柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

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河童

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 古いものが消え去っていく。要らないものではないのに。

 雨の日、和菓子屋。
 今度の休日に地元の釣り場、満天沼《まんてんぬま》に釣りをしに行くことを雨女に話すと、彼女は「あそこには河童かっぱが居りますよ」と教えてくれた。

 河童。日本の妖怪の中で知名度が群を抜いて高い。妖怪に詳しくなくとも名前くらい知っている人は多いだろう。

「店主。これを持って行きなさい。河童はこれが好物なのですよ」

 そう言って差し出されたのは日本酒だった。好物はきゅうりではないのか?

「間違いではありませんが、あの沼に住む河童は酒豪ですから」

 そしてよろしくお伝えくださいと頭を下げられた。レインコートを纏っているから、河童と何か縁があるのかもしれない。まあくだらない駄洒落だが。

 その当日。晴れでも雨でもない曇りの天気。私は釣具を持って満天沼に訪れた。もちろん日本酒を忘れなかった。
 釣り場に持参した椅子を設置して、準備を整えて、針に餌をつけて投げる。ウキが沈むのを待っていると「ここじゃあ釣れないよ」と声をかけられた。

 緑色の肌。ぎょろりとした目。鳥のようなくちばし。背中には甲羅。頭には皿。
 典型的な河童そのものだった。

「思っていたとおりなのだな。河童というのは」
「当たり前だよ。妖怪ってのはそういうものさ」

 そう言って近くの岩に座る。ここは隠れた釣りの名所なので人は来ないと思うが、それでも心配になる。

「変化はしないのか」
「安心しな。人払いくらい俺にだってできる」

 人払い。何らかの結界のようなものだろうか。

「河童。お前は一人なのか?」
「他の仲間は別のところに行ったよ。ここに残ったのは俺だけだ」
「そうか。あ、申し遅れた。私は柳友哉だ。それとこれは雨女から」

 そう言って日本酒を差し出すと「ありがとう」と礼を述べて呑もうとする。しかし水かきのせいで上手く蓋が開けられないみたいだった。代わりに開けてやる。
 用意したコップに酒を注ぎ、河童に差し出すと、河童は一気に飲み干した。

「久方ぶりの酒だ」
「……何故他の仲間は去ったんだ?」

 河童は口元を拭いながら「人間が望んだからだ」と答えた。

「人間が望んだ?」
「ああ。この川に河童が居たら良い。この湖にも居たら良い。そう思う人間が大勢いるのだ。だから俺たちは人間の望むまま、移住したのだ。もしも最後の一人ではなかったら、俺もここには残っていない」

 いまいちピンと来なかった。そんな私に河童は続けて言った。

「そもそも妖怪とは人間が作り出したものだ。俺たち河童のように居ると嬉しいモノ。他の妖怪のように恐れから作り出されたモノもいる。雨女だってそうさ」
「……つまり人間が考えなければ、妖怪は存在しないと?」

 河童は大きく首を縦に振った。

「そうだ。人間は見たいものを見る。そして見たくないものは見ない」
「それならば怖い妖怪は何故存在する?」
「決まっているだろう。怖いもの見たさだ。あるいは死や病を妖怪のせいにしたいんだろうよ」

 そう言って遠くのほうを眺める河童。

「やがて妖怪は滅びるだろう。今の人間は恐れない。怖がらない。次第に古くなって古ぼける時代物の妖怪なんぞ……」

 不憫に思った私は酒のアテに買っていた河童漬けを差し出す。
 存外に喜んでくれて、私たちは酒を一升瓶飲み干すまで一緒に語り合った。
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