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「理屈じゃ分かっていても、心が納得してねえんだ」
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六人の武士のうち、三人が俺に刀を向けた。相当警戒されているようだ――しかし拙い連携で誰から仕掛けるかと互いに探り合っていた。その中には口の軽い男もいた。なるべく生け捕りにしたいところだ――
「天然理心流――虎口剣!」
周助の大声と共にぎゃあと悲鳴が上がった。
背後なので三人から目を切ることはしないが、おそらく倒したのだろう。
「――くらえ!」
耐えきれなくなったのか、相対していた武士の一人がかかってくる。
しかし焦って放つ斬撃など問題ではない。しかも生け捕る予定の男でもなかった。
袈裟斬りを難なく躱した俺は――脛を撫でるように斬る。
「うぐああああ!」
凄まじい苦痛の声で臆したのか、二人は剣先を上げて、引きつった顔になる。
倒れた武士をそのままに、俺は間合いを詰めた――
「久次郎! 何故連れてきた!?」
ふいに聞こえた周助の焦った声で動きを止めてしまった。
「あいつら、裏口から家の中へ!」
久次郎の声も聞こえる。
亀若丸は無事なのだろうか?
「ふ、ははは! 隙を見せたな!」
一瞬、思考が飛んでしまったために口の軽い武士が振り下ろした刀を避け切れずに――右腕を斬られた。切り傷特有の熱くて凍るような感覚が全身に広がる。
地面に血が飛び散った。決して浅くはない。
「――源八郎っ!」
亀若丸の呼びかける声。
左手で傷口を押さえるが溢れ出す血が止まらない。
好機とばかりに武士の二人が迫ってくる。
もはやこれまでか……
「――源八郎殿! 助太刀するぞ!」
俺と二人の間に木刀を振り回しながら周助は割って入った。
そして二人の斬撃をあの太い木刀で受ける。
みしみしと音を立てているが、斬れることはなかった。
「こんの――おりゃああああ!」
気合を乗せて周助は二人を押しのけた。
あいつらはたたらを踏んだが、周助は俺を守るために追撃しなかった。
二人分の力を押し返すとは、流石にあの木刀を使って稽古しているだけはある。
「立てるか、一人で」
「……なんとかな。しかし現況は相当ひどい」
怪我で俺は満足に刀を振れない。
弟子たちのほうを見ると善戦しているものの、押されているようだ。
亀若丸と久次郎がこちらに寄ってきた。
近くにいたほうが守りやすいが、今の俺は置物に過ぎず役に立ちそうにない。
「源八郎、大丈夫……血がいっぱい出てるよ!?」
「まあな。見ての通りこのざまだ、しばらく刀を振れそうにない……」
血を流しているせいか、だんだんと意識が失いそうになる。
不味い、どうしようもない……
「待って! もう戦うの、やめてよ!」
亀若丸が大声で喚き出す。
俺も周助も久次郎も、止めることができなかった。
周りに敵が多すぎたからだ。
「おいら、お前たちに捕まるから! もうやめてよ!」
何をふざけたことを――瞬間、意識が無くなり目の前が暗くなる。
思わず怒りを感じてしまい、血が上ったことが原因だろう。
「……ごめんね、源八郎」
亀若丸の申し訳なさそうな声が俺の耳に届く。
それが最後の記憶だった。
◆◇◆◇
「……面目ねえな、亀若丸」
目が覚めたとき、俺はまだ生きていると分かった。
右腕に包帯が巻かれ、見覚えのない部屋で布団に寝かされていた。おそらく周助の家だろう。
そばに亀若丸がいないことで、思考が駆け巡り、あいつらに連れていかれたのだと悟った。
「誰か、いないのか?」
なるだけ大声で言おうとしたが、か細い声しか出なかった。
だがそれでもふすまが開いて「お目覚めになられましたか」と周助の弟子、久次郎がやってきた。
「……亀若丸、連れていかれたのか?」
「ええ。今、嶋崎先生と仲間が探しています」
「なら俺も行かねば……」
布団から起き上がろうとする――頭がくらくらして動けない。
相当、血を流してしまったのだろう。
思うように身体が動かない。
「無理をなさらないでください。あなたは大怪我を負ったのです。休んでください」
「休めるものか……」
「ならば言い直しましょう。土地勘のないあなたが動き回っても見つかりません。無駄なことはおやめなさい」
