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煮豆燃萁 其ノ弐
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「白衣の僧侶の居場所が分からないって……どうするの?」
「我が邪気眼は全てを見通す……安心せよ」
芝居小屋を出た桐野とさくらはこれからの方策を話し合った。
接触してきたこと自体知らなかったさくらは、自身の不覚を反省していたが、それでも手がかりがないのは由々しき事態であると認識していた。
けれども、桐野には心当たりがあるようだった。
「永須斎――弥助の師匠は抜け荷を行なっていた。もしかすると阿芙蓉を大陸から輸入していた可能性がある」
「なるほどね……じゃあ次の行先は道場ってわけ?」
「あるいは永須斎の私室だな」
そうと決まったら邪気眼侍の行動は早い。
日が暮れる前に永須斎の道場へ向かった。一応、弥助から仔細を聞いていたので迷うことはなかった。
「ククク……たのもう」
トントンと扉を叩くと中から「どなたですか……ああ、あなたは」と嶋野弥七郎が出てきた。中は何やら慌ただしくて数人が作業している。
「どうした……引っ越しでもするのか?」
「改築工事をしているんです。そろそろ道場も再開したいと思いまして」
「そうか。あの子供が道場主を?」
「元服するまでは私が師範代として務めます……ところで何の用事ですか?」
怪訝そうな嶋野に「実はお願いがあるの」とさくらが言い出した。
邪気眼侍は頼むのが下手だからだ。
「不躾だけど、道場か永須斎さんの部屋を調べたいのよ」
「それは急な申し出ですね。理由をお聞かせください」
「実は永須斎さんを唆した白衣の僧侶の手がかりがあるかもしれない。だからあたしたちはここに来た」
さくらは順を追って説明しだした。
徐々に顔が険しくなる嶋野に「師匠の仇を討つ機会だ」と桐野が諭す。
「無論、死んだ師匠の恥を暴きたくないのなら話は別だが」
「私の一存では決めかねます。ご子息の剣志さまとお玲さまと相談してきます」
門を閉めて嶋野が向かうと「大丈夫かしら?」とさくらは不安になった。
「いくら何でも祖父の部屋を調べさせるなんて許すのかな?」
「我が思うにあの子供たちはそこまで弱くないだろう。強くなければ――祖父に仇を討とうとは思わん」
その言葉通り、許可が出たのか嶋野が戻ってくるなり「どうぞ中へ」と招き入れた。
門をくぐると剣志とお玲がいた。
「ククク……良いのか、貴様らの祖父の秘密を暴こうとしているのだぞ」
「私はおじいさまが死なねばならなかった理由を知りたいのです」
剣志が堂々と言うと「煌めく魂を見た気分だ」と邪気眼侍は目を細めた。
「あのう。桐野様、ですね?」
お玲が恐る恐るという風に話しかけてきた。
桐野は鷹揚に「なんだ?」と応じた。
「その恰好……かっこいいですね!」
「ふぇ!?」
きらきらと目を光らせているお玲の言葉に一同は驚いた。
特に嶋野は「何をおっしゃっているのですか!?」と驚愕している。
「嶋野。私、こんなかっこいい人初めて見ました! 憧れています!」
「お玲さま! おやめください! 恥ずかしいですよ!」
「そうだぞ! どこがかっこいいんだよ!」
「嶋野と剣志……後で覚えておくがいい……」
するとさくらが真剣な顔で「あのね、お玲ちゃん」と彼女の肩を掴んだ。
「あなたがどう思おうが自由だけど、邪気眼侍だけは駄目よ」
「さ、さくら、お前まで……」
「嫌です! 皆さまおかしいですよ! こんなに素敵な人なのに!」
お玲はさくらを振り払って桐野に近づき「あなた様を真似ていいですか?」と曇りなき眼で訴えてくる。
「私、どうしてもなってみたいんです!」
「すみません。お玲さまの教育に悪いので帰ってもらえますか」
