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(1)
「部長、頑張ってる?」
穂乃果が声をかけて来た。
「まあね。般若がいない分気が楽でしょ?穂乃果も」
もちろん気楽な仕事なわけがない。
人の命が関わってる仕事だ。
いつでも適度な緊張を持って仕事している。
ただ般若というお局がいなくなった分、対人関係がぎすぎすしなくなっただけ。
4月の初めに私と穂乃果は西松副院長に呼び出された。
そして辞令が下りた。
私は看護部長に。穂乃果は看護師長に。
看護部長は文字通り看護部という看護師の集団のトップだ。
経験と能力がある者に任される。
通常業務が少し減る分、若手看護師の指導や看護師の採用に関わることになる。
看護師長は担当科の看護師をまとめる存在。
同じ様に若手看護師の指導やチームの取りまとめをする。
会社の課長にあたる役職が看護師長、部長にあたるのが看護部長だ。
どうしてそんな急な昇進を?
私達は副院長の西松啓介先生に聞いた。
鈴木八重通称"般若"と早乙女志穂通称”菩薩”が辞めることになったらしい。
今まで菩薩が看護部長と看護師長を兼任していたが今回二人が辞めることをきっかけに組織改編することにしたそうだ。
私と穂乃果は般若と菩薩を除けば一番勤続年数が長い。
そして私は色々な部署を駆け回り様々な仕事、オペナースも経験している。
「桐谷先輩の手腕は俺達も評価しているんです」
西松先生が言う。
「今までより大変な仕事を押し付けるけど引き受けてもらえないかな?」
深雪先生が言う。
断る理由がなかった。
そして私達は昇進した。
管理職手当、管理当直手当等もついて給料が上がるように見えた。
しかし、夜勤の回数の減少等により給料が減った。
それだけじゃない、看護師長以上のクラスになると”管理職”とみなされ労働基準法の時間外手当が適用されない。
結果新人の看護師の方が給料が高いという結果も出る。
しかし私達にも時間外労働はある。
研究、研修、会議。
通常業務外の仕事が増えた。
子供が大きくなって学費が増える。
少し不安もあった。
だけど昇進したのは私だけじゃないらしい。
「亜依、聞いてくれ。俺出世したんだぜ!」
話を聞くと中島君も春から昇進したらしい。
そりゃ10数年も仕事してればそれなりの役職に就くか。
私も昇格したことを報告した。
その晩は2人で祝った。
日勤が激務になったとはいえ、当直の回数は減る。
だって私が調整するんだから。
それに会議や研修で夜勤する余裕はない。
とはいえ恋はもう中学生。
もっと遊びたい盛りだと思えば、率先して家事を手伝ってくれる。
だけど病院に5月の連休なんて関係ない。
中には診察は休むところはあるけど、入院患者は生きている。
その面倒を見なければならない。
そして一人一人のシフト希望を見ながら一月ごとのシフトを作っていく。
もちろんそんなのあてにならない。
突然辞める看護師もいるのだから。
そして看護師の補充を西松先生に打診する。
看護師の悩みを聞いて解消してやる。
「私子供が出来てもこんな激務が続くんですか?」
そんな話を聞いたりする。
「大丈夫。私もくぐってきた道のりだからきっと上手くいく。育児休暇はあるし幼少期の子育ては言ってくれたらシフト調整してあげるから」
般若がいたときに言えなかった不満が出てくる。
それを解消してやるのが私の役目。
「部長、急患です。症状が酷くて私では無理です」
「わかった。担当医には知らせてあるの?」
「すでに処置を施してます」
「OK、すぐ行く」
出世すれば楽になるなんて言うけどそんなことは無い。
楽に見えてもそんなことは決してない。
皆が円滑に仕事が出来るように調整していく大事な仕事がある。