久次郎の言うとおりだ。
この村に詳しくない俺がむやみやたらに探しても見つかるわけがない。
それに怪我を負った今、周助に任せて休むことが重要だ――けれど。
「理屈じゃ分かっていても、心が納得してねえんだ」
「な、なにを――」
俺は力を振り絞って――起き上がった。
枕元に置かれた刀を取って、ゆっくりと外に向かう。
「無駄だと言ったでしょう! 死ぬ気なんですか!?」
「無駄だとしても俺は行く……死ぬ気はないがな」
久次郎の焦る声などどうでもいい。
ここで動かなかったら、確実に後悔する。
何故、あのとき動かなかったのだと自分を責めることになる。
「あの子のために、死にに行くつもりですか!?」
「亀若丸のためにじゃねえ……己のためだ……」
俺は山田朝右衛門を継ぐ人間だ。
今日の後悔で腕が鈍り、務めを果たせないかもしれない。
自責の念で介錯できなくなるかもしれない。
ああ、そうだ。俺が今、必死に足を動かしているのはそのためだ。
決して、亀若丸のせいじゃない。
あの母親が死んで、銀次郎が殺されて、命を狙われている可哀想な亀若丸が、俺たちを守るために勝手にやったことが原因じゃない。
だから安心しろよ、亀若丸。
俺は俺であり続けるために、お前を探しに行くんだ。
お前みたいな子供が罪の意識を背負うことなんかないんだぜ。
「嶋崎先生のおっしゃったとおりだ……武士は百姓と違って……頑固で融通が利かない」
久次郎が俺に近寄って「これをどうぞ」と包みを渡す。
「握り飯です。少しでも力になれば」
「周助の奴が、用意したのか?」
「こうなるだろうと予想していたみたいです。まったく、先生には敵いませんね」
くすりと笑った久次郎だが、すぐに顔をきりりと引き締めて「私も同行します」と言う。
「土地勘のないあなた一人では見つかりっこありませんから」
「ありがたい。恩に着る」
感謝を述べて、俺は包みを取った。
中には握り飯二つと少しの漬物。
口を大きく開けて頬張る。
塩を振っていないのに、美味しく感じられた。
「久次郎。お前は俺が見つけられないと再三言っていたが、案外あっさりと見つけられると思うぜ」
外に出ると空が白み始めていた。
もうすぐ夜明けだ。
ぐっすりと眠り、握り飯を食べたおかげで頭が冴えている。
「どういうことでしょうか?」
「そのままの意味さ。お前たちは土地勘があるゆえに隠れそうな場所を探しているが、今回ばかりは的外れだ」
「……ますます分かりません」
俺は自分がしっかりと歩けていないと分かっていた。
同時に体力がないことも自覚した。
戦うには不利な状況だ。
「相手は地元の百姓じゃねえ。余所者の武士だ。だったらあいつらは隠れるよりも集まりやすいところに向かうだろう」
「集まりやすい場所……広場とかですか? しかしそれならすぐに――」
久次郎は顎に手を置いて考えていたが、直後に思い当たったらしく「ああ、そうか!」と唸った。
「八坂神社! あそこなら集合場所として分かりやすいし、大人数が集まるには最適だ!」
「それに隠れる場所ってほどじゃない。さらに言えば自分が探さなくても誰かが探すだろうと周助たちが思っても仕方がない」
久次郎は「早速行きましょう!」と焦っている。
「夜が明けたら、あいつらそこから移動するかもしれません!」
「そうだな、急ごう」
道中、周助やその弟子たちに会えたら共に行くように言おう。
そう決めて俺と久次郎は急ぎ足になる。
生きててくれよ、亀若丸。
死体を見慣れた俺だけど、お前のは見たくないんだ。
「天然理心流――虎口剣!」
周助の大声と共にぎゃあと悲鳴が上がった。
背後なので三人から目を切ることはしないが、おそらく倒したのだろう。
「――くらえ!」
耐えきれなくなったのか、相対していた武士の一人がかかってくる。
しかし焦って放つ斬撃など問題ではない。しかも生け捕る予定の男でもなかった。
袈裟斬りを難なく躱した俺は――脛を撫でるように斬る。
「うぐああああ!」
凄まじい苦痛の声で臆したのか、二人は剣先を上げて、引きつった顔になる。
倒れた武士をそのままに、俺は間合いを詰めた――
「久次郎! 何故連れてきた!?」
ふいに聞こえた周助の焦った声で動きを止めてしまった。
「あいつら、裏口から家の中へ!」
久次郎の声も聞こえる。
亀若丸は無事なのだろうか?