嶋野の目が危うくなっている。
剣志は卒倒しそうなくらい真っ青になっている。
さくらは「目的を果たしたらすぐに帰ります」と強く誓った。
「お玲ちゃんの悪影響にならないように努めますから」
「ククク……我の魅力に当てられし者か……」
「調子に乗っていると殴るわよ」
さて。そんなやりとりを終えて永須斎の部屋にやってきた一同。
そこへ思わぬ再会があった。
「お。元太ではないか」
「うん? なんであんたがここにいるんだ?」
猫女房のときの元太である。
嶋野が「お知り合いですか?」と訊ねる。
「猫の魂に取りつかれし女の連れ合いだ」
「あー、猫女房だったかしら。うちに祈祷をお願いしたわよね?」
とりあえずさくらが事情を話すと「そういや、れんも白衣の僧侶のこと言ってたな」と思い出したように元太は言った。
「俺は大工だからな。ここで改築工事をやっていたんだ」
「まじめに働いているようだな」
「そりゃあ、あんなことがあったからな。賭け事も酒もきっぱりやめたよ」
彼らは永須斎の部屋に入り中を捜索することにした。
しかし物が少なくて探しようがなかった。
あるのは立派な文机と小さな箪笥ぐらいだった。掛け軸すらない。
「永須斎さまは物を持つと片付けが面倒になるからと置かなかったのです」
「ふむ。そうか」
桐野は畳を触りつつ何か隠せるものがないかと探っていた。
よく分からないまま、嶋野も元太も探している。
さくらが「ねえ桐野」と呼びかけた。
「物を隠すとしたらどこに隠すのかしら?」
「……その前に問おう。永須斎は物を所有するのを億劫に感じていた。そうだな?」
「ええまあ。物に執着すると剣の道が曲がるとおっしゃっていました」
嶋野の回答に「では剣志とお玲に訊ねる」と言う。
「はい、なんでしょうか邪気眼侍様」
「お玲……」
「そこの文机は大層立派な代物だな」
物を置かれていないが、引き出しが三段ある。
しかしさくらが調べたが怪しいところはなかった。
「おじいさまが唯一大事にしていたものです。なんでもおばあさまの実家からいただいたものらしいのです」
剣志が答えると「我が調べよう」と引き出しを開けた。
中には筆と文鎮と墨、そして書物が入っていた。
「ふむ……さくら、これを見ておかしいと思わないか?」
「別段、変なものは入っていないけど」
「そうではない。無いものがあるはずだ」
さくらは少しの間考えてから「あ……」と何かに気づいたようだ。
嶋野と元太はなんだろうと見守っている。
剣志とお玲は考えていたが答えは分からないようだった。
「筆と文鎮と墨があるのに、紙がないわね」
「そうだ。書物はすでに書かれている代物だ。筆などがあるのに書くための紙がない……」
桐野は「一段目を見ろ」と言う。
確かに外側と比べて底が浅い。
「元太。文机の一段目だけ解体してくれないか」
「ええっと。嶋野さん、いいのかい?」
「やむを得ません。御ふた方もよろしいですか?」
「うん。いいよ」
元太が引き出しを外に出し裏返すと穴が開いていた。
ちょうど筆が一本入るくらいだ。
元太は筆を取って入れて押すと――底が上に動いた。二重底になっていたのである。
そこから紙の束を取り出した元太は桐野に手渡した。
「ふむ……抜け荷のことが書かれているな」
「はあ? 抜け荷? どういうことだよ?」
初耳だった元太は驚くが、嶋野と剣志、お玲はああ、そうだったんだという気持ちでいっぱいだった。
「元太。これ以上関わると危険だ。ここは引いてくれ」
「そりゃあいいけどよ……」
「れんによろしくな」
元太が去ると「抜け荷の取引場所が分かった」と桐野は告げる。
「新月の夜に必ず船が来るようだ……」
「新月はあと八日後よ。どうする?」
「決まっている。白衣の僧侶に勝負を仕掛けるのだ」
