息ができないほどの傑作。
 これが現実にあるのが不思議でしょうがない。
 初めて平蜘蛛と出会ったときと同じくらいの感動を僕は味わっていた。

「どうだ? 俺と組むか?」
「ああ。ぜひ組ませてほしい」

 気づけば頷いていた。
 長五郎は「あんたとは気が合いそうだ」と笑った。

「今後ともよろしくお願いするぜ――藤田次郎さん」
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

万年荷物持ちが今日も気分よく帰ります

くるっくる
ファンタジー
ひねくれ者の万年荷物持ちが楽しむ現代ダンジョン 《ステータスウィンドウ開閉》——スマホで済む時代に、笑えるほど使えないスキルだ。 Dランク三年、万年荷物持ちのショウには、ただ一つ誰も知らない事実がある。 そのウィンドウ、物理で殴れます。 強さを隠しているのは、承認欲求でも復讐心でもない。 「バレたら面倒くさい」——それだけだ。

回復魔法は使えませんが、オークキングを正座させました(物理)

有瀬優哉
ファンタジー
丸眼鏡に、だぶだぶ修道衣。 小さなシスターが辺境の村に派遣される。 村にはすでに危機が迫っていた。 ただし、このシスター―― 回復魔法が使えない。 でも、努力と筋力は裏切らない。 《本作品は、過去に投稿した作品のリメイクです。 推敲および誤字脱字の確認にAIを補助的に利用しています。》

巨乳巫女を信じて送りダスか、一緒にイクか~和の村の事件 総合〜【和風RPG】

シンセカイ
ファンタジー
~参考~ https://ci-en.net/creator/11836 敗戦後に放棄されていた日本の農地が、魔物の瘴気によって再び脅かされていた。 その魔物は土地を「魔族の地」へと変質させる危険な存在で、放置すれば農地だけでなく村や民までもが穢れ、飢餓が広がる可能性がある。 巫女は主への忠誠心と民を守る覚悟を胸に、命をかけて妖魔退治に赴く決意を示す。 だが、戦力は各地に分散しており、彼女一人に任せるのは危険と判断される。 それでも彼女は「自分は神に捧げた存在。消耗品として使ってほしい」と冷静に言い放ち、命令を待つ。 物語は、主が彼女をどう扱うかという重要な選択肢へと分岐していく――。 【信じて送り出すか】 【一緒にいくか】 ※複数ルートありますが、ここの掲載媒体の仕様上、複数ルート、複数形式を一つの作品にまとめています見づらいと思いますがご了承ください

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

オッサン一人暮らし、今日からあなたは「ぱぱりん」です。二次元の三姉妹に家族認定されて、モノクロ人生がフルカラーになった件

ダゼッ・イシカワ
ファンタジー
主人公の河石多環也、独身。オッサン。ひとり暮らし。 祖父母の家は、古い寺だった。 子どもの頃、そこには何かがいた気がする。 誰かに見られていたような、呼ばれていたような、けれど大人になるにつれて忘れてしまった記憶。 そんな彼の部屋に、ある日突然、三人の少女が現れる。 紫稀凛音(しきりおん) 香乃宮柚灯(かのみやゆら) 空鈴透星(そらすずとあ) まるで二次元から抜け出してきたような三姉妹は、初対面の河石に向かって、当然のように告げた。 「今日から、あなたは私たちのぱぱりんです」 意味がわからない。 なのに、なぜか懐かしい。 静かだった部屋には声が増え、ひとり分だった食卓には四人分の気配が生まれていく。 けれど彼女たちは、ただの居候ではない。 そしてこの家族認定は、ただの偶然でもない。 古い寺に残された記憶か。 名前を呼ばれなかった誰かの祈りなのか。 モノクロだった男の人生に、三人の娘たちが色を灯していく。 これは、人生の途中で突然家族を渡されたオッサンの、少し不思議でやさしい再生の物

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

素人配信者さん、初回でうっかり伝説級の大バズりを披露してしまう(願望)~あれ? モンスターってS級でもこんなものなの?(他人任せ)~

こまの ととと
ファンタジー
世はまさに大ダンジョン配信時代! ダンジョンが生まれ、配信者がいれば当然の成り行きで生まれいずる。これぞ世の成り立ちである! 若きも男も女も、皆夢中になる。 そんなトップコンテンツに挑む者は、時勢について行けない老人を除いて後を絶たないそんな時代のお話。 ここにダンジョン配信者に憧れる純粋な少年がいた! 誰もが憧れるカッコいい仕事だから、単純な理由だからその思いは力強い。 彼の純粋な心に触れた視聴者は、次第に惹かれて彼を求めてやまなくなる。 彼の通った後にはモンスターの屍。たどり着いたボスとの死闘。そして仲間との……。 果たして彼の築き上げる伝説の目撃者に、アナタも成れるのだろうか? *あらすじと本編では若干の差異がある場合がございます。あらかじめご了承下さい。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。