「ふ、ははは! 隙を見せたな!」
一瞬、思考が飛んでしまったために口の軽い武士が振り下ろした刀を避け切れずに――右腕を斬られた。切り傷特有の熱くて凍るような感覚が全身に広がる。
地面に血が飛び散った。決して浅くはない。
「――源八郎っ!」
亀若丸の呼びかける声。
左手で傷口を押さえるが溢れ出す血が止まらない。
好機とばかりに武士の二人が迫ってくる。
もはやこれまでか……
「――源八郎殿! 助太刀するぞ!」
俺と二人の間に木刀を振り回しながら周助は割って入った。
そして二人の斬撃をあの太い木刀で受ける。
みしみしと音を立てているが、斬れることはなかった。
「こんの――おりゃああああ!」
気合を乗せて周助は二人を押しのけた。
あいつらはたたらを踏んだが、周助は俺を守るために追撃しなかった。
二人分の力を押し返すとは、流石にあの木刀を使って稽古しているだけはある。
「立てるか、一人で」
「……なんとかな。しかし現況は相当ひどい」
怪我で俺は満足に刀を振れない。
弟子たちのほうを見ると善戦しているものの、押されているようだ。
亀若丸と久次郎がこちらに寄ってきた。
近くにいたほうが守りやすいが、今の俺は置物に過ぎず役に立ちそうにない。
「源八郎、大丈夫……血がいっぱい出てるよ!?」
「まあな。見ての通りこのざまだ、しばらく刀を振れそうにない……」
血を流しているせいか、だんだんと意識が失いそうになる。
不味い、どうしようもない……
「待って! もう戦うの、やめてよ!」
亀若丸が大声で喚き出す。
俺も周助も久次郎も、止めることができなかった。
周りに敵が多すぎたからだ。
「おいら、お前たちに捕まるから! もうやめてよ!」
何をふざけたことを――瞬間、意識が無くなり目の前が暗くなる。
思わず怒りを感じてしまい、血が上ったことが原因だろう。
「……ごめんね、源八郎」
亀若丸の申し訳なさそうな声が俺の耳に届く。
それが最後の記憶だった。
◆◇◆◇
「……面目ねえな、亀若丸」
目が覚めたとき、俺はまだ生きていると分かった。
右腕に包帯が巻かれ、見覚えのない部屋で布団に寝かされていた。おそらく周助の家だろう。
そばに亀若丸がいないことで、思考が駆け巡り、あいつらに連れていかれたのだと悟った。
「誰か、いないのか?」
なるだけ大声で言おうとしたが、か細い声しか出なかった。
だがそれでもふすまが開いて「お目覚めになられましたか」と周助の弟子、久次郎がやってきた。
「……亀若丸、連れていかれたのか?」
「ええ。今、嶋崎先生と仲間が探しています」
「なら俺も行かねば……」
布団から起き上がろうとする――頭がくらくらして動けない。
相当、血を流してしまったのだろう。
思うように身体が動かない。
「無理をなさらないでください。あなたは大怪我を負ったのです。休んでください」
「休めるものか……」
「ならば言い直しましょう。土地勘のないあなたが動き回っても見つかりません。無駄なことはおやめなさい」
久次郎の言うとおりだ。
この村に詳しくない俺がむやみやたらに探しても見つかるわけがない。
それに怪我を負った今、周助に任せて休むことが重要だ――けれど。
「理屈じゃ分かっていても、心が納得してねえんだ」
「な、なにを――」
