龍馬と梅太郎 ~誰が英雄を殺したか~

橋本洋一

文字の大きさ
4 / 19

軍鶏

しおりを挟む
「おう、梅太郎。久しぶりぜよ! 元気でやっとるか?」

 龍馬が私の小さな私宅にやってきたのは、すっかり寒くなった十一月の初め頃だった。
 獄医の仕事の無かった私はちょうど、家で開いている診療所の午前の診療を終えて昼飯でも食べようかと考えていた。
 そこへ龍馬が軍鶏しゃもを持ってやってきたのだ。

「とり鍋でも食おうや。新鮮なもん買うてきたから」

 土産を持ってやってくるような気遣いがあるとは思わなかったが、龍馬にはそういう繊細なところがあった。私は鍋の用意をしつつ、傷の具合はどうだ? と訊ねた。龍馬は袖をまくって見せて「もう平気ぜよ」とぐるんぐるんと腕を回した。抜糸も自分でやったらしい。

 私は家にある野菜を持ってきて、まずは昆布で出汁を取った。
 ぐつぐつと煮えている昆布を見つめつつ、龍馬は「前々から思うとったが」と言う。

「なんせ、昆布は出汁を海ん中で出さんのかな?」

 考えたことも無かったが、出汁の素になる何かを吸い込んでいるんじゃないか? と私は昆布を引き上げながら言う。

「最近、海に興味があっての。いろいろ調べとるんじゃ」

 なら昆布が出汁を海で出さないのは何故か、分かったら教えてほしいと私は言う。
 龍馬は必ず教えると言ったが、これは果たされることはなかった。
 実を言えば、私は自分で料理をするので、ある程度の材料や薬味は揃っていた。
 砂糖、みりん、酒と醤油を入れ、味を確かめる。うん、美味しい。

「かんと風じゃの。江戸での生活が懐かしいわ」

 京風のほうが良かったか? と私が訊ねるとこっちのほうがいいと龍馬は答えた。
 京の味付けはあまり好かんとも言っていた。まだ舌が慣れないらしい。
 そういえば、ところてんをあんみつで食べる文化には驚いた。あれは酢醤油で食べるものだ。

 野菜と鶏肉を入れて、ぐつぐつ煮込む。良い匂いが辺り一面に漂う。
 龍馬はそわそわしながら自分のお椀を掴んでいた。
 私はよそってやろうか、と申し出たが、龍馬は「子供じゃないきに」と子供のような瞳で言う。

「もうええか? ひゃあ、美味しそうじゃな!」

 龍馬はかたっぱしから鶏肉を取って自分の椀に入れる。
 私は育ちが悪いのではなく、大人数での食事に慣れていると推測した。獄医は囚人からそういう話を聞くことが多い。

「なんじゃ。皮はいらん」

 龍馬は器用に箸で皮を鶏から取り除いた。
 私はいらないならくれと言った。皮は大好物なのだ。

「梅太郎は変わっちょるな。皮なんぞ上手くないぜよ」

 むしろ鶏は皮が美味しいのだが。

「ぶよぶよしていて、食感が気に入らん。気持ち悪いぜよ」

 まあ味の好みは人それぞれだからなと、私はねぎを食べる。
 すっかり食い尽くした後に、米を入れて雑炊を作ると、それも龍馬は食べる。
 私よりも多く食べたというのに。体格通り大食漢なのかもしれない。

 それで、今日はどんな用事で来たんだ?

「うん? ああ、この前のお礼を兼ねてな。おんしの家近くで用事もあったしな」

 前もって来ると教える必要はないが、もしいなかったらどうするんだ?

「そんときは出直すぜよ。ま、今ちょうど次の目的の前の小休憩ちゅうやつきに」

 次の目的?
 なんだか知るのも恐ろしいが、知らないのも癪だった。
 まるで龍馬が特別な人間に思えるようだったから。

「まあ簡単に言えば、幕府の要人と会って話すんじゃ。松平春嶽まつだいらしゅんがく公、それと……勝麟太郎かつりんたろう

 勝麟太郎とは勝海舟かつかいしゅうのことである。
 このときはまだ二人は出会っていない。
 私は一応、幕府の人間だったのでその二人が簡単に会えるお方ではないと分かっていた。

「わしにもいろいろ伝手があるきに。まっことありがたいことぜよ」

 一介の脱藩浪人が幕府の要人と話せるのは驚くべきことだったけど。
 不思議と目の前で雑炊を食らっている龍馬を見ていると不可能ではない気がする。
 少なくとも、そう思わせる何かを彼は備えていた。

 羨ましいと思う反面、それを備えている者の宿命で、こうした混迷な時代に立ち向かわなければならないのは、ある意味不幸かもしれないと私は考えた。
 しかし持たざる者の嫉妬に思われるのも嫌なので、頑張ってきてくれとだけ伝える。

「おう、ありがとな」

 快活な笑顔で龍馬は雑炊をかき込んだ。
 無邪気な子供と凄まじい大人物と思わせる、二つの矛盾をはらんだ風格。
 それがなんとも魅力的な男だと思う。

「そんじゃ、また会おうぜよ」

 すっかり食い尽くして、龍馬は私と別れた。
 再会の挨拶はしたけれど、本当に会えるのかは分からない。
 だけど、心のどころかでまた会える気がしていた。
 私は、今度来るときの土産は大丈夫だと伝えた。

「うん? なんでじゃ?」

 だって友人の家に来るのに、いちいち土産など要らんだろう。
 そう言うと龍馬は感心したように「上手いこと言うのう」と笑った。

「次は遠慮のう行くから。じゃあな、梅太郎」

 またな、龍馬と私は言った。
 このとき、初めて龍馬と呼んだ気がする。
 何気ないことだったけど、記憶に残り続けている。

 龍馬は江戸に向かった後、私も獄医の仕事が俄かに忙しくなった。
 幕末の動乱が迫ってきているのを仕事を通じて感じていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...