邪気眼侍の桐野は不気味に微笑む。
しかしさくらは無理して笑っていると感じていた。
なにしろ、実兄と戦うのだから当然とも言えた。
「全ての終着……その果てに何があるのだろうか……」
「我が邪気眼は全てを見通す……安心せよ」
芝居小屋を出た桐野とさくらはこれからの方策を話し合った。
接触してきたこと自体知らなかったさくらは、自身の不覚を反省していたが、それでも手がかりがないのは由々しき事態であると認識していた。
けれども、桐野には心当たりがあるようだった。
「永須斎――弥助の師匠は抜け荷を行なっていた。もしかすると阿芙蓉を大陸から輸入していた可能性がある」
「なるほどね……じゃあ次の行先は道場ってわけ?」
「あるいは永須斎の私室だな」
そうと決まったら邪気眼侍の行動は早い。
日が暮れる前に永須斎の道場へ向かった。一応、弥助から仔細を聞いていたので迷うことはなかった。
「ククク……たのもう」
トントンと扉を叩くと中から「どなたですか……ああ、あなたは」と嶋野弥七郎が出てきた。中は何やら慌ただしくて数人が作業している。
「どうした……引っ越しでもするのか?」
「改築工事をしているんです。そろそろ道場も再開したいと思いまして」
「そうか。あの子供が道場主を?」
「元服するまでは私が師範代として務めます……ところで何の用事ですか?」
怪訝そうな嶋野に「実はお願いがあるの」とさくらが言い出した。
邪気眼侍は頼むのが下手だからだ。
「不躾だけど、道場か永須斎さんの部屋を調べたいのよ」
「それは急な申し出ですね。理由をお聞かせください」
「実は永須斎さんを唆した白衣の僧侶の手がかりがあるかもしれない。だからあたしたちはここに来た」
さくらは順を追って説明しだした。
徐々に顔が険しくなる嶋野に「師匠の仇を討つ機会だ」と桐野が諭す。
「無論、死んだ師匠の恥を暴きたくないのなら話は別だが」
「私の一存では決めかねます。ご子息の剣志さまとお玲さまと相談してきます」
門を閉めて嶋野が向かうと「大丈夫かしら?」とさくらは不安になった。
「いくら何でも祖父の部屋を調べさせるなんて許すのかな?」
「我が思うにあの子供たちはそこまで弱くないだろう。強くなければ――祖父に仇を討とうとは思わん」
その言葉通り、許可が出たのか嶋野が戻ってくるなり「どうぞ中へ」と招き入れた。
門をくぐると剣志とお玲がいた。
「ククク……良いのか、貴様らの祖父の秘密を暴こうとしているのだぞ」
「私はおじいさまが死なねばならなかった理由を知りたいのです」
剣志が堂々と言うと「煌めく魂を見た気分だ」と邪気眼侍は目を細めた。
「あのう。桐野様、ですね?」
お玲が恐る恐るという風に話しかけてきた。
桐野は鷹揚に「なんだ?」と応じた。
「その恰好……かっこいいですね!」
「ふぇ!?」
きらきらと目を光らせているお玲の言葉に一同は驚いた。
特に嶋野は「何をおっしゃっているのですか!?」と驚愕している。
「嶋野。私、こんなかっこいい人初めて見ました! 憧れています!」
「お玲さま! おやめください! 恥ずかしいですよ!」
「そうだぞ! どこがかっこいいんだよ!」
「嶋野と剣志……後で覚えておくがいい……」
するとさくらが真剣な顔で「あのね、お玲ちゃん」と彼女の肩を掴んだ。
「あなたがどう思おうが自由だけど、邪気眼侍だけは駄目よ」
「さ、さくら、お前まで……」
「嫌です! 皆さまおかしいですよ! こんなに素敵な人なのに!」
お玲はさくらを振り払って桐野に近づき「あなた様を真似ていいですか?」と曇りなき眼で訴えてくる。
「私、どうしてもなってみたいんです!」
「すみません。お玲さまの教育に悪いので帰ってもらえますか」
嶋野の目が危うくなっている。
剣志は卒倒しそうなくらい真っ青になっている。