俺は力を振り絞って――起き上がった。
枕元に置かれた刀を取って、ゆっくりと外に向かう。
「無駄だと言ったでしょう! 死ぬ気なんですか!?」
「無駄だとしても俺は行く……死ぬ気はないがな」
久次郎の焦る声などどうでもいい。
ここで動かなかったら、確実に後悔する。
何故、あのとき動かなかったのだと自分を責めることになる。
「あの子のために、死にに行くつもりですか!?」
「亀若丸のためにじゃねえ……己のためだ……」
俺は山田朝右衛門を継ぐ人間だ。
今日の後悔で腕が鈍り、務めを果たせないかもしれない。
自責の念で介錯できなくなるかもしれない。
ああ、そうだ。俺が今、必死に足を動かしているのはそのためだ。
決して、亀若丸のせいじゃない。
あの母親が死んで、銀次郎が殺されて、命を狙われている可哀想な亀若丸が、俺たちを守るために勝手にやったことが原因じゃない。
だから安心しろよ、亀若丸。
俺は俺であり続けるために、お前を探しに行くんだ。
お前みたいな子供が罪の意識を背負うことなんかないんだぜ。
「嶋崎先生のおっしゃったとおりだ……武士は百姓と違って……頑固で融通が利かない」
久次郎が俺に近寄って「これをどうぞ」と包みを渡す。
「握り飯です。少しでも力になれば」
「周助の奴が、用意したのか?」
「こうなるだろうと予想していたみたいです。まったく、先生には敵いませんね」
くすりと笑った久次郎だが、すぐに顔をきりりと引き締めて「私も同行します」と言う。
「土地勘のないあなた一人では見つかりっこありませんから」
「ありがたい。恩に着る」
感謝を述べて、俺は包みを取った。
中には握り飯二つと少しの漬物。
口を大きく開けて頬張る。
塩を振っていないのに、美味しく感じられた。
「久次郎。お前は俺が見つけられないと再三言っていたが、案外あっさりと見つけられると思うぜ」
外に出ると空が白み始めていた。
もうすぐ夜明けだ。
ぐっすりと眠り、握り飯を食べたおかげで頭が冴えている。
「どういうことでしょうか?」
「そのままの意味さ。お前たちは土地勘があるゆえに隠れそうな場所を探しているが、今回ばかりは的外れだ」
「……ますます分かりません」
俺は自分がしっかりと歩けていないと分かっていた。
同時に体力がないことも自覚した。
戦うには不利な状況だ。
「相手は地元の百姓じゃねえ。余所者の武士だ。だったらあいつらは隠れるよりも集まりやすいところに向かうだろう」
「集まりやすい場所……広場とかですか? しかしそれならすぐに――」
久次郎は顎に手を置いて考えていたが、直後に思い当たったらしく「ああ、そうか!」と唸った。
「八坂神社! あそこなら集合場所として分かりやすいし、大人数が集まるには最適だ!」
「それに隠れる場所ってほどじゃない。さらに言えば自分が探さなくても誰かが探すだろうと周助たちが思っても仕方がない」
久次郎は「早速行きましょう!」と焦っている。
「夜が明けたら、あいつらそこから移動するかもしれません!」
「そうだな、急ごう」
道中、周助やその弟子たちに会えたら共に行くように言おう。
そう決めて俺と久次郎は急ぎ足になる。
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