何よりも「部下の責任は自分の責任」
そう言いきれるものが昇格の道を切り開く事ができる。
私達の世代もがむしゃらに働く世代から部下の育成に励む世代に移ろうとしていた。
(2)
「どうですか?うちの娘は?」
私はボイストレーナーの瀬良さんに聞いてみた。
私の娘の夢は歌手になりたいそうだ。
自分で歌詞を書いてそして適当にメロディをつけて歌う。
娘の歌詞を読んで驚いた。
この子なら。
そう思ってUSEの事務所に連れて来ていた。
「どうもこうもありませんよ。どうして今まで連れてこなかったんですか!?」
瀬良さんも驚いている。
「そんなに凄いの?」
専務の石原恵美さんが聞くと瀬良さんは娘が書いた歌詞を専務に読ませた。
「この歳で書く歌詞じゃないわね」
専務も驚いていた。
専務は考えている。
履歴書を確認する。
「13歳か……問題があるとすれば学業ね。有栖はどう考えてるの?」
「私の時みたいに最初は地下アイドルからやれればいいかなって」
「冗談じゃない!」
東京支社長の中村さんが叫んだ。
「これだけ才能があるんだ。すぐにでもメジャーデビューさせるべきです!」
「でも学業を疎かにするわけには……」
「この業界で生きるなら学歴なんて関係ない。才能さえあれば生きていける。有栖だって中退しても良かったんだ」
「しかし……」
「この子なら勝算はあるのね?」
専務が念を押す。
「絶対やっていけます。現に11歳でソロデビューしたシンガーソングライターだっているんですよ」
「……わかったわ。ちょっと望を呼ぶから」
そう言って専務は社長を呼び出した。それともう一組の親子を呼び出す。
子供の名前は増渕将門。娘と同じ中学校の同級生だ。
全員揃うと社長と専務が何か相談している。
専務が何かを言うと社長は「それでいいんじゃない?」と言った。
「じゃあ、決まりね」
専務が言う。
「有栖、まずあなたの娘の秋吉麻里はデビューに向けてレッスンしなさい」
「ですが高校は?」
「東京の高校を手配するわ、学費、生活費、それにボディガードを一人つける。全部会社で負担する」
東京にはタレント専用のコースがある高校があるという。そこに入れればいいと専務は言った。
「それともう一つ、増渕さん?貴方の息子さんは作曲家希望でギターが得意だったわね?」
「はい」
専務は将門君に娘の書いた歌詞を渡す。
「即興でいいからこの歌詞に曲をつけてみてくれない?」
将門君は歌詞と娘の顔を見て目を閉じる。
しばらくして目を開くと持ってきていたギターを弾きながら歌い始めた。
娘用に作ったのだろう。高音部分の声がかすれていた。
「麻里ちゃん。今の歌えるだけでいいから歌ってみて。将門君は伴奏をお願い」
専務が言うと二人は見事に息を合わせた。
素敵な歌声が事務所内を包みこむ。
「これで決まりね。2人でユニットを結成しなさい」
専務が言った。
将門君のギターの腕も確かだ、ただの裏方にしておくには惜しい。
その事を社長と相談していたそうだ。
「すぐじゃないとだめなんでしょうか?」
将門君が言う。
「どういう事?デビューできない理由でもあるの?」
専務が聞くと将門君は答えた。
将門君には彼女がいる。
彼女とは別々の中学に通ってる。
彼女は県外の大学に進学する予定だ。
だから高校の3年間だけは一緒に過ごしたい。
「そんなのスマホもあるし、いつも一緒にいないといけない理由にならない」
中学と大学が別々なら高校の3年間も離れていてもなんとかなる。
専務も将門君に助言していた。
「中学生の時点で離れるのでしょ、それで気持ちまで離れてしまうなら意味がないでしょ」
逆を言えばその9年間を乗り越える事が出来たらきっとうまくいく。
自分の彼女を信じてあげてもいいんじゃないのか。
普段なら一緒にいさせる専務が初めて中村さんの意見を取った。