さくらは「目的を果たしたらすぐに帰ります」と強く誓った。
「お玲ちゃんの悪影響にならないように努めますから」
「ククク……我の魅力に当てられし者か……」
「調子に乗っていると殴るわよ」
さて。そんなやりとりを終えて永須斎の部屋にやってきた一同。
そこへ思わぬ再会があった。
「お。元太ではないか」
「うん? なんであんたがここにいるんだ?」
猫女房のときの元太である。
嶋野が「お知り合いですか?」と訊ねる。
「猫の魂に取りつかれし女の連れ合いだ」
「あー、猫女房だったかしら。うちに祈祷をお願いしたわよね?」
とりあえずさくらが事情を話すと「そういや、れんも白衣の僧侶のこと言ってたな」と思い出したように元太は言った。
「俺は大工だからな。ここで改築工事をやっていたんだ」
「まじめに働いているようだな」
「そりゃあ、あんなことがあったからな。賭け事も酒もきっぱりやめたよ」
彼らは永須斎の部屋に入り中を捜索することにした。
しかし物が少なくて探しようがなかった。
あるのは立派な文机と小さな箪笥ぐらいだった。掛け軸すらない。
「永須斎さまは物を持つと片付けが面倒になるからと置かなかったのです」
「ふむ。そうか」
桐野は畳を触りつつ何か隠せるものがないかと探っていた。
よく分からないまま、嶋野も元太も探している。
さくらが「ねえ桐野」と呼びかけた。
「物を隠すとしたらどこに隠すのかしら?」
「……その前に問おう。永須斎は物を所有するのを億劫に感じていた。そうだな?」
「ええまあ。物に執着すると剣の道が曲がるとおっしゃっていました」
嶋野の回答に「では剣志とお玲に訊ねる」と言う。
「はい、なんでしょうか邪気眼侍様」
「お玲……」
「そこの文机は大層立派な代物だな」
物を置かれていないが、引き出しが三段ある。
しかしさくらが調べたが怪しいところはなかった。
「おじいさまが唯一大事にしていたものです。なんでもおばあさまの実家からいただいたものらしいのです」
剣志が答えると「我が調べよう」と引き出しを開けた。
中には筆と文鎮と墨、そして書物が入っていた。
「ふむ……さくら、これを見ておかしいと思わないか?」
「別段、変なものは入っていないけど」
「そうではない。無いものがあるはずだ」
さくらは少しの間考えてから「あ……」と何かに気づいたようだ。
嶋野と元太はなんだろうと見守っている。
剣志とお玲は考えていたが答えは分からないようだった。
「筆と文鎮と墨があるのに、紙がないわね」
「そうだ。書物はすでに書かれている代物だ。筆などがあるのに書くための紙がない……」
桐野は「一段目を見ろ」と言う。
確かに外側と比べて底が浅い。
「元太。文机の一段目だけ解体してくれないか」
「ええっと。嶋野さん、いいのかい?」
「やむを得ません。御ふた方もよろしいですか?」
「うん。いいよ」
元太が引き出しを外に出し裏返すと穴が開いていた。
ちょうど筆が一本入るくらいだ。
元太は筆を取って入れて押すと――底が上に動いた。二重底になっていたのである。
そこから紙の束を取り出した元太は桐野に手渡した。
「ふむ……抜け荷のことが書かれているな」
「はあ? 抜け荷? どういうことだよ?」
初耳だった元太は驚くが、嶋野と剣志、お玲はああ、そうだったんだという気持ちでいっぱいだった。
「元太。これ以上関わると危険だ。ここは引いてくれ」
「そりゃあいいけどよ……」
「れんによろしくな」
元太が去ると「抜け荷の取引場所が分かった」と桐野は告げる。
「新月の夜に必ず船が来るようだ……」
「新月はあと八日後よ。どうする?」
「決まっている。白衣の僧侶に勝負を仕掛けるのだ」
邪気眼侍の桐野は不気味に微笑む。
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