「ちょっと彼女と相談ししてみます」
「ええ、是非そうしなさい。”彼女と一緒の学校がいい”なんて甘えた気持ちじゃだめ」
「分かりました」
「しかしそうなるとも一つ問題がでてくるわね」
専務は娘の顔を見る。
「麻里さんは彼氏はいないの?いたとして離れても大丈夫?」
娘は答えた。
娘の恋人はサッカー選手が夢なんだという。だから高校も別々になるし大学に行くわけでも無い。
お互い別々の人生を歩むから私は私の夢に生きるという。
「そこまで覚悟が出来てるなら言わないわ。大丈夫私達はタレントのそう言う面もケアする役割を担ってる。ちゃんと一緒にいられる時間を用意してあげる」
それは将門君も一緒だと付け足していた。
「決まりね。早速さっきの歌詞で作曲始めてちょうだい」
「ユニットって言いましたけどユニット名決めてるんですか?」
中村さんが聞いた。
「フレーズ」
フランス語で苺の意味。甘酸っぱい青春時代を駆け抜ける2人にぴったりの名前だという。
「麻里さんは今の歌詞の題名考えてあるの?」
専務が聞くと娘は答えた。
「新しい日々」
「良いタイトルね。じゃ、それを曲名にするわ、曲が出来たらすぐレコーディングに入るけどいい?」
「はい」
「それじゃ、そういう事で。これから忙しくなるわよ」
IME・石原ミュージックエンタテインメントから出す初の音楽ユニット。
娘にとってタイトル通り新しい日々がはじまるだろう。
新しい日々はいつも素晴らしい明日へとつないでくれる。
(3)
私のデビューが決まったその晩彼・多田安斗に伝えた。
中学を卒業したら別々の歩むことも伝えた。
それは安斗も前から覚悟していた事。
「お互い夢が叶うと良いな」
「安斗も頑張って」
「ありがとう」
中学でもほとんど一緒にいる時間がない。
彼は部活ではなく地元サッカークラブで練習している。
すれ違ってばかりの生活。
それでも私達はやっていける。
それならどこにいても同じだ。
私達の日々はまだ変わっていくんだ。
やさしい風が吹く。
安斗の笑顔が何よりの強さになる。
本当の事を言うとどうしたらいい?ってわからなくなることもある。
光を見失ってしまう事もある。
それでも安斗が私を呼ぶ声がするの。
嬉しくて涙がこぼれる。
懐かしい匂い。
安斗を思い浮かべばいつでも乗り越えられる。
新しい日々へずっと走り続ける。
まだまだ明日へと向かう。
夢をみたくて、掴みたくて、刻みたくて抱きしめたい。
こんなにも美しいものがあったと泣けるのならもう少し頑張ってみよう。
見てみたい、ずっと見続けたい。
素晴らしい明日を安斗とずっと。
どんなに離れていても心はずっと一緒だから。
心がずっと一緒ならどこにいたって関係ない。
だから行くね。
私も安斗を見てるから、安斗も私を見守ってほしい。
行く道は違うけど私達は一緒に歩き出す。
お互いの気持ちを確認しながら此処から始まる恋物語。
「部長、頑張ってる?」
穂乃果が声をかけて来た。
「まあね。般若がいない分気が楽でしょ?穂乃果も」
もちろん気楽な仕事なわけがない。
人の命が関わってる仕事だ。
いつでも適度な緊張を持って仕事している。
ただ般若というお局がいなくなった分、対人関係がぎすぎすしなくなっただけ。
4月の初めに私と穂乃果は西松副院長に呼び出された。
そして辞令が下りた。
私は看護部長に。穂乃果は看護師長に。
看護部長は文字通り看護部という看護師の集団のトップだ。
経験と能力がある者に任される。
通常業務が少し減る分、若手看護師の指導や看護師の採用に関わることになる。
看護師長は担当科の看護師をまとめる存在。
同じ様に若手看護師の指導やチームの取りまとめをする。
会社の課長にあたる役職が看護師長、部長にあたるのが看護部長だ。
どうしてそんな急な昇進を?
私達は副院長の西松啓介先生に聞いた。
鈴木八重通称"般若"と早乙女志穂通称”菩薩”が辞めることになったらしい。
今まで菩薩が看護部長と看護師長を兼任していたが今回二人が辞めることをきっかけに組織改編することにしたそうだ。
私と穂乃果は般若と菩薩を除けば一番勤続年数が長い。
そして私は色々な部署を駆け回り様々な仕事、オペナースも経験している。
「桐谷先輩の手腕は俺達も評価しているんです」
西松先生が言う。
「今までより大変な仕事を押し付けるけど引き受けてもらえないかな?」
深雪先生が言う。
断る理由がなかった。
そして私達は昇進した。
管理職手当、管理当直手当等もついて給料が上がるように見えた。
しかし、夜勤の回数の減少等により給料が減った。
それだけじゃない、看護師長以上のクラスになると”管理職”とみなされ労働基準法の時間外手当が適用されない。
結果新人の看護師の方が給料が高いという結果も出る。
しかし私達にも時間外労働はある。
研究、研修、会議。
通常業務外の仕事が増えた。
子供が大きくなって学費が増える。
少し不安もあった。
だけど昇進したのは私だけじゃないらしい。
「亜依、聞いてくれ。俺出世したんだぜ!」
話を聞くと中島君も春から昇進したらしい。
そりゃ10数年も仕事してればそれなりの役職に就くか。
私も昇格したことを報告した。
その晩は2人で祝った。
日勤が激務になったとはいえ、当直の回数は減る。
だって私が調整するんだから。
それに会議や研修で夜勤する余裕はない。
とはいえ恋はもう中学生。
もっと遊びたい盛りだと思えば、率先して家事を手伝ってくれる。
だけど病院に5月の連休なんて関係ない。
中には診察は休むところはあるけど、入院患者は生きている。
その面倒を見なければならない。
そして一人一人のシフト希望を見ながら一月ごとのシフトを作っていく。
もちろんそんなのあてにならない。
突然辞める看護師もいるのだから。
そして看護師の補充を西松先生に打診する。
看護師の悩みを聞いて解消してやる。
「私子供が出来てもこんな激務が続くんですか?」
そんな話を聞いたりする。
「大丈夫。私もくぐってきた道のりだからきっと上手くいく。育児休暇はあるし幼少期の子育ては言ってくれたらシフト調整してあげるから」
般若がいたときに言えなかった不満が出てくる。
それを解消してやるのが私の役目。
「部長、急患です。症状が酷くて私では無理です」
「わかった。担当医には知らせてあるの?」
「すでに処置を施してます」
「OK、すぐ行く」
出世すれば楽になるなんて言うけどそんなことは無い。
楽に見えてもそんなことは決してない。
皆が円滑に仕事が出来るように調整していく大事な仕事がある。
何よりも「部下の責任は自分の責任」
そう言いきれるものが昇格の道を切り開く事ができる。
私達の世代もがむしゃらに働く世代から部下の育成に励む世代に移ろうとしていた。
(2)
「どうですか?うちの娘は?」
私はボイストレーナーの瀬良さんに聞いてみた。
私の娘の夢は歌手になりたいそうだ。
自分で歌詞を書いてそして適当にメロディをつけて歌う。
娘の歌詞を読んで驚いた。
この子なら。
そう思ってUSEの事務所に連れて来ていた。
「どうもこうもありませんよ。どうして今まで連れてこなかったんですか!?」
瀬良さんも驚いている。
「そんなに凄いの?」
専務の石原恵美さんが聞くと瀬良さんは娘が書いた歌詞を専務に読ませた。
「この歳で書く歌詞じゃないわね」
専務も驚いていた。
専務は考えている。
履歴書を確認する。
「13歳か……問題があるとすれば学業ね。有栖はどう考えてるの?」
「私の時みたいに最初は地下アイドルからやれればいいかなって」
「冗談じゃない!」
東京支社長の中村さんが叫んだ。
「これだけ才能があるんだ。すぐにでもメジャーデビューさせるべきです!」
「でも学業を疎かにするわけには……」
「この業界で生きるなら学歴なんて関係ない。才能さえあれば生きていける。有栖だって中退しても良かったんだ」
「しかし……」
「この子なら勝算はあるのね?」
専務が念を押す。
「絶対やっていけます。現に11歳でソロデビューしたシンガーソングライターだっているんですよ」
「……わかったわ。ちょっと望を呼ぶから」
そう言って専務は社長を呼び出した。それともう一組の親子を呼び出す。
子供の名前は増渕将門。娘と同じ中学校の同級生だ。
全員揃うと社長と専務が何か相談している。
専務が何かを言うと社長は「それでいいんじゃない?」と言った。
「じゃあ、決まりね」
専務が言う。
「有栖、まずあなたの娘の秋吉麻里はデビューに向けてレッスンしなさい」
「ですが高校は?」
「東京の高校を手配するわ、学費、生活費、それにボディガードを一人つける。全部会社で負担する」
東京にはタレント専用のコースがある高校があるという。そこに入れればいいと専務は言った。
「それともう一つ、増渕さん?貴方の息子さんは作曲家希望でギターが得意だったわね?」
「はい」
専務は将門君に娘の書いた歌詞を渡す。
「即興でいいからこの歌詞に曲をつけてみてくれない?」
将門君は歌詞と娘の顔を見て目を閉じる。
しばらくして目を開くと持ってきていたギターを弾きながら歌い始めた。
娘用に作ったのだろう。高音部分の声がかすれていた。
「麻里ちゃん。今の歌えるだけでいいから歌ってみて。将門君は伴奏をお願い」
専務が言うと二人は見事に息を合わせた。
素敵な歌声が事務所内を包みこむ。
「これで決まりね。2人でユニットを結成しなさい」
専務が言った。
将門君のギターの腕も確かだ、ただの裏方にしておくには惜しい。
その事を社長と相談していたそうだ。
「すぐじゃないとだめなんでしょうか?」
将門君が言う。
「どういう事?デビューできない理由でもあるの?」
専務が聞くと将門君は答えた。
将門君には彼女がいる。
彼女とは別々の中学に通ってる。
彼女は県外の大学に進学する予定だ。
だから高校の3年間だけは一緒に過ごしたい。
「そんなのスマホもあるし、いつも一緒にいないといけない理由にならない」
中学と大学が別々なら高校の3年間も離れていてもなんとかなる。
専務も将門君に助言していた。
「中学生の時点で離れるのでしょ、それで気持ちまで離れてしまうなら意味がないでしょ」
逆を言えばその9年間を乗り越える事が出来たらきっとうまくいく。
自分の彼女を信じてあげてもいいんじゃないのか。
普段なら一緒にいさせる専務が初めて中村さんの意見を取った。
「ちょっと彼女と相談ししてみます」
「ええ、是非そうしなさい。”彼女と一緒の学校がいい”なんて甘えた気持ちじゃだめ」
「分かりました」
「しかしそうなるとも一つ問題がでてくるわね」
専務は娘の顔を見る。
「麻里さんは彼氏はいないの?いたとして離れても大丈夫?」
娘は答えた。
娘の恋人はサッカー選手が夢なんだという。だから高校も別々になるし大学に行くわけでも無い。
お互い別々の人生を歩むから私は私の夢に生きるという。
「そこまで覚悟が出来てるなら言わないわ。大丈夫私達はタレントのそう言う面もケアする役割を担ってる。ちゃんと一緒にいられる時間を用意してあげる」
それは将門君も一緒だと付け足していた。
「決まりね。早速さっきの歌詞で作曲始めてちょうだい」
「ユニットって言いましたけどユニット名決めてるんですか?」
中村さんが聞いた。
「フレーズ」
フランス語で苺の意味。甘酸っぱい青春時代を駆け抜ける2人にぴったりの名前だという。
「麻里さんは今の歌詞の題名考えてあるの?」
専務が聞くと娘は答えた。
「新しい日々」
「良いタイトルね。じゃ、それを曲名にするわ、曲が出来たらすぐレコーディングに入るけどいい?」
「はい」
「それじゃ、そういう事で。これから忙しくなるわよ」
IME・石原ミュージックエンタテインメントから出す初の音楽ユニット。
娘にとってタイトル通り新しい日々がはじまるだろう。
新しい日々はいつも素晴らしい明日へとつないでくれる。
(3)
私のデビューが決まったその晩彼・多田安斗に伝えた。
中学を卒業したら別々の歩むことも伝えた。
それは安斗も前から覚悟していた事。
「お互い夢が叶うと良いな」
「安斗も頑張って」
「ありがとう」
中学でもほとんど一緒にいる時間がない。
彼は部活ではなく地元サッカークラブで練習している。
すれ違ってばかりの生活。
それでも私達はやっていける。
それならどこにいても同じだ。
私達の日々はまだ変わっていくんだ。
やさしい風が吹く。
安斗の笑顔が何よりの強さになる。
本当の事を言うとどうしたらいい?ってわからなくなることもある。
光を見失ってしまう事もある。
それでも安斗が私を呼ぶ声がするの。
嬉しくて涙がこぼれる。
懐かしい匂い。
安斗を思い浮かべばいつでも乗り越えられる。
新しい日々へずっと走り続ける。
まだまだ明日へと向かう。
夢をみたくて、掴みたくて、刻みたくて抱きしめたい。
こんなにも美しいものがあったと泣けるのならもう少し頑張ってみよう。
見てみたい、ずっと見続けたい。
素晴らしい明日を安斗とずっと。
どんなに離れていても心はずっと一緒だから。
心がずっと一緒ならどこにいたって関係ない。
だから行くね。
私も安斗を見てるから、安斗も私を見守ってほしい。
行く道は違うけど私達は一緒に歩き出す。
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